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第二巻 半人の決意

 初心者が書いています。気になる点があるかもしれませんが、温かい目で流してください。

 夕方四時の学校。残業の途中、僕は用を足すためにお手洗いに来ていた。


「…誰だッ!!」


 社会の窓を閉じて用を済ませた時だった。背後の個室から怪しい気配を感じたのだ。


 キィー…


 僕が個室の前に立つと、軋んだ音を立てて扉が開いた。そこには便座ではなく机が置いてあり、そこには三色のカードが並べられていた。


「赤がいる?」


 じっとカードを見つめる僕に話しかけるような声がした。


「青がいる?」


 不気味な声が静かなトイレに響き渡る。僕は反射的に身構えていた。


「黄がいる?」


 正直答えてもろくなことが起きないことは分かりきっていた。

 そう思ってトイレから出ようと扉の方を見ると、ガチャンと激しい音を立てて閉まった。


「赤、青、黄、どれがいる?」


 どうやら出す気はないようだ。早く答えろと()かすように、何度も繰り返して聞いてくる。


「じゃあ、赤で」


 渋々答えた途端、個室の扉が勢いよく閉まる。そして、気味の悪い笑い声と共に、どこからか赤いマフラーが現れる。


「うぐっ!?」


 赤のマフラーは一瞬で僕の首元に巻きつき、とてつもない力で締め付けてくる。


「このぉ…ッ!!」


 僕は首に巻かれたマフラーを力任せに引っ張り、引きちぎった。


「はぁ…はぁ…」


 首周りを押さえながら呼吸を整えていると、笑い声はすでに止んでいた。僕は恐る恐る個室の扉を開けると、そこはいつも見る便座に戻っていた。残っていたのは赤いマフラーだけだった。


 第一話「学年主任の言い訳」


「…っていうことがあったんだ」


 木戸に話があると言われて、学年会が行われる教室に早めに来ていた。

 まさか俺とマチ先生が一悶着してる時にそんなことが起きていたとは、驚きだった。


「これがその赤いマフラーか…」


 俺は木戸が引きちぎったと話すマフラーを手に取った。


「どお?何か分かる?」


 薄っすらだが、陰気(すなわち悪い妖気)を感じた。人の命を奪うことを楽しむ、趣味の悪い妖怪の仕業だろう。


「あぁ。おそらく『四時ババ』の仕業だな」


「ヨジババ?」


 木戸はきょとんとした顔をして、首を傾げた。


「『四時ババ』は、午後四時の便所に現れる妖怪だ。赤、青、黄色から欲しい色を尋ねては、死に方を選択させてくる」


「死に方を…」


「それは怖い妖怪ですね」


 俺は木戸に四時ババについての説明をしていた時、後ろから男の声が聞こえた。


豪羽(こうは)、いつの間に…」


 扉の縦枠に手を添えて、カッコつけて登場したのは、無断欠勤で有名な学年主任の木下豪羽(きのしたこうは)だった。こいつも俺の秘密を知っている教員の一人だった。


「『先生』を付けてください、半人教師さん。あくまで教員仲であって、友人ではないんですから」


 鋭い目をさせ、ニヤリと半笑いを見せて指摘してきた。

 無断欠勤常習者にとやかく言われるのは(かん)に触るが、弱みを握られている以上、余計な口出しは出来なかった。


「なんで休んでたんですか?五日間も」


「実はですね、これを調べてたんですよ」


 豪羽はそう話しながら、持っていた鞄から何枚かの写真を取り出した。


「これは…」


 写真に写っていたのは石の祠と石板、野生の猿だった。


「最近、この住宅街でお猿さんの被害が多発しているらしくてですね」


「そうなのか?」


 ニュースは欠かさず見ているが、そんなことを耳にしていなかった。


「それで是非ともお猿さんを間近で見たいと思いましてね。出没したお猿さんを追跡していたのですが、何か妙でしてね」


 動物園に行けよ。


「妙って?」


 豪羽は猿が写っている三枚の写真を並べて、木戸に問いた。


「こう見ても、見えてきませんか?」


 木戸はぽかんとした顔をさせて写真を眺めるばかりだった。一方俺は写真の共通点に気づいていた。


「全て墓で撮影した写真だな」


 豪羽は「その通り」と言うかのように反応を見せた。


「確かに良い予感はしないな…」


 俺は指先を側頭部に当てて、頭を悩ませた。


「んー。僕にはお猿さんがお供物を狙ってるようにしか見えないんだけど…」


 木戸は腕を組んで、頭を傾げていた。 そんな木戸を横目に、豪羽は俺に石板の写真を渡してきた。どうやらを拾ってきた物のようだ。


「何それ?古代文字?」


「いや、(れっき)とした日本語だ」


 古い資料は平安時代に使われていた文字で書かれていた。俺はその文章を読み取り、猿の正体を突き止めた。


「平安時代にこの内容、墓地にばかり姿を現す猿…。間違いねぇ。こいつは、んんっ!?んんんんっ!!?」


 妖怪の名を言おうとした時、木戸は俺の口を押さえた。それと同時に豪羽が慌てた様子で写真を片付けていた。


「なんだよ!!」


 木戸の手を振り払うと、木戸の見た方向にはマチ先生の姿があった。


「何かあったんですか?」


「あなたが新任さんのマチ先生ですか。初めまして、私、今年の一学年主任を務めさせていただく木下です。実はですね。この辺りでお猿さんの目撃が相次いでるみたいでですね。生徒が被害を被る前に退治したいですね、的なことを三人で話していたところなんですよ。ねぇ、お二人とも」


 豪羽はこの場を誤魔化すように、アナウンサーのごとく早口で話をした。


「うん、そう」


 木戸も首を何度も縦に振り、同意を示した。


「そうなんですか。でも、そんなの害獣駆除に任せれば良いじゃないですか」


 温かい笑顔をさせながら、ごもっともで冷たいことを返してきた。


「あはは、そうですね」


 豪羽はそう言いながら、写真を自分の鞄にしまった。

 ようやく全員が揃った学年会は、さっきの猿のことについての話で持ちきりだった。

 生徒が登下校中に猿に出会った時の対処法を、教えられる良い案を考えるよう宿題も出されてしまった。


 第二話「夕方の教員」


 学年会が終わり、俺は美術室で暇を持て余していた。机を並べて、そこに横になり、今日木戸と話していた四時ババについて考えていた。


「やはりここにいましたか」


 そこへ来たのは豪羽だった。


「帰らないんですか?」


 俺の側まで近づくと、豪羽は椅子に座って話をした。


「ああ、四時ババのことが気になってな。おそらく、一度地獄に送った妖怪だからな」


 罪を犯した妖怪を地獄に連れて行くのも、俺達蜘蛛妖怪の役目だった。もし四時ババがなんらかの形で地獄から戻ってきたのなら、蜘蛛妖怪として地獄に送り返す責務がある。


「それに、生徒が来る前に早いとこ退治しておかないと、あいつらを危険な目に遭わしちまうかもしれないからな」


「そうですか」


 そう言ってすぐに、自分の口元を軽く握った拳で押さえながら、忍び笑いをした。


「なんだよ。気色悪りぃな」


 俺は急に笑いだす豪羽にそう言った。


「いや〜、半人のくせに人一倍生徒想いなところが、面白いなと思いまして」


 豪羽は微笑みをしながら話す豪羽にさっさと帰ってもらうと、俺から要件を尋ねた。


「お前は何しに来たんだよ」


「あっ、そうでした」


 そう言って、先ほど見た写真を仰向けになった俺に見えるようにした。


「マチ先生に話しておいてくれませんか」


「はっ?さっき散々話したじゃないか」


 俺は猿が出没したことかと思い、疑問を抱いた。


「そのことについてじゃありません」


 俺は体を起こして、豪羽から写真を受け取った。そして同時に、あることを察した。


「妖怪退治は、妖怪であるあなたたち二人が頼りですよ」


 豪羽はマチ先生の正体に気づいていたようだ。


「いや、でも…」


 昨日のことを俺はまだ引きずっていた。マチ先生はああ言っていたが、話そうと思っても、申し訳なさが勝って、仲を良くすることが出来ていなかった。


「何か不満でも?」


「ああ、大分な…」


 少し沈黙が続いた後、豪羽が口を開いた。


「あなた方の間にどのようなことがあったのか、詳しくは知りませんが、私はお二人は良い同僚になると思いますよ」


 何を根拠にそう思っているのか、豪羽に尋ねると、柔らかい口調で答えた。


「お二人とも、似ている箇所が多いですから」


 豪羽の言葉に納得はいかなかった。もっと詳しく聞こうとした時には、豪羽は扉の前にいた。


「それじゃ、頼みましたよ」


 そう言い残して、美術室から出て行った。


「しゃあねぇな…」


 俺はマチ先生を探しに廊下へと出た。

 時刻は十六時を回っていた。俺はついでに四時ババのことも様子を見ようとした。


「木戸が襲われたのはここか…」


 俺は木戸が話していた便所の前を通り過ぎようとした時、悍ましい陰気を感じとった。それだけではなく、馴染みのある妖気も感じた。


「マチ先生…!!」


 第三話「半人に迫るジョーカー」


 すぐに彼女の妖気と分かったが、流石に踏みとどまった。悍ましい陰気を感じたの男子便所からではなく、女子便所だったからだ。


「チッ…しゃあねぇ、いっちょやるか」


 俺は周囲誰もいないことを確認し、瞳の色を水色に変え、妖怪の姿になった。そして、女子便所の扉を勢いよく開けた。


「マチ先生!!」


 扉を開けてすぐ目に映ったのは赤いマフラーで口元まで拘束されたマチ先生の姿だった。

 体を揺らして、呼びかけるが反応はない。意識を失っているようだ。


「…ッ!!」


 敵の殺気に気付き、後ろを振り向くと、たくさん赤いマフラーが俺を捕らえようと不気味に動き始める。


「邪魔をするな」


 一斉にこっちを狙って、赤いマフラーが近づいてくる。


「『糸術(しじゅつ)糸車(いとぐるま)』ッ!!」


 俺は鎌を一本取り出し、鎌を高速回転させて、飛んでくるたくさんの赤いマフラーを弾き返す。


「『糸術・糸巣空間(しそうくうかん)』」


 俺が手のひらを天に掲げて、手のひらから糸を十数本出す。その糸はあっという間にドーム状の蜘蛛の巣の結界を作り上げる。


「これでしばらくは邪魔出来ねえはずだ」


 俺はマチ先生を拘束する赤いマフラーを鎌で斬ろうとする。彼女を傷つけないように慎重に刃を隙間に入れる。


「硬い!?」


 しかし、何度斬ろうとしても、刃が通る気配がない。


「あいつ、これを引きちぎったのか」


 俺も赤いマフラーを引きちぎることを試みるが、糸一本さえ解けない。


「無駄だ」


 拘束している赤いマフラーに苦戦しているうちに、漂うマフラーが俺の結界を外側から攻撃して、破壊をしようとしてくる。


「まずい…」


 攻撃を受け続けた結界にはひびが入り、やがて破られてしまう。


「ここで戦うのは、不利すぎる」


 俺はマチ先生を抱えながら、漂う赤いマフラーを掻き分けて、扉を突き破る。


「予想通り、ついてきやがった」


 標的であるマチ先生を抱えている限り、四時ババはついてくる。

 俺はひたすら走って広い場所へと誘導した。


「追い詰めたぞ」


 俺が戦いの舞台として選んだのは多目的室。この学校の中で二番目広い部屋だった。


「『糸術・糸巣空間』」


 マチ先生に手が出せないように、彼女にだけ先ほどと同じ結界を貼り、邪魔のならない所にそっと置いた。


「ここなら本気で戦えそうだな」


 俺は鎌を二本取り出し、戦闘体制に入る。すると、追ってきていた赤いマフラーは捩れながら一つの束になる。


「そこを退け。私はその針女(はりおなご)に用がある」


 束になった赤いマフラーが解けると、髪から肌まで真っ白で、黒いローブを見に纏い、口金に髑髏が装飾された鎌を抱えた妖怪がいた。四時ババが姿を現したのだ。


「二人も獲物を逃すと、流石に私の名が廃るのでな」


 一人は木戸のことだろうが、今そんなことはどうでもよい。今はこいつを倒して、被害を出す前に地獄に返さなければならない。


「さぁ、そいつを渡せ。そいつは青がお好みだったな」


 青…四時ババの目的は、マチ先生の血液を抜いて殺すことのようだ。


「そうはさせるか…」


「退くことが出来ぬのならば、貴様から殺してやろう」

 

 そう言って、四時ババが手を前に出す。


「『赤がいる?』」


 数本の赤いマフラーが出現し、こちらに向かって飛んでくる。


「『糸術・乱れ糸』」


 数多の糸を出し、赤いマフラーを迎え撃つ。


「ふっ!!」


 互いに妖術を撃ち終えると、四時ババはこちらに距離を詰めて、鎌を振り下ろしてくる。

 俺は二本の鎌を交差させ、頭を狙う刃を受け止める。


「くっ…たぁ!!」


 攻撃を押し返し、鎌を横に張って反撃をする。


「『黄がいる?』」


 しかし、四時ババに背中を反られて、見事に避けらる。


「うがっ!」


 そのまま後方転回され、顎に蹴りを入れられる。


「ククク…『赤がいる?』」


 追い討ちをかけるように赤いマフラーが、体勢を崩している俺の腹目掛けて飛んでくる。


「グハッ!」


 パンチを食らったような痛みが走る腹を抱えている俺に、煽るように話をかけてくる。


「どうした?威勢の割には、動きが鈍いんじゃないか」


「ふんっ。油断してると痛い目に遭うぜ」


「なに…?」


 俺は腹を抱えてない方を握り拳から素早く開いた状態にして、四時ババの足元に妖術を発生させる。


「『糸術・(あみ)』」


 四時ババの足元には蜘蛛の巣の模様が浮かび、その場が爆発する。


「どわーっ!!?」


「へへっ」


 親指で口元を拭って、余裕の笑みを見せる。


 第三話「四時の戦い」


 爆発した煙の中から、不適な笑みをする四時ババが現れる。

 煙を風で振り払うと、鎌を握り直してこちらに刃を向ける。


「今の蜘蛛の巣の紋様…。貴様、蜘蛛妖怪か」


「そうだが」


 俺は身構えて、四時ババにそう答える。


「ふふふ…面白い。数百年ぶりの復讐を果たしてやる。針女はその後だ」


「地獄に帰れ。これ以上、痛い目見る前にな」


 聞く耳を持たずに、俺の首元を狙って鎌を振りかざしてくる。

 俺は左手の鎌で、手が痺れるほど重い一撃から身を守る。


「素直に従うと思うか?せっかく地獄から抜け出してきたんだ。もう少し楽しませてくれよ」


 四時ババは何度も斬りつけようと猛攻を仕掛けてくる。一撃一撃をしっかり見極めて、全ての攻撃を鎌で受けきる。


「『青がいる?』」


 最後の攻撃で俺を吹っ飛ばして、少し距離が離れた瞬間、四時ババの鎌の刃が青く光りだす。


「はっ!!」


 四時ババが鎌を振り下ろすと、空気を斬りながら、青く光る半月型の刃が近づいてくる。


「『糸術・螺旋糸(らせんいと)』」


 吹っ飛ばされた俺は空中で体勢を立て直し、壁を蹴る。そして、体を横回転させながら糸を螺旋状に纏い、半月型の刃を斬り刻みながら、四時ババに距離を詰める。


 ギギギギギギンッ!!


「くっ…!!」


 俺の攻撃は防ぎきられたが、隙は生むことが出来た。


「『糸術・糸車』」


 連続で術を使い追い討ちをかけて、四時ババを攻める。右手の鎌で相手の鎌を弾き、回転する左手の鎌で四時ババにダメージを与える。


「グハッ!!!」


 さらに追撃するために鎌を振るう。


「『黄がいる?』」


 四時ババはその場から消え、後ろに回られる。


「うぐっ!!」


 背中を鎌の柄で殴られる。しかし、今の一撃を食らって、四時ババの術を把握する。

 俺は前転をして体勢を立て直しながら距離を取ると、少し伸縮性のある糸で鎌を繋ぎ、ヌンチャクのようにする。


「はっ!!」


 その鎌を四時ババに向けて投げ、様子を見る。


「『赤がいる?』」


 すると、四時ババは赤いマフラーを生み出して、操り対抗してくる。

 見事に鎌は弾かれるが、俺は敵に向かって走る。戻ってきたそれをキャッチし、そのまま右手で刃が自分側になるように鎌を持ち、もう片方の糸の向こう側にある鎌で四時ババに攻撃を仕掛ける。


「『黄がいる?』」


 背中を反り、またもや避けられてしまい、攻撃を仕掛けた鎌の方は壁に突き刺さってしまう。


「今だっ!!」


 しかしこれを逆手にとる。右手に握っていた鎌を離し、伸縮性を活かして四時ババが動けなくなるように拘束する。


「くっ!!?」


 四時ババは糸をくるっと一周された反動で足を滑らせ、その場に倒れる。


「チッ、術を見破られたか…」


 四時ババの言う通り、俺は相手の戦法を理解していた。


「『赤がいる?』は赤いマフラーを操る術で『青がいる?』は鎌の刃を飛ばす術。そして『黄がいる?』は緊急回避といったところだろ」


 そして、この三つのうちの一つに欠点があった。それは『黄がいる?』が赤か青、どちらかを使わないと発動できないという短所を持っていることだった。


「四時ババは、赤、青、黄で死に方を選ばせて、命を狩る妖怪。赤を選べば、マフラーで絞め殺し、青を選べば、大量出血で真っ青にさせる。黄色を選べば、助かる、だったな」


「さすが蜘蛛妖怪。地獄に追放された妖怪についての知識は豊富というわけか」


「長話もここで終わりだ。選ばせてやるよ。大人しく地獄に戻るか、痛い目にあって帰るか」


 選択肢を投げると、四時ババは不敵に笑い出した。


「おいおい、勝ったつもりか?そこの女のことも忘れておいて」


 マチ先生のことだと気づいた時には遅かった。

 結界を破られてしまっていたそうで、彼女は不気味な顔をした老婆に赤いマフラーで締め上げられていた。


 第五話「もう一つのヨジ」


「うっ…くうッ…!!」


 マチ先生は意識を取り戻していたが、マフラーに込められている陰気でもがき苦しんでいた。


「お前は、四次元ばばあ!!」


「ヒッヒッヒッ…いつから敵が一人だと錯覚していた。土蜘蛛の小僧…」


 君の悪い声で、俺を嘲笑する。その瞬間、紋様が浮かび出て、そこから大きな拳が出てくる。油断を見せてしまった俺は防ぎきれず、攻撃を受けてしまった。

 

「どわッ!!」


 俺は吹っ飛ばされ、黒板に体を強打する。

 俺がやられたしまったせいで妖力が薄れ、四時ババを拘束していた糸が消滅してしまう。


「フッ…」


 自由を取り戻したのを噛み締めるように、手を握ったり閉じたりする。そして、手放した鎌を再び手に取り、倒れる俺に一歩一歩近づいてくる。


「くっ…あっ!?」


 俺は急いで立ち上がり、構えを取ろうとするが、黒板から腕が出できて、俺の動きを封じる。


「くっそ…動けない…ッ!!」


 手首、足首を捕まれ、まるで十字架に磔にされたような状態になり、黒板に背をつけてしまう。


「ふふふ…油断してると痛い目見るぞ、など言っていたが、自分のことを指していたのか?」


 大きな声を上げ、嘲笑ってくる。


「可哀想になぁ。女一人救けられず、自身も無様な姿になって…。心配するな。二人とも、私の妖力の一部になってもらうから」


 こいつが普通の人間より先にマチ先生や木戸を襲ったのは、地獄で失った妖力を補うためだったようだ。


「死ぬ前に、私がなんで地獄から戻って来れたのか、聞かしてやるよ」


 そう言って、マフラーを操り始めると、俺の首を絞め始める。


「私は地獄でいうたくさんの罰を受けて、苦しみながら生活してきた。今のお前のようにな」


「ぐっ…あっ…」


「その時、目の前に空間が現れた。そこからは誘い込むような手招きをされて、入ってみればいつの間にか、この世にいた。私はこの老婆のお陰で再び自由を取り戻せたんだ」


「ヒッヒッヒッ、その通り」


 抵抗しようとしても妖術が使えない。首はマフラーに、体は壁から生える手首に締め付けられて、上手く発動できなかった。


「体を動かす感覚がなくなってきたかのう。安心しろ。すぐに楽にしてやる」


「ぐぁーッ!!!」


 手首の握力はさらに強くなり、血液が巡りにくくなったのか、指の感覚も薄れてくる。

 四時ババは鎌の刃を青く輝かせて、上に構える。


「『青がいる?』」


「楽しみしていろ、小僧。後でこの女も後を追わせてやる」


「私の鎌の錆になるがいい」


 そう言って、鎌を振り下ろしてきた、その時だった。


(メーン)ッ!!」


「うがっ!?」


「小手ッ!!」


 意識が遠のく中、馴染みある声が多目的室に響き渡る。


 第六話「赤い丸眼鏡の救世主」


 四時ババが攻撃を受け、妖力が弱まったお陰で赤いマフラーがはらりと落下した。黒板から生える手首も直接殴られて消滅し、磔状態から解放される。


「うっ…はあっ…」


 膝から崩れる俺を、誰かが腕で支えてくれる。


「お待たせ雷羽先生」


「木戸…」


 倒れかけた俺を救ってくれたのは、俺の教育係の木戸だった。左手には竹刀を握りしめていて、服も少し廃れていた。どうやらここに来る前に、一悶着あったようだ。

 

「んなッ!?貴様は!!」


「どういうことだ四次元ばばあ。こいつは先に殺してきたのではないのか?」


 驚いた顔させながら、四次元ばばあは話す。


「確かにこの男は、俺がここに来る前に始末したはずじゃ…なぜ生きておるッ!!?」


「んー、死んでないから?」


 流石木戸。誰もが死んだと思っても、絶対に死んでないこの生命力。そこにシビれるあこがれるぜ。


「んーッ!!小癪なッ!!」


 そう言って四次元ばばあは床に手を叩きつけ、そこら中から手や足を飛ばしてくる。


「おわーっ!?雷羽先生!!」


「ちょっ、まっ!?」


 木戸は俺を盾にして、身を守ろうとする。俺より背の高い木戸は少し屈んで待機していた。


「『糸術・蜘蛛の巣』」


 俺は少量の妖力で発動できる術で盾を作り、自分の身と木戸を守る。


「ふぅ…危なかった」


「お前な!!」


「怒らないでよ。僕は君を助けて、君は僕を守る。貸し借り無しの関係じゃないか」


 悪意のないにっこりフェイスが癪に触るが、今はそれどころじゃないことを思い出す。

 俺は木戸にこいつらを地獄に帰す策をを言い渡す。


「了解」


 木戸は竹刀を構えて、四次元ばばあに向かって走り出す。そして、一瞬の隙をついて四次元ばばあの手首に竹刀をぶつけて、掴んでいたマチ先生を解放させる。


「大丈夫?マチ先生」


「は、はい」


 木戸はマチ先生を抱えて、優しく語りかける。


「僕から前に出ないでね」


 マチ先生を庇うようにして、竹刀を構え直す。


「さっきみたいに吹き飛ばしてやるわい」


「そう上手く行くかな」


 一方、俺は四時ババとの一騎打ちが白熱していた。刃と刃がぶつかり合い、金属音を響かせる。


「貴様、まだ体力があるというのか」


「しぶといのが、俺の取り柄なんでな」


 俺は精一杯の力を込めて鎌を振り、四時ババから鎌を手放させる。


「くらえっ!!」


 俺は右手の鎌を手放して、手のひらを四時ババの腹部に当て、妖気を集中させる。


「グハッ!?」


 妖気を解き放つと、四時ババは黒板まで吹っ飛び、体を打ち付ける。


「はぁぁぁ…」


 俺は体を大きく開き、両手に妖気を集中させる。そして、良い感じに溜まってきたところで胸の前で一つにする。


「たあっ!!」


 その間、木戸も四次元ばばあを蹴飛ばして、四時ババに激突させる。


「今だよ!!」


「ああ、とっておきを見せてやるぜ」


 俺は木戸の合図で両手を前に出し、溜まった妖気を解き放つ。


「悪いがこの学校の生徒のためだ。お前らがここで悪事を働かないように、地獄で反省してもらうぜ」


 紫がかった糸を生成する。


「『糸術・封印糸(ふういんもう)』」


 紫かがった糸は蜘蛛の巣に形を変え、四時ババと四次元ばばあ目掛けて進んでいく。


「おおおおいっ、俺を盾にするな。離せッ!!!」


 その場からいち早く逃げたそうとした四次元ばばあを、四時ババは前に突き出し、自分は赤い煙に身を包み込んでその場から消える。


「ウギャーッ!!」


 四次元ばばあは俺の放った蜘蛛の巣によって動きを封じられる。


「畜生!!あの野郎ッ、俺の恩を仇で返しやがったな!!」


 俺がその蜘蛛の巣を縮小させると、四次元ばばあは断末魔と共に地獄へと消えていった。


「一人捕り逃しちゃったね」


 木戸は不安気がな表情して、俺に話をかけた。


「あぁ…この学校のどこかにまた身を潜めてんだろ。近いうちにどっかで会えるさ」


 時計は五時を示している。おそらく、四時代にしか実態を保てないのだろう。


「あ、あの…」


 背後からマチ先生の声が聞こえた。


「助けてくださり、ありがとうございます」


 俺は彼女の方を向いてないから、どうしてるかわからないけど、マチ先生のことだ。深々と頭を下げているのだろう。


「木戸。悪いんだが、はけてくれるか。二人きりで話したいことがある」


 数秒の沈黙の後、木戸は「分かった」と同意し、多目的室から出た。

 俺はマチ先生と話を始める。


「あー…まず何から話して良いか分かんないんだけど…ごめん、俺なんかが助けに入っちゃって…」


 昨日のことも気にしたのだろう。咄嗟に出たのが、謝罪だった。


「謝らないで下さい。謝らなきゃいけないのは私の方なんですから…」


 彼女は張り気味で話し始めたが、徐々に声が小さくなっていた。


「私は確かに蜘蛛妖怪は恨んでいます。嫌いです」


 はっきりと言われて、心に傷を負いそうだが、今はぐっと堪えた。


「でも、雷羽先生は別です…」


「えっ?」


 俺は困惑しながら、マチ先生の方を振り向いた。


「不思議な気分ですよ。大嫌いな種族が目の前にいるのに、殺意がちっとも湧かないなんて…」


 マチ先生はお姉さんを蜘蛛妖怪に殺されている。もしそれが本当なら、立っているのもやっとな俺を今すぐにでも殺せる。

 しかし、マチ先生は針女になるどころか、裁縫道具も取り出さない。

 これを機に、俺はマチ先生に町に出没している猿の件を話してみる。


「マチ先生、今日の学年会のことなんだが…」


「はい、なんですか?」


「実は町で目撃されている猿は妖怪の可能性が高いんだ」


 それを聞いても、驚く様子は見せなかった。ただ黙って俺の話しを聞き続けた。


「明日はいよいよ入学式。生徒に何かあってからじゃ遅いんだ。あんたがもし、俺を信用してくれるなら、共に戦ってくれないか?」


 時計の音が鳴り響く中、マチ先生は口を開く。


「私なんかで戦力になるのであれば、生徒のために一緒に戦わせてください」


 マチ先生は軽く頭を下げて、俺の提案を承諾してくれた。


「ありがとう。奴を退治する道筋が見えてきたよ」


 こうして、マチ先生と仲直りできた俺は、彼女を楽しい教師生活へと導くことを決意した。


 


 


 

 




 


 






 




 


 



 


 

 

 






 


 

 

 


 



 




 


〜次回のお話〜

 いよいよ待ちに待った入学式。しかし、その裏で猿の妖怪が何かを暗躍しているようだった。

 それを止めるべく、三人教師が肩を並べる。教師たちは無事に生徒を守ることができるのか。

 次回、『半妖怪の導き 第三巻「一学年担当の意地」』

 お楽しみに〜


「木戸、さっきから誰に喋ってんだ?」



 読んでくれてありがとうございます。今後も雷羽先生の活躍を応援してくださると、嬉しいです。

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