第一巻 人間と妖怪
初心者が書いています。気になる点があるかもしれませんが、温かい目で流してください。
プロローグ
君は妖怪と聞いて、どのようなものをイメージするだろう。
鬼や河童、天狗や九尾の狐。例を上げればたくさんの妖怪が頭に浮かぶのではないだろうか。
ではもう一つ質問をしよう。君たち人間にとって、彼らはどういう存在だろうか。
人間に幸福をもたらす存在?それとも、人間の生活を脅かす存在?
まぁ、ほとんど人は妖怪なんて存在しない、って切り捨てると思うけど…しかし本当にそうであろうか。
君たちの身近な人が案外、妖怪の可能性があるかもしれない。例えば、君の担任の教師とか…。
第一話「半人教師」
「今年も綺麗に咲いたな」
とある中学校。満開に咲く桜の木の上で横になりながら、独り言を呟く、紫パーカーの教員が一人。
「良い一年になりそうだ」
その教員の名は土亜田雷羽。この学校で一番の問題教師と言われている、俺のことだ。
「おいっ!!教師がそこでなにやってるんだ!!」
俺は起き上がって、声のした方を見下ろした。そこにいたのは校長だった。
「何って、見たまんまですよ」
校長には口答えをするし、生徒に禁止している行為を平気でする。
「木に登って、桜を間近で嗜んでるだけです」
これだけのことで、問題教師扱いだ。
「桜を嗜むのは一向に構わないが、木に登るのは禁止だ。降りなさい」
「はぁ…」
俺は校長に聞こえるぐらいの大きなため息をついて、桜の木から飛び降りた。
「まったく…君には教師である自覚は無いのか?」
おいおい、冗談だろ。結構な高さから華麗な着地を決めたんだぜ。説教の前に拍手だろ。
「無かったら教師なんて辞めてますよ」
「じゃあなぜ、禁止行為を平気で出来るんだ」
「生徒がダメなだけでしょう」
「生徒が禁止なら、教師も禁止だ。生徒が真似をして、怪我でもしたらどうする。責任は取れるのか?」
「頭の良い生徒は、俺のことを真似ませんよ」
それを聞いた校長は頭を悩ませるかのように頭部を掻いた。
「まったく…君はいつまで半人でいるつもりだ」
この質問をされるのも、何回目だろうか。あぁ…最初から数えてなんかいなかったか。
「いつまでも…。では、失礼します」
一言言い残して、俺はパーカーのポケットに手を入れ、その場を後にし、職員室へと向かった。
「たくっ…朝から気分悪いぜ」
職員室に着いた俺は部屋に入ってすぐにある自分のデスクに座り、パソコンを立ち上げた。今日の予定を確認するためだ。
どうやら今日は、新任教員が来る日らしい。半人の俺も先輩教員というわけか。可愛い後輩が出来ると良いのだが…
「おはよう雷羽先生っ!!」
「ダーッ!?」
職員室中に俺の悲鳴が響いた。いきなり両肩に手を置いて、耳元でデカい挨拶をしてきたのは、スーツをビシッと着こなし、赤い丸眼鏡が特徴的な先輩教員の木戸正志だった。
「びっくりしたぁ…普通に挨拶出来ねぇのかよ」
この教員とは二歳差の幼馴染で、中学から一緒だった。高校卒業後はしばらく会っていなかったが、大学を卒業してこの学校の教師になったら、こいつと再会してしまった。その時から俺の教育係を務めいる。
「出来るよ。あえてしないだけ。いやぁ〜、本当にいい反応するね」
「テンメェ…」
木戸は俺を嘲笑いながら、隣のデスクに座った。俺は頬を膨らませて木戸を睨んだ。
「そんなに怖い顔で見つめないでよ。興奮しちゃうじゃないか…❤︎」
木戸は中指と人差しの間に名刺を挟んでねっとりとし口調で言った。
「ハ○ター×ハ○ターのあいつみたいに言うな…」
俺はツッコミを入れ、猫背になって頬杖をつく。そして、話し始める木戸の話を聞く。内容は新任教員についてのものだった。
「今日は新任さんも来る日だね」
「あぁ、そうだな」
「雷羽先生も今日から先輩になるんだぁ」
木戸はふわっとした柔らかい笑みでこちらを見た。そして、足が転がるタイプ椅子に座ったまま、こちらに近づいた。
「立派になったねぇ〜」
高く明るい声でそう言いながら、俺の頭を優しく撫でた。まるで愛犬を愛でるかのように。
「ヤッメロッ!!気持ち悪りぃ!!」
俺は木戸の手を退かそうと、腕を掴んだが、木戸はあまりにもしつこかった。何度退かしても、逆の手で頭に触れてくる。
「いい加減にしろ」
俺が自分の胸の前で、指を少し曲げた状態にすると、木戸の真上の空間から糸が垂れた。その糸は木戸のスーツの袖に通ると、すぐに吊り上がって、木戸の腕を上に上げた。
「おわっ?!」
我に帰った俺は生み出した糸をすぐに消滅させ、小声で話す。
「すまない、つい術を使っちまった…」
木戸の方は見るが、目は合わせずにそう話した。俺は静かに木戸の顔見ると、気にしていないかのように、ニコニコと笑っていた。
「良かった。誰も見てなくて」
むしろ俺を安心させて、気遣うような言葉を言った。
俺は妖術が使える。理由は他でもない。俺が妖怪と人間の間に産まれた、半妖怪という存在だったからだ。
俺には土蜘蛛という妖怪の父と、人間の母がいた。俺が空間から糸を生み出さたのも、土蜘蛛の妖気が生まれつき備わっていたためだ。
人間と妖怪、二つの顔を持つ俺は半妖…いや、俺の場合は『半人』の方が正しいか…。
木戸は俺のこの秘密を知る、数少ない人間の一人だった。
第二話「初めての後輩教師」
妖術の件は水に流し、仕事をし始めると数分が経過がした。その時、一人の女性が木戸に声をかけた。
「あっ…あのぉ…」
「しょわっと!?」
俺の体をビクッと言わせるほどの大声を木戸は出した。本人も机の下で膝を強打するほど、驚いたようだ。
「あいたたた…」
こいつは、話せそうにないな…。女性は見た感じ、知らぬ顔だ。新任の教員で間違いないだろう。
「もしかして、新任さんですか?」
俺は悶絶した木戸の代わりに質問をした。彼女は大分緊張した様子を見せた。肩も少し上がり、声も若干震え気味で話を始めた。
「は、はいっ。針葉樹マチです。よろしくお願いします」
「土亜田雷羽です。よろしくお願いします、マチ先生」
マチ先生の強張った挨拶とは全く逆の柔らかい挨拶を返して上げた。これで少しは彼女も気楽になるだろう。
「あいたたたたたた…」
「お前はいつまでやってんだ」
俺は木戸の頭を軽く叩いて、ツッコミを入れる。
「骨折したかも」
「そんなわけあるか。お前みたいな丈夫なやつが、ぶつけたくらいで骨折するかよ」
実際こいつは、車に撥ねられても無傷で助かり、次の日には普通に出勤するという身体能力を見せている。
「ほらっ、シャキッとしろ」
俺は木戸の座っていた椅子を回して、マチ先生の方に向けた。
「あっ、どうも。お見苦しいところを見せちゃったね」
「いえ、全然、そんなこと…足、大丈夫ですか?」
優しい人だ。こんな茶番劇に心配の言葉をかけてくれるなんて。
「あぁ〜、大丈夫大丈夫。そんなことより、お名前は?」
さっき言ったよ。聞いてなかったのか。
マチ先生は俺の時と同様に、強張った様子で木戸に挨拶をした。
「木戸正志です。専門教科は数学です。よろしくね、マチ先生」
木戸は手を握手をしようと、手を前に出した。
「はい、よろしくお願いします」
マチ先生は何の抵抗もなく、木戸と握手を交わした。
出会ってすぐなのにタメ口使うし、握手まで交わす。木戸のコミュニケーション能力の高さには相変わらず感心する。
「えっと、とりあえずマチ先生は雷羽先生の隣に座ってな」
木戸にそう言われたマチ先生は、俺の隣の空いているデスクに座る。俺は木戸とマチ先生の間に挟まれ、右を向けば先輩、左を向けば後輩がいるという、個人的にめんどくさい形になった。
職員が職員室に揃ってくると、朝の打ち合わせが始まる。新任教師が教頭に呼ばれる。朝の打ち合わせの中、みんなの前で着任の挨拶をするそうだ。
「頑張って、マチ先生」
木戸はマチ先生に聞こえるぐらいの声量で、緊張している彼女を励ます。
マチ先生は木戸に軽く頭を下げながら、教頭のところに向かった。
「朝の打ち合わせを始めます」
教頭の言葉で全員が自分の作業を中断して、横一列に並ぶ着任した教員の方を見る中、俺は黙々と学級だよりを書いていた。
「エッエン…」
教頭の咳払いを聞いたところで、俺も手を止めて前に注目する。
「最初に着任した先生から挨拶をしてもらいましょう。えぇ…では、左から順に挨拶をお願いします」
「はい。先生方、おはようございます。今日からここで…」
中年ぐらいのベテランっぽい教師やマチ先生のような新米教師、様々な年齢層から七人が着任した。
「よろしくお願いします!!」
最後の熱血バカっぽい新任で、着任の挨拶は幕を閉じた。わざわざ手を止めてまで聞いたが、二、三人しか名前を覚えれなかった。あとマチ先生が家庭科教師ってこと。
新任教師は自分の座席にそれぞれ案内される。どうやらマチ先生は最初に座った、俺の隣の座席らしい。
「おかえり〜。いい自己紹介だったよ」
木戸は親指以外の4本の指で小さく拍手をしながら、マチ先生を褒めていた。
「ねっ、雷羽先生」
「あぁ…」
俺は中断していた作業を再開して、続きを書きながら適当に返事をした。
「もう、可愛い後輩が出来たんだよ。そんな無愛想にしちゃだめでしょ」
「別に無愛想にしてねぇだろ。仕事に集中してるだけだ」
俺はプリントの半分まで書き終わったところで鉛筆を置き、デスクから立ち上がって、その場を後にする。
「何ぼさっとしてんだ。職員会議行くぞ」
「はっ、はい」
突っ立って俺を見るマチ先生に言うと、テンパった様子で返事をした。デスクに置いてあったノートとボールペンを持って、俺の後ろを歩き始めた。
「先が思いやられるね…」
第三話「美術教師」
午前の会議、お昼を挟んで午後の会議、学年会と、この日の集団の仕事が次々と終わり、夕方を迎えた。
「結局、学年主任は来なかったな」
「あはは…」
俺は一学年を担当することになった。
一学年メンバーは俺を含めて四人。一組担任兼学年副主任の木戸。二組担任の俺。三組担任の新米教師マチ先生。そして、今俺と木戸が話題にしている、学年主任の木下豪羽という教師。
「まぁ…毎度のことだし。あの人が無断欠勤とか。今更驚くことでもないよ」
「どんな方なんですか?」
「白髪で普段何考えてるのかわからない理科教員だ」
マチ先生はメモを取るのに、ペンを走らせた。そんなことメモしなくても良いのにな。
「俺は先に自クラスの教室に行くぜ」
俺は学年会行われていた部屋を出て、閑静な廊下を一人で歩き、自分に割り振られた教室に向かう。
「さてと…」
掲載しなければならない掲示物を適当に壁に貼り付ける。献立表とか、学年だよりとかな。
ちゃっちゃと終わらせて、俺は殺風景なこの教室を入学式ムードにするため、飾り付けの作業を始める。
「えっと、確かこの辺に…」
パーカーのフードに手を入れ、がさごそとあさり、桃色の花紙と大きな茶色の画用紙を取り出す。
「いっちょやるか」
指をポキポキと鳴らし、気合を入れる。そして、ポケットからハサミを取り出し、茶色の画用紙を切り始める。
ザンッ、チャキンッ、ザシュザシュ。
俺の華麗な刃捌きで切っていくごとに、画用紙はみるみるうちに木の幹形へと変わる。
「出来た」
廊下に一度出て、緑の壁に画鋲で画用紙を飾る。
「お次は…」
教室に戻り、花紙を前にする。その束手に取り、宙に散らばせる。
「はぁっ!!」
手のひらを前に出して、糸を大量に生成する。その糸が花紙を捉えると、俺は器用に糸を操り、お花を三十個ほど作り上げる。
「よいしょっと…」
作り上げた花を持ち、再び廊下に出る。周りに誰かいないかを確認して、最後の仕上げへと取り掛かる。
「枯れ木に花を咲かせましょう、ってな」
くだらない独り言を呟きながら、セロテープを使って花をつけた。先ほどの木に桜が満開になったかように飾りつけた。
「ふふんっ♪いい感じだ♪」
楽しくなってきた俺は、同時に美術魂を駆り立てられる。フードに手を入れ、絵の具道具と水入りペットボトル、そしてスポンジを取り出して、桜に手を加え始めた。
「まずはこの辺に影を…」
水で伸ばした茶の絵の具で塗り、スポンジで擦って木に影をつける。
「この辺も、ちっと濃いピンクで…」
俺はひたすら描き続けた。時間を忘れてしまうほど夢中になって描き続けた。生徒が見て驚く顔が脳裏に浮かぶ。
「ふぅ〜出来た」
額にかいた汗を手の甲で拭い、反対側の壁に寄りかかって、出来上がった作品を見る。
「我ながら素晴らしい」
自分の作品に惚れ惚れしながら眺めていると、何者かの視線を感じた。
「…?」
俺が視線を感じた方を見た時には、気配は消えていた。
「今の気配って…」
少しぽーっと考えていた。感じたことのある気配だが何かが違う。人間の気配の中に、うっすらと妖気が混じっていた。
いや、そんなまさか…。
嫌な感じに胸がざわつく中、俺はふと我に帰る。
「やべっ、もうこんな時間か!?」
時計を確認すると、六時を指している。俺は急いで絵の具やらゴミやらを片付け、教室の鍵を閉めて、職員室に向かった。
「誰も居ねぇ…」
それもそうか。春休み中の出勤だし、なるべくみんな定時に帰るよな…。
俺は時間も忘れるほど、絵を描くのが好きな美術教員だ。どんなに半人で、生徒の禁止行為を平気で破る教員でも、絵を描く楽しさや見る面白さは伝えられる。
そういう教員になるのが、俺の目標だった。
第四話「赤いマチ針」
次の日の朝。
俺は昨日と同じ木に登って、桜を嗜んでいた。
「春だなぁ…」
暖かい春の陽気を感じる風に吹かれて、散り舞う花びらを眺めながら俺はそう呟いた。
「今日は誰にも邪魔されないと良いんだが…」
そう思った矢先。
「おはよう、雷羽先生。相変わらず朝から元気だね」
聞くのが憂鬱になりそうな元気の良い声が、頭の中を通りすぎる。
「どこを見て、元気だと判断したんだよ」
両手を後頭部に置き、呆れた様子でツッコミを入れる。
「だって、朝から木登りできるのは君ぐらいだよ」
何も言い返せないことにイラッときたため、黙って体を起こし、声のする方を見下ろす。
「おはようございます、雷羽先生」
最初に目があったのは木戸ではなく木戸の隣にいたマチ先生。彼女はぺこりと軽く頭を下げて、挨拶をしてきた。
俺はちょっとだけ手を振り、挨拶を返す。
「昨日ほど、緊張はしてないみたいだな」
木から飛び降りて二人の前に立って、マチ先生と話をする。
「はい、おかげさまで」
昨日はあまり見せなかった笑みを、彼女は溢した。
「そうか。じゃ、また後で」
話を済ませて、俺はすぐその場から離れようとする。
「ちょっと待ってよ」
「うげっ!?」
急に喉が締まる。木戸がフードを掴んで、俺を引き留めたようだ。
「一学年担当の教員が集まったんだよ。一緒に行こうよ」
「嫌だ。俺は別に仲良しごっこをするために教員になったんじゃねぇんだ、ああああっ!!」
首がさらに締まる。木戸が力任せに引っ張っていた。
「一緒に行ってもらわないと、僕が朝早起きして、マチ先生を待ち伏せた意味がないじゃないか」
「知るかよ!!」
俺はフードを掴んで引っ張り返し、自由を取り戻す。その瞬間、木戸はいつもよりも静かになって、こちらを見つめた。
「…だめ?」
しょんぼりしながら、子供のように純粋な視線を赤の丸眼鏡の奥から送ってくる。
「分かったよ。一緒に行ってやる」
しばらく黙り込んでから、承諾をする。すると、一瞬で木戸の顔色はよくなり、はしゃぎだす。
「やった〜、三時に起きて待った甲斐があったよ」
「はぁ…元気なのはどっちだよ」
「ん?」
俺の呟き声が上手く聞き取れなかったのか、ただ純粋にバカなのか定かではないが、頭にハテナが浮かんでそうな表情をしていた。
「なんでもない」
まったく…年上のくせにガキみてぇな野郎だ。
「お待たせマチ先生。行こ」
「はい」
少し離れたところで見ていたマチ先生は、こちらを微笑むような笑顔で返事をし、俺たちの方へきた。
座席と同じ並びで、話をしながら二人と共に職員室へ向かった。
この日は昨日とほぼ同じスケジュールで事が進んだ。午後の職員会議が終わった今、俺は学年会が開かれる教室に向かっていた。
「この気配は…」
その途中、どこからかは分からないが、昨日と同じ妖気をまた感じられた。
「……ッ!?」
妖気を強く感じたその瞬間、俺の左頬を何かが掠める。
「これは…」
踊り場のあたりでやられたため、壁に何かが刺さったのが分かった。どうやら俺の左頬を掠めたものはマチ針だったようで、それは、俺の血で赤く染められていた。
「怨みの念が込められている」
かなり強力な念だった。妖気を強く感じたのはこいつが近づいてきたからだろう。これが体を貫いたと考えたら恐ろしい。たとえ妖怪でも、念に体を蝕まれて死んでいただろう。
「めんどうなことになりそうだ」
俺は指先を切り傷に当て、糸の妖術で傷を修復しながら、教室に向かった。
学年会が開かれる教室に着いた頃には傷も治り、いつも通り学年会に参加した。
「では、これで今日の学年会は終了します」
木戸の一言で無事に学年会は終わる。椅子から立ち上がり、すぐにその場から去って、俺は美術室に向かった。
俺に怨みを持つ者なら、一人の時のほうが、マチ針を投げてきた犯人も出やすくなると予測したからだ。
「ついでに掃除もするか」
美術室で犯人を待っている間暇なため、掃除をすることにした。
俺がちりとりとほうきを手に取ったその時。
シュッ!!
マチ針が風を切って、こちらに飛んできた。今回は反応出来たため、頬を掠める事なく、俺を通り過ぎて壁に刺さった。
「チッ…」
廊下から舌打ちが聞こえた途端、幾つものマチ針が俺を目掛けて飛んでくる。俺は持っていたちりとりを縦にして躱す。犯人自身が美術室に出向くまで、躱し続けた。
「いい加減、正体を見せたらどうだ」
俺にも体力に限界がある。犯人を煽り、姿を表すよう促す。その後の展開は早かった。
ガラガラガラガラ
「やっぱり、あんただったか」
戸が開く音が聞こえた後、姿を見せたのは見覚えのある女性教師だった。
「マチ先生」
第五話「美術教師対家庭科教師」
俺はポケットに入れ、こちらに戦意はないことを示した。しかし、彼女はそうではないらしく、指にマチ針を数本挟んで、敵意剥き出しの状態だった。
「物騒なもん下ろせよ。それはあんたの仕事道具だろ」
「それは…出来ません…」
言葉を詰まらせながら、マチ先生は話した。
「あなたには、死んでもらいます」
そう言うと、指に挟めていたマチ針を勢いよか投げてきた。読めていた俺は目の前にあった机を片手で持ち上げて盾にし、身を守る。
「はあっ!!」
俺の隙をついて、後ろに回ったマチ先生は先の鋭い裁ちバサミで首元を狙ってくる。
俺はポケットから素早く彫刻刀の丸刀を取り出し、くぼみで受け止めて押し返す。
「たあッ!!」
続け様に攻撃をしてくるが、結果は同じ。丸刀で弾き、マチ先生の手から裁ちバサミを手放せる。
「うっ!」
隙を見せたマチ先生に反撃の前蹴りを入れ、距離を取らせる。
彫刻刀にキャップをしてポケットにしまい、そのまま手を突っ込んだ状態で話をした。
「マチ先生、あんたの目的はなんだ」
「蜘蛛妖怪のあなたに、話すことなんてありません」
身構えたまま、きつい言葉を返してきた。
「姉のために…死んでくださいっ!!」
マチ先生が手のひらを前に出すと、彼女の周りに無数のマチ針が浮かび上がり、俺を目掛けて飛んでくる。
「妖術か…やっぱりあんた…」
俺は近くにあったパレットをすぐさま手に取り、飛んでくるマチ針を全て弾き飛ばす。同時にマチ先生が妖怪ということも確信した。
「しぶといですね、雷羽先生」
「取り柄なんでな」
妖気が尽きたのか、マチ針の雨が止む。
「もう一度聞く。あんたの目的はなんだ」
戦う気も失せたのか、マチ先生は拒んで話さなかった目的を話してくれた。
「私の姉は、あなた達蜘蛛妖怪に殺されました。だから私は、あなたを含めた蜘蛛妖怪を姉の仇として、恨んできました」
俺はこれを聞いて疑問を抱いた。
蜘蛛妖怪が人を殺める、そんな事があってたまるか。
俺たち蜘蛛妖怪は、死んだ者たちがこの世で彷徨わないように、道案内をするのが役目。自らの手で命を奪うことは規則違反だったはずだが…。
「そんな事したって、お姉さんは喜ばねぇと思うけどな…」
引っかかることはあるが、俺は戦う意味がないことを諭す。しかし、地雷を踏んだのか、マチ先生は妖力を高め始めた。
どうやら戦いを止めるつもりはないらしい。
「あなたに何か指図される筋合いはありません!!」
そう言うと、マチ先生はしばっていた髪を解いて、目を閉じた。
第五話「針女と半妖怪の土蜘蛛」
解いた髪は真っ白に染まり、先端は鋭利になって、ふわふわと宙に浮いていた。同時に閉じた目を開けると、瞳の色は赤色に変わり、目つきら鋭くなった。
マチ先生は針女という妖怪に姿を変えたのだ。
「はあっ!!」
鋭利な髪の束を伸ばし、俺の足元を目掛けて飛んできた。
ズドーンッ!!
床が抉れるほど威力が高い攻撃を避けると、俺は机の上に低い体制で着地する。
「おいっ、教員ならもう少し学校に配慮しろ」
続け様に飛んでくる鋭利な髪を避けながら、教員として注意をした。
「あなたがさっさとやられれば、早い話ですよ」
ごもっともだけど、そうもいかない。殺されるのも困るけど、美術室を破壊されるのはもっと困る。
「仕方ねぇ…」
俺は攻撃の隙を見て、校庭に直接出るための扉を開け、戦う場所を外に移す。
「これ以上暴れられるのはごめんだ」
俺は妖力を高めて、瞳の色を水色に変える。そして、何もない空間から短めの鎌(草刈り鎌みたいなやつ)を二本取り出し、両手に構える。
「こっちも本気で止める」
鎌を振り回して、鋭利な髪を攻撃を避けながら、針女に距離を詰める。
「たあっ!!」
俺は鎌を横に振り、針女を攻撃するが、伸ばした髪を体の前に持ってこられ、身を守られてしまう。
「はっ!!」
「しまった…!?」
身を守っていた髪はしなやかに動き、俺を包みこむように丸くなる。俺は髪の玉の中に綴じ込まれてしまった。
「終わりです」
外から針女の声が聞こえたと同時に、玉の縮小が始まる。
「まずいっ…!!」
俺は鎌の刃を髪玉の両サイドに刺し、体を高速に横回転させて、内側から一刀両断にする。
「嘘っ!?私の術をあんな簡単に…」
「今度はこっちの番だ!!」
糸を生成して二本の鎌の柄に結び、ヌンチャクのようにする。
「おりゃっ!!」
俺は鎌を針女の方へ投げ、長く毛量の多い髪を束ねて、大きなお団子にした。
「これで身動きは取れないな」
俺は大地を強く蹴って、空へと高く飛び、体を一回転させて踵落としの体勢になった。
『岩石落とし』
足に妖力を集中させて急速落下し、針女の頭目掛けて踵落としを喰らわせた。
「うぐっ!」
重みのある攻撃を喰らった針女は膝から崩れ落ちて、髪の長さと色が元に戻り、マチ先生の姿へと戻る。
「なんて威力なの…」
俺は倒れたマチ先生にゆっくりと近づく。額から血を流したマチ先生は苦し紛れに口を開いた。
「私の負けです…。心臓を刺すなり、首を絞めるなりして殺してください…」
俺は瞳の色を黒色にし、人間の姿に戻る。それと同時に、近くにあった鎌も消滅していった。
「なぜ止めを刺さないんですか」
俺は屈んで、マチ先生の額に人差し指を近づける。自分の左頬の傷を治したように、糸の妖術で彼女の傷も治してあげた。
「なんのつもりですか…。私はあなたを殺そうとしたのに…」
完全に治癒した頃、俺の手を払いのけて、立ち上がり少し距離を置いた。
「蜘蛛妖怪は、命を奪うことを禁じられてるんでな」
俺は立ち上がり、ポケットに手を入れて話しを続けた。
「あんたのお姉さんを、蜘蛛妖怪が殺してしまったのは、申し訳ないと思っている。だが、どうしても信じられない。同士に秩序を乱すやつがいるなんて…」
マチ先生は目を合わせようとしなかった。仲良くなるのは途方もない時間が必要だと確信した。それでも、俺は同じ妖怪として言葉をかけた。
「マチ先生。俺と一緒にお姉さんの命を奪った犯人を探さないか?もし、蜘蛛妖怪の仕業なら、同族の俺にも責任があるし…」
「結構です」
俺の言葉を遮るように、強く断られた。
「これは、私の問題です」
蜘蛛の血が流れている半妖怪である以上、俺のことを信用する気はないのだろう。
「今日の事は忘れてください。お互いに妖怪であることも、姉の件も、なかったことにして、明日からまた初々しい後輩だと見守っててください」
マチ先生は「また明日」と言って、この場を離れた。俺は黙り込んで何も言わずに、小さくなる彼女の背中を眺めていた。
「掃除の続きでもするか…」
美術室の方に視線を変えて、気持ちを切り替えた。美術室に戻り、糸の妖術で抉られた床を修復した。
マチ先生の心の傷は、この床のように容易くは治せない。大切な人をなくすことが、どれだけ辛いことか俺にも分かっているから…。
俺は、日が沈んで橙になっていく空で輝く星一つの星を静かに眺めた。
読んでくれてありがとうございます。今後も雷羽先生の活躍を応援してくださると、嬉しいです。