第六話 白き塔の螺旋の果てに⑤
時は少し遡る。
レドが負傷した少女を運んで行き、それをクローディアが見送った後の事。
「甘いっ!!」
大怪鳥のくちばしによる攻撃を避けたクローディアが拳を横っ面に叩きこむ。ぐらり、と一度倒れかけたものの、すぐに持ち直してクローディアを上から睨みつけてきた。
「今の結構いいのが入ったと思うのですけど……。本当に頑丈ですわね貴方。おっと……!!」
不満そうに呟く彼女に対して、大怪鳥の抜け落ちた羽根が数枚硬化しながら飛んでくる。
クローディアは跳ぶようにして回避するが、虚空を斬ったそれらは石畳に簡単に突き刺ささった。
通常のフィビロでも使ってきた技だが、その大きさと鋭さは段違いだ。少女に傷を負わせたのもこれだろう。
「今日ここにやってきたのが私達だったのはある意味幸運だったのかもしれませんわね……。でなければどれだけの犠牲者が出てしまうところだったか……」
突き刺さった羽根達を一瞥する。レドの言う通りであればここは駆け出しの冒険者たちが始まりの第一歩を踏み出すために訪れることが多い場所。彼らがこんな規格外の怪物に襲われればひとたまりもないだろう。
「もし目撃例があればもっと騒ぎになっていたはず……。巣の材料とかは子分の鳥達にでも任せていたのかしら?どちらにしろここに来てから日は浅いのでしょう。元の住処を追われたのか、はたまた他に理由があるのかは分かりませんし、恨みもありませんが……」
この大怪鳥にだって何かしらの事情はあるのだろう。そのことはクローディアも重々承知だった。さらに言ってしまえばこの怪鳥をわざわざ自分が相手にする必要はない。弱い魔物に持ち去られた首輪を取り戻すという比較的簡単だったはずの依頼で、これと戦わなければならないのはさすがに異常過ぎる。
灯台の中で身を隠し頃合いを見計らって街へ戻りギルドに報告すれば、後に熟練の冒険者達で編成された討伐隊が出されることになるだろう。
それでも彼女がそれを選ばなかったのは、自分の関わった事情で出来るだけ犠牲者は出したくないという彼女自身のプライドと、まったくの冒険初心者である自分に迷惑をかけられながらもここまで案内してくれたレドへの返礼のためだった。
「金の価値は人ありき。それを脅かす貴方はここで私が仕留めさせていただきますわ」
啖呵を切ると、地面を蹴って瞬時に加速。怪鳥の周囲を走り回りながら隙を伺う。
大怪鳥が爪をとがらせてクローディアを蹴り殺そうとした瞬間、高く跳んで回避。それと同時に相手の頭目掛けて殴りかかろうとする。
無論、大怪鳥もそれを黙って受けるつもりはない。自らの翼を羽ばたかせ、抜け落ちた羽根をクローディアに向かって飛ばす。相手は空中、避けられるはずがない。
「なんて、思っているのでしょうけど」
不意にクローディアの口が歪む。口角が釣り上がり、挑発的に笑う。顔の前で腕を交差させて、腕や手の甲に硬い鱗を浮かび上がらせる。
「違いますわ。避けられないのでなく、あえて避けないんですの」
相手を貫くはずの羽根が硬化した肌に阻まれて、無念にも弾かれていった。鱗の生えていない部分も相当硬くなっているのだろう。
身に着けたドレスは所々切られてしまうが、体に傷は全くない。長く伸びた髪の一本も欠けてはいない。唯一、柔らかいままの部位であろう瞳も腕を盾にすることにより無事だった。
「がら空きですわよ!!」
硬化を解くとまずは一発、頭に拳を叩きこむ。再びぐらついたところを踏みつけ、足場にすると二撃目、三撃目を連続して入れて。反撃する間は与えない。このまま一気に決めるつもりで行く。
「一度で駄目なら何度だって!!」
更に数発殴ってから、頭を踏み台にして再び跳躍。
「これにて……おさらばですわっ!!」
そして縦に回転しながら渾身の蹴りを叩きこんだ。
大怪鳥が崩れ落ちていく。さすがにこれだけの量を叩きこめば耐えきれない。
「まったく……、せっかくのドレスが台無しですわ」
少々不貞腐れつつ、クローディア大怪鳥から目を離し目的であった首輪のある巣に足を向けた――のだが。
「呆れた……。まだ立つと、まだやると? いえ、そもそも貴方自分の領域でまだ戦っていなかったですものね。それでは死んでも死にきれないのも当然ですわ」
大きく羽ばたく音とともに、風が巻き起こり大怪鳥が姿を消す。その場に残ったのは巨大な影のみ。
クローディアが空を見上げれば、大怪鳥が頭から血を流しながらも旋回を始めたのを確認できた。
必死に羽根をばら撒き、それらを硬化させ飛ばして来る。中には刃になり切れずただひらひらと落ちていくだけの羽根もある。それだけ受けた損傷が大きいという事だろう。
「あら、全部は私の下に飛ばせませんのね。それであれば避けるのも容易ですし、こちらからの攻撃も届けやすいというもの」
羽根を交わしつつ、体内より手のひらへ数個の宝石を放出。
ルビー、サファイア、エメラルド。どれもこれも小ぶりだがそれなりの価値がある。
「行きなさい我が宝石たち!! ……正直、もったいないどころか割に合わないにもほどがありますが今回は出血大サービスということで!!」
手のひらに乗った宝石を指で一つずつ弾き飛ばせば、それらが輝きながら空を飛ぶ大怪鳥を凄まじい速度で追尾する。さながら星の弾丸といったところか。接触した瞬間に弾け飛び、それぞれの宝石の色に沿った光を放ちながら爆発する。
「────」
損傷は甚大。だがまだ落ちない。まだ落ちれない。あの獲物は何としてでも仕留めるという驚異的な意地と生存本能が大怪鳥を支えている。派手に血と羽根をまき散らしながらもなお飛び続ける。
落ちてきた大量の羽根が円を描き、大灯台の縁に浮かんでいく。クローディアを取り囲み、逃げ場のない状況を作り出す。
「隙間のない羽根の陣形。そして一斉攻撃を仕掛ければ、まずはずす事はない。考え方自体はとても良いのですけれど……」
再び腕を顔の前で交差させて鱗を浮かび上がらせる。いくた量を増やしたところで同じこと。飛んできた羽根達は全て弾かれて傷ひとつつけられない。
「これでは悪あがきにしかなりませ――しまった!!」
硬化を解きながら悪態をつこうとした瞬間だった。クローディアは自身の失態に気づく。
鱗を浮かび上がらせながら体を硬化している間は実は身動きが取れなくなる。無論、攻撃を硬化を解いてしまえば動けるようになるのだが、解く時にほんの一瞬だけ隙が出来る。
あの大怪鳥はそれを狙ったのだ。空中より、突撃してクローディアを大きなかぎ爪で掴み上げようとする。
そう、なにもこの強敵を倒すのに力はいらなかったのだ。いくら強くとも大灯台の一番上から放り投げればそれで終わりだ。大怪鳥はそう考え、一か八かの賭けに出た。
そして見事に目論見通り獲物の動きを止め、掴み上げて放り投げることに成功した。
「えっ……?」
だが、ただひとつだけ。大怪鳥が大きな間違いを犯したとするなら。
それは、掴み上げたのが今まで戦っていた恐ろしき敵などではなく。
「レド……?」
間に割って入った、取るに足らないはずの弱者の一人だったことである。