第四話 白き塔の螺旋の果てに③
頂上付近まで到達したところで昇格機の扉が開く。
そこから最後の螺旋階段を駆け上がり最上層へ辿り着く。日が沈みはじめ、赤く染まり始めた空が二人を出迎える。
その場所の屋根は砕け、壁はほとんど朽ち果てていた。円形の石畳と中央にある台座が剥き出しになっている。本来であれば、この台座には巨大なレンズが座しているはずであった。
灯台守である魔術師から魔力の供給を受け、自立して回転を行いながら船を導くための光を遠くまで放つ特別製のレンズ。
それもこの大灯台が不要とされた時に取りはずされて何処かへと持ち去られ、今はもう何も上に乗っていない……はずだった。
「あんなもの…前はなかったはず……」
レドが台座の上を見つめながら口を開く。レンズの代わりに座するは巨大な鳥の巣であった。形状自体はフィビロ鳥とそう変わりないものだ。だが、余りにも大きすぎる。
「待ってくださいまし、あれは……」
クローディアが巣の中を指さす。そこには日に照らされて、輝く金色の首輪があった。まさしく依頼書に描かれているのと同じ形状をしている。
「結局、一番上にあったってことか……でもそれより今は……」
そう、目的のものはここにあることは確認できたが、今の優先事項はそれではない。確認しなければならないことが二つ存在している。台座の周りを見渡せば一つ、すぐに発見できた。
「……っ!! レド、手当の用意を!!」
先にそれを目にしたクローディアが駆け出す。人だ。人が一人台座の横に倒れている。床には血らしき液体が少し広がっているのが見える。既に死んでいるようにも見える。だが、痛みからか身をよじる動作をしてくれたおかげで辛うじて生きていることを確認できた。
周囲に羽ばたき音はない。この事情を引き起こした敵の影もない。救出するなら今しかないだろう。だが……。
「分かりまし………」
クローディアの要請に従う様にしてレドが背中のバックから回復薬や包帯を取り出そうとしたところで、彼の背筋に凍りつくような感覚が襲ってくる。それだけではない。行動を邪魔するほどではないが軽い頭痛が起こり、鼻の奥が熱くなる。
いつもこうだ。何か危険なことが起こる前に決まってこの現象が起こる。自分と周囲、対象がどちらであってもだ。これがあるからレドは盗賊になったとも言える。
ギルド職員のティナ曰く『危機感知』の類だそうで、冒険者達の中でもたまにその存在を確認できるらしい。そしてそれが起きた時、必ず従ったほうがよいとも。
探せ探せ。何が迫っているかを。脳を回転させ、感覚を研ぎ澄まし、致命的な何かを遠ざけろ。
自分をそのように急かしながら辺りを探る、感じた違和感を拾い集め、忘れている事情を思い出しその中から大事なものを選び抜く。
「レド、何をなさって…!?」
クローディアがもう少しで負傷者の近くまで到達する。だがレドが後を追ってきていないことに驚愕し、足を止めて振り返る。
「クローディアさん、その人は僕らをおびき寄せるための餌だ!! 奴は灯台の壁面にへばりついて貴女を狙っている!!」
「あっ……」
中層の部屋まで届いていたはずの大きな羽ばたきの音がしていなかった。だからこそ、クローディアは敵は一度ここを離れたのだと判断して救出に踏み切った。
しかしそれ自体が罠であった。灯台の壁面より飛び立った巨大な鳥がクローディア目掛けて襲い掛かる。
「こんのっ……!!」
レドの警告のおかげで一瞬早く反応できたクローディアが、地面に転がっていた瓦礫をひと塊蹴り上げてそいつの顔に当てる。
ひるんだ隙に負傷者を抱え上げて跳躍しレドの元へと舞い戻った。
「ちっ、あれで効いてないとか出鱈目もいいところですわね…!!」
「貴女も相当な気がするんですけど……」
「何かおっしゃいまして!? それよりレドはこの人を!! レディですし、できるだけ!! 丁重に!!」
「っと、はいっ……」
クローディアはレドが負傷者を階段下まで運んでいくのを横目で見守りつつ、敵の前に立ちふさがる。
見上げる形で睨みつけながら構えを取った。
「やってくれましたわね。この私を罠にかけたこと、後悔させてさしあげましょう!!」
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フィビロ鳥は数ある魔物の中でも寿命が特に短いとされる。
気性が荒く周囲に存在するあらゆるものに喧嘩を売り、そしてその大多数が命を落とすからだ。
繁殖力が高いゆえに絶滅することはないが大きく強く育つことは極めてまれだ。
しかしだからこそ、大きく育った個体に出会ったのであれば熟練の冒険者であっても覚悟して挑まなければならない。
長く生きたフィビロはそれだけ強力であり、なおかつとても狡猾なのだ…。
『劣悪なる大怪鳥 インペリアル・フィビロ』