第三十五話 激突、キングマンドラ①
人参を思い起こさせる瑞々しいオレンジの肌。筋肉ムキムキの成人男性を思わせる体躯。そして育ちすぎて頭で絡み合い、ファンキーな髪型のように丸く膨らんだツタ。山の様な大きさのソレはこちらに眩いばかりの笑顔を向けてきている。
「な、なんですのアレ!?」
巨大なマンゴラゴラを見上げながら、少し混乱するクローディア。
そんな彼女を見下ろしながら、巨大マンドラゴラは首を傾げる。
「何って……、マンドラキングだが?」
「さも皆が当然知っているかのようにおっしゃらないで下さいまし!! 大体キングなのか長兄なのかはっきりしなさいな!!」
「王であることと長兄であることは両立する。そんなことも知らないとは、ああ嘆かわしい……」
自らの顔を覆いながら、美しいポーズを決めるマンドラキング。目の前の珍妙な生き物に思考を埋め尽くされ、クローディアは思わず立ちくらんでしまう。
「何で憐れまれてますの……。いや、今のは私が悪い……?」
「クロちゃん、あれ多分まともに考えたら駄目なやつだ。持ってかれるよ。ん?」
などと、リノラがクローディアの背中を優しく叩いていると、先程散ったばかりのマンドラゴラ達がせっせと穴ぼこの開いた地面を埋めたり、その場に残っていた玩具など、余計なものを取っ払ったりしているのが見えた。再び樹海の中へ散ると、顔だけだしてこちらの様子を伺い始める。
「ありがとう我が愛しきキョーダイ達よ!! さあ、舞台は整った……。キョーダイ達をかどわかし、その身を攫おうとした密猟者共め、覚悟してもらうぞ!!」
マンドラキングは自らの同族達の気遣いに感涙しつつも、すぐさま表情を険しいものにしてクローディア達を指さす。
「ちょ、ちょっと待ってください!! 僕達は決してマンドラゴラ達を連れて行こうとしたわけじゃ……」
レドが誤解を解こうと説得にかかる。だが、マンドラキングの怒りが静まることは無い。
「問答無用!! 我が怒りを受けるがいいっ!! 必殺マンドラパンチ!!」
「レド、下がって!!」
クローディアがレドの前に飛び出す。腕を交差させると、皮膚を竜の鱗で覆い、マンドラキングから繰り出された拳を受け止める。腕がしびれ、少し後ろに押されてしまう。が、膝をつくことはない。
「っ、何ていう重い一撃……」
「ほう、今のを真正面から受け止めるとは。貴様、か細い体の割に出来るな?」
「お褒めに預かり光栄ですわっ!! こんのっ……!!」
鱗を解除し、マンドラキングの腕の上を走ってその横っ面に蹴りを食らわせようとする。
だが彼もそれは想定していたようで、空いた手の甲で受け止められる。
「ちぃっ、防がれた!! おっと……」
クローディアが崩れた体勢から何とか着地しようとしていたところで、何やら真っ黒な狼の様なものが飛んできてクローディアを背で受け止め、即座に消えた。
狼の飛んできた方向に目をやると、マルヴァスが足元に大鎌の柄を突き立て、魔法陣を展開していた。どうやら彼が呼び出したものらしい。
「戦うつもりはなかったのだがな。こうなってしまっては仕方ない、応戦するぞ!!」
「腕の良さそうな術師に、剣士。それに先程、我が攻撃を察知したナイフ使い。トカゲ娘も含めてどれも面倒そうだ。まとめて片付けさせてもらうっ!!」
突如、マンドラキングの頭のツタが散開する。樹海の木々に絡まり、なおそれでも止まらず。
「これは……、まずい、皆下がってくださいっ!!」
レドが自らの鼻を手で覆い、他の仲間に警告する。相当に不味い攻撃が来るという予兆を感じ取ったらしい。
しかしツタはクローディア達を直接襲うことはなく、マンドラキングの胴体に巻かれていく。
「我が身より分かたれしツタよ!! この身体をきつく縛るが良い!!」
「え、急に何? 緊縛プレイ? 自らやるとかなんと高度な……」
「そんなわけがないでしょう!! レドの言うとおり下がりますわよ!!」
ボケに走ったリノラの襟首を掴み、広場の外側に逃げるクローディア。
そしてその直後、マンドラキングの拘束が解除される。
「これにて我が肉体は鋼のコマが如し!! 奥義、マンドラスピンッ!!」
強烈な回転と共に、小規模な嵐が巻き起こる。土を巻き上げ、辺りの樹の葉も大量に飛んでいく。
幸いなのは、回転中はクローディア達を目視できないこと、そしてマンドラキングが同族達を巻き込まない様に移動距離を控えめにしていることだろう。でなければ、辺り一帯の木々をなぎ倒しながらクローディア達をすりつぶしていたかもしれない。
「ふざけた見た目の癖して災害級にヤバイなこいつ!!」
当たってしまわない様、距離を取りながら攻撃の隙を伺うリノラ。
すると、徐々にマンドラキングの回転速度が落ちていくことに気が付く。
「あー……。ま、いつまでも維持できるわけないよねっ。 もらった!!」
即座にキングマンドラ目掛けて駆け出すリノラ。剣を抜き、目標に攻撃を仕掛ける。
「Yes、マンドラ!!」
しかしキングマンドラが両腕をあげてポージングをかますと、その肌に剣を弾かれてしまう。
無敵のダブルバイセップスだ。いくら斬り刻もうとも傷がつくことは無い。
「おっま、ふざけんな!? 駄目だコレまったく効いてない!!」
「そもそもそのポーズに意味があるんですの!? ちょわっ!?」
クローディアが突如飛んできた光線をかわす。出所はキングマンドラの両目だ。何処までもふざけた生態をしている。
「マンドラスピンをしのぎ、更にはその後の奇襲もかわすとは……。どうやらただの密猟者ではなかったらしい」
「最初からそう言ってますわよ!! ええい、こうなれば!!」
若干キレ気味のクローディアの体が光る。白銀の竜に転じ、キングマンドラを前に大きく咆哮をあげる。
「ぬう面妖な!! まさか巨大トカゲに転じるとは!!」
流石のキングマンドラもこれには驚いたようで、表情に若干焦りの色が見える。
「ド・ラ・ゴ・ンですわドラゴン!! でも、これで力なら互角以上!!」
クローディアがキングマンドラと組合い、頭突きをかます。
その時、足元からマルヴァスの声が聞こえてきて。
「クローディア、できれば火は使うなよ!!」
「分かっておりますわ!! いえ、ちょっと使いかけましたけれど!! いらつきすぎて!!」
口元から黄金の炎が漏れる。少しぐらい焦がすくらいなら良いのではないのかしら? なんてことを思いつつ、再度組み合い、キングマンドラを圧倒していく。
「ぬう、押し切れぬ!! それどころか押されているだと……!?」
「採算度外視のマネーパワーを甘く見ないことでしてよ!! ええ、ホント……。体内の財宝をこんなに使って……。今回、お宝とか見つからないでしょうに……」
若干気落ちしていくクローディア。同時にキングマンドラに少しずつ押されていくようになり。
すると今度はレドとリノラの声が足元から聞こえてくる。
「パワーが落ちてますよお嬢様ー!! 後の事は後で!! とりあえず頭も財布も空に!!」
「レド君、割と酷いこと言ってるな? まあ、後の事は後ってのには賛成。取りあえず勝っちゃえクロちゃん。竜のクロちゃんはすっごい強いんだからさ」
そんな二人の声に、クローディアは少し笑いそうになってしまって。小さく唸り声をあげながら前をしっかり見据える。
「まったく二人と来たら、応援してるのかなんなのか……。ええい、やってやりますわよ!! やあああああああっ!!」
マンドラゴラと同種と考えれば、当然キングマンドラも毒を持っている。となると牙は使えない。ならばと、とにかく殴る。殴って相手が後ろに下がった瞬間、体を回転させ尻尾を叩きつける。
「おおおおっ!? なんという力っ!! これが竜の力とでもいうのかっ……!!」
キングマンドラが吹き飛び、外周の樹を少しばかり薙ぎ倒す。マンドラゴラ達が巻き込まれなかったのは、ちゃんとクローディアが吹っ飛ばす方向を選んでいたからだろう。
「ふう、これだけやれば多少のダメージにはなったでしょう」
この戦いは殺し合いではない筈なのだから、と追撃はせず様子を見るクローディア。出来ればこのまま事が終わって欲しいと願う。
だがキングマンドラが諦めることはなく、傷のついた体を起こす。周囲に彼を心配したマンドラゴラ達が集まって来るが手で制して。
「見事……。だが、ワタシは負けられぬのだ……、絶対に……」
「もうおやめになればよろしいのに。どうしてそこまで……?」
「マンドラゴラ達は地に根付いた時、その場で一番大きな者が、大地よりもっとも多くの栄養を頂く……」
よろよろと立ち上がり、拳に力を込める。その目から闘志は消えていない。
「大食故に群れの中ではひときわ大きく育つ……。だがそれは、周りのキョーダイ達の分まで吸っているということ……」
辺りを見回す。自身よりずっとずっと小さい同族達。彼らの為に、キングマンドラは決して退かない。
「故に!! 長兄であるのならば!! 命を賭してでもキョーダイ達を護らねばらならないっ!! それが兄として産まれたものの使命!! 責務!! その愛らしさゆえに、愛玩用として飼おうとする好事家と、奴らに売り飛ばそうとする密猟者共に渡すわけにはいかんのだっ!!」
もう一度、戦闘態勢に入るキングマンドラ。
だが肝心のクローディアが、ここでちょっとおかしな様子を見せ始める。
「……うっ、ぐす」
竜の状態で目をうるうるさせ、そのままぽろぽろ涙を零し始めた。
「クロちゃん? おいクロちゃん?」
地面にぼたぼた落ちていくクローディアの大粒の涙を見て、まさかと思い彼女に声をかけるリノラ。
が、リノラの声に答えることなく、クローディアは戦いの手を完全に止めてしまった。
「そういうことでしたのね……。なんという深い愛情……。私としたことが、それも知らずとんだご無礼を……」
泣くクローディアを見ていたキングマンドラも構えを解く。何か納得したような表情を浮かべ。
「ああ……。なんだ、我々はいがみ合う存在ではなかったのかもしれないな……」
「ええ、これからは良きお友達に……。出来ればその暑苦しさは押さえて欲しいですけれど……」
穏やかな笑みを向け合う二人。先程までの殺伐とした雰囲気が嘘のようであった。
キングマンドラから手が差し出される。
「では友情の握手といこう……」
「是非……」
と、クローディアが手を出した瞬間、マンドラゴラが忽然と姿を消してしまった。
「ん、あれ……?」
クローディアが左右を見渡していると、自分の胴体になんか違和感がある。まるで、誰かに抱え込まれているかのような……。
「隙あり!! 今、必殺のマンドラドロップ!!!」
刹那、クローディアの世界が反転した。
完全なだまし討ち。見事なバックドロップ。クローディアの体が地面に叩きつけられる。
「……ホギャアアアアアア!?」
「お嬢様ああああ!?」
お嬢様がおおよそ上げてはいけない声が出てしまった。同時にレドも叫び声をあげる。
「いや、何故ですの……? 今、完全に和解の流れ……」
ダメージが許容量を超えてしまったのか、クローディアが元の体へと戻っていく。
地面に伏しそのままぐったりしていて。
「クローディアのヒトの良さが完全に裏目に出たか……」
マルヴァスがクローディアの元へと駆け寄る。傷の状態をみながら回復呪文を唱え始めた。
「最後まで油断はせぬよ。何せ貴様が善なる存在であっても、他の者たちがそうであるとは限らぬからな……」
キングマンドラの腕がクローディアとマルヴァスの元へと伸びる。
即座にレドが間に割って入った。
「マルヴァスさん!! お嬢様を安全なところへ!!」
「よせ!! お前が正面から戦える相手じゃない!!」
「ほう、勇敢だな……。優しい主人のためか。だがその優しさが、甘さが。貴様を殺すのだ」
ならば先に、とキングマンドラの手がレドを捕えようとする。
しかしそこで、キングマンドラの腕に剣が突き立てられる。刃には紫色の雷が纏われており、それが炸裂し、キングマンドラにさらなる痛みを与えた。
「ぬっ!? 貴様!!」
キングマンドラが剣を突き立てた人物を落とそうと、腕を大きく振る。
振り落とされた彼女は難なくレドの前に着地して、キングマンドラを見上げる。
「ああうん。とんでもない甘ったれだとは思うよ、クロちゃん。呆れるくらいに」
「リノラさん……!?」
レドが彼女の名を呼ぶ。
彼女は背後にいるレドに、振り返ることなく片手をひらりと振った。その眼からはいつもの様なゆるさは完全に消え、ただただ自分が排除するべき相手をしっかりと見据えていた。
「それでもさー。それに救われた人間からすりゃ、結構ムカつくんだよね。それを無下にされんの。誤解もあったし、ボクもその原因だったからちょっと加減してたんだ。でももういいわ、殺す」
「リノラ、待て!!」
マルヴァスの静止にも構わず、リノラが跳躍する。同時に空中に指で魔法陣を素早く描く。
「空駆ける風廊、天鹿」
短い詠唱を終えると同時に魔法陣から魔力で形成された風の弾丸が飛びだす。
それをキングマンドラが迎え撃とうとするも、弾丸があらぬ方向に飛んでいく。リノラもそれに続き。
「一体、何のつも……!?」
振り返ったキングマンドラの目に映ったのは、キューブ状に変化した魔力を足場にして自身へと跳んでこようとするリノラだった。キューブの中では圧縮された風が渦巻いていて。
「地這う天逆、雷蛇」
リノラが小型の魔法陣を剣の刀身に描く。本来であれば、地面を伝って敵に襲い掛かる紫色の雷が刃に宿る。
そして、彼女が足場を強く踏みつけると、キューブが崩れ圧縮された風が解放される。リノラはそれに乗って凄まじい速度で跳び、剣でキングマンドラの首を一閃した。
「ぬぐうっ!?」
大きく切り傷のついた首を抑えるキングマンドラ。直後に傷口から雷が炸裂し、よろめかされる。
「やっぱ硬ったいな。妙なポーズとってる時よりはマシだけど」
剣を振り、刀身についた毒液をはらうリノラ。
「この背筋が凍るほどの殺意……。そして技巧。貴様、何者だ……」
そんな彼女を見下ろし睨みつけるキングマンドラ。威圧してはいるもの、声に余裕がなくなってきている。目の前の取るに足らない筈の生物に恐怖を感じているようで。
「ただのヒト殺しだよ、それもたくさんの」
「……っ!! どうやら貴様だけは何が何でも排除せねばならないようだ!!」
キングマンドラのツタが再び散開する。強力な回転攻撃を行うための準備が始まった。
「またそれか。厄介だなぁ。けど、腕や脚の一本位犠牲にすりゃいけるか」
キングマンドラから伸びるツタを斬りに跳び込もうとするリノラ。
だが直後、何者かに後ろから抱き着かれ、止められてしまう。
「ちょ!? クロちゃん何してんの君!? 状況分かってる!?」
キングマンドラにやられたはずのクローディアが立ち上がり、何故かリノラの妨害に入っていた。
別に洗脳されただとか、裏切ったとかそういう様子はない。
「ええ、私もちょっとどうかと思ってますの!! け、けれど本当にあの不意打ちが本当に危険なものであればレドが察知していたはず!! それがなかったということはつまり、キングマンドラさんの中でも迷いが生じているのかもしれませんわ!! 現に私もピンピンしておりますし!! だから、だからちょっとだけ待ってくださいなっ!!」
「そんなこと言ったって……」
クローディアの言葉にちょっとだけ迷いを見せるリノラ。
確かに、マルヴァスが少し回復呪文を唱えた程度でこうも動けているのだから、その言葉自体に偽りはないのだろう。
だがやはり、ここで敵に情けを見せることは、彼女の為にはならないのではないだろうか?
そう考えたところで、再びクローディアに言葉をぶつけられる。
「リノラさんが私の為に怒ってくれていたことも承知しております!! 時には非情に徹して敵を斬らなければならないことも!! けど、きっとそれは今じゃないっ!! 必要じゃないの!! 勇者の時間はおしまいですわっ!!」
「……っ」
もう良いのだと。かつてのように振舞う必要はないのだと。
そんな事を澄んだ目で言われてしまって、リノラの剥き出しにしていたはずの殺意が霧散してしまう。
「ああ、もうまったくっ!! マルちゃん!!」
「承知した!! 『王狼の影よ、疾れ!!』」
マルヴァスが呪文を唱えると、先程クローディアを背で受け止めた大型の黒い狼が虚空より出現する。
クローディアとリノラを背に乗せ、キングマンドラの回転を避けながらマルヴァスの元へと離脱して。
「サンキュ、マルちゃん。で、どうすんの? 殺さない以上、他に手を打つ必要があるんだけど……」
「リノラさんを止めた以上、私が責任をもって……、ん……?」
クローディアが再び竜化して、キングマンドラを止める案を出そうとしたところで、レドに制される。
「お嬢様ちょっとお待ちを。それなんですが、ちょっと気づいたことがありまして……」
ちら、とレドがキングマンドラに目をやると、彼は回転を終えてまたポージングをしていた。
「Oh、マンドラ……」
はち切れんばかりのサイドチェストだ。恐らくこれにも攻撃は通らないだろう。
一行はそれを横目に小声でやり取りをする。
レドの言葉に、まずリノラがぽかんと口を開けて。
「うわー、マジ? ……マルちゃんはこれどう思う?」
「確かにヤツがヒトと同じ構造をしているのならば、だな……」
「ではもう一度彼が……をした時、ですわね」
クローディアの言葉に全員が頷き、キングマンドラの方へ向き直る。
彼はポージングを終えた後も攻撃をせず、律儀に待っていた。あるいは待たないといけない理由があったのかもしれないが。
「会議は終わったか……? ならばそろそろ決着をつけるとしようではないか」
そんな彼の言葉に、ニヤリとクローディアが自身に満ちた笑みを見せる。
「ええ。といっても、貴方の思っている結果にはならないでしょうけど」