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運命は気づけばそこに

 その日、山本瑠璃は運命の男と出会った。


「え」


 大学二年生の春。誤って入ってしまった教室の中で妖怪たちに襲われていたのが彼だった。


――――グギャガガガルルルガッ


 咆哮を上げ、黒々とした煙を身に纏う妖怪らしきものには目もくれず、襲われている男に瑠璃は釘付けになった。


「イケメンすぎない?」


 目の前の状況に怯えた顔が酷く瑠璃の好みだった。


 程よく引き締まった体躯も、分けられた前髪も、切れ長の目も、高すぎない鼻も、瑠璃のどタイプ。


 芸能人にいてもおかしくない。むしろいないのがおかしい。日本の宝だろうにと瑠璃は思った。


「え、お兄さんお名前は?」

「さっさと助けてやれよ瑠璃」


 相棒の猫又妖怪・琥珀が、瑠璃の背後から呆れたように言う。


 イケメンは怯えたまま、瑠璃の近くにやってきた。恐怖からか、足がもつれている。倒れ込むようにして瑠璃に訴えた。


「ここは危ない! 入っちゃダメだ!」

「え、心配されてるんだけど!やばい!私のこと好きなのかな!」

「そんなわけないだろ。さっさとやれや」


 イケメンの顔が歪む。瑠璃の胸が高鳴った。顔が紅潮しているのが自分でもわかる。


「うええええあそっか、ここらで好感度稼がなきゃね」

「もうなんでもいいよはやくしてやれ」

「イケメンくんのためだもんねー仕方ない」

 

 琥珀に急かされ、瑠璃は両手を合わせた。祈るように、あるいは感謝するように目を閉じる。




【いただきます】


 

 瑠璃は目をカッと開いた。捕食者の目。張り詰めた空気が一気に弛緩する。

 

 瑠璃の頭の上に大きな口が現れた。口は、妖怪たちを食らう。あれほど禍々しい気を放っていた妖怪たちは見る影もない。教室の机はいつものように整然と並べられている。


――――グシャムシャグシャボリボリムシャッ


 骨が潰れる音がした。


「………ま、じか」


 イケメンは力が抜けたのだろう、へたり込んで瑠璃を見上げた。驚いている顔もとってもキュートだと瑠璃は思った。その額には汗が浮かんでいる。


「き、きみは……」


 声も好み。


「私、二年の山本瑠璃。この猫は琥珀」


 瑠璃は下からイケメンに見上げられるなんてたまったものではないと目線を合わせた。顎下のお肉が気になるお年頃なのである。


「俺、は神野真斗、で、す。2年、です」

「真斗くんかぁ、名前もかっこいいね!」

「あ、ありがとうございま、す?」


 真斗という名のイケメンは怯えているようだった。それもそうだろう。目の前で怪異を食した人間なんて怖くないわけがない。人間なら誰しもが恐れるはずだ。


「敬語は嫌だよぉ私たちの仲じゃない!」

「お前たち3分前に会っただろ」


 琥珀の言葉は瑠璃の頭には入っていない。


「何があったのかな? どうしたの? 話聞こうか?」

「その言い方やめろ瑠璃」


 瑠璃はこのイケメンの力になりたかった。理由は単純。イケメンだからだ。もうこの時点で瑠璃は決めていた。


(ぜってー堕とす)


 近くで見たらまつ毛も長い。目の下のほくろもよく似合っている。イケメンはほくろの位置までイケメンなのだと確信する。


(彼氏になってもらう!)


 瑠璃が親に無理言って大学に入学した理由は、キャンパスライフへの憧れだ。瑠璃は彼氏と一緒に映画に行ったり、遊園地に行ったり、温泉に行ったり、その他諸々たくさんのことをしたかった。それもイケメンと。


 そう、瑠璃は面食いなのである。


「き、気づいたら、さっきのが現れて……」

「うんうん、かっこいいね」

「会話になってねぇぞ」


 こんなどタイプ、なかなか見ない。こんな地方にいるなんて奇跡だ。瑠璃はすでに彼と付き合って結婚して同じ墓に入る未来を想像していた。


「急に襲ってきたんだ」

「そっかぁ。もう大丈夫だよ、真斗くん! これからは私が守ってあげる!」

「え」

「私結構強いの! 親が妖怪たちの元締め的なことやってるからこの問題はすぐ解決できちゃうよ! また狙われるの嫌でしょ?」


 瑠璃はこの瞬間に真斗に付け入る気満々だった。吊り橋効果だ。チャンスは今だけ。全身全霊で自分を売り込む。


「どうかな!?」


 真斗はカッパがパイナップルを投げつけられたような顔をして固まった。


「どうか」

「しつこいぞ瑠璃」

「だって一目惚れなんだもの!」


 真斗は声をあげて笑った。おもしれー女ということだろうかと瑠璃は期待する。イケメンを落とすには面白い女になることだと少女漫画が言っていた。


「私、結構面白い女よ!」

「どこアピールしてんだ瑠璃」

「あなたのことも守ってあげる!」


 自信満々な瑠璃に真斗は敗北した。両手をあげて降参だった。()()()()()()()()()()()()()()()()


「そっか。お願いしようかな」


 真斗の言葉に瑠璃は目を輝かせた。


「ひゃははははははははははは」

「乙女的にいいのかその声」


 先に立ち上がった真斗の手を取り、瑠璃も立ち上がる。触れた手が大きくて、暖かくて、骨張っていて、瑠璃は顔を赤くした。


「え、そこは照れるの?」

「当たり前じゃない人をなんだと思ってるのよ!」

「羞恥心デストロイーかな」

「新しい日本語を作るな」


 真斗は膝についた塵を払っている。琥珀は真斗をじっくり見た。なんだか怪しいと思ったのだ。動じなさすぎる。もっと瑠璃を怖がってもいいはずだ。瑠璃はあの妖怪を簡単に凌駕する人間なのだから。


 そんな琥珀の懸念は知らず、瑠璃はアピールを続ける。


「い、いま彼女とかは?」

「いないけど……」

「いないですか良かった私もいないです!」

「そっか、奇遇だね」

「はうっ」


 その時、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。


「やばい、行かなきゃ! 真斗くん連絡先!」

「ああ、はい」

「ありがとう、連絡するね!」


 瑠璃はいい成績をとらないと両親に連れ戻されるため、そこそこ真面目に授業に行っている。こういうイレギュラーがなければ、出席率は100%だ。


 琥珀も瑠璃の肩から降りて瑠璃を追う。人間に視認できないように二つに分かれた尻尾が一つに見えるように妖術を使いながら、瑠璃の様子がわかるいつもの定位置に陣取る。流石に教室内に入るわけにはいかない。お金を払っていないのに授業を聞くのは良くないからだ。そこらへん妖怪は律儀なのである。


「頑張れよー」

「ラジャ」


 例のごとく、出席を出したら爆睡しだす瑠璃に、琥珀は窓の外からため息を吐いた。


「ったく、何がイケメンだ馬鹿」


 猫はしゅるしゅると人型をとる。その姿は真斗に劣らぬほど美しかった。琥珀は自分の見目に自信があった。瑠璃が見たら、間違いなく自分に惚れると確信していた。


「お前がそんなんだから――――」


 琥珀は瑠璃の父親との約束を思い出して再度ため息を吐く。


「クソが」


 真斗という少年がやけに気に入らないのは、琥珀の方にも原因があるようだった。

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