第三十二話 光の泉
「だあああああ!? この大群は流石に無理ですって!!」
レドの絶叫が樹海にこだまする。
林道を走る一行の後ろから大量の虫が迫っていた。
その身は巨大な蚊のようで、群れになって一直線に空中を飛んできている。
「はっはっはっ、凄まじいな。ああ、奴らの目的はこちらの血液だが出来れば刺されないように。病原菌が体内に入り込む危険性があるからな」
マルヴァスが脚を忙しく動かしていた。笑ってはいるものの、武器を出さずに逃げに徹しているあたり相当不味い状態らしい。
「この量だともはやそういう問題ではないのでは!? 一匹ならともかく、群がられたらあっという間に干からびますわよ!?」
クローディアの言う通り、追い付かれれば針状の口に次々と刺されて、あっという間に体中の血液を吸い上げられてしまうだろう。
リノラが突出してきた数匹を剣で斬り払うも、勢いの止まらない大群を見ると舌打ちして。
「こりゃ剣で切り払ったところで藪蛇かな。ちょっとでも時間稼げば魔法で一掃できるかもだけどさー」
「あ、じゃあ僕が行って来ますね」
さっきまで虫の大群に叫び声をあげていたにも関わらず、囮が必要となるや否やその役を直ぐに買って出るレド。
反転しようとしたところ、クローディアに腕を掴まれ直ぐに引き戻される。
「待ちなさいレド!! さらっととんでもないこと言わないの!! 囮をやるなら、皮膚の硬化ができる私が行きますわ!!」
「でもお嬢様にそんなことをさせるわけにはいきませんし……」
「レド君、たまに割り切り方があっさりとしすぎてて、怖いところあるんだよね……。いやでもホントにどうしようかコレ、そのうち誰かの体力が尽きて脱落しかねないし」
この中で一番足が速いのはレドだが、体力も無さそうなのも彼だ。一旦先に逃げて貰って、何処かに隠れて貰ったほうがいいだろうか?
そんなことをリノラが考えていると、隣で我慢の限界に達したクローディアが歯をカチカチ鳴らしながら、黄金の火を軽く吐き出した。
「やっぱり火ですわ火!! 私のブレスで燃やし尽くせばいいだけの事!!」
「それさっき駄目って言われたでしょ。パワー系ドラゴンはこれだから……」
「何かおっしゃいまして!? ならばリノラさんが打開策を考えてくださいまし!!」
「無茶言うー。むしろさあ、クロちゃんがもうちょっと器用に火を使えてれば、周りに燃え移らなくて済……。あ、そうか……」
言い合いの途中で、急にリノラが黙ってしまう。
相手が急に静かになったものだから、クローディアも少しばかり困惑して。
「え、いや、なんですの……? 思いついたのなら早く言ってくださいな」
「いや、そういやドラゴンだよね。クロちゃん」
「それがどう……。あ……」
突然、上を指さすリノラ。
クローディアもそれを目で追うと何かに気がつき。
大きな翼を広げて、巨大な白銀の竜が空へ飛び出す。背に仲間達を乗せており。
それを追って来た虫の大群を、黄金のブレスであっという間に焼き払う。
「ひゅう、さっすが。おっと、残った分はちゃんと処理しなきゃね。ピリッと弱めのらーいじゃ」
リノラが小さな魔法陣を空に描くと、小型の雷がクローディアの体を伝っていき、残った数匹を落としていく。
すると、竜の体が揺れたと同時に少しだけ威圧感のある咆哮が轟く。
「こらー!? 他人の体に雷を這わせるんじゃありませんわよ!! ちょっと痛いくらいでしたけど!!」
「お嬢様、どうどう……。落ち着いて……」
落とされないようにしがみ付きながら、レドがクローディアの背を優しく撫でる。
するとクローディアは思わず目を細めながら、気持ちよさそうな咆哮を漏らす。だが、直ぐにハッとして。
「それは馬にやるやつですわよレド!! まったくもう……」
マルヴァスが顔に笑みを浮かべる。腕にはカーバンクルがしっかり抱えられていて。
「木々を巻き込むのが駄目なら、巻き込まない場所で焼けばいい。シンプルに考えればよかったわけだ」
「焦ると良くありませんわね……。まあ、体内の財宝は減りますけど、これくらいであれば消耗はまだ少なく済みますし……。うん、ちょっとぐらいですし……」
クローディアの声のトーンが低い。
今回の冒険に金銭系の報酬は無く、お宝がそうそう見つかるような場所でもない。完全に赤字と考えると無理もないだろう。
「傷心気味のところ悪いが、そのまま真っ直ぐ飛べるか? 降りたい場所がある」
「それはよろしいのですけど……。降りたい場所? あ……」
マルヴァスの声に呼応し、クローディアが辺りを伺うと、夕焼けの中、樹海に微かに光る場所があった。
リノラもそれが何か知っているようで、小さく頷く。
「なるほど、アレか。確かに一夜明かすならあの辺りが最適だね」
――――――――――――
一行が降り立った場所には、淡い光を放つ泉があった。
泉の中にはうっすらと形のみが見える魚がいたが、クローディアが近寄った途端、それは幻のように消えてしまう。
「不思議な場所ですわね……。上から見た時は、ただ何かが光ってるだけかと思ったのですけど……」
樹海の中では、魔物達の咆哮や木々のざわめきがうっとおしい程に聞こえていたのに、ここではそのすべてが遮断されてしまったかのように、しんとしていた。
「よしよし。中も壊れてないし、この分なら一夜明かすくらいなら問題なさそうだね」
泉のほとりに建てられた小屋からリノラが出てくる。
周辺に生えている薬草を探っていたマルヴァスも顔を上げた。
「守人達も見つけたら使ってよい、と言ってくれていた。遠慮なく使わせてもらうとしよう」
「こんなところに小屋なんて大丈夫ですの? 魔物とか」
狼ならともかく、四つ足歩行の巨大植物相手なら踏みつぶされてしまうかもしれない。
そんなクローディアの疑問を、マルヴァスが首を振って否定する。
「逆だ、安全だからこそ建てられている」
「え?」
「光の泉は聖なる証。地より湧き立つ水はヒトを癒し、その光は悪しきものを遠ざける。古くからの言い伝えです。殆どの魔物は、泉には近寄ろうとしないんですよ。よっと……」
レドが小屋の中から桶を持ってきて水を汲む。汲まれた水は泉と同じく微かな光を放っていたが、しばらくすると光が消えて何の変哲もない水になってしまう。
「ここの水は一種の聖水に等しい。汲み上げてからすぐに飲むと自然治癒力が上がり、放っておくと真水になる。綺麗な水が使い放題というわけだ。便利だろう?」
マルヴァスが泉の水を空瓶に汲むと、とってきたばかりの薬草を浸けて自らの口に含む。
しかし、すぐさま渋い顔になって。
「滋養強壮に良い薬草があったから、組み合わせてみたが……。いやはや効くなこれは……」
「ははは……。しかしどうしてそのようなことが?」
飲むか? と差し出された薬瓶を手で制しながらクローディアが疑問をぶつける。
「さあな。一節には大地に水の神が加護を授けたからとも、聖なる存在が死の間際にその身を沈めたからとも言われている。それより、日が落ちきる前に枯れ枝を集めておこう。泉の光で少しは明るいとはいえ、足元が見えにくい状態では危険だからな」
空を見上げると、かすかに一番星が見える。一行は急いで枝を集め、桶に汲まれた水を小屋の中に運んで行く。
夜の帳が完全に落ちた頃、小屋の煙突よりもくもくと白い煙が立ち上る。
小屋の中からは、ほのかに香るシチューの香りと共に、談笑の声が響いていた。




