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第七巻 学外学習を成功させるために

 気になる点があるかもしれませんが、温かい目で流してください。

「いやだっ…!!死にたくない…!?…ぎゃーっ!!?」


「やめろっ…!!喰わないでくれ…!?…あーっ!?」


 かつてこの土地に、怪物が現れたと噂があった。蛙のような容姿に、ノコギリのような長い鼻を特徴にした怪物。人を襲っては喰らい、力をつけて腹を満たしていた。この妖怪はかつて陰陽師に封印されたが、何者かの力で再び、姿を現すようになった。


「ゲガガガガガ…」


 そんなことも知らずに、のうのうと怪物がいる山に入ってきた愚か者がいた。


 第一話「学年会議、学外学習について」


 ゴールデンウィークも過ぎ、一年生もだいぶ学校生活に慣れてきた今日この頃。部活動も一年生を含めた新しいメンバーで本格的に動き始めてきた。午後の授業が終わり、俺もその部活動の様子を見に来ていた。


「雷羽先生来ました」


「「「おはようございます」」」


「おう」


 俺が副顧問として見ている部活は運動部ではなく、もちろん文化部。しかし、美術部ではなく吹奏楽部だ。楽器を吹いていた経験があることを校長に話したら、面倒をみるように頼まれてしまった。


「集合」


 三年の部長が号令を出すと、俺の前に部員が集まってくる。


「今日は顧問がいねぇから代わりきた。俺はとやかく口を出したりはしないが、気は抜かずに個人練に励むように」


「はい!!」


「じゃあ、練習再開していいぞ」


 今日の活動メニューは呼吸法トレーニングと体づくりの筋トレの後に、個人練習だ。一年生の楽器が決まったて間もないためか、基礎的な部分を鍛え上げるらしい。


「さて、俺は学級だよりでも作るか…」


 各パートが指定された教室に行く中(打楽器は除く)、俺はピアノの椅子に座り、ピアノの屋根の上に紙を置いて、作業を始めようとする。


「雷羽先生」


「ん?」


 呼ばれた方を見ると、縦に長い音楽室のドアのところに白井の姿があった。白井は音楽室に入って、ピアノ椅子に座る俺のところにやってきた。


「どうした?」


「少しだけ、雷羽先生とお話ししたいなあって思って」


 俺は白井に用を尋ねると、白井はニッコニコな笑顔で話をした。


「兄から雷羽先生の話は聞いてましたから、ある程度どんな先生かは知ってましたけど、まさかあんなにかっこいい先生だとは思いませんでした」


 小声で話をして、同じ空間にいる打楽器パートが気にならないように配慮はしているのだろうが、少し不安にはなる。


「俺は俺にしか出来ないことをしたまでだ。それよりも…」


 俺はパーカーのフードに手を入れて、この前直したぬいぐるみを取り出した。


「これ、見せる約束だったな」


 机に置いてやると、白井は興味津々な様子でぬいぐるみを手に取った。


「わあ〜かわいい〜。雷羽先生って、器用なんですね」


「まぁ、種族柄、糸を扱うんでな」


 苦笑いをしながらそう言った。蜘蛛妖怪のことが頭に浮かぶと、とある人物も頭をよぎった。


「そういや、最近マチ先生に変わった様子はあったか?」


 蜘蛛妖怪に姉を殺されたと話していたと彼女は話していた。もしも蟻蜘蛛兄さんが話していたことが事実で、赤赫刃(せきかくじん)が存在するなら、マチ先生の身も危険が及ぶ。そんな気がしてならなかった。


「マチ先生ですか?別になんともないと思いますけど…。あっ」


「どうした、なにかあったか」


 なにか気づいたように見せた白井に食い付くように反応する。


「もしかして雷羽先生。マチ先生のこと…」


 ろくな返答でないと、嫌な予感を感じていると、白井が耳打ちしてくる。


「好きなんですか」


「そうな訳ないだろ」


 種族が違うんだから…。美人なのは認めるけど…。


「え〜、本当ですか?いつもいっしょにいるの、よく目にしますよ」


「先輩と後輩の関係なだけで、別にそういんじゃない」


「本当ですか〜」


「本当だ」


 しつこいな。これ以上、詰められても気持ちは変わりゃしないのによ。


「だから、違うって…」


 俺はあまりにしつこい白井から距離を置こうとピアノから離れる。


「悪い用事を思い出したから、またな」


 俺は少し小走りで音楽室から退出した。


「雷羽せんせー…うわーっ!?」


「どわっ!?」


 音楽室を出た瞬間、人と追突した痛みが走り、床に崩れ倒れる。怪我を防ごうと、床に手を着く。にしても床がやけになんか柔らかい…?まさか…。


「あっ、あの…。ら、雷羽先生…」


 下からマチ先生の声が聞こえた。あろうことか、俺の手はマチ先生の豊満な胸に触れていた。それに気づいた時、俺は顔から耳まで火が出るほど熱くなっているのがわかった。


「だーっ///すまんっ!!」


 俺は胸から手を即座に離して、マチ先生に必死に謝る。


「だっ、大丈夫ですよ!そちらこそ、けっけ、怪我とかしてませんか///」


 俺も大概だが、マチ先生の方が相当羞恥心が募ったようで、日本語が辿々しかった。種族は違えど、お互い男女ということは意識してしまうことが改めてよく分かった。


「だ、大丈夫。頑丈なのが取り柄だから…」


 頭を真っ白になって、反射的に答えてしまう。切り替えて素早く立ち上がり、冷静さを取り戻して何事もなかったかのように、マチ先生が来た理由を尋ねる。


「何かようか?」


「え、えっと、学年会議があるので、雷羽先生を呼んできてって、豪羽先生に…」


「会議…?」


 忘れてた。そういや、学外学習の下見に行く計画を立てるための話し合いをするって、珍しく豪羽のやつが張り切ってたっけか。


「うふふ〜」


 そんなことを思い出していると、背後から白井の嬉しそうに笑う声が聞こえた。


「雷羽先生、やっぱり…」


「違うって!!行くぞ、マチ先生」


 このままだと赤っ恥を晒す一方のため、俺は状況に戸惑うマチ先生の腕を掴んで、会議の行われる教室に向かった。


「あの二人、絶対出来てる♡」


 全く…、白井のやつ、ありもしないことベラベラ言いやがって…。俺は別に心に決めてる人が…。


「あの、雷羽先生…」


「ん?なんだよ」


「白井さん。少し自分を出してくれるようになりましたね」


 何事もなかったかのように、話をした。


「そうだな。俺たちが本当の姿を見せたから、あいつも自分を出す勇気が出たのかもな」


 俺のことはもちろんだが、マチ先生のことも白虎・擬の記憶が移って、妖怪ってバレちまったらしい。けれども白井は、俺たちの正体を知った上でも怖がるどころか、普通の人間のように接してくれる。


「あいつは強くて優しい()に育つかもな」


「ですね。私たちで導いてあげましょう」


 俺の決め台詞…。

 なんやかんや話していると、目的地の教室に到着した。扉の前に立つと、とてつもない殺気が体を突き抜けた。


「めっちゃ怒ってないか。豪羽のやつ…」


「私がさっきいた時は、穏やかだったんですが…」


 二人で不安になりながらも、俺は勇気を出しながら、戸に手をかける。そして、そっと開けてなるべく刺激をしないように静かに入る。


「おそーっい!!!!」


 まるで狼の雄叫びのような怒鳴り声が、学校中に反響するほど響き渡る。


「すみません!?」


「いえ、あなたじゃないです」


 咄嗟に謝るマチ先生に素早いツッコミを入れると、俺に説教を始める。


「会議を忘れるなんて、休暇明けで気が抜けてるんじゃないですか?まったく、しっかりしてください」


「普段遅刻とサボりを繰り返すあんたに言われたかないがな…」


 それにゴールデンウィークも暇じゃなかったし。行方不明になった蟻蜘蛛兄さんを探すのに、必死だったんだから。結局見つからなかったし…。無事だと良いんだが…。


「あれ、木戸はどうした?」


 会議の時、普段なら誰よりも早く来ているはずだが、珍しいな。


「すいません!!遅れました!!」


 戸が開くと同時に、息を切らした木戸の声がした。汗をかいて、服装も乱れた状態だった。


「木戸先生も、忘れてたんですか?会議のこと」


「いやぁ。途中まで覚えてたんですけど、部員の稽古に夢中になっちゃって」


 手を後頭部にやり、舌まで出して、うっかりやっちゃいました感を醸し出した。


「はぁ…。お二人とも、熱くなるのは一向に構いませんが、やる時はやって下さいね」


「はい」


 俺に対してはどういう意味を添えて、熱くなるって言ってんだよ。まるで俺の身に何があったか知ってみたいに…。


「どうしたの?雷羽先生。耳まで赤くして…」


「なんでもな「なんでもないですよ!」」


「なぜマチ先生まで?」


 何はともあれ、学年会議が始まった。議題はさっきも言った通り学外学習について。分かりやすく言えば遠足といったところか。


「今年は確か、福島の会津だったか」


「ええ。その通りです。よく把握してましたね」


「確かに。去年は雷羽先生、人任せで何も知ろうとしなかったのにね」


 二年目になりゃ少しは変わるだろ。後輩だって数人出来ちまったんだ。それに木戸と豪羽にだって、いつまでも世話になるとは限らねぇからな。


「福島県ですか。果物が美味しいって有名ですよね」


「そうですね。まぁ、別に今回食べれるわけではないですが…」


「あくまで学習だからな。町の歴史を知り、山を登って自然を肌身で感じる。それが今年の学外学習の目的だ」


「そこまで分かってるなんて偉くなったねぇ〜、雷羽先生〜」


 隣に座る木戸が頭を撫でてくる。俺は木戸の腕を掴んで、そっと頭から退ける。


「今週にでも行くんだろ?下見に」


「出来ればそうしたいです。皆さんの都合が合えばですが…」


「私、土曜日も日曜日も空いてます」


「僕もです。雷羽先生は?」


「あぁ、大丈夫だ」


 予定が決まったところで、場所についてと内容についてを詳しく話し合った。


「磐梯山…か…」


 ガイドブックを眺めて、一人呟く。


「どうかしました?雷羽先生」


「ん?ああ、少し気になったことがあってな」


「気になったこと?」


 木戸が首を傾げて、俺の話に興味を示す。


「昔、兄さんから聞いた話を思い出してな」


「どんな話?」


「『会津の怪獣』ってやつの話だ」


「怪…獣?妖怪じゃないの?」


「そこんとこは、俺もよく分からん。でもまぁ、兄さんたちが退治したって言うんだから、妖怪なんじゃないか」


 俺の話を聞くと、豪羽がしけた顔をさせて、俺に問うてきた。


「今はもういないんですかね?」


「さぁな。酔った小鐘(こがね)兄さんの話だ。酔い潰れて戯言をずらずら並べてただけかもしれねぇし、そもそも実在しない可能性もある。あんま心配しなくてもいいんじゃないか?」


 俺のもう一人の兄、小鐘兄さんこと『黄金蜘蛛』は、風井(かざい)小鐘を名乗り、大きな病院でかかりつけ医をしている。普段はクールな性格で、断然俺より強いから尊敬こそするが、酒に酔うとウザいほど話が長くなる。別に信じてないわけではないが、酔った兄貴の口から出たものは正直、信じがたい。


「まぁ、もし現れたとしても、俺とあんた達が揃ってりゃ、倒せるだろうさ」


 俺はポケットに手を入れ、座る椅子の背もたれに寄り掛かり、話の本題を戻すように豪羽に話して、会議を続けた。


 第二話「雷羽対正志」


 一時間ほど経っただろうか。話し合いが一通り終わり、学年会議はお開きとなる。


「雷羽先生。この後、空いてる?」


「飲みになら行かねぇぞ」


「ち、違うよ」


 おや、珍しいな。いつもなら、飲みに連れられ無駄な時間を費やせられるところだが、飲みでないなら、内容次第じゃ付き合ってやっても良いかもなしれないぞ。


「じゃあなんだ?」


「裏山に来てほしい…」


「もじもじしながら言うな、気持ち悪い。わーったよ。さっき行って準備しとけ」


「はーい」


 楽しげに返事を返すと、木戸は教室を後にした。あいつが俺を裏山に呼び出す理由は他でもない。俺は一度職員室に戻り、荷物を手に持った後、言われた通り裏山に向かう。その時、背後からこんな会話が聞こえた。


「あなたも行ってみてはいかがです?」


「行くって、何しに出すか?」


「行けば分かります」


 目的地に到着した。そこには、竹刀で素振りをする木戸の姿があった。


「待たせたな、木戸」


「いやー、全然」


 一呼吸置いてから、再度会話を続ける。


「むしろ、ありがたいぐらいだよ。いい感じに体がほぐれたし」


 キリッとした目つきをさせると、竹刀を構える。やる気を充分に感じさせるその目つきは相手として不足はなかった。

 俺も荷物をその場に置き、地面に転がっている木の棒の端を踏んで、宙に浮かせたその棒を手に取る。


「たぁーっ!!」


 木戸は強く地面を蹴って、風を切るような速さで正面から突っ込んでくる。間合いに入ると、縦に勢いよく竹刀を振り、攻撃を仕掛けてくる。


「やっ!!たあっ!!」


 体を横に反らして攻撃をさけると、木戸は続け様に竹刀を横に振る。俺はすかさず手に取った木の棒で身を守り、竹刀を押し返す。


「くっ!?はあっ!!」


 竹刀を握り直して、再度横に振ってくる。俺は後ろに下がって少しの距離を取りながら躱し、すぐに回し蹴りを繰り出す。木戸に背中を軽く反られて避けられてしまうが、すぐに二発目の蹴りを命中させる。


「ぐはっ…!?」


 木戸はよろけながら後退する。追い討ちはかけず、木戸が体勢を整えるまで待つ。息を上げながら構えをし、こちらへの攻撃を見計らう。


「いやあっ!!!」


「たあっ!!」


「あっ…!?」


 頭目掛けて向かってくる木戸の竹刀を、持っていた木の棒で弾き飛ばし、竹刀を手放した木戸の喉に棒の先端を突きつける。木戸は両手を挙げ、降参を示す。


「あはは…。やっぱり、君にもまだ勝てないや」


「あったりまえだ」


 俺は木の棒を突きつけるのを止める。


「でも、前にやり合った時より、動きは良くなってる。生徒との稽古、無駄にはなってないみたいだな」


「そう、なのかな。皆んなとやってるのは、ただの剣道だよ。君や妖怪と戦う時とは訳が違うと思うけど…」


「いや、そんなことないさ。武道は戦いの礎に通づる。日々の剣道も、お前の力の一部になるさ」


 俺は木の棒を投げ捨て、荷物を手に取り、その荷物についた土を払う。


「で、いつまでそこにいるつもりだ、マチ先生」


 木の裏に隠れるマチ先生に声を掛ける。マチ先生は黙ったまま姿を見せてくれた。


「気づいてたんですね」


「まぁな」


「お二人はよくここで、特訓を?」


「ううん。いつも師匠に相手をしてもらってるんだけど、急に連絡が取れなくてね。代わりに雷羽先生に付き合ってもらったんだ」


 木戸はそう答えて、竹刀を専用の袋にしまう。そして肩にかけた。すると、マチ先生は疑問を抱いた様子で、木戸に問いをした。


「私を四時ババから助けてくれた時から気になってたんですけど、木戸先生はなぜ妖怪と、戦えるんですか?」


「話してなかったっけ?僕の嫁が巫女って」


 木戸は躊躇うことなく話をした。


「えっ、聞いてないです。ていうか、結婚してるんですか!?」


「あっ、うん。してるよ。そんなに意外だった?」


「いや、まぁ、はい…」


 正直だな。マチ先生らしい反応で、もはや安心さえする。木戸正志の裏の顔。確かに話していなかったな。


「住宅街にある『山ノ浦神社』の現巫女に好かれた僕は、婿として迎え入れられてね。この神社は昔から妖怪退治の依頼が多かったものだから、僕もいずれは神主を継ぐものとして、妖怪に負けないくらいの力をつけなきゃなんだ」


 鵺と戦ったあの日。木戸がボロボロになって磔にされてたのは、奴が木戸から陰陽師の力を得ようとしたからだろう。神社で修行を続けた結果、木戸は微量ながら神社に祀られた妖怪『九尾』の妖気を手にしている。その妖気は少量でもかなりの妖力に変わる。


「神主を継ぐということは、祀られた九尾の力を宿すことも指す。強大な妖力を人間が得るためには、それなりの器が必要なんだ」


 俺はマチ先生にそう説明をした。

 今の状態で力を引き継げば、間違いなく木戸は妖力の重みに耐えきれず、身を滅ぼす。


「なるほど…。教師としては先輩後輩の関係ですけど、妖怪退治に関しては弟子と師なんですね」


 マチ先生は納得したように微笑んでいた。


「こいつが弟子?」


「雷羽先生が師匠…」


 俺は木戸の方を見ると、木戸も俺の目をじっと見た。しばらく見つめ合った後、俺は口を開いた。すると同時に木戸も話した。


「「「冗談だろ/でしょ」」」


 これでもかと言うくらいにぴったしだった。


「僕の師匠はもっと怖いし…」


「こいつを弟子に取るくらいなら、自分を鍛えてたほうが良いし…」


 木戸の言葉には既視感を感じるが、今は置いておこう。

 蟻蜘蛛兄さん…。あんたは、家族や弟子を置いていっちまうタマじゃないだろ。無事でいてくれ…。


 第三話「橙の瞳に映る最強」


「お帰りなさい、姫ちゃん」


 大地を震わす赤赫刃のお調子者、地蜘蛛(じぐも)


「愚か者。姫様と呼べ」


 氷を纏いし赤赫刃の長、姫蜘蛛(ひめぐも)


「何度言わせる。言葉に気をつけろと」


 長の右腕、草木を操る赤赫刃、棚蜘蛛(たなぐも)


「めんご、めんご。にしても蟻蜘蛛を倒すなんて、腕をあげたね。どんな卑怯な手を使ったんだい?」


「別に。隙を着いたまでよ」


 姫蜘蛛が僕をその場に置いた時、僕は口を開いてこう聞いた。


「いつ僕に隙ができたって?」


「ーッ!?」


 寝転がる僕は足をあげ、倒立しながら脚を開いて、近くにいた姫蜘蛛も棚蜘蛛に蹴りを入れる。


「姫ちゃん、トドメは刺してなかったんだね」


 ぐうたらしていた地蜘蛛がそう言い立ち上がると、両手に拳を作り、腕からその拳にかけて一気に肥大化させる。


「『地創拳・礫(ちそうけん・れき)』」


 地蜘蛛はその極太な腕を地面に叩きつけ、下から衝撃波で僕を襲う。僕はすぐに立ち上がり、地面を蹴って高く跳び、地蜘蛛の技を躱わす。そして、炎に包まれながら出現する鎌を手に握り、地蜘蛛に斬りかかる。


「はぁーっ!!」


 腕を額の上で交差され、受け止められてしまうが、その交差が解ける程の力を込めて、鎌を振り落とす。


「クッ…。さすが、蜘蛛妖怪現長の長男。凄まじい力だ。あの頃と何も変わらない」


 攻撃を喰らっていながらも、地蜘蛛の不敵な笑みは絶えない。僕を皮肉る余裕がまだあるようだ。


「黙れ…。僕はもう、昔とは…がはっ…!?」


 先ほど姫蜘蛛に貫かれた時の傷が開き、吐血までしてしまう。炎術で押さえ込んでいたが、糸術のように治癒能力はない。一気にダメージを負って、その場に膝をついてしまう。


「辛そうだね。今、楽にしてあげるよ」


 最後の言葉に怒りを覚えるが、防御する力がもう入らない。鎌はまだ握れるが、腕を上げることが出来ず、地蜘蛛の攻撃を受け入れる未来しか残されていなかった。


「死ね。出来損ないが」


 僕は下を向き、目を閉じて最期を迎えようとした。しかし、一向に攻撃が来ることはなかった。思わず目を開けて、正面を確認する。


「なにっ…!?」


 僕の目の前には斧で地蜘蛛の拳を受け止める男が立っていた。白いTシャツに茶黒いズボン着用し、首と口元を隠すほどの大きなマフラーと桃色のエプロンを身につけている。


「随分無様な格好だな、蟻蜘蛛」


「その声は…『コロシア』」


 見た目が知ってる姿と異なっているため、少し戸惑ったが、特徴的なマフラーと聞き覚えのある声で、何者なのかすぐに分かった。


「ふんっ!!」


 地蜘蛛のことを押し返し、追撃に斧を振り上げて、地蜘蛛に距離を取らせた。


「何故君が此処に…?」


「保育所に四時ババが現れたもんでな。奴を追っていたんだが、見失ってしまったんだ。そのかわり、お前が姫蜘蛛に攫われているところを見かけたから、後をつけてきたって訳だ」


 彼はマフラーを正しながらそう言った。


「あっ。あとこの姿では俺は『コロシア』じゃない。猫友(にゃんとも)保育園の園長『五六(ふのぼり) 大輔だ』」


 唐突な自己紹介に首を傾げてしまう。ふのぼりってどう書くんだろう。


「お話は終わったかしら」


 そんなこと考えてる暇は無さそうだ。気がつけば周囲は姫蜘蛛、棚蜘蛛、地蜘蛛に囲まれていた。


「三人か…。残り二人はどうした。お前らだけじゃ俺にゃあ勝てねぇぞ」


 コロ…、大輔君はそう姫蜘蛛たちに尋ね、挑発する。


「瀕死の蟻と化け猫に何ができる?」


「化け猫じゃねぇ、猫又だ!!」


 挑発に乗られるどころか、逆に乗せられている。容姿は人間で本来の姿とはかけ離れている上、保育園の園長を名乗られてしまうと、どうも信じ難いが、冷静沈着なのに時々短気なところが、まさしくコロシアだった。


「蟻蜘蛛。こいつらは俺が相手する。お前はこれ飲んでこの場を離れろ」


 そう言って、エプロンの袋に手を入れ、妖怪によく聞く、治癒薬を投げ渡してきた。


「僕も戦う。こいつらは、僕の手で止めないと」


「こいつらの狙いは、お前の(たま)だろ。最強と名を轟かせる以上、人を目の前で死なす訳にはいかねぇんだよ。それに、その深傷でどうやり合うつもりだ?」


 赤蝦夷の戦時人と現地の黒猫のそれぞれ魂が融合して誕生した猫又妖怪コロシア。魂になっても尚戦いを求めたのか、コロシア本人も戦いを好むようになり、戦い続けた結果、最強の猫又と呼ばれるようになった。


「すまない。借りを作ってしまうね」


「どうってことねぇよ。さっさと行きな」


 僕は薬を口にしながら走り、その場を後にした。


「逃すか」


 棚蜘蛛の操る蔓が僕の背後に迫ってくるが、すかさず大輔君が斧で斬り倒してくれる。


「行かせねぇぞ、害虫共。俺が戦うのは相手が俺より強い時だが、貴様らみたいなやつら放っておく訳にもいかねぇ。少しは楽しませてくれよ」


 第四話「会津到着」


 俺は他三人よりも先に会津に到着していた。俺は乗り物酔いが激しいため、袖のな外套を身に着けて飛んできた。そこそこ距離があったが、長時間揺られるよりかはマシだ。それに一人で早めに来ていた方が、美味いものとかゆっくり食えるし、俺からすれば特しかない。さてと、良さげな店を探すとするか。


「甘味処か…」


 数分歩いたところに見つけたのは、少々古臭い和菓子屋さん。おやつには少し早いが、まあたまにはいいだろう。


「いらっしゃいませー」


 戸を開け、のれんをくぐると、歳半ばくらいの従業員が明るい声で出迎えてくれる。軽く会釈を済ませ、和菓子が並ぶショーケースを眺める。好物の餡子菓子がこれだけ並んでいると、何にするか迷ってしまう。


「苺大福四つ下さい」


 団子と接戦だったが、今回は旬を選んだ。


「ありがとうございましたー」


 支払いを済ませて、店の外にあるテラス席に腰を下ろす。客が何組かいて、繁盛していることがわかる。味にも期待しちゃうな。


「いただきます」


 袋から苺大福を一つ取り出し、個包装フィルムを外して一口かぶりついた。苺の甘酸っぱいさ餡子の上品な甘さを引き立て、それらを包み込む柔な餅皮が食感を楽しませてくれる。誰にも邪魔されない至福のひと時だ。あっという間に一つ平らげ、次のに手を伸ばす。


「ねぇ。町からの警戒メール見た?」


「見た見た。最近多いよね〜。山の中で町人が重症、酷い時は亡骸の状態で発見されてるってやつ」


「事件なのか事故なのか、原因不明って、怖いよね〜」


「うちのおばあちゃんは山の祟りじゃとか言ってたよ」


「ウケる〜。流石にそれはないでしょ」


「それな」


 苺大福三つめに差し掛かろうとした時、女子高生らしき人のそんな会話が聞こえてきた。

 年寄りが祟りと感じる怪事件か…。あまり穏やかじゃないな。


「家の畑にこれほどでっけぇ足跡あったんだ」


「猪じゃねぇのかい?」


「猪じゃねぇべさ。こんげでっかぇんだよ。おら、おっかなくて、おっかなくて」


 女子高生とは反対の席に座る訛りのキツいおばあさんたちも、気になる話をしていた。同時に不吉な予感が過ぎり、さらにその予感を確実にさせる話が俺のところにやってくる。それは、四つめの苺大福を食べ切り、追加で五つ購入して店を後にした直後だった。


「雷羽殿〜」


「あんたは黄金兄さんのとこの──」


「はい。一旦木綿です」


 宙を舞っていた布切れはクルクルと回転しながら、白い和服に身を包んだ女子へと姿を変えた。そして、袖に手を入れ、一枚の紙を取り出した。


「これを届けに参りました」


 俺は手渡されたその紙を開き、内容を読み取る。江戸文字で書かれたその手紙からは急ぎの連絡と受け取れた。


『福島を巡回する蜘蛛妖怪の連絡が途絶えた。凶暴な妖怪が現れたと思われる。おそらく「会津の怪獣」だ。これから俺たち上級の蜘蛛妖怪が封印に向かう。雷羽は被害がこれ以上及ばぬよう仕向けてくれ』


 俺にこんな命令を出すとは、かなり大事みたいだな。しかし、これから下見があるからな。困ったものだ。とりあえず、集合場所に戻るか。


「一旦木綿、一緒に来てくれるか。お前の力も借りたい」


「ええ!?私ですか?」


「戦力は多い方がいいからな」


「私はただの従者ですよ。火車さんや狂骨さんみたいに、戦えません…」


「別に無理に前に出て戦えとは言わない。援護を頼みたいんだ。優秀な後輩がいるから、そいつと一緒に」


______________________________________________


『しばらく一旦木綿を借りる」


「まったく…。無茶をするやつだ」


 第五話「会津の怪獣退治」


「お待たせ、って誰その娘?」


 バスから降り、俺と顔を合わせるとすぐに一旦木綿の方に視線を向ける。


「黄金兄さんの従者妖怪、一旦木綿だ」


「小鐘さんの?もしかして──」


 何かを察したように豪羽は目つきを細くしてこちらを見た。


「ああ。会津の怪獣と思われる妖怪が現れたらしい。この付近の人たちに被害が既に出てる。しかも、蜘蛛妖怪にも太刀打ちできてないみたいだ。これから、黄金兄さん達が来る。それまで時間を稼ぎたい。皆んな、協力してくれ」


 最初に口を開いたのは、木戸だった。やる気の満ちた声で、俺に協力する意欲を見せた。


「分かりました。私も戦いましょう」


「え?わ、私も。学外学習時に、生徒が襲われたら大変ですから」


 マチ先生は豪羽の言葉に気がかりだったのか、少し驚いてから了承した。


「危険なことに巻き込んでしまうことになってしまった。すまない…」


「危険と知らずに、あなたと関わっていませんよ」


 俺が頭を下げると、豪羽は微笑みながらそう言った。

 黄金兄さん曰く、会津の怪獣は山奥に縄張りを作るらしい。酔ってた時に話していたことだが、さっきの手紙で真実って分かった。目星もまったく付けていないため、探しようがなかったが、俺は一つ案を思いついた。


「さっき、山ん中で死体がいくつも発見されてるって話を聞いたんだ」


「じゃあ、山の中を隈なく探せば」


「そんなことしたら、どれだけ掛かるか分かりませんよ。雷羽先生、何か策があるんですか?」


「ああ。俺の糸術を使う」


 かなり妖気を消費すると思うが、時間はかけたくない。俺はその場にしゃがんで手のひら地面に当てる。


「『糸術・糸振網(ししんもう)』」


 前に如月を探し出したように、この術で会津の怪獣の居場所を探る。他の蜘蛛妖怪がくたばるほどの強者だ。すぐに引っ掛かるはず。


「あっちだ」


 やはり予想通りだ。俺は強く妖気を感じる方向に目をやり、袖のない外套を羽織って駆け出した。その後ろを、木戸たちは着いてくる。

 たどり着いたのはおそらく山の中心部。耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえてくるほど、静まり返る場所だった。


「この辺りに、会津の怪獣が?」


「ああ。間違いねぇ…。足元見てみな…」


 木戸にそう話すと、木戸は一瞬で青ざめ言葉を失っていた。

 地面は紙の上に乾いた絵の具がついた筆が紙の上を走ったように掠れた血痕で、赤く染められていた。


「これってもしかして…」


 そのすぐ後にマチ先生も察したようだ。紛れもなく蜘蛛妖怪のもの。俺は何も言わず、首を縦にだけ振る。同時に唾を飲むと、汗が地面に垂れた。ただならぬ妖気が、背後に感じていたのだ。きっと俺だけじゃない。豪羽も木戸もマチ先生も一反木綿も、皆んながこの背後に感じる強大な妖力を感じとっていた。


「散れっ!!」


 俺は声を上げて相図を出す。ここまで来る途中に伝えていた作戦を実行に移した。


「こいつが会津の怪獣…」


「思ったより小さいですね」


「油断するな。こんなんでも、人間喰うみたいだぞ」


 背丈は俺よりかなり小さい。俺は160cmだがこの妖怪は140cmほどしかなかった。しかし油断は出来ない。黄金兄さん曰く、鉄砲や弓矢なんかでも歯が立たないほど、硬い体を持つようで、生半可な攻撃は通用しないらしい。

 俺は短鎌、木戸は竹刀を手に取って、前戦に出るために豪羽を含めた三人で会津の怪獣を取り囲んだ。そして、横に歩きながら攻撃する機会をうかがう。


「はっ!!」


 隙を見つけた俺は短鎌を握り、地面を強く蹴って会津の怪獣を斬りつけながら横切った。続け様に木戸、豪羽も会津の怪獣に攻撃した。


「ギュルルルル…」


 喉か何かを鳴らしながら会津の怪獣は俺たちの猛攻を受け続けていた。一向に苦しむ様子は見せずに、ただ立っているだけだった。

 キリがないと感じた俺は斬撃の手を止めて、佇む会津の怪獣の懐に入り、妖気を集中させた手のひらを相手の腹に当て、衝撃波を放った。

 少しだけ怯んだ会津の怪獣に木戸は竹刀で一撃、豪羽は強烈な蹴りを入れた。


「今だ!!二人とも!!」


 俺の指示を合図に茂みの中からマチ先生と一反木綿が飛び出して、空中で妖術を放つ。マチ先生は得意の長く鋭い髪で、一反木綿は着ている和服の袖から出てきた長い布で会津の怪獣を拘束をし、着地と同時に強く縛る。


「喰らえ!!『糸術・鋭尖糸束(えいせんしそく)』!!」


 身動きの取れなくなった会津の怪獣に先の鋭い糸を束にした巨大な針を投げた。風の隙間を潜り抜けて的に目掛けて突き進む。見事に命中したと思われる。妖術が直撃した影響で立った土埃に会津の怪獣は包まれた。


「きゃーっ!?」


「うわーっ!?」


 会津の怪獣を束縛していた二人は悲鳴を上げながら宙に浮かぶ。どうやら俺の術を受けた後、敵は高く飛びあがったようだ。


「すごい力持ちみたいですね」


「感心してないで、助けましょうよ」


 様子を眺める豪羽の一言に木戸が怒鳴りながら助けに跳んだ。続いて俺も地面を蹴る。


「うっ!?」


「どわっ!?」


 会津の怪獣は二人をぶん回し、遠心力を付けて投げ飛ばした。投げ飛ばされた二人は助けに向かった木戸と俺に直撃した。背中を地面に叩きつけた俺たちはかなりの傷を負ってしまう。


「ヤベッ!!?」


 追い討ちをかけるように会津の怪獣が俺に突っ込んできた。それに気づけた俺は倒れた状態から倒立後転をして躱わす。


「危ねぇ…」


 速さと防御と力を兼ね備えた化け物だな、コイツ…。立てた作戦もあっさり破られ、俺たちは苦戦を強いられた。


「メーンッ!!」


 それでも木戸と豪羽は果敢に攻め込み、援護に回っていたマチ先生と一旦木綿も近距離戦に持ち込んでいた。


「ぐはっ…!?」


「ゴボッ…!?」


 しかし四人で掛かっても、相手にならない。どんな攻撃を受けても、何事もないように振る舞われ反撃を喰らわされる。


「『岩術(がんじゅつ)砂岩(さがん)』」


 鏃状の岩の妖気を飛ばしながら、ダメージを受けて一時距離を立った一旦木綿と豪羽の間を抜けて、会津の怪獣に近づく。そして、別の妖術で攻撃を仕掛ける。


「『岩術・編斬岩(あんざんがん)』」


 岩の妖気を纏わせ、強化した手刀で斬りつけようとしたが、相手の体に触れた瞬間、纏わせた刃が折れてしまう。


「嘘だろ!?」


 目をかっ開くほどくほど驚愕なことに動きが止まり、会津の怪獣の目の前で固まる。会津の怪獣は口を大きく開けて、大きな叫び声を上げてそんな俺を吹き飛ばす。その咆哮は会津の怪獣の背後にいたマチ先生と木戸にも被害を出してしまう。


「大丈夫ですか?」


 豪羽は飛ばされた二人の方に行って、声をかけた。一方一旦木綿は俺のところに来る。


「お二人とも、白目向いてましたよ」


 そりゃ白目も向きたくなるぜ。とんでもない衝撃波まともに喰らってんだからよ。多分俺も向いてた。


「二人はここ休んでいて下さい」


「こっちの攻撃を全く受け付けないですよ。やっぱり勝てないんじゃ…」


「いや、勝てるぜ。弱点がないわけじゃないみたいだからな」


 俺は立ち上がりながら、弱気になる一旦木綿を励ますようにそう話す。


「あいつの体、確かに硬ぇよ。でも、硬ぇだけで痛みは感じてるみたいだからな」


「そのようですね」


 豪羽も理解したような口ぶりでやってきた。木戸とマチ先生はどうやら休ませているらしい。


「奴は俺たちの攻撃を悉く受け切ってくる。しかし、俺の全力の鋭尖糸束だけは躱していた」


「躱してましたか?一体どうやって…」


 一旦木綿が疑問を抱くのも無理はない。俺もあの時は命中したと思っていた。しかし、あいつは上空に飛び上がるほどの元気を見せてきた。


「あのご自慢の長く鋭い鼻で相殺したんですよ」


 台詞を奪うが如く、豪羽が割り込んだ。気を落としたいところだがぐっと堪えて、俺は二人に指示を出す。


「あいつの動きあの場所から動かないようにしてくれ」


「そんな無茶な…」


「分かりました。引き受けましょう」


 俺の思考を察した豪羽はすんなりと聞き入れ、一旦木綿を連れて会津の怪獣に立ち向かった。

 奴は恐らく弱いと予測した攻撃は避けずに体で受け流す癖がある。それを利用すれば、奴はあの場から動くことがない。

 俺は外套を靡かせて、地面をいつも以上に力強く蹴り、雲より高く跳んだ。


「今度こそ、仕留める!!」


 俺は体を楽に一気に落下する。そして、落下しながら片足を上げ、とある技の構えをした。


「来ましたよ。一旦木綿さん」


「ちょっと!!そんなとこ引っ張んないで下さい!?」


 豪羽は空から俺が降ってくるのが見えてくると、一旦木綿の服の後ろ首を掴んで、会津の怪獣から離れた。


「『岩石落とし』」


 足に岩の妖気を込めに込めまくった踵落としを会津の怪獣の脳天に打つける。上からの衝撃に耐えきれず、会津の怪獣は地面の中に沈むほどだった。


「『糸術・封印網』」


 着地した後すぐに会津の怪獣を地獄に封印した。多くの人の命を奪ったんだ。しばらくは地獄から出れないだろうな。


「やりましたね。雷羽先生」


「ああ。木戸とマチ先生のところに行こう」


 速やかに移動して、二人のもとに行くと、目を奪われる出来事が起きていた。


 第六話「妖獣土蜘蛛」


「お前ら!!何があった!?」


 そこには木の側に横たわる木戸とマチ先生の姿があった。二人には深い傷があり、近くを赤く染めるほどの出血をしていた。


「この傷、俺の糸術で治癒できるかどうか…」


 焦りを隠しきれないほど汗を流してしまう。傷口を塞ぐことを試みてはみるが、止血は出来てもこれでは間に合わない。


「なら、あとは私が…」


 焦る俺の隣に一旦木綿が屈んで、俺が糸術で塞いだ深い傷口に取り出した布を巻きつけた。


「私のこの術なら傷を癒せます。このまま安静にしていれば死ぬことはないと思います」


 確証がないのは不安になるが、傷口を自分で抑えていた時の苦しげな表情は和らいでいた。


「しかし、一体誰がこんなことをしたんでしょう」


 豪羽の言う通りだ。この深傷、何者かに付けられたものに違いない。たが、木戸たちはここで休んでいたはず…。会津の怪獣は豪羽と一旦木綿が止めていたはずだから、奴から攻撃を受けるなんてあり得ない。


「雷羽…殿…」


 眠る二人を眺めて考えていると、一旦木綿が震えた声で俺の名を呼ぶ。恐怖を感じさせるようなものだった。


「どうし…た…」


 なんだよ、こいつ…。

 言葉を詰まらせるほどの衝撃が目の前に現れた。木の隙間から溢れる太陽の光さえも塞ぐ巨大な会津の怪獣が俺たちを見下ろしていた。


「もう一体いたのかよ…」


「あっ…っ…ああっ…!!?」


 一旦木綿は恐怖心が募って、言葉は出ずに涙だけを流す。当然だ。前に戦った鵺よりもデカいんだ。力のない一旦木綿に敵う敵じゃない。もちろん、ただの人間豪羽だって…。


「私…無理です…ッ!!」


 耐えきれなくなった一旦木綿は布切れの姿になって、この場から逃げ出した。


「豪羽…」


「何ですか、雷羽先生。まさか、自分を置いて逃げろとかなんて、言いませんよね?」


 豪羽が戦いに参加できたのに特別な理由がある訳じゃない。趣味程度で空手をやってるからある程度戦えるからだ。


「私は戦いますよ。私には凶暴な動物を眠らすことが出来る毒薬もあります。簡単に引く気はありま…」


「悪い…」


 俺は細く鋭い糸で作った毒針を豪羽の首元刺した。 こんなことしたくねぇけど…、お前じゃ勝てねぇよ。だから、眠っててくれ。


「そろそろ黄金兄さんが来るだろ…。それまで──」


 俺は目を深く瞑って、妖気を高めた。

 あの姿にはなりたくなんてない。でも、こいつを止めるには、これしか方法が思いつかねぇ…。


「うおあああああああああああっ!!!!!」


 さっきの会津の怪獣の出した雄叫びに負けないくらい大声を上げる。気合いで喉が張り裂けそうだ。それ程に気合いを入れないと、あの姿にはならなかった。

 妖気を高めれば高めるほど俺の体が変異する。腰からは足が生えて四本になり、肩甲骨のあたりからは腕が生え、足と合わせ八本になって黒色に染まり、蜘蛛特有の跗節となる。体色は薄橙から黄と黒の虎模様になり、頭には猫耳が生えてくる。それと同時に身体全体は大きくなっていき、牙も長くなる。俺は本来の土蜘蛛の姿になった。


「ケガガガガガ…」


 俺を睨みつける会津の怪獣と理性を失いつつある俺が山の中に佇んだ。

 睨み合いは長く続かずことなく、先に会津の怪獣が仕掛けてくる。飛んでくる拳は顔面で受け止めてしまうが、その腕を二本の前跗節(ふせつ)で取り、反撃に逆の跗節で何度も同じ箇所を突き刺す。


「ケガガガ…」


 苦しんでいるのか会津の怪獣の声は小さくなっていく。俺は怯む相手に続け様に攻撃を仕掛ける。後ろ足で膝蹴りを喰らわせ、さらに牙で頭に噛み付く。


「ガガ…」


 牙を外して両腕で前に突き、距離を取らせてから糸を吐いて、相手の動きを止める。


「ゲガッ…!!?」


 そして、一気に糸を引いて会津の怪獣を近づけさせる。俺は一番の後ろ足だけで体を起こし、残りの六本の手足で会津の怪獣の体を貫いた。


「ゲガーッ!!?」


 手足を引き抜けば血が吹き出し、妖気が漏れ出す。それらを浴びることも躊躇わずにトドメを刺す。


「『岩術・礫岩』」


 牙を開いてそこに妖気に溜める。三秒も経たぬ間に充分に溜まった妖気を一気に放出し、会津の怪獣を包むほどの光線を放った。

 光線を喰らった会津の怪獣は断末魔も上がることなく、静かに倒れて一体目と同じサイズになった。


「はぁ…はぁ…」


 俺はいつもの姿に戻り、荒く上がる息を整えながら倒れる会津の怪獣に近づく。そして、地獄に送るために妖気を手のひらに溜めた。


「本当なら、お前をここで殺したいくらいだが…」


 返事のできるはずのない倒れる会津の怪獣に対してそう話しながら、妖気の溜めた手を前に出した。


「俺は蜘蛛妖怪だ。地獄に送らせてもらう」


 封印網を打とうとした瞬間、俺の体を何かが通り抜けた。


「がはっ──!!?」


 気持ちの悪くなるほどの陰気が心臓を痛めてくる。咳をするたび吐血が止まらない。俺は痛む胸を抑えながら横たわる。


「あらあら。酷い傷ですね」


 聞き覚えのある声が耳に入ってくる。少年の霊を手玉に取り、この前の一件でも蟻蜘蛛兄さんと戦っていた女の蜘蛛妖怪。あいつの声がした。


「何を…、するつもりだ」


 俺が地獄に送ろうとした会津の怪獣に近づいて、女は奴の魂を抜き取った。魂を失った会津の怪獣の肉体は散ってしまう。


「あんなに凶暴な力を持っている妖怪を利用しないなんて勿体無いでしょう。なので魂の回収を──」


「お前も…、赤赫刃の蜘蛛妖怪…」


 駄目だ。苦しくて上手く話せない。こいつから蟻蜘蛛兄さんの情報を得たいのに…。


「あら。ご存知だったのですか?なら自己紹介が省けます」


 女は横たわる俺の所に来て屈み、話を続けた。


「私は赤赫刃の『幽霊蜘蛛』。以後お見知り置きを──。今日はあなたをお誘いに来たのです」


 誘いだと…?


「あなたの妖獣の姿、拝見致しました。素敵ですね。最凶という言葉が似合う、あの会津の怪獣と渡り合えて、村を一つ壊滅させるほどの力。ぜひとも赤赫刃に欲しいのです」


 ぶざけんな…。


「まあ、無理にとは言いません。惜しい人材なので、今回は見逃してあげますから、良いお返事、お待ちしております。それでは──」


「待…て…」


 それが会津での最後に見た景色だ。次に目を覚ました時には、黄金兄さんの勤める病院の病室のベットの上だった。

〜次回のお話〜

 なんとか会津の怪獣を倒すことができた僕たち。怪我を早く治し、月曜日に何事もなかったように出勤して、学外学習の計画を進める。今度は生徒の皆んなと会津に出発だ。しかし、なんだか雷羽先生、浮かない顔…。何か嫌なことを思い出しちゃったのかな?

 次回、『半妖怪の導き 第八巻「俺は土蜘蛛の半妖怪教師」』

 お楽しみに〜


「これが本当の俺だ!!」


 読んでくださりありがとうございます。そして、前作の投稿からかなり空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

 投稿のペースは、都合も相まって一定ではありませんが、今後も雷羽先生の活躍の応援をよろしくお願いします。

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