第四巻 終わることなき死
初心者が書いています。気になる点があるかもしれませんが、温かい目で流してください。
『この世』を彷徨い、行き場を失った死者を『あの世』に誘う妖怪、蜘蛛妖怪。
今日もまた、一人の蜘蛛妖怪が死者を『あの世』へ導くために努めていた。
第一話「休みのない半妖怪」
新入生を迎えた入学式から数日がたった。一年生は今日、中学生という大人への一歩を踏み込んでから初めての休日である。
授業や部活で疲れた生徒たちは今頃、安息の日を過ごし、羽を伸ばしているだろう。
しかし、俺たち蜘蛛妖怪にそのような暇はあまりない。上手く『あの世』に行くことが出来なかった死者を連れて行かなくてはならなかったからだ。
「よっこいしょ…」
それだけではない。もちろん教員としての仕事もしなくてはならない。
今後授業で使う予定の紙粘土が業者から届いたため、俺は朝から学校に来て運び作業をしていた。
「ふ〜、これで全部移動し終えたな」
紙粘土でいっぱいのダンボールを美術準備室に運び終えた。一息ついた頃には大分汗だくで、俺は自然と手の甲で額の汗を拭っていた。
「これで今週分の残業も終わったし、先導の仕事に行く前に、さっぱりするか」
美術室に戻り、荷物を整理して、椅子にドサっとかけていたパーカーを着用する。そして、美術室を後にした。
「ふ〜…」
俺がやってきたのは行きつけの銭湯。力仕事や戦いの後など、疲労が蓄積された時は、ここの温泉でゆったりと過ごす。
ゆったりとは言っても、ものの数十分で長居は出来ないが…。
「はぁ〜…」
この時間は人も少なく、心にもゆとりが出来て、つい声と息が漏れてしまう。しかし、少し何か違和感があった。
「今日は少しぬるめだな…」
いつもより若干、温度が低かった。いや、気にし始めたらもっと低く感じる。水とまでは言わないが、お湯と言うにはあまりにもぬるすぎた。
「あの…」
「ん?」
子供?小学生くらいか。昼前だし、居ないとも考えられないが、この銭湯ではかなり珍しいな。
「俺に、何か…」
やけに寒気が増した。それにこのガキから生気を感じられない。まさか、こいつ…。
「ここでは話しずれぇな…。場所変えるか」
まるで独り言のようにそう言って、俺は湯船から出た。俺の五百円…。
体をタオルで拭いて水気を取り、服を着用して銭湯を後にした。
その男子を連れて向かった先は、人気のない住宅街の路地裏。この場所で彼の話を聞くことにした。
「一応聞くがお前、すでに亡くなっているな」
こんなこと、何度聞いたって、聞き慣れるものじゃないな。
「よく分かったね。やっぱり蜘蛛妖怪なんだ」
「ああ。半分だけだがな」
俺は自身が人間と蜘蛛妖怪の間に生まれた半妖怪であることを話した。
死者をあの世に連れて行くためには、『名』と『没年月日』、そして『死因』を知る必要があった。なんで必要なのか、俺も詳しくは知らない。
「じゃあ、お前の名前と…」
しかし、帰ってきた言葉は、俺を困惑させるものだった。
第二話「記憶を求めて」
「記憶がない」
俺はまだ、正式に蜘蛛妖怪と呼ばれるようになってから、まだ日が短い。そのため、今回のような件の対処法が慣れていなかった。
「ごめんなさい。でも、どうしても思い出せないんだ」
「いや、良いんだ。記憶を失うのは珍しいことじゃないからな」
忘れてしまっているなら、思い出させるまでだ。
俺はまず近場の小学校を探し回った。生前に見た景色を見れば、何かを思い出すと考えたからだ。
「この小学校にここ辺りがあります」
すぐに見つかっているように見えるかもしれないが、この学校に辿り着くまで、十数件巡った。流石に足が棒だ。
「よし。じゃあ、学校探検と行くか」
しかし、休んでいる暇はない。
学校が休みである間に、方をつけなければならないからだ。平日は休日に比べて生徒や教員、人がたくさん集まる。また、妖は人の多いところに群がる。つまり、普段は妖怪や悪霊も集まり放題というわけだ。
妖怪ならまだ可愛いものだが、悪霊となれば話が変わってくる。
長い間この世で彷徨い続けた結果、自分が何者かも分からなくなり、他の霊や妖怪を喰らうようになってしまった悪霊は、助けようがないからだ。
この子がそうなってしまう前に出会えたことにほっとしながら、俺は瞳の色を変え、妖怪の姿になって、学校に侵入する(尚、妖怪の状態は普通の人間には見えないため、侵入するのは朝飯前だ)。
「かなり歴史のある学校だな。俺もまだ、生まれてねぇな」
「えっ、妖怪なのに若いの?」
「まぁな。半分だけだし」
「その…さっきから半分だけっていうのは…」
「あぁ、俺の母親は人間なんだ」
「えっ?人間って、妖怪と結婚できるの?」
「出来ても、法と世間が許さないだろうがな」
空笑いをしながら他愛もない会話をし、廊下を歩いて彼の記憶を追い続けた。
「ここなら、何かヒントがあるかもしれねぇな」
俺が足を止めたのは職員室の横にある保管室。学校が世間に流したくない機密情報は大抵ここに隠されていることが多い。
俺たちは扉をすり抜けて、保管室にお邪魔すると、鼻を埃っぽい空気がくすぐる。
「かなり埃っぽいな。手入れが入ってなさすぎだろ」
いつもの袖のない外套を取り出して首に巻き、口元と鼻を覆う。そして、埃の被った棚の引き戸を開けて、そこら中を探し回った。
しかし、そんな簡単に見つかることもなく、残すは鍵のかかっている引き出しだけだった。
「この中か…」
鍵穴に人差し指の指先を近づけ、糸術を使う。指先から糸を出現させ、その糸で鍵穴内をほじくって、無理やり解錠する。
「やっと開いた。どれどれ…」
引き出しを開けて、最初に目に入っていた資料ファイルを手に取り、中身を拝見した。
「これは…」
書かれていたのは、一人の少年が桜の木から落ちて亡くなってしまったという事件についてだった。
もしこの史料が少年のことなのであれば、話が早い。しかし一つ引っかかることがあった。それは学校七不思議の一つ、『吸血桜』に内容が酷似していることだった。
「お前たちここで、何をしている!!」
「____ッ!?」
俺が史料に目を通した途端、扉が勢いよく開き、男の声が部屋に響き渡った。
第三話「辞書の刃」
こいつ…なんで俺たちの姿が見えてんだ…。
少年を後ろに庇いながら、そんな疑問を抱いていた。
保管室に現れたのは、少し長めの黒髪で、身長は百七十ほどの男だった。服装は、左肩が丸見えのオフショルダーの長袖で、所々穴の空いたジーンズ。
そして何より、この距離でも見えるほど、はっきりとした隈が特徴的だった。
「その瞳の色。貴様、土蜘蛛か」
水色の瞳を指摘され、土蜘蛛ということまで気づかれてしまう。
「そういうあんたは、何者だ」
「侵入者に名乗る名など…」
会話の途中に、隈の濃い男は床を蹴ってこちらに近づき、分厚い何かを俺に向かって振りかざした。
「ないッ!!」
一瞬の動きに反応が出来ず、腹から背中にかけて今までに受けたことのない衝撃が走った。
「グアッ!?」
俺は分厚い何かの攻撃をまともに受けてしまい、その場で体制が崩れる。
一撃を入れて、すぐに俺から距離を取った隈男の手元を見ると、分厚い何かとこいつの正体が分かった。
「国語辞書だと…」
人生で初めてだ。辞書ごときで、ここまで怯ませられるとは…。
「気を保つとは…。なかなか丈夫なやつだな」
「取り柄なんでな」
あまり話している余裕はないようだ。すこし口を開いただけで、喉の底から真っ赤な血が湧き出すほど、ダメージを受けていた。
「蜘蛛妖怪さん、血が…」
「大丈夫だ…大したことじゃねぇ…」
次の攻撃が来そうな雰囲気を醸し出して、隈男は構えていた。俺はなんとか立ち上がって、攻撃を受けきるために鎌を二本取り出すが、受け止めたとして耐え切れるかどうか、かなり厳しい状態だった。
「ほう…まだ立つか。だが、次の一手でお前はくたばっちまうだろうな」
相手の言う通り、次の攻撃をまともに喰らわなかったとしても、やられてしまう威力だった。だが、俺には引けない理由がある。
「そういう訳にはいかねぇな。子どもを放っておくなんて、教師として出来ねぇからな。たとえそれが死んでしまっていても…」
隈男は寝不足に見える顔とは程遠い身のこなしで、回転しながら遠心力を利用してさっきより強い攻撃を仕掛けてきた。
俺は鎌を強く握って構えて、相手の攻撃に備えた。
ギィィィーッン
鎌と国語辞書がぶつかりあったとは思えない音が、部屋に鳴り響いた。細い腕からは考えられない重い攻撃で、俺の手からは血が流れ出た。
「教員のあんたなら、分かるだろ」
俺は最初に攻撃を受けたあの瞬間、こいつのポケットから飛び出たネックストラップを確認できていた。
『としよ』。確かにそう書いてあった。おそらく小学生からの贈り物だったのだろう。
何か揺らいだのか、相手の力少しだけ緩み、その一瞬の好きを狙って妖術を放った。
「『糸術・乱れ糸』」
空間から糸を無数に出し、距離を取らせるために相手を襲う。
「クッ…」
全て辞書で跳ね返されてしまったが、目的通り距離は出来た。
俺は鎌を手放して床に落とし、戦いの意思がないことを示した。相手はまだその気じゃないのか、構えはやめなかった。だが、話しをする気にはなっている様子だった。
「一つ聞いても良いか?なぜ土蜘蛛である貴様が、子どもの死者をこんな所に連れてきたんだ?」
「確かに俺は『土蜘蛛』だ。だが彷徨う死者をあの世に導く『蜘蛛妖怪』でもある」
隈の濃い男は、頭にはてなを浮かべた顔をさせていた。
無理もないだろう。土蜘蛛は昔から病気を撒いては人を襲い食す妖怪だからな。そんな妖怪が今、目の前で子どもの死者を連れて、蜘蛛妖怪と同じことしているのだから。
「俺からも一つ、あんたに聞いても良いか?」
俺は相手の攻撃を鎌で受ける前にパーカーのフードにしまっておいた、先ほどの史料を取り出した。
「妖怪と幽霊を見れるあんたなら詳しいはずだ。この子が死んでしまった事件、吸血桜について…」
油断した。
既に俺の足は床から離れていた。
第四話「血を求む桜」
「クッ…動け、ねぇッ…グァッ…」
体がばらけそうになるほどの力で、俺の体を木の根が縛り上げる。
「まずい…記憶が蘇ったか」
「うん。お陰様でね」
あの隈野郎、最初からこの少年を知っていたのか…。
「全部思い出したよ。自分の名前も、死因も、勿論あなたの事も」
いきなり過ぎんだろ。まだこいつに史料も目を通させていないのに、何故…。
今はそんなこと気にしてる場合じゃないか…。
身動きこそ取れないが、口を開けるぐらいには、根の力が弱まっていた。
「おい、少年。いや…『藍葉透』」
俺は彼の名前を叫び、この拘束を解くことを要求しようとする。しかし、俺の声は届くどころか、口元を根で押さえ込まれてしまう。
「んんーっ!!?」
声を上げるが、もちろん言葉は発せない。俺はただ足をバタつかせることしか出来なかった。
「ここまでご苦労だったね。あなたは後で僕が『導いて』あげるから、そこで大人しくしててね」
クソガキにやられる筋合いはねぇ、と声を大にして言ってやりたかったが、それも出来そうにない。
「その前にまず俊夜先生に仕返ししなきゃ、気が済まないんだよね」
透の怒りの矛先は、どうやら今は隈男のようだ。
「先生、なんで記憶を消したの?」
「お前を助けるためだ」
透が笑顔の中に切なさを隠しながら聞くと、隈男は真顔ながらも真剣な眼差しで答えた。
「違うね」
しかし、透は信じる気は全くないようだ。
透は根を操り、隈男に攻撃を仕掛ける。が、辞書で軽く退けて、身を守る。
「大人って皆んなそうだよね。子供のため子供のためって…。そう言って信頼を得ようとして…」
透が口を開く度、彼の周囲には強力や悪い妖気が漂い始めた。とても邪悪な妖気を透は取り込み続けて、悪霊になる一歩手前まできていた。
「多くの犠牲を減らすために、僕のことを見捨てただけじゃないか!!」
まずい事になった。このまま悪霊化が続けば、俺たち蜘蛛妖怪でも救いようがなくなってしまう。
理由としては、悪霊となった死者を元に戻す方法がないからだ。暴走した死者を、あの世に連れる訳にもいかない。
悪霊化してしまえば最後、その場で始末しなくてはならない対象となってしまう。
「お前も、桜の肥料にしてやる!!」
まだ自我を保って、強力な陰気を制御しているようだが、所詮子供。すぐに飲み込まれて、あの世に導けなくなる。
それに今動けるのは、謎多き男の隈男だけ。とても辞書一冊では、相手にならない。
クソ…どうすれば…。
「んっ!?ん゛ん゛ーッ!!」
迷っている俺を再び根が強い力で襲い始める。先の鋭い根が数本に及んで俺の体を貫いて、妖気と血を吸い取ってきたのだ。おそらくだが、隈男を倒すのには力が劣っていたと考えたのだろう。
「ごめんね。苦しいよね。すぐに楽にしてあげるから、もう少し我慢してね」
俺の妖気で更に強化する気か…。
力が入らねぇ…。
「それ以上は止めろ」
第五話「俺の役目」
「へぇ〜…。僕のことは見捨てるくせに、この人のことは見捨てないんだ」
「そいつのお陰で気づけたんだ。教員として、何が欠けていたのか!!」
陰気を纏って強力な妖力を得た透に向かって、勢いのある飛び蹴りを撃った。
「ウグッ!?」
着地した後、すぐに抱えていた辞書をこちらに投げてきた。
「んんーっ!!?」
高速回転して、遠心力を付けながらこちらに向かってくる辞書にビビってつい声を上げてしまう。
その辞書は俺のことを縛り上げる根を、体を避けながら斬り刻み、俺の拘束を解いてくれる。
「立てるか?」
「あぁ…ありがとう」
「ここでは戦闘に不向きすぎる。場所を帰るぞ」
拘束から解け、床に膝を着けそうな俺に肩を貸してくれた後、隈男は辞書を拾いつつ、俺を支えながらその場を離れて、廊下に場所を移した。
「逃さない…」
俺たちが部屋を出た時、中からは怒りの籠ったそんな言葉が微かに聞こえた。その瞬間、壁や床から木の根や枝が突き抜けて出てくる。
「『岩術・編斬岩』!!」
「はあっ!!」
俺は妖術で強化された手刀で、隈男は国語辞書を駆使して、その術を避けながら、校庭まで走り続けた。
「力の制御の難しい『岩術』を器用に扱うとはな。お前、なかなかやるじゃねぇか」
妖術のことまで詳しいなんて、一体こいつは何者なんだ…、と疑問が募っているうちに、校庭へと辿り着いた。
「今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇか…」
後ろを振り向くと、そこには人の原型のない透の姿があった。
俺から得た妖気を利用して、陰気を増幅させたのだろう。透の姿は黒や黒に近い紫色の煙に包まれて、悍ましい『悪霊』の姿に変わっていった。
「俺はまた…救えないのか…」
砂嵐のようなノイズの入った映像が脳裏に流れる。
『母さんッ!!』
暗闇の中、前を向いたまま振り向かない母の後ろ姿に手を伸ばすが、俺の手は届くことなく彼女の姿は消えていった。
暗闇では、膝と手をついて泣き叫ぶ自分の姿が、ポツンとあるだけだった。
「…ケロッ…土蜘蛛!!」
頭の中に響いてきた俺を呼ぶ声で我に帰ると、俺は隈男に突き飛ばされていた。こちらに飛んできていた透の妖術を避けさせてくれたのだ。
「過去に囚われるな。今を見つめろ」
「えっ…」
隈男はそう言って言葉を続けた。
「お前たち蜘蛛妖怪は死者に安らぎを与えるために、導くんじゃないのか!!」
「そうだけど…、これじゃ『あの世』には…」
「なにも『あの世』に連れて行くことだけが、死者にとっての安らぎじゃない。悪霊になって、完全に消えなくてならない存在なってしまうのなら、温かい最期を迎えさせるのも、役目の一つだろ」
辞書で飛んでくる根を弾き、尻餅をついて倒れる俺庇いながら、隈男は語り続けた。
「立て、土蜘蛛。お前の力でしか、あいつを救えない…」
俺はゆっくりと立ち上がって、大きく深呼吸する。
「隈男…。いや、としよくん。俺、やってみるよ。あんたの大切な生徒を助けるために」
地面を力強く蹴って、悪霊化した透に突っ込む。そして、無数の糸を束にして鋭利な鋭角を描いた円錐の形に変えた。
「『糸術・鋭尖糸束』」
その糸を悪霊化した透の右胸に突き刺して、体を捻って横回転する。
「『糸術・糸車』」
「ウガァッ!!?一体何を!?」
俺自身と糸に回転を加えて、透の中にある陰気を絡めとる。
「そんなことしたら、あんたに陰気が…」
「覚悟の上だ。死者を救うためならこの程度の陰気、受け止めてやる」
ある程度回り続けた後、鋭尖糸束を引き抜いて、一気に陰気を取り除いた。
その陰気を俺が代わりに全て取り込むと、透は元の人間体に戻る。
「透!!」
元の姿に戻って力を失い、その場に倒れそうな透を抱えるために、急いで駆け寄る。
強力な妖術で攻撃したため、体を保つことでも精一杯だろう。
「すまない…」
俺はそれ以上の言葉が出なかった。
その時、聞き馴染みのない声と同時に鎌の刃が襲ってきた。
「ーっ!!?」
俺は透を覆うようにして、庇う体制を取った。
第六話「図書館司書のしおり」
顔を上げると、目の前にはとしよくんの背中があった。
「グッ…」
「まったく…。記憶を思い出させた上に、力も与えたのに、任務を果たせないなんて…」
鎌を振るってきた相手は、水色のセミロングで、服装は桃色の帯を巻いた水色の和服姿の肌白いの女だった。どうやら透が記憶を取り戻したのはこいつのお陰のようだ。
俺たちを庇って、斬られてしまったとしよくんは、持っていた辞書を手放し、その場に血を流して倒れてしまう。
「さて。邪魔者は消しましたし、次は役立たずを…」
澄んだ水色の瞳をさせた女が、ゆっくりと俺たちに近づいてくる。
「そこ退いてくれますか?」
「悪ぃな…。それはできねぇ…」
「そうですか。では、二人まとめて…」
女は鎌を大きく振り翳した瞬間、俺は地面を強く叩き割った。それと同時に俺は先ほど取り込んだ陰気を宙に浮く石の破片に全て送り込んだ。女はそんなことをお構いなく、勢いよく鎌を振り下ろしてきた。
「『岩術・玄浮岩』!!」
腕を前に出して、宙に浮いた石の破片を女に対して飛ばした。
「クッ…!!?」
俺の妖術を受けた女は、鎌で身を守るようにその場から逃げるように姿を消す。
「ふぅ…なんとか、追っ払えたか…」
見知らぬ肌白い女は追いやることができたが、としよくんの命を犠牲にしてしまった。
地面は真っ赤な血で染まっており、糸術では助けようのない深い傷で、大量の出血量だった。息もしておらず、心臓の音も徐々に弱くなっている。
「俊夜先生…」
立つのもやっとなはずの体で、透は倒れるとしよくんに近づいた。
そして、としよくんの落とした辞書の側にあった何かを拾った。
「僕は生前、花の好きな小学生だった。押し花なんかをして遊ぶ、そんな人間だった。
透は手に取った物を見つめて、過去のことを話し始めた。
「男が花を好きだなんておかしいって、周りから中傷されたよ。殺したくなっちゃうくらいにね。そんな僕を俊夜先生はいつも相手してくれた」
透の手にした物は、花が押されたしおりだった。その手に取ったしおりに自分の残った霊気を流し始める。
「でも俊夜先生と楽しい日々は、突然に消えた。僕の不注意のせいで…」
「それは桜の木に登ったってやつか…」
「うん…。俊夜先生にね、このしおりを渡した時、見たこともない笑顔だったんだ。だから、もっと笑顔にしてあげたいと思ったんだ。だから、一番綺麗だと思った桜の花びらを押し花にしようとした」
「だが、足を滑らせてしまったお前は、打ちどころが悪く、大量出血で死んだ」
この学校の史料に書かれた通りだ。そして、学校七不思議の一つである『吸血桜』ともほぼ一致する。
吸血桜は人の血で美しく咲くと言われる。
「そして、この木と一つになってしまったお前は、桜が美しく咲くことだけを求めて、人の血を狙う吸血桜となった。それを止めるべく、としよくんは… 俊夜先生はお前の記憶を消して、ただこの世を彷徨う霊に戻した」
「僕を捨てて、あんな奴らを助ける酷い人だと思ってたけど…、このしおりを見て、確信した。僕はずっと俊夜先生に、大事にされていたんだって…」
しおりに霊気を込めるにつれ、透の体は足元から徐々に薄れていく。この世から完全に消えようとしているのだ。
「そんな人を死なせて消えるなんて、嫌だから」
全て霊気を込め終えると、しおりをとしよくんの手に握らせて、彼の胸に添える。すると、としよくんの深い傷が癒えていった。
「ありがとう、俊夜先生。さようなら」
それと同時に透の姿は完全に消滅してしまった。
としよくんを助けることを止めなかったことに後悔はない。彼が死者としてこれを望んだのなら、そうさせてやりたかったからだ。
俺は成長出来ただろうか…。教師としても、蜘蛛妖怪としても…。
花を散らす桜の木を見て、俺の今回の休日は幕を閉じた。
〜次回のお話〜
委員会活動。それは生徒会を中心に結成される、それぞれの役割を持った組織。雷羽先生は美化委員会の生徒の面倒を見るみたい。共に仕事をする教員は一体誰か?
雷羽先生は生徒を未来に導くことが出来るのか?
次回、『半妖怪の導き 第五巻「半妖怪の美化委員会」』
お楽しみに〜
「俺には、仲間がいる…」
読んでくださりありがとうございます。そして、前作の
投稿からかなり空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
投稿のペースは、都合も相まって一定ではありませんが、今後も雷羽先生の活躍の応援をよろしくお願いします。