第八話 白き塔の螺旋の果てに⑦
額の水晶が砕けた大怪鳥の身体から力が抜けていく。少しの間は形を保っていたがボロボロに崩れ落ちては落ちていった。
「って、っちょっと待って!?」
当然その上に乗っかっていたレドも落下しそうになるが、クローディアが背で受け止めたおかげで事なきを得ることが出来た。
「あ、ありがとうございます……」
「お疲れさまですわ、レド。私の無茶な要望に付き合って務めを果たしてくれたこと、感謝いたします」
「い、いえクローディアさんこそ……」
胸の奥がじんとなる。強敵を倒した事より彼女に認められたことが何より嬉しかった。
「さて、それではこのまま灯台に戻りましょう。依頼の首輪もそのままですし。……あ」
「あ。ってなんですかクローディアさん。いやな予感がしてきたんですけど……」
「えっーっと、なんというかその……。うん。私、先ほど派手に戦いましたでしょう?」
「はい」
「ブレスも吐いたり、宝剣も使いましたでしょう?」
「ですね」
「……」
「いや、そこで黙らないでくださいよ。というかまさか……」
「そのまさかですわ、使いすぎてしまいましたの。……ごめんなさい、落下致します」
「嘘でしょおおおおお?!」
レドの絶叫が響き渡る。竜が飛ぶ力を失って落ちていく。
「おぶぁ!?」
と、落ちた先はあの大怪鳥の巣の中。クローディアがなんとかその位置まで力を振り絞ったおかげで、巣がクッションになる形で二人とも助かった。
「ああ、よかった。ホントに死んだと思った……。ていうかクローディアさんは?」
辺りを伺うが何やら姿が見えない。巣の外まで視線を動かしていると、何やらズボンの布を引っ張られる。
「ここですわ、ここー……」
「えっ……」
下に視線を移すとそこには小さい女の子ような体型になっているクローディアがいた。ぶかぶかのドレスを引きずりながらくいくいズボンを引っ張っている。
「ち、小さくなってるー!? なんで!?」
「びぃあああー!!」
「な、泣いちゃった……。おー、よしよし……」
「うっぐ……えっぐ……」
唐突に泣きだしたクローディアを頭をなでて慰める。涙を自分の小さな手で拭うと語り出した。
「私、あのように竜としての力を振るう際には体内にため込んだ財を使いますの……。使ったものは当然消えてしまいますから、どんどん無くなっていって……。空っぽになると、このように非力な姿になってしまいますのよ……」
「な、なるほど……。つまり今は空になった金庫みたいなもの……」
「はい……。一応これだけは、というものはとっておけますがそれ以外はもう何も……。うああああああん!!力を取り戻すために依頼を受けたのにすっからかんになっては最悪ですわあああああ!!」
「うわ、また泣きだした。どうしよう……」
つまるところこの竜、かなり強力な存在であると同時に非常に燃費が悪い。人の姿を取っているのも、冒険者としてやっていくためという理由の他に、財の消費を最低限まで抑えるためという世知辛い理由があった。
レドの手から離れ巣に刺さった宝剣も財力によって強さが変動するのか、いまは黒ずんでその輝きを完全に失ってしまっている。
「ん? これは……?」
「ぐすん、どうしましたの……?」
レドがおろおろしていると何やら硬いものを踏んづけた。巣の内部をかき分けて探っていると何やら輝くものが見つかる。掴み上げると金貨が数枚出て来た。しかもそれだけではない。
「金貨や銀貨。宝石のついた指輪に祭具……。あの鳥、こんなにもため込んでたのか。子分の鳥達を使って集めてたのかな?……ってうわっ!!」
「おっほおおう!! お宝ですわですわですわあああああああ!!」
「お嬢様としてそれはどうなんですか!?」
宝が見つかった場所にクローディアが頭から突っ込んで物色している。いくらか体内に取り込んでいっている模様で徐々に体格が元の状態へと戻っていく。レドが引っこ抜きにかかるがびくともしない。
「ていうか、全部持ってっちゃだめですって!!探してる人がいるかもしれませんし、一度ギルドに連絡してって……。いや、ちょっとこれなんか大きくなりすぎて……」
「ぷはっ……」
「いや、でっか……!?」
クローディアが突っ込んでいた上半身を抜き出すと、その身長はレドの2倍はあろうかという巨体になってしまっていた。ドレスは特殊な伸縮性があるのか完全に千切れてはいないものの、かなりギリギリの状態だった。レドが呆然としながら見上げていると、威圧感のある姿でじっと見つめてくる。
「ん? ああ、予想以上に宝が多くてな。一時的にではあるが、我の全盛期の人の姿になってしまったようだ。案ずるな。調整すればこのように」
尊大にも見える笑みを浮かべると、すぐさま縮んでいきいつものクローディアに戻る。少々サイズが大きく見えるが、元よりも溜め込んだためだろう。あまりの状況にレドの中に溜まっていた疲労が一気に噴き出してその場に崩れ落ちる。
「無茶苦茶だあ……。無茶苦茶すぎるよこの竜……」
「竜にヒトの常識を求めてはいけませんわよー? それよりも依頼の首輪も取り戻した事ですし、完全に暗くなる前に帰りましょう。あの子も含めて、ね?」
「あの子? あっ……」
首輪を拾い上げると、屈託のない笑みを浮かべながらクローディアが顔を階段付近に向ける。レドが視線を追わせると、そこにはあの赤毛の少女がいた。
「お、おーい……。大灯台にドン、って大きなもんがぶつかってきちまうし。動きに動けなくてよ。二人の声が聞こえてきたから昇ってきたんだ。何がなんだかわかんねえけど、もう大丈夫なんだよな……?」
──────
ヴェルキスの街。ギルド前。
「あ、あははははは……」
ひきつった笑みを浮かべながら、巨大な竜を見上げるティナがいた。
「ちょっとティナさん。なんですのその顔は、せっかく私たちが依頼を無事に完遂して帰ってきましたのに。労う言葉の一つすらありませんの?」
「やっぱりギルドまで空を飛んでくのは駄目だったんですって!! 偉い騒ぎですよこれ!!」
「負傷者が居るのですからこれくらい仕方ないでしょう?」
クローディアとレドが言い争っている間にもどんどん人があつまってくる。
「な、なんだこの竜は!? いったいどこから現れた!!」
「これ、衛兵共!! 武器を向けてはいかん!! せ、聖竜様じゃ!! まさか死ぬ前に一目見られようとは……。ありがたや、ありがたや……」
「ふむ、珍しいな。竜種が人里に姿を見せるとは。少々血液を採取しても?」
街の衛兵たちが武器を構えて警戒しているかと思えば、拝み倒している老人や興味深げに観察している怪しげな女性もいる。
「ち、血を抜くのはおやめくださいまし。あ、別にそんなに神聖な存在ではないのですが、お布施等は随時受け付けておりますので……」
「クローディアさん、詐欺行為は駄目ですからね? あ、この中に傷を診れる方おられましたらー……」
「なにこれぇ、なんなんですかこれぇ……」
混沌とした状況についにティナがついに崩れ落ちる。
竜族が街に飛来したというこの出来事は街の人々の中で大きな事件して扱われ、落ち着くまでには随分な時間を要したという……。