第五巻 半妖怪の美化委員会
読んでくださりありがとうございます。そして、前作の投稿からかなり空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
投稿のペースは、都合も相まって一定ではありませんが、今後も雷羽先生の活躍の応援をよろしくお願いします。
委員会活動。それは生徒会を中心に結成される、それぞれの役割を持った組織。皆んなどんな委員会に所属していたかな?
給食委員会…新聞委員会…保険委員会…。例を上げれば、様々な委員会が思いつく。
ちなみに、僕は保健委員会の面倒を見ている。子どもたちにはシャボン液の補充や、出席簿の提出などの仕事をしっかりとさせている。
頼まれた仕事をこなすのも、立派な大人になるために重要な事の一つだからね…。
第一話「半妖怪美術教師と学年主任の理科教師」
某日水曜日の六時間目。いつもは美術の授業をしている枠だが、今日は特別だ。月に一度ある委員会が集まりがある日だからだ。
新入生にとって今日は、初めての委員会活動だ。とは言っても、小学校でも多少は経験したことがあるだろうがな。
「うちのクラスの美化委員会は、と…」
俺は管理することになっている美術室を率先して掃除している。それが評価されて、美化委員の担当教師を任された。
今年度も美化委員会の担当のため、美化委員のメンバーを確認した。学級書記がまとめてくれたものによると、二人の女子生徒が所属しているようだ。
朱里雀と…、如月伊央里か…。この娘とはやたら縁があるな。鵺の件といい、今回といい…。
「これ以上、余計なことには巻き込みたくはないんだがな…」
「どうしたんですか?一人でぼやいて」
「どわーっ!?」
後ろを尾かれていたのか…。肩に触れられるまで気づかなかった。豪羽の野郎、相変わらず不気味なやつだ。白髪で高身長で細い吊り目なのが、余計にそうさせやがる。
「豪羽、頼むから急に話しかけるのやめてくれないか。心臓が幾つあっても足りん」
「すみませんね。雷羽先生の驚く反応があまりにも面白いので、ついやっちゃうんです」
ニコニコと楽しそうな笑顔をさせていた。そして、なぜか俺の隣に来た。
「何してんだ?早く自分が担当の委員会の教室に移動しろよ。俺の隣なんか歩いてねぇでさ」
「何言ってるんですか。向かってますよ」
「は?」
豪羽の言葉で、俺に嫌な予感が走る。
昨年共に美化委員の担当教員を務めていた教師が、他校に移動したのを思い出した。
「まさか、お前…美化委員か?」
「ええ。その通りです」
「知らされてないぞ!!」
「私と一緒だと嫌がる、と予感していた教頭が敢えて知らせるな、と」
「あのハゲ…」
蜘蛛妖怪じゃなかったら、簡単に消し炭にしてたところだぜ。命拾いしたな、教頭。
「さ、突っ立ってる暇はありません。早く行きますよ」
怒りと不満を募らせながら、紙の挟まったバインダーとファイルを胸に抱えて、豪羽の隣を嫌々歩いた。
「まぁまぁ。そんな顔をさせないで下さいよ」
空気を含ませた俺の左頬を、豪羽は人差しでツンツンと突きながら言った。
苦痛だが、俺は嫌がる様子は見せずに、無視だけを続けた。
何が苦痛って、教室を移動して、すれ違っていく生徒たちに、こんな姿を見られているのからだ。職業柄、たまに地獄に行くことがあるが、こっちの方がよっぽど地獄だ…。
然る間に美化委員の集まる教室に辿り着いた。俺たちはチャイムと同時に、教室の後ろから入室した。
第二話「半妖怪と美化委員会」
「出席を取ります。三年一組、全員いますか?」
「「「いまーす」」」
チャイムがなり終わるやいなや、委員長が出席を取り始める。呼ばれたクラスは返事をして、欠席者を確認した後、委員会活動を開始する。
「一年三組、全員いますか?」
「「「います」」」
今年度の第一回は、欠席者ゼロで全員出席だった。
「これから美化委員の委員会活動を始めます。お願いします」
「「「お願いします」」」
委員長が挨拶をすると、他の生徒も挨拶を返す。その時、教室の後ろに立っている俺も軽く礼をした。
「今回の議題は、今年度の目標を決めることと、今月の活動内容を確認してもらうことです」
一番最初の委員会活動だからな。最初の集まりもこんなもんだろう。
生徒たちはクラスごとに、またはその枠を超えて学年ごとに話し合い、今年度の活動目標を決め始めた。
美化委員の仕事は至ってシンプルだ。校内の掃除はもちろん、月に一度、各教室の掃除用具が一式揃っているかを確認したり、中庭や校庭の周囲にある花壇に水をやったりと、学校をきれいに保つための活動を行う。
「次に、今月の地域のゴミ拾い活動の場所をお話します」
そう言やそんな活動もしてたな。最近流行りの『エスデイジーズ』の波に乗っかって、去年から始まった学校周辺のゴミ拾いをする活動。校長は学校だけでは飽き足らず、河川敷や通学路まで綺麗にさせたいようだな。しかし何も、美化委員だけにさせなくても、良い気がするが…。
「以上で、今年度の美化委員の活動予定の確認を終了します。最後に先生方から何かありますか?」
今日の予定が一通り終わり、最後に先生の話ということで、俺と豪羽に話を振られた。
「お先にどうぞ、雷羽先生」
どういう意図があるのか知らないが、豪羽は俺を先に話させてくれた。後に話すと、言いたいことが被ることがあるから、正直ありがたい。
「では、雷羽先生お願いします」
「はい。ええ、皆んな委員長の話にしっかりと耳をやっていて、目標を決める話し合いもスムーズに進んでいたので、今年度最初の委員会活動も、良いスタートを切れたのかな、と思いました。これからの学校生活の中でも、校内を綺麗に保つ一人の美化委員という自覚を持って、生活してくれれば良いなと、先生は思います」
「ありがとうござました。次に、豪羽先生お願いします」
「はい。雷羽先生と以下同文です。以上です」
クソったれが…。後輩に先に話させて、自分を後回しにしたくせに、その四字熟語で済ませるなんて、先輩として、学年主任としての風格はないのか、こいつには…。
「以上で、美化委員の委員会活動を終わります。お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」」
礼と同時に俺は目線を豪羽の方に向けて、睨み付けた。頭を上げた時に豪羽と目があったが、それでも豪羽は満足げな笑みを浮かべていた。
委員会活動を終えた生徒たちは、自分の教室に戻り、帰る準備をしていた。
帰りのホームルームは、委員会活動が始まる前に各クラスで終わらせているため、準備が出来たやつから各自、帰宅や部活動に向かわせるという形をこの学校ではとっている。
そのため、廊下が生徒で混む。しかも荷物を持った生徒でだ。
この混雑した所にわざわざ足を踏み入れて移動するくらいなら、俺は美化委員会で使用したこの教室で、部活動&帰宅ラッシュが落ち着くまで待機する。やらなきゃならない仕事もそんなにないしな。まぁ、来月の学級便りくらいか…。
「雷羽セーンセ」
ロッカーに寄りかかって、暇な時間を過ごしていると、隣にいた豪羽が顔を近づけて俺に話しかけてきた。
「近ぇよ。キスでもする気か」
「そんな気はありませんが…」
豪羽は俺の顎を指で軽く持ち上げて、目線を上にさせられた。同時に挑発的な笑みを浮かべて、こちらを見つめてきた。
「そんなに可愛い顔をされると、奪ってみたくなりますね」
目を閉じて顔を一気に近づけてくる。そんな豪羽の唇に人差し指を当て、男同士の接吻を防いだ。
「んっ…」
「ばーか。誰があんたと唇重ねんだよ」
「嫁ですかね?」
そういやこいつも結婚してたっけな。俺も早く相手を見つけろって言われて…って、んなことは今はどうでもいいか…。
「それより、何か話があるんだろう?」
顎クイをする豪羽の指を振り払い、話を進めた。
「そうでした。来週のゴミ拾いの場所について、少しお話ししたいことがありましてね」
第三話「帰り道の河川敷」
「ゴミ拾いの場所…。確か、近くにある河川敷だったか」
「はい。今年からあそこも活動範囲になったのですが、なんだか妙でしてね」
妙…か。確かに水辺には妖怪が住処にしがちだが、あの辺ではあまり見かけたことがないな。
「何かあったのか?」
「えぇ…。この後、少しお時間ありますか?」
普段とは打って変わって、豪羽は真剣な顔をしていた。只事ではないと察した俺はすぐに了承した。
放課後。今日のこの時間は美術室で芸術創作部が使用しているため、人があまり来ない資料室に身を置いていた。俺はここで豪羽と会う約束をしていた。
「お待たせしました」
豪羽が戸を開けて入室すると、そう言って軽く頭を下げた。後ろには、一人の男子生徒を連れてきていた。名札の枠ぶちの色を確認する限り、一年生のようだ。
「豪羽、そいつは?」
「彼は木戸先生のクラスの、不動明里くんです」
「こんにちは…」
背が低く、小柄で内気そうな彼は、下を向きながらちっちゃい声で俺に挨拶してきた。それに対して軽く返事を返した後、豪羽に詳しく要件を聞いた。話をすることで、当時の恐怖を思い出したのだろう。声を震わせながら話をしていた。
話を聞くところ、どうやら下校中、例の河川敷付近で不審者に遭遇したというものらしい。
登下校指導担当ではないため、今はとやかく言うつもりはなかったが、今回の件は少し様子が違く、何らかの怪異が関わってる可能性があった。
「事情は分かった。今日はなるべく友達と帰宅するようにしろ。その方が少しは安心だろう」
「はい…。分かりました…」
終始内気な様子だったが、性格の問題だけではないだろう。恐怖を覚える事があれば、どんな陽キャだって、言葉が詰まる事だってある。明里は足取りを重くしながら、教室をずっと覗いていた友人らしき人物のもとへ行き、頭を軽く下げてから去ろうとした。
「また何かあったら、相談しに来い。いつだって聞いてやる」
明里の去り際に俺はそう言った。
「…さようなら」
「またな」
俺は手を振りながら見送った。そして、明里たちが前を向いた時に、手のひらの上に息を吹きかけて、もしも時のための術をかけておいた。陰気を持った妖怪が近づくのを躊躇うように、陽気をうんと込めといた。
「やはり妖怪が絡んでるんですか?」
「あぁ、おそらくな。というか今回は百パーそうだろう」
明里たちの気配が薄れてから、豪羽と話を始めた。
「どのような妖怪ですか?」
「明里が話していたことから推測するに、今回は『濡れ女』だろう」
俺は近くの席に座り、背もたれに寄っかかって、濡れ女についての話を始めた。
「濡れ女はその名の通り、常に濡れた状態でいる女だ。水辺にあるところによく現れては、その辺りを通った人間に近づいて、笑いかけるんだ」
「それだけなら、あまり迷惑にならなさそうですが…」
「それで終わればな」
机に身を任せて、両手で頬杖をつきながら話を続けた。
「濡れ女にも色々いるんだ。気に入った人間を水中に引きづり込んだり、生きるために魂を奪ったりするやつもいる。場合によっては、へ、蛇の姿に変えてそれを行なってくる。あいつらは、人間を不幸に導くと、恐れられてるんだ」
そんなやつと明里は一人で遭遇したんだ。人間の不審者だって怖いだろうに、髪を濡らした状態で笑いかけてきたら、もっと恐怖を覚えるだろう。
しかし、不思議だ。仮にその不審者が濡れ女だとしたら、よく何もされずに帰宅できたものだな。あいつらならこんな子供、すぐに引きづり込んぢまいそうだが…。
何にせよ、何もなくて安心はしたが…。
「もしそれが本当なら、早いとこ退治しないとまずいですね」
「あぁ…。そうだな」
俺はそう答えて、椅子から立ち上がった。そして、パーカーのポケットに手を入れ、豪羽にまた明日と告げて教室を後にした。
濡れ女を倒す…か。正直、その気にはなれない自分がいた。生徒を守るために、戦わなきゃいけないのは十二分に分かってるつもりだ。だけど、俺とあいつらにはどこか似たものを感じていた。
「うわっ!?」
ぼーっと一人歩いていた時だった。廊下の曲がり角で、女子生徒とぶつかってしまった。
「すまねぇ。大丈夫か?」
俺は腕を掴んで、彼女を尻餅がつかないように引く。
「はっ、はいっ…!!」
ぶつかってしまった女子生徒の顔を目視すると、俺が持っているクラスの生徒の朱里雀だった。
「朱里?何やってんだお前?」
朱里の体勢を整えながら聞いた。
「えっと、忘れ物を取りに戻ってきたんです」
「そうか。気をつけて帰れよ。今みたいに、事故に遭うかもしれないからな」
「はい」
元気の満ちた声で返事をして、俺が向かう方向とは逆の方へ向かい、忘れ物を取りに行った。
彼女の背中を見つめて、手を固く握った。今、俺がやるべきことを思い起こさせた。
第四話「真夜中の河川敷」
その晩。俺は黒色の袖がない外套を羽織り、瞳の色を変えて、妖怪の姿になり、例の河川敷の川を眺めていた。もちろん、濡れ女を倒して、地獄に連れて行くためだ。
そんな俺に、怪しげな気配が弱めな風と共に吹いた。人間を探して回って、見つけては喰らっている。それくらいの事なら容易にこなせるであろう、邪悪な妖気だ。
やはり、この付近を縄張りにしているのは確かなようだな。
「どこに隠れてやがる…」
夜は妖怪が悪さをしやすい。命を取らずとも、人間たちに悪戯をするやつらが多く、俺の『糸術・糸振網』を使用しても、余計な陰気を感じ取ってしまう。
「チッ…埒があかねぇな…」
場所を川の近くの方へ移して、再び居場所を糸術で探ってみようと、水に手をやる。
「ーッ!?」
水に触れたその瞬間、背後に気配を感じた。
すぐさま水の流れ続ける川の中の石を術で浮かせて、自分の背後に飛ばして、自分の身を守る。
「きゃっ!!?」
飛んでくる石に襲われ、思わず声を上げたようだ。
俺は背後を向いて、声の主を正面にし、蹴りを入れようと足を高く上げた。
「ちょっ!!ストーップ!!!」
俺の蹴りは決まることなく、相手の顔面の寸止めで止まった。容赦をかける気はなかったが、あまりにも必死に止めてくるので、このような結果になった。
「濡れ女…?」
いや違う…。奴にしては陰気が弱い。それどころか、妖気もあまり感じられない。いや、少しだけは感じるが…。
「えっと…、私は『濡女子』です」
「濡女子?」
そんなやつが今はいるのか…。知らない妖怪もまだいたもんだな…、って言ってる場合か。髪がびしょ濡れである特徴は一致してるんだ。こいつが陰気を弱めて、偽りを言ってる可能性も…、あまり考えられないな。
「こんな所に何のようですか。夜中に出歩くのと危ないですよ」
俺を襲うどころか、注意をしてきた。まるで子供を相手しているかのように。いくつに見えてるんだか…。
「あぁ…。そうしたいが、少しだけ調べたいことがあってな。君が良かったら、ちょっと話を聞いても良いか?」
俺はここをよく通る男子(明里)の特徴と、この川について聞いてみた。すると、今回明里に近づいた不審者の正体が明らかになった。
「なるほど。人間と仲良くなろうとして、人間に近づいた、ってことか」
「はい。怖がらさせるつもりはなかったんです。すみません」
人間を襲って、魂を奪っているのかと思っていたが、それは違った。人間と共存を目指す、好奇心旺盛な妖怪の可愛い悪戯だった。
「なぁ、もう一つだけ聞いて良いか?」
「はい。私が答えられるものでしたら、何でも」
「この川には、濡れ女っていう妖怪はいるのか?」
「濡れ女、ですか」
手を自分の顎に当て、何かを思い出すような仕草をする。
「濡れ女は確かに、この場所に存在していたようです。かつてはこの川を拠点にして、周囲の妖怪たちを手駒にし、頂点に君臨しようと企んでいたようです」
「かつて、ってことは、今は…」
「はい。様々な術を扱う蜘蛛妖怪と最強の猫又の共闘によって、封印されたみたいです」
様々な術を使う蜘蛛妖怪か…。俺が知らない世間もあるもんなんだな。
「つまり今は地獄にいるって訳か」
それなら安心して美化委員の生徒たちを連れて来られる。川での脅威が少しだけ減った。後は、生徒たちが誤って川で溺れないかを見守るだけだ。
「突然来て、すまなかった。今度、人間の子供たちがこの辺のゴミ拾いをしに来るみたいなんだ。良かったら、ボランティアとして参加を試みたらどうだ?」
俺は彼女を人間と近づかせるために、このような提案をしてみた。
「お誘いは嬉しいですけど、私はまだ、人間の姿の状態を保つ事が出来ません。今回はお断りさせて頂きます」
笑ってはいるが、隠しきれない切なさを感じさせながら話していた。
「そうか…。それじゃあ、俺はもう行くよ」
「はい。またどこかで」
彼女が人間になりきれる時が来ることを願いながら別れを告げて、俺は彼女に背を向けた。そして、地面を蹴って空へと飛ぶ。下を見ると、濡女子は小さく手を振っていた。
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土蜘蛛の後を追っていた私は、面白い情報を手にする事が出来た。
地獄に封印されるほどの強大な力を手に入れた濡れ女。これは利用する価値が大いにある。土蜘蛛が見えなくなった後すぐに、私は川の近くまで行った。
私は『解放の書』と呼ばれる巻物を開いて、古い言葉で書いてある文章を読み上げる。すると、川の中から紫色の妖気が漂い始める。川の底にあった祠の錠が解けたのだろう。水浸しになった女が水飛沫と共に現れた。あの有名な貞子を彷彿とさせる貧相な白い服を着用しているのとは裏腹に、凶悪な陰気を放っていた。
あまりに悍ましい妖気を放っているため、私は巻き込まれないように、今回は身を引くことにした。
第五話「美化委員会のゴミ拾い」
濡女子に別れを告げてから数日が経ち、美化委員会が河川敷でゴミ拾いを行う日になった。
放課後、美化委員の生徒たちは部活動などに遅刻する前提で来ている。受験を控えていて用事がある三年の一部のことは目を瞑ったが、それ以外の生徒は全員サボることなく来てくれた。
意外にも軍手を個人的に持参してくる生徒が多かった。やる気は十分にあるようだな。
「今からトングを一人一本配ります。それとゴミ袋。くれぐれもチャンバラごっこのような振り回す行為はしないようにしてください。小学生でもやりませんからね」
豪羽のやつ、いつもこれくらい張り切って仕事してくれれば良いのにな。今のあいつは少しだけ主任っぽく見える。
「よしじゃあ、これより美化委員会のゴミ拾い活動を始める。俺たちが集合の合図をするまで、懸命に努めるように」
俺の開始の合図と共に生徒たちは散らばって、それぞれゴミ拾いを始める。もちろん俺と豪羽もトングとゴミ袋を持って、ゴミ拾いを始める。普段通る道に比べて、ゴミの種類が様々だった。
「先生、これは燃えるゴミですか?」
「えぇ、燃えるゴミです」
豪羽が生徒と楽しそうに関わってるの、なんだかんだ初めて見るな。なんだか微笑ましいな。
しかし、そんな姿を見ていられるのは、そう長くはなかった。
俺がゴミ拾いを進めていると、生徒が俺を探す声が聞こえた。
「雷羽先生、こっち来てください」
「どうした?」
俺が来るやいなや一人の生徒が川に指を指す。その先を見ると、水面に波紋が浮かんでいた。
この妖気は…、この前の濡女子だ。しかし彼女だけのものだけじゃなかった。
「人でも溺れているのでしょうか?」
「…っ!?いや、違う!!川から離れろ!!」
俺は近くにいる生徒に川から離れるように指示を出す。それと同時に川の中から水飛沫と大きな音を立てて、二人の妖怪が姿を現す。
濡女子よりも大人びている女が彼女の首を掴んで、宙を浮いていた。
「はや…く、に…げ…て…」
濡女子の口元がそう言うふうに動いているのが見えた。その瞬間、濡女子はもう一人の女妖怪に放り投げられ、水に体を打ってしまう。
「豪羽、俺があいつを引きつける。その間に…」
俺は豪羽の元に急いで行き、生徒と学校に戻るように頼む。
「分かりました」
豪羽はすぐに行動に移してくれた。冷静沈着に判断して、生徒たちを学校に導く。
生徒が全員移動したところで、外套を羽織って、二本の短鎌を取り出す。
「はぁっ!!」
地面を力強く蹴り、同時に瞳の色も変えて、濡女子を投げ飛ばした女に攻撃を仕掛ける。水の妖気で防がれるもなお、攻撃仕掛け続けた。
「テメェ、どうやって地獄から抜け出した!!」
濡女子の首を片手で締めていたこの妖怪が何者かは、察しがついていた。濡れた髪に、蛇のような鋭い牙を所持したこの女こそ『濡れ女』だった。
しかし、不可解な点が一つあった。それは地獄に封印されていたはずの妖怪が、この川に現れたということだ。
「私が知ったことではない。地獄で罰を受けていたが、気づいた時には懐かしく心地よい水の感触になっていたよ」
不適な笑みを見せながら、俺の振るう刃を払い続けた。しかも、俺が猛攻を繰り出す中、一瞬の隙を見抜き、風のような速さで背後に回られる。
「どあッ!?」
後ろに回られた後すぐに、蹴りを入れられてしまう。
「ふんっ…。口ほどにもないやつだ。しかし、貴様のせいで人間の生き血を取り損ねた」
地面まで蹴飛ばされ、石の並ぶ砂利道に叩きつけられてしまった。
「ただでは、死なさん!!」
俺がゆっくりと立ち上がって、俺が反撃をしようと鎌を握り直した時、追い討ちをかけるように濡れ女が突っ込んでくる。
「くっ…!!」
俺は糸術の『蜘蛛の巣』を放ち、蜘蛛の巣型の妖気で作り出した盾を前に出す。それをこちらに向かってくる濡れ女に投げ飛ばす。
パリンッ!!
しかし、その障壁は簡単に破壊されてしまい、俺は濡れ女にマウントを取られて、身動きが取れなくなってしまう。
「グアーッ!!?」
そのまま首を鋭い牙で噛まれ、鈍い声を上げる。首に激痛が走り、血と妖気が流れ出す。攻撃はそれでは止まず、長く伸びる鋭利な爪が俺の右の胸部を貫く。安安と息の根を止める気はないようだ。
「…ッ…『糸術・乱れ糸』…」
妖術で無数の糸を生成して、俺に乗っかる濡れ女に襲わせる。本来の力ほど威力が出せずにいたが、油断を突いた甲斐あって、濡れ女を退かすことに成功する。しかし、深い傷を負いすぎたことには変わりない。糸術でも回復は間に合わないだろう。
「水色の瞳に、器用に扱う糸術…。汝、土蜘蛛か」
「そうだ。だが、ただの土蜘蛛じゃねぇ…。悪しき妖怪を地獄に封印する、蜘蛛妖怪だ」
俺は羽織っていた外套を外し捨て、妖気を鎌に込める。そして、鎌を大きく振り、鎌に溜めた妖気を飛ぶ斬撃にして放つ。
「丁度いい。蜘蛛妖怪には少し世話になったからな。ここで復讐を晴らすとしよう」
そう言って、濡れ女は俺の放った斬撃を手動で斬り裂く。そして、妖力を高め、姿を変える。
黒い髪を長く伸ばし、それに包まれ繭のようになるとカイコの如く殻を破り、上半身に濡れ女の面影を残した巨大な蛇になる。上半身だけで信号機を軽々と超えるデカさだった。
「なんて強大な妖力なんだ…」
しかも俺が苦手な形をしてやがる。
「汝を殺して、逃した人間共を喰らってくれる」
まともに戦って勝てる相手じゃない。でも、分かっていてもやらなきゃならない。
俺は鎌を構えて、攻撃に備えた。
「『川術・水蛇繁吹』」
大きな蛇は川の水面を尻尾で強く叩くと、水飛沫が大量に上がる。その飛沫はやじりの形になって、こっちに飛んでくる。
「『岩術・砂岩』」
それに対抗するよう俺は、やじり状の岩の妖気を放った。
しかし、弾幕の数が足りずに圧倒され、大量のやじりを体に受ける。腕を交差させて、身を守ろうとする。
「アガッ!?」
続け様に巨大な蛇の尻尾の攻撃を受け、致命傷を負ってしまう。体に千切れそうなほどの痛みが走る。その痛みを抱えながら俺は凸凹した地面に何度も体を打ちつけた。
「『岩術・泥岩』」
だが、俺はすぐに体勢を立て直して、岩の妖気弾を連続で放つ。着弾するたびに煙を立て、濡れ女の周囲な煙で包まれる。
手応えはある。少しはやれたかと思っていたが、煙が晴れると、ピンピンしている様子の濡れ女がいた。そんな濡れ女はせせら笑いながら、口を開いた。
「汝も土蜘蛛なら分かるだろう。生きているだけで、不幸を呼ぶと言われ続けて生きる苦しみが…」
その言葉は、俺の胸を締めつけた。同時に自分の過去を脳裏に焼き付けた。
『こっちくんな、疫病神』
『うちの子が風邪を引くだろ』
『人間を食らう魔物が…』
全身の力が抜ける。鎌どころか、拳も握れない。立つことすら、もう嫌になる。
「『川術・水蛇激流波』」
痛みを感じないほどの威力の妖術が俺にとどめを刺した。
「やれやれ…。世話の焼ける弟だ」
第六話『俺は蜘蛛妖怪』
体が冷える。川に引きづり込まれたようだ。生憎、俺は泳げない。金槌ってやつだった。例え泳げても、もう体は動かないかもだけど…。
防ぎきれない強力な妖術と、骨が砕けそうなほどの重い打撃を受け続けても尚、立ち上がっていたが、奴の言葉は俺の戦う気力、生きる気力すら失わせた。
不幸呼ぶ妖怪。俺もその一体だ。
人間を病弱にし、人間を喰らう。それが俺の父、土蜘蛛だ。そして、俺はその血を引く半人妖怪だ。
周囲の人間は、俺に接してくれていた。でも、それは最初のうちだけだ。土蜘蛛の血を引いていると知れば、皆んな俺に差別を始めた。大人にされるのは、別に平気だ。けど、同じ年代にされるのは少し気分が悪かった。
『早く消えろよ。疫病神』
『人喰い蜘蛛が…』
罵声を浴びさせられながら、拳や蹴りで傷を付けられた。今の俺がタフなのは、おそらく当時の暴力のお陰だろう。
でも、もう戦えない…。
「(目を覚ませ、雷羽君。君を待つ人間たちがいるじゃないかい?)」
この声は、蟻蜘蛛兄さん…。
「(こんなところで倒れてはダメだ。君は人間として、蜘蛛妖怪として、守るべきものがあるだろう」
守るべきもの…。
「(濡れ女の言葉に耳を貸すな。今の君には、信じられる仲間がいるだろう)」
____そうだ。俺には仲間がいる。あいつらと守りたい宝がある。
暗闇の底でくたばってる場合じゃねぇんだ!!!
川の外まで糸を飛ばし、近くの木に括り付ける。
『糸術・螺旋糸』
糸を捻って、短くさせる。そして、陸を目指す。
ボコボコボコボコ…
「何だ?」
俺は水中から勢いよく飛び出す。そして、その反動を利用して、濡れ女の腹部に踵落としを喰らわせる。
「ウガッ!!?…貴様ッ!!」
濡れ女は腕を生成して、俺に拳を振るってくる。冷静さのかけらもない素早い攻撃だが、俺はそれよりも速く動き、奴の腕になる。
「体が軽い。まるで、虫になったみたいだ」
俺の中で妖力が強化されてる。原理は分からないが、今ならこいつに勝てる。
「ちょこざいな…。土蜘蛛の分際で…」
濡れ女は妖気を両手に溜めて、先ほどの術を撃つ体勢になる。俺も両手に妖気を溜めて撃ち返す準備をする。
「『川術・水蛇激流波』!!」
「『岩術・礫岩』!!」
直線上の妖術がぶつかり合い、周囲には風が起こって、木々が音を立てた。
濡れ女の妖力は強く、俺は劣勢な状況に立たされていた。
「所詮貴様はその程度だ。私に勝つなど、ありえん!!」
相手の妖術は威力を増して、ますます押されてしまう。
「俺は土蜘蛛である前に…、半妖怪で教師だ。もし、お前が俺を倒して、生徒たちを殺すというなら、全力で止める!!」
俺は糸術で糸を操り、回転をかけて岩術・礫岩に組み合わせる。
「『岩糸術・礫糸岩螺砲』」
「なんだと!!?」
ドゴーンッ!!!
俺の妖術の勢いは一気に増して、濡れ女の妖術を上回り、致命傷を負わせることが出来た。濡れ女は最初の人型の姿になった。
「クソッ…まだだ!!まだ私は…!?」
「濡れ女。蜘蛛妖怪として、お前を地獄に再び封印させてもらう」
蜘蛛の巣型の陣を目の前に出現させ、それを濡れ女に対して投げ飛ばす。
「くっ…!!?」
見事命中させる。
「地獄で報いろ、濡れ女」
「うわーっ!!?」
陣を縮小させて、濡れ女を地獄に封印を進める。
「おのれ、土蜘蛛ーっ!!」
「俺の名は土亜田雷羽。土蜘蛛の血を引く人間の蜘蛛妖怪だ。覚えておけ」
「グワーッ!!!」
断末魔と共に濡れ女は消えていった。
「終わった…」
一気に力が抜けて、倒れそうになる。が、誰かに支えられていた。
「お疲れ様です」
濡女子だった。傷だらけだったが、命に別状はなかったみたいで、安心した。
人間に不幸を呼ぶ妖怪、土蜘蛛。それが俺だ。でも、今は違う…。そう思っていたい。
「頑張ったね。雷羽君」
〜次回のお話〜
今日は月に一度のお弁当の日。給食のおばちゃんたちの働き方改革のため、生徒はお弁当を持参する日だ。僕も愛妻弁当を作ってもらえるから、結構好きな日なんだよね。しかも、生徒はクラスや学年の壁を超えて、好きな場所で食べられる特別な日。
えっ?マチ先生のクラスに一人ぼっちでいようとする子がいる?マチ先生はその子と心の壁をなくすことに懸命になってるみたいだけど、上手くいくかな?
まぁ…とにかく頑張れ。応援するよ。
次回、『半妖怪の導き 第六話「くまちゃんと針女」』
お楽しみに〜。
「自分で作るの、めんどくせぇ〜」
読んでくださりありがとうございます。そして、前作の投稿からかなり空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
投稿のペースは、都合も相まって一定ではありませんが、今後も雷羽先生の活躍の応援をよろしくお願いします。