第三話 白き塔の螺旋の果てに②
「結構昇ってきましたけれど頂上まではまだまだ長そうですわね……。首輪はどこにあるのでしょう?」
灯台の中層あたりに差し掛かったところでクローディアが小さく声を漏らす。ここまでミミック以外敵に襲われなかったものの、所々階段が崩れかけていて足元がおぼつかない中を歩くはめになり、それなりに疲れが出始めていた。
「そろそろですよ、恐らく」
「そろそろって……何か当てでも? …っと今の妙な鳴き声は?」
「いました、あいつらです」
二人が上を見上げるとそこには黒い鳥が数羽飛んでいるのが見えた。灯台の壁に空いた穴から顔だけ出してこちらを覗き込んでいるものもいる。カラスに酷似していたが、額は紅い水晶がはめ込まれるようについていて、それが鳥たちをただの生物ではなく魔物の一種であるという事を示していた。
「あれって、依頼書に描かれていた魔物ですわよね? たしか『フィビロ鳥』と……。ちらっと見ただけですけど」
「ええ、そして首輪が無くなった時にこの灯台方面に飛んでいく姿が確認されてます。まあ実際は黒い鳥を遠目で見た…とだけ書かれてましたが恐らくあいつらのうちのどれかでしょう。よく光り物を好むといわれていますし」
レドが穴の内の一つに指を向ける。そこには木の枝などで出来た鳥の巣があり、目をこらせば椀状になったその中にある何かに光があたり煌めいているのが確認できる。
「私と趣味が合いそうではあるのですけど。どうやらこちらに友好的に接しようとは思ってくれていないようで…」
クローディアの目つきが鋭くなる。けたたましい鳴き声と共に、鳥たちが数羽こちらに向けて突撃を開始する。一羽二羽と飛んできてはツメで襲い掛かってくる。それを避けたクローディアが拳を振るものの、当たる直前で上へと離脱していく。
「んもう、すばしっこいですわね!!」
「あ、やっぱり拳とかが主なんですね…」
「何か文句ありまして? っと、何か飛んで……レド!?」
フィビロ鳥の額の水晶が一瞬光るやいなや、羽ばたきと共に抜け落ちた羽根が弓矢のように飛んでくる。そのいくつかがリドの胸や腹を掠め。
「ああ、いえ…大丈夫です。威力自体は弱いので目とかに当たらなければ問題は何も。いまのは下手に動く方が危なかったので」
多少革製の装備に傷がついたくらいでレド自身には少しも危害を加えることが出来ていない。何にでもも襲い掛かるほどに気性こそ荒いものの、フィビロ鳥自体の危険度は魔物の中でも低い。その理由がこれだ。他と比べてもあまりにも非力すぎる。
「まったく、驚かせないでくださいまし……」
「すいません……。さて、やられてばかりというのもあれですから」
「何をなさいますの…? クルミ?」
レドが腰に下げた小型の鞄から二つのクルミを取り出す。それぞれの尻にナイフで傷をつけると上に向かって投擲して。
「あ。耳を塞いでてくださいっ」
「えっ、あっ。ちょっと!! そういうのは早く言うものですわよ!!」
クローディアが耳を塞ぐや否や、クルミが割れて大きな破裂音を響かせる。それを真近で聞いてしまったフィビロ鳥達が落下していく。
ナッツクラッカーくるみ割れ爆弾。殺傷力こそないものの、破裂時の音で魔物の気を引いたり気絶させることのできる天然の音響兵器だ。もっとも、相手によっては怒らせるだけで、まったく効かないのもいて万能の道具という訳ではないが。
「あれだけの数がいたのを一掃してしまうだなんて、レドってひょっとして凄いお方なのでは?」
「それはないですよ…。腕がないのを道具でごまかしているだけですし、誰でも手に入れられるものを使っているだけですから。それより今のうちに巣を漁っちゃいましょう」
あっさりと言い放って気絶している鳥たちにナイフを突き立てとどめを刺しながら、レドは巣を一つ一つ調べ始める。手の届かない所は落ちている枝などを使って巣を落としていく。金属製の何かの部品や貨幣などを小さな袋に入れて回収して。
それを後ろから見物しつつ、クローディアは思案する。ひょっとすると彼は異常に自信がないのではないかと。それが何故かまではわからなかったが。
「人間ってこんなものなの? それとも彼だけ?」
そう、誰にでも聞かせるわけでもない独り言を呟くのだった。
─────
フィビロ鳥達の巣を調べた後、二人は灯台の中層に存在する一つの小部屋で休息を取っていた。
大灯台で灯台守をしていた人間が使っていたのだろうこの場所を、過去に訪れていたであろう冒険者達が利用していた形跡がいくら見える。
壁の落書き、部屋に残った家具などに比べて不自然なほどに新しい空の食器。有難かったのは後に訪れる人達のためにと残された薪だった。レドが鞄に入れてはいたのだが、残量が少なく量に多少の不安があったからだ。
「ありがたく頂きます。見知らぬ先輩方」
そう感謝しつつ部屋に備え付けられた暖炉に薪を入れ、水筒に入れてあった水を注いだ鍋を吊り下げ用の金具に引っ掛ける。そうして火をつけようとする……のだが。
「あれ?」
「どうかしましたの?」
古びた木製の椅子に腰かけながら様子を見ていたクローディアが、席を起って後ろから覗き込んでくる。それに対してレドは困った様子を見せて。
「あ、いや。火がつかなくてですね…。どうしよう、冒険者始めた時から使ってたから限界きたのかな……」
「なんだ、そういうことですの。でしたら、少々どいてくださいまし」
「うん?何をするんです?」
「いいからいいから」
追い立てられるようにしてクローディアにどかされ、不思議そうに彼女の背中を眺める。
「ふーっ……」
軽く口をすぼめ、息を吐き出した彼女の口の中から出てきたのは黄金の火。それが薪へと移ればすぐさま燃え上がり、部屋を明るく照らす。赤い炎よりもほんの少しばかり眩く、そして美しい。
「さ、できましたわよ。ああ、綺麗だからといって触れてはいけませんわよ。そこは通常の火と同じで人が触れれば焼けてしまいますから」
「えっと……」
「どうかなさいまして?」
あまりの事にレドは言葉がでなかった。こんなもの今まで見たことがなかったからだ。火を吐くことのできる種族はこの付近でもたまに見かける。大道芸で芸として観客に見せる人間もいる。技の一つとして習得している冒険者もまれにだが存在する。だがあくまで彼らが吐くのは普通の火だ。このように幻想的な火など放つものは聞いたこともない。
「……貴女は一体何者なんです?」
自然に口からその言葉がこぼれ出た。出会った時から不思議に思っていた。
リザードマンに近いがどうも違和感のある角や尻尾。 尋常ならざる力。お嬢様、と名乗る割にはどうもパワフルすぎる言動。もしかしたら安易に尋ねてはならなかったのかもしれないがレドには尋ねられずにはいられなかった。
「聞きたいのなら、ゆっくりお茶を飲みながらにしましょう」
拒否するでもなく、にこやかに微笑んで椅子に座り直す彼女。
湯が沸くまでの時間が、途方もなく長く感じられた。
─────
鍋で沸かした湯を茶葉の入った金属製のティーポッドに注ぎ、鍋に残った湯に少量の豆と玉ねぎと塩、そして先ほど仕留めたフィビロの肉を捌いて投入する。味そのものは簡素ではあるが体を暖めるには十分だろう。
蒸した紅茶をティーポッドと同じく金属製のカップに分け、それを分け合う。そうして、スープが茹で上がるのを待っていると、クローディアがゆっくりと口を開いた。
「そうですわね、まずどこからお話しましょうか」
暖炉でゆらめく黄金の灯りに照らされて彼女の顔がほんのり輝いて見える。それに少しばかりリドは見とれてしまい。
「私、ここからずうっと遠い場所……。一族で代々所有してきた場所に住んで居りましたの。ヒトでいうなら宮殿とも呼ぶべきかしら。そこには多くの財宝…金や銀、宝石や武具があって…。私はそれに囲まれながら長い時を過ごしていたのです。ああリド、少し失礼しますわ」
クローディアは先ほどフィビロ鳥の巣を漁った時に出て来た戦利品の入った袋に手を伸ばす。手に取って、一つ金貨を取り出せばそれを胸元に抱え込んで。そうすれば、クローディアの身体に沈み込むようにして金貨が消えていった。
「えっ、今消えて……」
レドは驚きを隠せなかった。目を凝らしてみるが、どこにも金貨は見当たらない。手品を見せられたかのようで。
クローディアはそんな彼に少々意地の悪い笑みを浮かべて。
「嫌ですわ、そんなに女性の胸元を見つめてしまっては…」
「そ、そういうわけじゃ!?」
「なんて、冗談。手を出してくださいまし?」
「……?」
言われるがままにレドがクローディアの前に手のひら出すとそれに重ねるように手を置いて。一瞬クローディアの身体が輝いたかと思えば、レドの手のひらに何か重みが加わって。クローディアが手を引くとそこには先ほど消えた金貨が存在していた。
「身体に価値あるものを取り込み己を強化する。それが我が一族のみが持つ力。出すのも返すのも自由自在。財があればあるほど力を増す……。だから宮殿に居た頃、私は今よりずっとずっと強力な存在でしたの」
自身に満ちあふれた顔で語るクローディア…が、すぐにそれは崩れることになる。がっくり項垂れて、ため息までついて。
「だというのに…だというのに。とある時に宮殿に侵入してきた不届き者に私、してやられてしまいましたの。お陰でため込んでいた財宝はほとんど失ってしまうし、逃げる途中で宮殿に帰るための『鍵』は落っことしてしまうし、負った傷は深くしばらく自由に動くことが出来なかったしで…」
相当ショックを受けていたのだろう。テーブルに突っ伏し、まるでレドが数刻ほど前に晒していたような醜態をさらしている。
「し、しっかりして下さい……」
リドが励ますとクローディアが顔だけあげる。完全に不貞腐れていた。尻尾は完全に垂れ下がり、やる気が消失してしまっている。少しばかり可愛いとおもったがそれを口に出すのは憚られて。やがて姿勢を元に戻すと再び語り始めた。
「まあ、いつまでも沈んでいるわけにはいかないので、まずはかつての力…全盛期の頃に戻るために稼ごうとして……」
「ああ、それで冒険者に……」
「ええ、そういうことですわ。手っ取り早く稼ぐにはこれしかないと」
合点がいった。なぜ彼女があんなにもすぐに稼げる依頼を探していたのか。ようは失った分をどうにかして早くに補填したかったのである。ただ、そうなると一つ疑問が残る。
「なぜお嬢様を名乗ったんですか?」
「ああ、それは簡単ですわ。だってほらお嬢様ってお金が集まってくるものでしょう?傷を癒してる間、それを知りまして。そのためのお勉強だって少しはしましたのよ」
「えー!?」
余りの事にレドが椅子からずり落ちた。つまりクローディアは元々由緒正しい家柄のお嬢様などではなく。なんか稼げそうだからなんとなくお嬢様になった。そんな滅茶苦茶な存在だったわけであり…。
「だからか、だからだったんだ……。雰囲気はそれっぽいけど時々なんか暴力に満ちあふれていたのは……。元々貴族とかそんなんじゃなくて……」
「あら、失敬な。高貴な出ではありますのよ、なんていったって私は……」
と語ろうとしたところで。
「ぁああああああああああああ!?」
突如上の方から大きな叫び声が聞こえて来た。魔物などではない。人間の声だ。
「レド、今のは!!」
「分かりません。ですがちょっと前に誰かが見ているような気がしてたんです……。気のせいかと思っていたんですが……」
すぐさま二人は立ち上がり臨戦態勢に入る。レドがナイフを構えながら辺りを伺う。今の所不審な足音は無い。こちらに何か接近してきている様子はない。だが、羽ばたく音と同時に妙に気色の悪いフィビロ鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「最悪の予測をするのであれば…、そのついて来ていた誰かが僕らの休息中に先に上に行って犠牲になった…というところでしょうか」
「あくまで最悪なら、ですわよね。ならまだ間に合うかもしれないということでしょう?せっかくのスープが頂けなないのは残念ですけど」
「危険ですよ、恐らく…というか絶対」
「そんなもの承知の上ですわ」
この人はいくら言っても引かないのだろうな、と思いレドはため息をつく。暖炉の火に灰をかけて消化してから部屋を出て、昇降機の前のレバーの前に立つ。左に一回引くと最下層から音を立てながら台が昇ってきて。
「本当は使うつもりは無かったんだけど、しょうがないか……」
「人命優先、そうでしょう? レド」
二人で台に乗り込み、台に搭載されているレバーをこれもまた左に引く。どこかの歯車が回り、鎖が巻き取られ、台が上へ上へと進んでいく。
お嬢様の、はじめての冒険。行きつく先にあるのは果たして何か。