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お嬢様は財宝竜  作者: 久遠
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第四十二話 ホーンテッド・ドラゴンマンション③

 屋敷内に入ったレドとクローディアが顔を見合わせている。


「えっと、お嬢様、これは一体どういうことなんでしょう……?」

「さあ……? でもこれは……」

「あれ、二人ともどーしたの? おおっ……?」


 後から入ってきたリノラも、戸惑う二人を見て首を傾げていたが、辺りを見回すと素っ頓狂な声をあげる。


「なんだなんだ皆して。ん、これは……」


 不審に思ったマルヴァスがリノラと同じく周りに目をやる。そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

 世界各国から集められた、壺や燭台などの国際色豊かな調度品は、まるで新品の様に磨かれきっており、地面に敷き詰められた赤き絨毯の上には埃ひとつ落ちていない。

 天井に吊るされた銀のシャンデリアの蝋には、一つとも欠けることなく火が灯され、暖かな光をクローディア達に提供してくれていた。

 いつの時代のものだろうか。年代物の長時計は、金の振り子をゆっくりと揺らしながら、寸分も狂うことなく時を刻んでいる。

 外観は完全に廃墟に近かった屋敷の内部は、それと反比例するかのように綺麗に整えられていた。いつ何時、誰が訪れてもいいかのように。

 

「外はあれだけボロボロだったのに……。あ、クラウディアシス……」


 クローディアが玄関ホールの中央階段に目をやると、その踊り場に虹の宝剣が静かに横たわっていた。

 レドが足を進め、それを拾い上げる。代わる代わる色を変える水晶のような刀身をじっと眺めていたが、特にいつもと違った様子はない。


「完全に止まってますね。一体何だったんだろう……。ん、この絵……」


 宝剣の刀身ごしに、踊り場に飾られた一枚の肖像画が見える。だがその絵の様子が少しおかしい。

 レドがクラウディアシスを降ろし、直接目で絵を確認する。黒くべっとりした何かがそこに張り付いていた。


「これだけなんでまた……」


 階段を上ってきたリノラもまた、その絵を覗き込み、その異様さに顔をしかめる。


「まるで黒の絵具ぶちまけたみたいだね……。名前は、えーとどれどれ……」


 リノラが額縁に刻まれた文字を確認しようとする。掠れて辛うじて読める部分だけを拾い上げた。


「キュリアス……?」

「ようこそおいで下さいました!!」


 突如、一行のうちの誰でもない、朗らかな声が玄関ホールに響き渡る。

 一行が声の方向へ振り返ると、入り口を塞ぐようにして、一人の男が立っていた。

 黒のタキシードを身に纏い、首からは上には頭の代わりに赤い炎が揺らめいている。


「なんだこいつ、いつの間に!?」


 リノラが腰の剣に手を掛けたが、男はそれに動じる事なく恭しく一礼した。


「ああ、驚かせてしまい申し訳ございません。わたくし、この屋敷の執事を務めさせて頂いているメティウスと申します」

「この感触、冥界から召喚された者か」

「冥界?」

 

マルヴァスの口から出た言葉に、クローディアが首を傾げる。


「地の底にあるとされている、あの世の一つだ。オレが契約している王狼もそこの出身だ」

「あー、アレか。めっちゃ顔が怖い白い狼」


 リノラが記憶を探り、以前樹海でマルヴァスが使役していたことを思い出す。その間も、腰の剣から手は離さない。


「案外気さくだぞ。それに寂しがり屋で、捧げる魔力が少ない場合でも喜んで影を貸してくれる」

「随分と可愛いらしい性格をしてらっしゃるのね。今度、撫でさせてもらえるかしら……。っと、それは別に今は良くて……」


 クローディアがメティウスに対して向き直る。服と喉をしっかりと整えて。


「メティウスさん、でしたわね? 執事がいるということは、この屋敷には既に主が居るということでよろしいのでしょうか? ならば、私達は勝手にお邪魔してしまっているということに……」


 申し訳なさそうにするクローディアに、メティウスがとんでもないと首を振る。頭に炎しかないから、少々分かりづらかったが。 


「いえいえ、そういうわけでは御座いません。この屋敷に住む方は現在居らず、わたくし共は新たな主人を待っていたのです。かつてヴェルキスを救った英雄、バルディス様を」


 その言葉にリノラが少し警戒を解く。屋敷を長い間放置していた罪悪感も少しはあったのだろう。彼女にしては珍しく、しおらしい態度になって。


「ということはだ。かなり待たせていたことになっちゃうのかな。ごめんね」

「なんと!! 貴女様がバルディス様で御座いますか!!」


 両腕を上げて大げさに驚くメティウスの声には、明らかに喜びが混じっていた。


「あー、うん。でもその権利をさ、この子……、クロちゃんに渡そうと思ってて」


 リノラが階段から降りて、クローディアの背中をそっと押す。


「おっとっと……。私、クローディアと申しますの。無茶を言うようですが、お願いできますでしょうか?」

「ええ、ええ!! もちろんですとも!! 新たなる主!! その主の頼み!! ああ……、なんと喜ばしいことか!! であるならば、この絵などすぐに描き替えてしまいましょう!!」


 高揚したメティウスが、くるりと踊りながら指を鳴らす。

 すると、階段の踊り場に飾られていた肖像画が、見る見るうちに静かに微笑むクローディアのものへと変っていった。


「まあ、これは……!! なんという……」


 クローディアが喜びのあまり両手で口を覆う。

 それとは対照的にリノラは冷ややかな視線を肖像画に向けた。


「うん、クロちゃんに渡して正解だったわ。自分の極大の肖像画とか恥ずかしさで軽く死ねる」

「あはは……。まあこの辺りは好みもありますよね……」


 自分の肖像画が飾られた場合を想像したのだろうか。レドの頬も少しばかり赤い。


「メティウスさん!! 貴方、なんて素敵な方なの!! どうかこれから末永く私に仕えて下さいまし!!」


 クローディアが目をキラキラ輝かせながら両手を合わせ、メティウスに懇願する。

 

 「なんと有難きお言葉……。わたくし、感動のあまり号泣しております、目はありませんが。ええ、ですが是非とも引き受けましょう!!」


 メティウスはクローディアの言葉に身を震わせ、涙をぬぐう仕草をすると高らかに宣言する。


「お腹がすいた時はすぐさま食事を用意致しましょう。眠れなくなった日には暖かな紅茶を淹れ、眠りにつけるよう本を読み聞かせましょう。お恥ずかしながら、私はピアノが趣味で御座いまして……、もしご所望ならばお弾かせ下さい」

「ええ、その時は是非」

「……」

 

 メティウスの言葉にクローディアがうっとりしている一方、ラピスは彼に対して不審な目を向けていた。


「ラピス?」

 

 彼女の様子がおかしいことに気づいたマルヴァスが声を掛ける。


「メティウス様は良き方だとは思います。でもそれなら何故、屋敷の外はあんな状態で放置されていたのでしょう……?」


 ラピスの瞳の色が緑色に変わる。不審な魔力の流れがないかどうか解析を開始する。辺り一帯にそういった点は見られない。

 ただ一つ、メティウスの身体に宿った魔力の量が急激に上昇していた点以外は。


「この屋敷でさわやかな朝を迎え、穏やかな昼を過ごし、夜にはゆっくりと眠る。そうした素晴らしい日々をお過ごしください、……………永遠に」

「えっ?」


 クローディアがメティウスの言葉に戸惑ったのと同時に、メティウスの頭の炎が赤から紫へと変化する。そこから瞬時に炎が燃え広がり、シャンデリアや燭台の火が全て同じ色へと変わっていく。

 静かだった屋敷内のあらゆる場所に、何か得体の知れないものの気配が現れ、飾られていた鎧や武器がひとりでに動き出す。

 気づいた時には、メティウスの姿も消え、激しく燃え上がる紫の炎だけが残った。

 

「クローディアお嬢様!!」


 炎を前に愕然とするクローディアの手を、ラピスが引いて下がらせる。

 

「そんな……。いやでも、レドが何も反応を……」

「こいつの力が発揮されるのは主に生命に危機が生じた時だろう? 今回はそうでなかったということだ。例えば、閉じこめるが傷はつけないとかな」


 マルヴァスが大鎌を出現させて辺りを伺う。襲い掛かって来る様子はまだないが、いつ状況が変化してもおかしくはない。

 そんな中、レドが申し訳なさそうにして。


「すいません、肝心な時に役に立てず……」

「謝ってる場合じゃないってば!! ちっ、駄目だ!! この扉、もう外に繋がってない……!!」


 リノラが紫の炎を避けながら、玄関の大扉を斬り崩すが、その向こうに広がっていたのは屋敷の別の部屋だった。

 

『無駄で御座いますよ。貴方がたには、ここで余生を過ごして頂きます』


 メティウスの声が玄関ホールに響き渡った。

 クローディアが天井を睨みつけ、大声を上げる。


「メティウスさん!! 何故このような真似を!?」

『お気になさるのであれば、屋敷の最奥までお越しください。使用人一同、あなた方をお待ちしております。では、わたくしはこれで』

「待ちなさいっ!!」 


 メティウスが完全に去り、紫の炎が消失するのと同時に、辺りの火の色も赤に戻る。

 しかし、動き出した鎧や武器たちが収まる様子はない。

 

「分からない……。だってさっきは本当に心の底から嬉しそうに……。あれは単なる見せかけだったって言うの……?」


 クローディアが階段を上り、自身の肖像画の前に立つ。

 メティウスはその絵を汚すことも、焼くこともなく残していった。だからこそクローディアは余計に戸惑う。

 

「お嬢様……」

 

 絵を前に俯くクローディアにラピスが後ろから声をかけようする。だが、何をどう言ったらいいか分からずためらってしまう。

 二人でそうしていると、大鎌を一旦降ろしたマルヴァスが階段を上がって来る。 

   

「確かめるためには、奴を追うしかあるまい。」

「そう、ですわね……。外に出るにしても何にしても、彼にもう一度会わなければ……」


 クローディアが決意を固め顔を上げる。

 仲間達もそれに同意し、それぞれ頷いた。


 だが、そんな一行を屋敷のどこからか見つめる、四つの影があった。


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