⒈雇え
⒈雇え
従業員一人一人は天才なのだが、変人が多いため、この事務所にはなかなか依頼が来ない。
そんな事務所でインターホンが鳴ることはほぼない。しかし今、この事務所でインターホンが半年と26日ぶりに鳴っている。普通ならばここで喜ぶはずだが、僕たちにとってはこれさえも詐欺なのではないかと思えてくる。それでも半年と26日ぶりの依頼を捨てるわけにはいかない。
「波奈、出てこい」
「なんで僕なんですか⁉嫌ですよ」
「うるさい、早く出てこい」
僕は九寿雲さんの目が笑っていない奇妙な笑顔に負けて、ドアを開けることになった。
「はーい、アジュダ事務所でーす。何のご依頼ですか?」
僕がそう言った瞬間すぐに目の前が真っ暗になった。何があったのかすぐには状況はつかめなかった。
そして頭痛がすることに気付いた。それからだんだん目は見えるようになった。すると、一人の少女が焼草さんにナイフを突き立てていた。
「な、何が目的だ‼」
先週入社したばかりの僕は焦ってそれしか言えなかった。
「…目的はただ一つ」
社員たちは息をのんだ。
「私をこの会社で雇え」
僕たちは沈黙した。
そこに社長の紫御さんが来た。そして僕が状況を説明した。
「それが目的でこんなことをしたのかい?そりゃ笑えるね」
そう言い社長の笑い声だけが事務所中に響き渡った。そう、紫御さんはかなりの変人なのだ。
「紫御さん、それでどうするんですか、雇うんですか?」
紫御さんはまだニヤニヤしている。
「もちろん。面白いからね。だから焼草さんを離してもらっていいかい?」
そう言うと少女が焼草さんを離した。一旦みんな安心した。焼草さんはまだ恐怖が残っているのか、座り込んだままだった。
「雇ってもいいが、ただね、」
そう言い紫御さんが少女に顔を近づけた。
「もううちの社員には手を出さないでね。」
真剣な表情で忠告した。しかし少女は一つも表情を変えなかった。まるで表情筋が死んでいるようだ。
「了解した。」
これで一応事は収まったはずなのだが、みんなが僕の方を見てきた。
「な、なんですか?皆さん」
「お、お前…頭…」
九寿雲さんが僕の頭を顔をゆがめながら指差した。
「やだなぁ、なんですか?」
そう言い僕は笑いながら頭をさわった。そして手を見てみると血がついていることに気づいた。
それを見た瞬間一気に力が抜けて、気絶してしまった。
きっと少女が入ってきたときに邪魔だった僕を突き飛ばし、頭を打ったのだろう。頭痛の原因がやっとわかった。
そしてこの事務所には半年と27日依頼が来なかったことになり、社員も一人増えた。