第三巻 一学年担当の意地
初心者が書いています。気になる点があるかもしれませんが、温かい目で流してください。
『鵺』の復活か。
どうやって抜け出したのか知らないが、蜘蛛妖怪である僕としては早いとこ封印してもらいところだな。
「蟻蜘蛛様。土蜘蛛様の居場所を突き止めました」
「そうかい。案内してくれ」
「御意」
第一話「怪しげな入学式」
桜が少しずつ舞い散り始め、ひしひしと春との別れを感じる今日この頃。
俺は入学式に出るためだけに、更衣室でスーツに着替えていた。
「よく似合ってるじゃん、雷羽先生」
訂正しよう。正しくは着替えさてられていた。
「あれだけ服ぐらい自分で着れると言ったのに、なんで手を貸すんだよ」
「自分で着れてなかったからだよ。ワイシャツのボタンはずれてたし、ネクタイは蝶々結びだったし」
仕方ないだろ。人間の服なんて、普段パーカーしか着ないんだから。よくもまあ、こんな堅苦しい服着て生活が出来るんだ、世の中の教員はよ。
「ほらっ、さっきより全然良い。ていうかこれが普通だけど」
呆れたように笑いながら、俺のネクタイをしめた。
着替えを終えると、そのまま職員室に戻った。
「おっ、似合ってるじゃないか」
職員室に戻ると、職務以外では絶対に話さない教頭に声をかけられた。
「そうですかねぇ…。俺的にはパーカーの方が動きやすくて良いんですけど…」
「いやいや、そっちの方が教師の身なりに相応しいよ」
くだらねぇ。そんなこと一々気にして、服なんて選んでられるかってんだ。
「今後も、気を使いたまえ」
はいはい、分かりましたよ、とでも言うと思ってんのか。大体、俺がパーカーを着る理由しっかりとあるんだ。
時間は進み、俺は木戸とそれぞれの自クラスに向かっていた。
「あの…」
他愛のない会話をしながら、階段を登り始めようとした時、背後から声をかけられた。
「んっ?」
俺と木戸が後ろを振り向くと、そこには見慣れない生徒の姿があった。しかも二人で、顔もそっくり。どうやら男女の双子のようだ。
今日は入学式のため、在校生は登校していない。言うまでもないが、彼らは新入生というわけだ。
「おはよう。何か用かな?」
木戸が先に口を開いた。
彼らの話を聞く限り、教室の場所が分からなかったそうだ。
「じゃあ、僕たちが案内するよ。何組かな?」
男子が一組で、女子が二組。木戸は男子を、俺は女子を連れることになった。
目的地に着くと、女子を先に教室に入れ、俺は前の扉から入室した。
「おはよう。みんな、一旦席についてくれ」
生徒を席に座らせ、この後の動きを指示する。
「このクラスの担当をする土亜田だ。今からこの後の流れを…」
全体を見渡しながら話していると、ベランダに既視感のある男が…奇妙な動きをしてこちらを見ていた。
「説明するから、よく聞いてくれ」
言葉をつまらせるも、話を続けた。
「廊下に並ぶ前に、出席でも取ってみるか。えっと…」
俺は名簿を開いて、一人ずつ名前を呼んで、なるべく顔と名前を覚えるようにした。
その時も、ずっとこちらを見続ける男の奇妙な動きがチラつき続けた。
第二話「守るために」
入学式は何事もなく閉会し、教室で生徒を見送りを終えると、俺は右足を軸にして体を回転させ、スーツからいつもの姿に早着替えした。
「…たくっ、来るなら俺に支障が出ないようにしろよ。蟻蜘蛛兄さん」
俺が一人呟くように口を開くと、目の前に先ほどから、奇妙な動きしていた男が姿を見せた。
「別に支障をきたすつもりはなかったんだけどね。迷惑だったかな?」
彼の名は『蟻蜘蛛』。一応、俺の兄にあたる存在で、五人兄妹の長男だ。ちなみに俺は三男。
「いや、少し気になった程度だけど…。ところでなんのようだ?」
まぁ、大体察しは着くけど。
「君も気づいているかもしれないけど、僕たち蜘蛛妖怪に因縁深いやつ、地獄から抜け出した」
「『鵺』か…」
鵺…。奴は死者たちがあの世に行くのを阻む厄介な妖怪だ。頭部は猿、胴は虎、さらに尻尾は、へっ…蛇と、様々な動物が一つになったような姿をしている。
「それで、原因は?」
「まだ分かってない。今、火車(蟻蜘蛛の付き人で地獄からの死者の一体)が調べてる」
蟻蜘蛛兄さんは俺の横をすれ違いながら、話をしていた。
「今は、鵺の封印を急いだ方が良い。犠牲者が既に多く出ている。鵺が抜け出した原因はそれからでも遅くないからね」
「そうだな…」
やれやれ、またあの面倒なやつを地獄に連れ出さないといけないのか。鵺…苦手なんだよな…。
「まっ、せいぜい頑張ってよ。妖怪を地獄に封印できない僕の分まで」
その言葉を置いて、蟻蜘蛛兄さんは静かに薄くなりながら消え、この場を離れた。
「小腹減ったな…」
兄さんが完全にいなくなったと同時に、静かな美術室に俺の腹の音が鳴り響いた。
「昼飯にするか」
ポケットに手を入れ、美術室を出て日が窓から差し込む廊下を通って、階段を一段踏んだその時だった。
「見つけたぞ、半妖怪の土蜘蛛」
不気味な声がはっきりと聞こえた。下を見下ろすと踊り場の窓から、大きな猿の顔がこちらを覗き込んでいた。
「鵺!!?」
あまりの大きさに驚きを隠せなかった。俺は思わず、鎌を取り出して身構えてしまう。
「この俺と戦おうとしても無駄だ。これは俺が作り出した。幻術にすぎぬからな」
早速お出ましか、と動揺する俺を嘲笑しながら、鵺は話を続けた。
「今日は貴様への宣戦布告をしに来ただけだ。明日、申の刻になったら、『あの場所』へ来い。逃げれば、お前の大切なものが…、どうなるか分かるな?」
脅し文句を一つ最後に残して、鵺の大きな幻影は消えていった。
「鵺…」
俺は取り出した鎌をぎゅっと力を入れて握った。
「お前は必ず、再度この手で封印してやる」
急いで職員室に向かった。木戸とマチ先生の二人にこのことを話したかったが、木戸は体調が悪いと言ってきたらしく、先に帰ってしまっていた。
次の日の六時間目。俺は鵺の言葉が引っかかりながらも、自クラスの授業を進めていた。授業といっても、配布したスケッチブックに自分の似顔絵とちょっとしたプロフィールを書いてもらう簡単な作業だ。
鏡に映る自分たちの顔の特徴を捉えて、生徒たち一生懸命に描き進めていた。
『お前の大切なものが…、どうなるか分かるな?』
鉛筆を走らせ続ける生徒たちの周り歩き回りながら見渡していると、その言葉が頭を過ぎる。
「大切なもの、か…」
「先生?」
ぼーっとしていた俺に一人の女子生徒が話しかけてきた。
「どうしたんですか?一人でぶつぶつと…」
無意識に口にしていたのか、俺は自分が独り言を言っていたことに動揺するが、それをぐっと堪えて冷静さを装う。
「別に…なんでもない」
俺は誤魔化すかのように、彼女の上手に描けている絵を褒めていた。
気を引き締めないと駄目だ。いつボロが出て、彼らに正体がバレるか分からない。
自分が普通の人間じゃないことを再度自覚して、教員の仕事を全うしなくてはならない。
キーンコーンカーンコーン…
「今日はここまで。出来たところまででいいぞ。提出してくれ」
後ろから前へとスケッチブックを回収させて授業を終了し、美術で帰りの学活も済ませる。
「教室に戻ったら、そのまま解散していいぞ。じゃあ、また明日元気に来いよ」
生徒を美術室から退出させると、俺はすぐさま時計を確認する。長針は六を指し、四時までの三十分ほどあることを示す。
「そろそろ行かねぇとか…」
俺は袖のない外套を出現させ、パーカーの上から羽織り、瞳の色を変える。そして窓を開け、美術室のある三回から飛び出した。
この外套を身につけた蜘蛛妖怪は飛行が可能になる。少しコツがいるが、慣れればかなり便利な道具の一つだ。
「『あの場所』…」
心当たりのある場所へと向かっていると、どこからか悲鳴が声が聞こえた。聞き覚えのある女の声。
「如月!!」
間違いない。先ほどの授業で、俺に話をかけてきた女子生徒の悲鳴だった。
声の聞こえた付近に着地し、すぐさま地面に手のひらを当てる。
「『糸術・糸振網』」
流れるように妖術を発動すると、俺を中心にして蜘蛛の巣型の魔法陣が広がっていく。
この術を貼ることで、人の居場所を探ることが出来る。心臓の音も感知出来るため、悲鳴を上げるほどの心拍数を探れば、すぐに如月の居場所を突き止められる。
「あっちか」
俺はパーカーのフードを被り、口元を羽織っている外套で隠して、如月のいる場所へと急いだ。
第三話「因縁深きヤツと共に」
向かった先に見えてきたのは、猿の大群に壁際まで詰め寄られた如月の姿だった。
「来ないで…!!」
鞄を盾にして怯える如月に、ゆっくりと猿達が近づいている。
「『糸術・糸巣空間』」
数匹の猿が如月に襲い掛かろうとした。顔に鞄を埋めることしか出来ない彼女に、道を阻む猿たちを蹴飛ばしながら蜘蛛の巣の結界を貼った。
結界によって、猿から身を守ることが出来た如月の前に立ち、怪我がないか問いかける。
「はい…、あ、あの、あなたは…」
「そんなことはどうだっていい。さっさと逃げろ」
とは言ってみたものの、すでに鋭い目をさせた猿が俺たち二人を囲んでいた。
「お前、俺より前に出るなよ」
しかしこの数、一体何匹いるんだ。しかも人を庇いながら戦闘。四時ババとの戦いの時もそうだったが、あまり得意じゃねぇな。
キキィーッン!!
おそらくこの猿は鵺が術で作り出した刺客妖怪。容赦なく倒すことができる。 襲いかかってくる猿を拳で一匹一匹確実に仕留める。ちょいちょい爪を立てられ、目元に傷をつけられたりはしたが、大したダメージではない。俺は気にせず如月を守り続けた。
「クソッ、キリがねぇな」
一歩も動いてないため体力に余裕はあるが、いつまで持つか…。
「どわっ!?」
心配をしていた矢先、真っ白に染まった髪が、猿達を一斉に蹴散らす。
「あっぶねぇな」
こちらまで被害をもらいそうだったため、俺は如月を抱えて一軒家の屋根に飛び乗った。
「助かったぜ、針女」
猿に苦戦していた俺を、術で助けてくれたのは針女ことマチ先生だった。
マチ先生に礼を言い、飛び乗った屋根の上から降りて、彼女の隣に立つ。
「この娘、頼めるか?」
庇いながら戦うなら、俺よりマチ先生の術の方が向いてると考えた。
「任せてください」
猿の数はマチ先生のお陰で残り数十匹になっていた。二人でこの猿共を一気に片付ける。
「俺が前線に出る。取りこぼしは頼んだ」
マチ先生は俺の指示に頷く動きだけ見せた。
憎っくき蜘蛛妖怪と肩を並べて、生徒を守る彼女の姿はとても頼もしかった。
第四話「猿、虎、蛇、現る」
「急ぎましょう。もう時間がありません」
鵺の刺客妖怪を全て倒し、如月も無事に帰すことが出来た。しかし、奴との闘いまでの時間が残りわずかだった。
「あぁ」
如月の姿が見えなくなったところで、俺は口元を隠していた外套を外し、再び羽織って空へと飛んだ。マチ先生も俺に続けて飛び始めた。
「あの辺りだ」
しばらく飛び続けた後、俺が急降下して向かったのは、住宅街から少し離れた山だった。
「この場所は、昔俺が鵺を地獄に封印するため戦った場所なんだ。奴が俺への復讐のために地獄から抜け出してきたのだとしたら、この場所を俺の墓場として選ぶだろう」
もし立場が逆だったら、俺もそうする。マチ先生にそんなことを話していると、近くで邪悪な妖気を感じた。かつてこの手で封印した悪しき妖怪、鵺の妖気。
「来るッ…!!」
妖気が一気に強くなった時、和服姿の男がこちらに爪を立てて襲い掛かってきた。
「土蜘蛛ーッ!!!」
一瞬にして俺の目の前に現れ、八重歯が見えるほど、殺意を感じるほど大きく口を開けてこちらに鋭い爪を向けてくる。
「…ッ!!」
俺は刃が逆に点対象になるよう二本の鎌を十字にし、顔ギリギリに出現させて鵺の攻撃から身を守る。
「きゃっ!!」
俺の交差した鎌と鵺の爪がぶつかり合うと、近くに立っていたマチ先生の足がもつれるほどの妖気を放った。
「待っていたぞ土蜘蛛。あまりに遅いから、俺の送り込んだ猿共に首を狩られたかと心配していたところだったんだ」
「その心配は無用だ。お陰でいい準備運動になったぜ」
鎌の柄が交わっているところを持ち、妖気を高めて鵺を押し返す。
俺に飛ばされた鵺は空中で体勢を立て直し、地面を削りながら着地する。
「はあっ!!」
追撃をしようと俺は、右足を軸にして一回転し、遠心力をかけて鎌を投擲した。
鎌は上手く鵺の下に飛んでいってくれたが、奴には首を傾がれて回避されてしまう。
「たっ!!」
鵺は地面を勢いよく蹴り、こちらを目指して突っ込んでくる。が、途中で方向転換し、俺の目を晦ます。
木から木へと、まるで本物の猿のように素早い動きで翻弄してくる。
俺は戻ってきた鎌を両手に構えて、鵺の反撃に備える。
「速い…」
目で追うのが精一杯の速さで動かれ、俺にも隙が生まれてしまったようだ。鵺は雷のようなスピードで俺に牙を向けて距離をつめてくる。
「クッ…!?」
反応こそ出来たものの、その場から動くことが出来なかったため、鵺の攻撃は両手の鎌で防ぐが、マウントを取られてしまう。
鎌が折れそうなほど強い力で噛みついてくるその咬合力はまるで虎そのものだった。
「雷羽先生ッ!!」
マウントを取られている俺をマチ先生は助けようとしてくれた。
「やめろっ!!来ちゃダメだ!!」
鵺に向かって飛び出し、白く鋭い髪を伸ばして攻撃を仕掛けた。
「邪魔だ」
しかし、鵺は蛇の尻尾を出し、白い髪を潜り抜けて、マチ先生の首に巻きついた。
どうにか手で外そうと試みるが、首に巻かれた尻尾は離れるどころか、さらに締め付けを強くする。
「ぐぁっ!!」
「下級が。俺の復讐に手を出すな」
鎌を咥えながらも器用に喋る鵺は蛇の尻尾を操り、マチ先生の首に噛みつかせる。
「大人しくしてろ」
俺は必死に足を動かし、鵺の腹に蹴りを入れる。そのまま後転して鵺を投げ飛ばし、自分とマチ先生から奴を遠ざける。
「マチ先生ッ!!」
倒れるマチ先生に声をかけるが、苦しそうに息を上げるだけだった。
鵺の尻尾の蛇には、毒牙が生えている。それに噛まれてしまうと、体が痺れて動けなくなってしまう。命に別状こそないが、かなり長い時間苦しくさせてしまう。
「鵺…。少し待ってろ」
俺はその場に鎌を突き刺し、マチ先生を木陰に運んで木に寄りかかるように座らせる。
「ちょっと我慢してくれ」
マチ先生に羽織っていた外套をかけ、一言残してから鵺のところへと戻る。
「待たせたな」
瞳の色を水色に変え、妖怪の姿を解放し、パーカーのフードも外してギアを上げる。
「ふんっ、ようやく本気か。ならばこちらも…」
そう言うと鵺は和服の上半身を脱ぎ、気合いを入れるかのように大声を上げる。すると、奴の筋肉は一段階二段階と大きくなり、屈強な姿へと変わった。
第五話「死者を誘う者と阻む者」
「トアッ!!」
「ふんっ!!」
鋭い爪と鎌の刃がぶつかり合う、素早い攻防戦はかなりの体力を消耗する。早いとこ決着をつけなければならなかった。一度距離を取るために、隙を見て腹に一撃拳を入れる。
「『糸術・封印網』」
畳み掛けるように封印の妖術を発動する。しかし、放とうとした時には鵺は目の前に映っていた。
ドゴーンッ!!
剛腕な腕で拳を振ってきた。後退して鵺の攻撃は避けたが、その場の地面にはヒビを入れ、土埃を立てた。もし喰らっていたと考えたら、震えが止まらない。
「どうした?その程度か?」
鎌を消滅させ、手の甲で顎の下の汗を拭って、再び戦闘の構えをとる。
「甘く見んなよ」
両手に妖力を集中させて、拳に岩の妖気を纏わせた。
「『岩術・金剛岩』」
ダイヤモンドのごとく頑強な拳に硬化させる。
繊細な動きが必要な糸術より、大胆に使える岩術の方が適作だと考えた。
「面白い。力比べといこうか!!」
ズンッ…!!
拳と拳がぶつかり合うと、周囲の木々がゆれるほどの風を起こした。
「クッ…!!」
重い。流石に体格差がありすぎるか。だが、俺にはこいつにない速さを兼ね備えている。
シュンッ!!
「喰らえッ!!」
鵺の攻撃を避け、後ろに回り、斜め上から鵺の顔面目掛けて攻撃を仕掛ける。
「うがっ!!」
しかし、見極めたのか俺の腹に奴の拳が飛んできていた。重い一撃をもろに受けた俺は腹を抱えてその場に倒れてしまう。同時に両手の術も解けてしまう。
「ウガァーッ!!」
倒れる俺に追い討ちをするように踏みつけてくる。
「土蜘蛛、お前の力はその程度か?もっと俺を楽しめてみろ」
そうしてやりたいが、お前の足が邪魔で出来そうにない。というか、それ以前の問題だ。
こいつ、以前戦った時より明らかに強くなってやがる。この強さは陰陽師並だ。
「まさか、お前…ッ!!」
俺はふと嫌な予感が過ぎる。すると、鵺の周りに先ほどたくさん倒した猿たちが集まってくる。
「お前の考えている通りだ。復讐を果たそうとしているんだ。前のままで戦うわけがなかろう」
言葉にも出来なかった。目の前にはボロボロの姿の木戸が磔の状態にされて、猿に連れてこられてきた。
「木戸ッ!?」
「ごめん…雷羽、先生。しくじっちゃった」
きつそうに笑顔を作りながら、苦し紛れに口を開いた。
「このガキの噂は聞いていてな。こいつの血を少し拝借したんだ」
さっきの猿軍団は時間稼ぎのためか。鵺の野郎、汚ねぇ真似しやがって…。
「お陰でこんなに力が身に付いたんだ」
鵺は俺から少し離れながらそう言うと、先ほどより強く邪悪な妖気が漂い始めた。
「素晴らしい、良いぞ。これが俺の求めていた力だ」
鵺の体はみるみると大きくなり、体毛が増え、それぞれの動物の特徴があらわになっていく。頭は猿、体は虎で尻尾は蛇と、まさしく鵺と言った姿に変化していった。
「なんて陰気だ…」
その一言に尽きた。今までにない邪悪な妖気と、強力な妖力。
今の俺では到底勝てる相手ではなかった。
第六話「全身全霊の封印」
「あ、がっ…」
「お前の妖気も食らってやる。ガハハハハハッ!!」
巨大化した鵺に捕まれ、身動きが取れぬまま、妖気を吸い取られる。俺はただ苦しむことしか出来なかった。
「苦しめ、半妖怪の土蜘蛛。お前の導きもここで、終わりダーッ!!」
俺を握っている方とは逆の手で潰そうとする。
「小手ッ!!」
もうダメだと、諦めかけていた。そう思った次の瞬間、体が急に楽になる。鵺が手を開いたのだ。
「なにっ!?」
鵺は驚いた声を上げたが、元気があれば俺も大声を出したいくらいの電流が走る出来事が起きていた。
「木戸…!?」
足場がなくなり、高い場所から落ちる状態の中、目の前にいる木戸が竹刀を持って、叩いた後の格好をしていた。
「バカな!?貴様は動けなくしていたはず…!?」
「あれかい?無理矢理ぶち壊したよ」
相変わらずの脳筋だ。数学教師とはお前ねぇ…。
「おわっ!?」
木戸を眺めていると、自分が落ちていることを忘れていた。ふと我に帰り焦っていた時、ふわっとした柔らかいものが俺を受け止めた。
「白い髪?」
「間に合いましたね」
片方だけ妖怪の目をさせたマチ先生が噛まれたところを抑えながら、純白の髪の毛量を増やしていた。
「大丈夫ですか?」
髪を元に戻し、俺が立ち上がるのと同時に安否を確認してくる。
「それはこっちの台詞だ。妖怪の姿を保つのもやっとじゃねぇかよ」
「それは君も同じでしょ」
マチ先生の心配していると、木戸が竹刀を支えにし、血を流しながらゆっくりと歩いて俺たちの近くにくる。かなり傷が深いようだ。
「何故だ、貴様ら…」
鵺は俺たちを睨んで呟く。
「まぁ良い。今の貴様らが三人仲良く肩を並べたところで、今の俺には勝てぬ。貴様らも、貴様らの大切にしたいガキども、この力で葬ってやる」
鵺は拳に妖気を込めて、大きく振りかぶった。
「来るぜ、お前ら!!」
「うん!!」
「はいっ!!」
鵺は拳を勢いよく振り下ろしてきた。俺たちは三方向に散らばり、攻撃を避ける。
「はあっ!!」
マチ先生は木の枝を経由して、鵺の頭より上に高く飛び、針状の髪の毛を奴の顔目掛け無数に飛ばす。
「クッ…!?フンッ!!」
鵺は手を振って反撃するが、彼女は前に出ながら避け、直接鵺を裁ちバサミで斬りつける。
「グアッ!!?」
「よっと、たあっ!!」
鵺の足元では木戸が尻尾の蛇を避けながら、脛を竹刀で何度も打ち続けた。
「グヌヌ…ちょこまかと…!?」
「剣道で足を打つのは反則なんだけどね」
足を思いっきり踏み込み、高速移動しながらで何ヶ所も打ちつけた。
「今回は、特別だよ」
最後の一撃を入れ、鵺から離れると、打ちつけた箇所が火花を散らして爆発した。そのお陰で、鵺の動きは少し鈍る。
「『岩術・礫岩』」
隙の生まれた鵺に、俺は両手を前に出して、手のひらに集中させた妖気を光線状にして放ち、腹から右肩までにかけてダメージを入れた。
「グアーッ!!?」
鵺は傷口から黒い妖気が漏れ始めた。徐々に弱っている様子が伺える。俺たちの攻撃は確実に効いているようだ。
「何故だ!?こんな雑魚どもにッ!!?」
鵺が嘆く中、俺は封印の術を放つ構えをする。その後ろでマチ先生が俺の背中に手を当て、自分の妖気を分けてくれる。
「確かに私は下級です。それでも、一人の教員として、あの子たちの未来を守ってみたいんです!!」
「戯言をッ!!」
鵺は大きく口を開くと、そこに妖気を集中し始める。ほんの一瞬で妖気を溜め終えると、鵺は俺たちに向かってその妖気を放つ。
「雷羽先生への復讐も、生徒たちに危害を加えることも、僕は絶対に許さない」
しかし、それは木戸の竹刀によって弾かれる。
「鵺、お前は罪のない人たちを犠牲にしてきた。その悪行、再び地獄で報いてもらうぞ」
マチ先生の妖気を預かり、自分に残ったわずかの妖力も絞り出して、全身全霊を尽くして封印の術を放った。
「『糸術・封印網』ッ!!」
蜘蛛の巣型の陣は大きな鵺の体を覆い、完全に動きを封じ込める。
「グァァァァァァッ!!!馬鹿なァァァァァッ!!!」
徐々に陣を縮小させると、鵺も同時に小さくなっていく。
「これで終わると思うなよ。いつかまた地獄から貴様らニィーッ!!!」
陣が消滅すると、鵺の姿も完全になくなる。なんとか地獄に返すことができた。
大きく安堵した俺たちは一気に力が抜け、その場に膝を着いてしまう。妖怪に戻っていた俺とマチ先生は、妖力が尽きてしまい、普段の人間の姿になっていた。
「ありがとう、マチ先生。君が周りの猿を倒してくれなかったら、あのまま終わりを迎えるとこだったよ」
木戸はずれた眼鏡の位置を調節しながら、マチ先生に礼を言っていた。
体に鵺の毒が回りながらも、磔状態だった木戸を助けてくれたのか。マチ先生も随分と無理をしやがったな。
「俺たち、教師の意地を奴に見せつけれたかな」
生徒たちの人生はまだ始まったばかりだ。それを乱したり、壊そうとするのなら、俺はどんな相手だろうと許しておけない。
教員として、そして半妖怪として出来ることを俺はやり遂げたい。
〜次回のお話〜
みんな大好き休日。しかし、蜘蛛妖怪に休んでる暇などなかった。この世を彷徨い続けてしまっている死者たちをあの世へと導かなくてはならないからだ。
ある日の休日。雷羽先生はとある男子の霊を誘うことになる。その男の子の亡くなってしまった理由とは?
次回、『半妖怪の導き 第四巻「終わることなき死」』
お楽しみに〜
「俺も休みが欲しい!!」
読んでくださりありがとうございます。そして、前作の投稿からかなり空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
投稿のペースは、都合も相まって一定ではありませんが、今後も雷羽先生の活躍の応援をよろしくお願いします。