第四十五話 儚き残り火の跡で①
高名な建築家の男が己の為に屋敷を建て、自分に仕える火の番人を冥界より召し上げた。
番人は男の為にしもべとしてあくせくと働き、男もまた番人の事を良く思い、番人の為に様々な褒美を用意した。
やがて男は年を取り、病に倒れた。まだ仕えていたいと願う健気な番人の為に、男は契約を書き換えた。番人が己ではなく、屋敷に仕えるように。
それが悲劇の始まり。男とは円満の別れを迎えたが、次からもそうだとは限らない。
ヒトは脆く時にすぐ死に、時に残酷な決断もする。何十も渡る出会いと別れの果て、番人の心は擦り切れ、燻り果てた。
男のかけた祝福はいつしか呪いへと転じ、屋敷は新たな主人を閉じ込める檻と化した。
永遠の眠りを迎えた男の夢を、番人は未だに描き続けている。
『冥灰荒屋敷 プリズン・ファンタジア』
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ツバキが玄関ホールにある階段を上り、すこし廊下を進んだ先にある扉の前で止まる。
「うむ。まあこの辺りで良いでござろう」
「ここって……、僕達さっき調べたばっかりなんだけど。中はなんかただの物置だったし」
レドが扉を開けると、彼の言った通り部屋の中には壺や箱などが雑に放置されていた。
「ちっちっちっ。甘いでござるなぁ、レドは」
ツバキが顔の前で軽く人差し指を振る。
彼女の生意気そうな態度にレドがむっとしたが、何か言う前にマルヴァスが口を挟む。
「いちいちイチャイチャしてないで、さっさと教えてくれ」
「いや、イチャイチャは……。あ、はい、すいません……。ほらツバ吉、早く」
マルヴァスの眼力に押され、レドがツバキにせがむ。
「ははは、すまぬな。久々にお主に会った故、いささか調子に乗りすぎた。許せ」
ツバキがレドに向け屈託のない笑みを浮かべる。それから少しばかり顔を引き締めた。
「さて、これより屋敷の別の場所へと進もうと思うのだが、それには探さねばならぬ者がおってな。おっと丁度来てくれたようだ」
ツバキが辺りを見回していると、金属のこすれる音を響かせながら、一体の中身無き鎧が此方に向かってゆっくりと歩いてくる。手には火の灯ったカンテラを持っており。
「灯りを持った鎧は先程までも結構見かけておりましたけど、あれが何か……?」
クローディアがツバキに尋ねる。
すると彼女は頷いて、更には鎧に向かって手招きを始めた。
「おーい、そこのー!! こっちに来てくれでござる!!」
「え? そんな真似したら斬りかかってこな……いな?」
リノラが腰の剣に手を掛けつつ、鎧に近づいてジーっと見つめてみる。距離がかなり近くなろうとも、敵意を出す様子はまるで無く、そのままツバキの元まで歩いていった。
「うむ、大丈夫でござるな。さて、そこの鎧なるもの。拙者達は休める場所に行きたいのでござるが、頼めるか?」
ツバキの要望に鎧が頷くことは無かったものの、どうやら従ってくれたようで、扉の横の壁に取り付けてあった燭台の前に、手に持ったカンテラを差し出した。
すると、燭台のロウソクの三本の内、中央の一本に火が移り、先程まで物置だった部屋がいつの間にかソファーとテーブルのある休憩室に変わっていた。
マルヴァスが瞳に六条の線を浮かべ、扉とその周辺を観察する。
「こいつは……、扉から繋がるルートそのものを変えたのか。燭台に火がつけられた瞬間、屋敷にあった魔力の流れが、かすかに変わっている」
「つまり、この鎧の方は本当に案内してくださったと。あ……」
ラピスが鎧の頭を見上げていると、それは役目を終えたと言わんばかりに、身を翻して廊下を歩いて行ってしまった。
そして休憩室の中では、いつの間にかリノラがソファーに寝転がってくつろいでいた。
「おー。このソファー、ふっかふかだ」
「リノラさん。ここは一応、ダンジョンのようなものですのよ? もっと気を引き締めてくださいまし」
クローディアがリノラを叱りつけると、彼女はクッションを抱えたままころころ転がり、絨毯の上に落ちて仰向けの状態でクローディアを見上げた。
「でもさー。多分だけど、こうやってだらけてる分には攻撃されないと思うよ? なんならぐっすり寝ても大丈夫そう」
「そうなんですの……?」
「リノラ殿の言う通りでござる。屋敷に害をもたらしたりすると、鎧達からの積極的な攻撃を受ける。だが、単に屋敷で生活するような行動を取る分には問題ござらん。あのメティウスとやらがそういう風に設定しているのであろうな」
ツバキも休憩室に入ってくる。リノラが寝転んでいた物とは、テーブルを挟んで逆の位置にあるソファーに腰をかけた。
ソファーの上で足をゆらゆらとさせている彼女の近くにレドが立って。
「だから君、ゆっくり湯を浴びてたのか……」
「うむ。広々として良い湯場であった!!」
相当堪能したらしい。上機嫌に笑う彼女の肌は艶やかで、髪留めで纏められた髪はしっとりと濡れていた。
「つまり、奴の言葉に偽りはなかったということだ。一生をここで過ごすのなら非常に安定した生活が送れるだろうな」
マルヴァスが部屋の中にあった本棚から、何か攻略の手掛かりはないかと書物を漁る。しかし、目ぼしいものが見つからなかったのか直ぐにやめてしまった。
「そうなのですね……。でも、それでは冒険に出ることも、お宝を探すことも出来なくなってしまいますし……」
そう言いつつも、内心クローディアはホッとしていた。歪んでいるとはいえ、メティウスが自分に仕えることに喜びを見出していたのは事実だったからだ。
「よっと。それにいつアイツの気分が変わるか分かったもんじゃないしねー。とりあえずはあの鎧に案内させて、パパっとメティウスの元まで行っちゃうのが良さげかな?」
リノラが起き上がってクッションをツバキの方へとパスする。
ツバキはそれを受け取ると、残念そうに首を振った。
「そういうわけにはいかんのでござる。拙者も奴の元まで案内するよう頼んだことがあったのだが、それだけは拒否されてしまってな。ロウソクのどれかに火を着けると、屋敷のどこかに繋がる、という仕組みだけは分かっているから、いくらか試していたのでござるが……」
「なにか問題があったのですわね?」
クローディアの問いに、ツバキが頷く。
「取りあえず、もう一度付いて来てほしいでござる」