第四十六話 儚き残り火の跡で②
「ええと、まだ試していないパターンはこうだったかしら……?」
クローディアが燭台の三本のロウソクに向かって黄金の火を吹き、その全てに明かりが灯る。
扉の向こうの景色が変わっていく中、それを察知した鎧が一体、クローディア達の元へ走ってきた。
「げっ、見つかった。こっち来るこっち来る」
リノラが嫌そうな顔をしながら、鎧を迎え撃とうと剣を抜いた。
だが、その横からツバキが飛び出して行った。
「ここは拙者に任されよ!!」
ツバキは鎧の剣を跳躍して避けると、鎧の頭を両の脚で挟み、素早く手を動かして印を組んだ。
「土遁、豪打絶掌の術!!」
そう叫ぶと共に鎧の頭に両手を押し付ける。すると、そこから岩石の柱が飛び出して鎧の身体を圧し潰した。
「よーし、うまくいったでござる」
破壊された鎧が倒れる前に離脱し、レドの隣に着地する。
「ツバ吉、いつの間にそんなもの身に着けたんだよ?」
「ふふん、日々の修行の賜物でござるよ。で、今回はどこに繋がったでござるか?」
レドの問いにツバキは得意げに答えると、扉の先を覗き込んだ。
彼女と同じようにクローディアも扉の先を確認する。
「まだ行ったことのない場所……、恐らくどこかの廊下ですわね。でも、火の仕掛けを勝手に弄る度に戦わなければならないだなんて」
「一応、敵に感知されなければ避けられるのでござるがな。だがそれも難しく扉の数も多い故、しらみつぶしにやっていると骨が折れるどころじゃ済まないのでござる」
あれから何十回とロウソクに火を着け、毎回ではないものの鎧達や浮遊する剣等の敵に襲われてきた。
寝室や広々としたリビング、書庫等様々な場所を回ってきたが、同じ場所にたどり着いてしまったことも一度や二度ではない。
「やってればその内たどり着けるとはいえ、一人だとそりゃきっついよねー……」
リノラが思わず顔をしかめる。
敵の相手を務めるのも、仕掛けをどうにかするのも自分だけとなればその苦労は計り知れない。たとえ、ツバキが単独での任務を得意としていてもだ。
「正直、お主達が来てくれて助かったでござる。総勢七名ともなれば屋敷攻略も容易いというもの」
「ならちょっとぐらい報酬は分けてくれたっていいんじゃ、……待った。七名?」
レドがツバキに対し、軽い冗談を言おうとしたところで言葉を止める。なにやら一人多い。
「うむ。拙者にレドにクローディア殿。そして、リノラ殿とマルヴァス殿。後はラピス殿と赤髪のメイド殿。これで七名でござろう?」
「赤髪……? いや、誰だそいつは……」
マルヴァスが振り返る。
すると、ラピスより少し後ろに、赤い長髪のメイドが静かに佇んでいた。勿論、クローディア達が連れて来た者ではない。
「違うでござるか……? 先程からラピス殿と同じように、我々の後ろを静かについてきていたでござるが。こちらが視線をくれてやると、にこやかに手を振ってくれていたし、なっ!!」
ツバキもまた、それを完全に受け入れたわけではなかったのだろう。仲間ではないと知ると否や、それに向かって東方の武器、苦無を投擲した。
怪しい赤髪のメイドの顔面にそれが直撃する。いや、正確には受け止められたというべきか。苦無は明らかに人間の物ではない鋭い牙に砕かれ、吐き出される。
「フゥー……、バレちまった。なら、しょうがねえよなァ!!」
赤髪のメイドが、鎧が落とした剣を蹴り上げ手で受け止める。舌なめずりをしながら迫った先は近くにいたラピスでも、苦無を投げたツバキでも無く――。
「リノラさん!!」
レドの叫びにリノラが剣を抜き、赤髪のメイドの剣をすんでの処で受け止める。
「あっぶなっ……」
リノラの身体からどっと汗が噴き出す。それだけの鋭い斬撃が相手から繰り出されていた。
レドの指摘がなければ、致命傷までとはいかずとも深い傷を負っていたことだろう。
「ヒャハッ!!」
赤髪のメイドが休まず攻撃を繰り返す。リノラもまた、それを躱しながら隙を伺い反撃を試みるが、赤髪のメイドはリノラの剣が掠り、自分の肌に傷がつこうとも臆することなく突っ込んでくる。
「っ!! こいつ、鎧達と全然違う!!」
「リノラさんの動きに追い付くだなんて!! でも、二人を同時に相手には!!」
クローディアがリノラを援護しようと、赤髪のメイドの元に踏み込み拳を繰り出そうとする。
瞬間、その場に似つかわしくない間延びした声が聞こえてきた。
「いっけ~、ぴにゃ~た~」
そして現れたのは、巨大でカラフルなクマだかネコだかいまいちわからない不細工な人形。クローディアの拳を体で受け止め、その場にどっしりと居座る。
「なんですの、このでかいのは!?」
「本体は……、そこか!!」
マルヴァスが大鎌を取り出し、呪文を唱える。
柱の陰に潜んでいた黄色の髪のメイドに向かって、氷のつぶてが飛んで行く。垂れた犬の耳を生やしたそのメイドはつぶてを避ける様子も見せずのんびりとしていた。
「ハイハーイ、駄目駄目。シトちゃんは大人しい子なんだから傷つけちゃ駄目だし」
また別の声がしたかと思えば、イバラが四方八方から生えて氷のつぶてを防ぐ。
「また新手!?」
「へっへー。どーよあーしの力。ま、これだけじゃないんだけどね」
驚くクローディアに向かって、ふんわりした桃色髪のメイドがピースをする。
同時に、イバラが伸びて色とりどりのバラの花を咲かすと、赤髪のメイドが負った傷が消えていった。
「ツバ吉!!」
「心得た!!」
レドとツバキが同時に桃色のメイドに向かって飛び掛かる。それぞれの得物を抜いて仕留めにいき。
「うわ、ちょっとやめてよ!? あーし、ガネちんと比べてそこまで強くないんだからさ!?」
桃色髪のメイドが焦りならがも、小さな宝玉付きの杖を構える。
イバラがレドとツバキを迎撃しようとしたその時だった。
「全員、そこまで!!」
凛とした声がその場に響き渡る。
同時にそれぞれのメイド達が戦いの手を止め、それに合わせてクローディア達も武器を下ろした。
「申し訳ございません、クローディア様。私の部下たちが勝手な真似を」
廊下の奥から靴の音を響かせながら、眼鏡をかけ大人びた雰囲気を持った緑髪のメイドが姿を現す。
すると、他のメイド達が一斉に彼女の元へと集い一列に並んだ。赤髪のメイドだけは不満そうに舌打ちをしていたが、緑髪のメイドに横目で見られると、口をつぐんでしまう。
「……貴女は一体?」
クローディアが緑髪のメイドに尋ねる。
「私の名はヒスイ。この屋敷にて彼女達のまとめ役をさせて頂いている者です。どうぞお見知りおきを」
ヒスイと名乗ったメイドが恭しくクローディアに向けて一礼すると、他のメイド達も合わせて一礼をした。礼の仕方、仕草にはそれぞれ差があったが。
「この感触。貴様ら、ヒトではないな?」
マルヴァスが目つきを鋭くしながらヒスイに指摘する。
マルヴァス自身は魔力の流れに敏感な魔族故、彼女達の違和感に気づいたが、たとえそうでなくとも良く見ていれば、桃色髪のメイドの短めのスカートから見える膝が、球体関節となっていることに気づくだろう。
「はい。我々は一度死してさまよえる魂を、冥界の職人が作った人形に詰めたモノ。メティウス様によって再びこの世に戻ることの出来た死人達」
本来ならばこの世に居ることを許されない異物たちの名を、ヒスイは自らの艶やかな唇をもって紡ぐ。
「メイドールズ、と申します」