第四十七話 儚き残り火の跡で③
「メイドールズ……」
目の前に並ぶメイド達の名称をクローディアが口にする。
しかし、それに何故かメイドのうちの一人が首を傾げてしまった。
「あれ~? 食い倒れメイドーズじゃなかったけ?」
「アン? 何だァ、そのダセェのは。極悪冥土愚連隊っつっただろーが」
「いや、それもう別のナニカだから。あーしは、マジキュン☆メイド隊のつもりだったんだケドぉ……」
黄、赤、桃と三色の髪色をしたメイド達が騒ぎ始める。どうやらそれぞれ名前を考えていたらしい。
「今、あなた達が挙げたのは私が全て却下しました。遊びのでやっているのではないのですよ」
ヒスイがそう口にすると、更に騒ぎが大きくなる。まとめ役であるとはいえ、彼女が絶対というわけではないのだろう。
「え~、ずるーい」
「マジあり得ねぇ……。職権乱用だろ……」
「ていうか、メイドールズもダサくない?」
徐々に険悪になっていく。ヒスイはそれに表情一つすら変えないが、代わりにクローディア達のほうがなんとなく居たたまれない気持ちになっていた。
「あの……」
そんな中、ラピスがおずおずと手を上げる。
「ヒスイ様の案も汲みまして、こういうのはいかがでしょうか? 余り長くなってあれですし、短めに」
ラピスの頭部より少しばかり電子音が聞こえた後、彼女の眼を通して壁に『Dolls』とお洒落なロゴが投影される。ロゴの横にはメイドの横顔を模したシルエットが描かれていた。
「「「それだー!!」」」
三人娘たちがロゴを食い入るように見つめた後、ラピスを取り囲んでしまった。
「イイじゃんイイじゃん。ロゴもカッコいいし!! ラピスちゃんだっけ? やるぅ!!」
「それに、ヒスイの奴に意見しやがるとは。しけた面してるとおもったが、意外と度胸あんじゃねーか、テメェ……」
「お礼にクッキーあげるね。ぼくからの気持ちだから遠慮なく受けとって~」
「えーと、あの……」
黄色髪のメイドから受けとったクッキーを両手で包みながら、ラピスは困り果てていた。先程までクローディア達と戦っていたというのに、彼女達はやたら自分に友好的になってしまっていて、どう対応したらいいか分からず、助けの視線をクローディアに向ける。
クローディアもクローディアで判断に困り、ラピスに軽く手を振ることしかできなかった。
「……随分と賑やかな方達なのですね」
「申し訳ございません。仕事そのものはできる子達なのですが、少々難がありまして……」
ヒスイがクローディアの元まで歩いてきて、軽くため息をつく。普段から彼女達に相当手を焼いているようだ。
「この際ですから、このままご紹介致しましょう」
ヒスイが自分の部下の一人を手で指し示す。
「あの黄色の髪をした子はシトリン。調理担当でございます。よくつまみ食いをしてしまうのがたまにキズですが、その代わり腕は確かです」
シトリンと呼ばれた少女は呑気にカリカリとクッキーをかじっていた。体はちょっとふくよかといった感じで、雰囲気も緩い。頭についた垂れ耳とスカートからはみ出たふわふわの尻尾は、まるで大型犬のようだ。
「自分の食べる分まで作るから、そりゃあ大層美味いものにしようと努めるのでござろうなあ」
ぐぅー、とツバキのお腹が鳴った。シトリン、というより彼女が食べてるクッキーに視線が行っている。
「そして今、ラピスさんの背中を叩いている赤色の髪の子はガーネット。掃除担当でございます」
ガーネットと呼ばれた女性は背が高く、体つきもがっしりとしていた。同時に目つきが鋭く、歯も尖っていて、更に猫背とくれば目の前に立った時の威圧感も凄まじいだろう。
「掃除って感じがあんまりしないっていうか……、むしろ武闘派だと思うんだけどアレ……」
彼女と実際に刃を交えたリノラもまた、彼女にメイドらしからぬ印象を持っていた。服装のおかげで使用人らしさこそ出ているものの、そうでなければ裏社会の存在にすら見える。
ヒスイも小さく頷き、リノラを肯定する。
「その認識で間違いはございませんよ。荒事の際には大体彼女が対応致しますし」
「ああ、そういう意味での掃除でもあるのか……」
つまるところ、ガーネットは衛兵のような役割を担っているようだ。今だ未知数のヒスイと、彼女達の上司であるメティウスを除けば、一番腕が立つと言っても差し支えないだろう。
「次に桃色の髪の子がモルガナ。植物担当……、言ってしまえば庭師にございます。普段は花の面倒を見つつ、有事の際にはその力を使って他者を癒します」
黒く焼けたような肌を持つモルガナは他二名と比べても平均的といった体格だが、代わりに化粧が濃い目だったり、爪まで派手な彩色を施していたりと、これまた個性的だった。
「チェキ☆」
視線に気づいたモルガナが自身の瞳の前で横にブイサインを作る。果たして何を意味したのか、この場に分かるものはいない。
レドが何とも言い固い微妙な表情を浮かべる。
「えーと、あれは……」
「あの子は過去の遺物に大変興味がございまして……。様々な文献を掘り起こしているうちに、人間達の祖先の文化である『ギャル』というものにハマってしまったらしく、あのような有様に……」
「まさかアレも『楽園』の遺産ですの……?」
クローディアが真似をしようとしてみるが、ちょっと恥ずかしいのか指の形が歪になってしまう。
「最後に、先程も一度申し上げましたが、彼女達の統括をしていますのがこの私、ヒスイでございます。普段は雑務なども担当しております」
ヒスイがクローディア達に改めて一礼をする。そつなく、冷静で、まさしく理想の使用人に見える。今のところはだが。
「赤に黄色、そして緑と桃。随分と彩色豊かでござるなあ」
ツバキが四人のメイド達に一通り目を通し、呟く。
「ちなみに青は現在募集中にございます」
「いや聞いてませんけど……。というか何故青なんです?」
赤、青、黄、緑、桃。まじない的な意味合いでもあるのだろうか? と思いレドが尋ねる。
「モルガナの掘り起こした文献の一つに、五人揃うなら後は青が丁度良い、とありましたので」
「あ、そうですか……」
キリっと引き締まった顔でそんなことを言うものだから、思わず気が抜けてしまった。ひょっとして彼女も割と緩い方でなのではないだろうか? そんな考えがレドの頭をよぎる。
そんな中、マルヴァスが険しい顔をしたままヒスイの前に出る。
「ご丁寧に紹介してくれたところ悪いが本題はなんだ? まさか、皆で楽しくお話して終わり、というわけでもあるまい」
「ちょっと、マルヴァスさん……」
クローディアが後ろから彼をなだめようとする。
油断しないでくれているのはありがたい。だがこれ以上の衝突はできるだけ避けたい。そんな様子だった。
「いえ、その方のおっしゃる通りでございます。わざわざ全員で姿を見せたのには提案がございまして」
「提案……?」
クローディアが首を傾げる。一体何を提案するというのだろうか。
「この鍵は屋敷の最奥に繋がる扉を開けるためのものにございます。これを貴方方にお渡ししたく」
ヒスイが取り出したのは、細やかな装飾のある銀の鍵だった。
それを見たリノラが思わず両手を上げる。
「え、マジ? やったー、これであのメティウスをすぐにボコボコにできるぞー!! ……とはなんないよね、普通」
「……え、ええ!! なりませんわよね!!」
リノラに釣られて鍵を取ろうとしたクローディアが手を急いで引っ込める。
「はい、それには条件がございます」
取り出した鍵はそのままに、ヒスイが説明を始めた。
「これよりクローディア様達には、私達『Dolls』を相手に五対五の団体戦を行っていただきます」
「団体戦にござるか。してルールはどのように?」
ツバキが尋ねる。その視線はヒスイだけでなく、ラピスを囲んでいる他のメイド達にも向かっている。苦無を手で遊ばせている振りをしているのは、いつ何時何が起きてもいいようにだろう。
「ルールは至極簡単にございます。個別の勝利条件を設定したステージ一つごとに、こちらが一人人員を出します。貴方方にはそれと一対一で対決をしていただきます」
「誰に誰をぶつけるかはこっちの自由で良いのでござるか?」
「それにつきましては少々お待ちを。……モルガナ、あれをお願いします」
「はいはーいっと。じゃ、これ受け取ってね~。あーしの手作りチケットだよっ」
モルガナが早足気味に向かってくる。彼女自身を模した絵とハートマークが描かれた紙を二枚、ツバキに差し出した。
ツバキは苦無を片手に握ったまま、それを受け取る。
「ふむ、やたらきゅーとなちけっとにござるが。つまり、これの分だけこちらが選ぶ権利を得られるのでござるかな?」
「お察しが早くて助かります。いつ使うかは自由ですが、使えば当然無くなりますので慎重に。使わなかった場合はこちらからお相手を指定させて頂きます」
「最後の一人は強制的に決まりますから、二回選べるのは一見平等には見えますけど……」
レドがツバキの横からチケットを覗き込んだ。チケットそのものに不審な点は見られない。
だが、それでもマルヴァスの疑念は晴れていないようで。
「欺瞞だな。ステージがそちらで用意される以上、何が仕込まれているか分かったもんじゃない。こんなもの、素直に引き受けるとでも?」
「それにさー、一対一って言うけど、それだとそっち人数足りなくない? 奥の鍵を預かっている以上、わざわざメティウスを連れてくるってことは無いだろうし。その辺どーすんの?」
リノラの疑問も最もだった。五対五だと言っているのに、ヒスイ側には四人しかいない。何処かに隠れている様子もない。
だがヒスイは口角をゆっくりと吊り上げる。
「ええ、ですから先程申し上げたでしょう? 青は募集中だと」
「……っ!? しまった!! ラピスさん!!」
言葉の真意に気づいたクローディアがラピスの元へと一目散に駆ける。
だが時すでに遅く、ラピスの周囲を薄い円形の膜が覆い、彼女を天井近くへと連れ去ってしまった。
「クローディアお嬢様……!! 皆さん……!!」
「彼女にはこちらの人員として働いてもらいます」
「ふざけるなよ、何が提案だ。これでは半ば脅しのようなものじゃないか」
ヒスイを睨みつけるマルヴァスの声には明らかに怒気が含まれていた。
「それに私はお嬢様に忠誠を誓った身。ヒスイ様達の為に働けるわけが……」
「いいえ、してもらいます。何故なら貴女は既にこの屋敷の使用人ですから」
「!?」
「ああ、クソ!! やられた!! そういうことか!!」
皆が状況を飲み込めず困惑する中、マルヴァスが一人声を上げた。
「ど、どういうことですの!?」
「この屋敷の所有権は既にクローディア、お前にある。そういう風にメティウスが設定した。ということは使用人の統括役にあたるヒスイもお前の部下だ。逆に言えば、ラピスはアイツの部下として取り込まれてしまっている。アイツにラピスは逆らえん」
「けれどそれなら、私がラピスさんを返してって、ヒスイさんにお願いすれば……」
「無駄でございます。これはメティウス様から課せられたお嬢様に対する『課題』の一つですから」
「うわー、最悪だよ……」
リノラが静かに呟いた。マルヴァスの言葉により事の次第を理解したのか、その顔にはいつもよりもダルそうな雰囲気が漂っている。
「大方、メティウスはクロちゃんをこの屋敷の主と認めるとともに、自分を主人の『教育係』として再設定したんだろうねえ。この領域内で優位に立てるように」
「何故わざわざそんなことを? 優位に立ちたいだけなら、自分をそのまま頂点に置けば……」
「いや、それだけでは不十分なんだ」
クローディアの問いに対し、マルヴァスが首を横に振った。
「こういう領域を維持するのには膨大な魔力とそれなりの設定がいる。ここはどういう場所か、自分はどんな存在なのか、とかな。しっかり設定して、それに従って動けばその分だけ力も出しやすくなる。そういうものなんだよ。劇場を作って、その中で役を演じるようなものだと思えばいい」
建物で言うならば、骨組みが設定で魔力がそれ以外の部分にあたる。どちらも欠ければ領域そのものが成立しえない。
メティウスはこの場所を誰かの為の屋敷とし、自分をそこの執事とすることで骨組みを作り、それを長年溜め込んだであろう魔力で覆い、この領域を作り出した。そしてそこにクローディア達を取り込んで、今に至る。
「領域に入ってきた相手に役を押し付けるのは難しいけど、うまい事巻き込めれば有利になる。今みたいにね。例え自分を一番上に据えて領域ができていたとしても、ラピスちゃんは取り込めなかっただろうな。ただの敵同士になるから」
リノラがそう言い終えると同時に、ヒスイが小さく拍手をする。
「マルヴァス様にリノラ様。お二方の言う通りにございます。お嬢様を主と認めたが故に、彼女をこちらに引き込むことが出来ました。ですが、ご安心ください。メティウス様の貴女にお仕えしたいというお気持ちは本物ですので」
「だがそれは奴の思うがまま……、永遠にということでござろう? それではまるで呪いそのものではないか」
吐き捨てるようにツバキが言った。
最初は純粋であった彼の願いも、今はもう歪み果ててしまっている。それは彼の部下達も理解できているはずだ。だというのに従い続けている。
「クローディア様、どうか私にかまわず鍵を……」
か細い声でラピスが懇願する。主人に迷惑をかけていることが、彼女には我慢できなかった。
だが、そんな彼女の健気な願いをヒスイが打ち砕く。
「あら、よろしいのかしら? 貴女とて、主人に伝えたいことの一つか二つ、おありでしょう? 存分に吐き出せる機会を自ら潰そうだなんて」
「……っ!!」
心に秘めていた想いを見透かされ、ラピスはそれ以降言葉を発せなくなる。いったいどうやってそれを見破ったのか、などと考える余裕はなく。
「ラピスさん……?」
押し黙ってしまったラピスをレドが見上げる。目には少しばかりの涙も浮かんでいた。
「引き受ければよろしいんですのよね?」
「お嬢様……」
「どの道避けられないのであれば、やるしかありませんわ。こうなったら全員、私がコテンパンにのして、ラピスさんを人質に取ったことを後悔させてあげましょう」
そこにあったのは静かな怒り。先程までクローディアに存在した、出来るだけ穏便にすませたいという気持ちは、もはや消え失せた。
ラピスを泣かせたという行為そのものが、彼女にとって何よりも許しがたい事だった。
「その意気でございます」
クローディアの放つ圧に押されながらも、ヒスイは不敵に笑う。
「クロちゃん……」
クローディアの後ろから、リノラが心配そうに声を掛ける。
「止めないで。私、今とても怒ってますの」
「いや、勝ち抜き戦じゃないし、全員だとラピスちゃん含んじゃうし、そもそもボコせば勝ちとかいうルールとは限んないし……」
クローディアがずっこけた。同時に張りつめていた空気もどこかに飛んで行く。
「いまいち把握できていなかったのか、お前……」
マルヴァスが呆れたようにため息を吐いた。だが同時に、怒っても調子の変わらないクローディアにホッとしていて。
「しまらないでござるなぁ……」
ツバキも思わず苦笑する。
状況としては最悪に近い。だが、なんとかなりそうな気もしてきていた。