第二話 白き塔の螺旋の果てに①
――海洋都市ヴェルキス
広き大海に面し海運業や漁業が盛んなその場所から南東の岬にそれはある。
かつてヴェルキスにおいて権力を握った一人の男が、自己顕示欲にかられたのか自分の名を冠する巨大な灯台を打ち立てた。
当時は反発も大きかった、彼の失脚の原因の一つとなるほどに。
だが彼が居なくなってからも、灯台は課された役目を果していく。
幾千の夜を越えて、幾万もの船を見送り、そして迎え入れた。
長い船旅に疲弊した多くの船乗りたちがその灯台の暖かな明かりを見て、久方ぶりのしっかりした食事と寝床が得られると安堵したものだ。
それも新しき灯台が都市内に作られてからは消えて久しく。
積みあがった石の塔はあちこち崩れ、表面は苔むし、かつての姿はもうない。
それでもなお、違う形で人を導くことが許されているのであれば。
冒険という名の大海原に、多くの者を送り届ける始まりの道しるべとして
この灯台は立派にその努めを果たしているといえるだろう。
『キュリアス大灯台』
――――――――――――
「ここがその場所ですのね?」
寂れた灯台をクローディアが見上げながら後方にいるレドに訪ねる。クローディアがレドを従者…、もとい仲間として誘ってから少しばかり後の事。二人は、街の少しばかり離れた場所にある大灯台に来ていた。
「ええ、依頼書の内容に間違いがなければそのはずです」
革製の小さなバックを背負ったレドが手に持った複数枚の紙に目を通していく。そこには簡易的ではあるが、塔と同じ形状をした建物や大きな宝石をあしらった首輪、そして複数の生き物の姿が描かれ、隅にはそれを発行したのが冒険者ギルドであることを示す判が押されている。
「結局、初心者向けの依頼を受けることになるだなんて。融通が効ませんわね、冒険者ギルドというものも」
「いきなりは無理ですって。誰でも最初はこういうものから始めていくものなんです。経験と信頼を得ればそのうちもっと上の依頼だって受けられるようになります。それに、初心者向けにしてはかなり割りがいいんですよこれ」
「むむむ……」
機嫌を悪くしているクローディアをなだめつつ、依頼書のうち一枚を彼女に見せる。少し険しくなっていた彼女の眉が少しだけ緩んだ。逆立ち気味だった尻尾も緩み下に垂れ下がる。
「まあ確かに他のと比べても少しばかり高額ですものね。一つの首輪を取り戻すのにこの金額…よっぽど大事なものなのかしら?」
「さあそこまでは…。依頼者に直接会っているわけではありませんし。形見とか誰か大切な人からの贈り物とかそういう場合もありますけど。ん……?」
レドが急に振り返る。それに対してクローディアが疑問に思って首を傾けた。
「レド、どうかしまして?」
「あ、いや。なんでも……」
何かの気配がしたが、すぐに消えてしまった。
気のせいだろうと思うと向き直り、よいよ大灯台の攻略が開始される。
開けっ放しにされた大型の木製の門をくぐると、広間の石畳がところどころ剥がれ落ち、そこの下からは複数の植物が飛び出してきているのが見える。壁はあちこちに穴が開き、そこから太陽の光が入ってきていて、そのおかげで取り付けられたランプ達に火がはいっておらずとも昼の間ならば明かりに困ることはないだろう。
中央には昇降機があり、それを動かすための機構がずっと上の方まで続いている。木と鉄でできた台に乗り、そこに備え付けたレバーを引けば上の方まで連れて行ってくれるようだ。
しかし、レドはそこを通りすぎて、大きな石の螺旋階段へと歩を進める。それを見てたクローディアは首を傾げて。
「あら?せっかく上まで行くのに便利そうなものがあるのに使いませんの?」
「頂上まで行くだけなら乗っていきますけど、今回の目的は魔物に持っていかれた首輪の捜索ですので」
「ああ、なるほど」
もし、真っ直ぐ頂上まで行ったとしてもそこに首輪がなければ意味がない。どこにあるかわからない以上歩いて探索する方が良いという訳だ。無論、頂上にある可能性も存在するが。
「ところで本当によかったんです?武器とか持ってこなくて」
階段をのぼりつつ、軽く後ろを向いてレドが訪ねる。クローディアの手には何もない。鞄などもなく、白色のドレスと金色の腕輪以外身に着けていない身軽な状態だ。
「ええ、必要ありませんわ。一応使わないこともないのですが基本は頼る必要がありませんもの」
「頼る必要がない…?魔術でも使うんです?」
「ああ、それは……」
と、答えようとしたところでクローディアの足が止まる。彼女の尻尾が急激に上がり、そのまま動かなくなった。目を見開いて前方にある何かをじっと見つめているようで。
「ん?何か見つけ…」
彼女の視線を追ってレドも前を向き直す。そこには踊り場があり、その壁よりの場所に派手な装飾を凝らした宝箱が一つ、不自然に置かれていた。
「ああ、あれはですね。残念ですけど完全に罠の類たぐいで…」
「イィィィィヤッホオオオウ!! お宝いただきますですわああああああああああ!!」
「ちょっとお!? 話は最後まで聞きましょうよぉ!?」
レドの忠告の途中で、奇怪きっかいな声を上げながら全力疾走し飛び込んでいくお嬢様。無警戒のまま宝箱に手をかけてこじ開けにかかる……が。
「ぐぇぁあああああ!! 目の前が真っ暗になりましたわああああ!!」
大きく開いた宝箱がクローディアの上半身を飲み込んでしまう。宝箱に擬態し、誘い込まれた獲物に食らいつく魔物の『ミミック』だ。
「さっきから叫び声がいちいち汚い!! ……じゃなかった、助けないと!!」
レドも駆け出して、背中の鞄に入っている小さな薬瓶を取り出す。本来なら傷口に垂らしてよし、飲んでよしの回復用の薬なのだが、強い苦みがあって殆どの人間が口に含みたがらない。クローディアを吐き出させる目的でそれをミミックの隙間に流し込む。
「なんだか冷たいのですけどー!! レド、貴方何か妙なもの入れてません?宝箱に入れて良いのは武器や防具にアクセサリ、それに道具とお宝だけでしてよ」
「鋭い牙に齧られてるのに随分と余裕ですね……。お陰で気を使わなくて助かりますけど。あ、緩んできた。引っ張りますよー」
「こら!!尻尾はいけませんわ!! せめて脚になさい脚に!!」
「普通は脚の方が怒られると思うんだけどなぁ!!」
仕方なくクローディアの脚を持って引っ張り出していく。ゆっくりとだが確実に彼女の身体が解放されていき…。しかし、もうすぐといったところで止まってしまう。抜けていたはずのミミックの力が再び入り直してきた。
「あっ、こいつ最後の最後で!!」
「頭だけでも持っていこうとしてますわね。ですが、ここまで来てしまえばこちらのものっ」
クローディアがミミックの蓋に解放された手を置き、そのまま力を入れ始めた。ミシミシとミミックがきしむ音を立て始める。
「え、何するつもりなんです?いやいや、流石にそれは無理では」
「いい加減っ、諦めっ、なさいっ!! なっ!! ふんっぬ!!」
腕だけの力だけでミミックがこじ開けられる。いや、勢いが余り過ぎて蓋が千切れ飛んで行った。体を真っ二つにされたミミックはそのまま絶命してしまう。
「ふー、まったく偉い目にあいましたわ…」
「開いたぁ!? ていうか死んだ!? どれだけ馬鹿力してるんだこの人!!」
「女性に対してその言い草は失礼ですわよ。それより何か拭くものを頂けるとありがたいのですけど」
「あ、はい……。どうぞ」
半眼でクローディアがリドを見つめてくる。ミミックの唾液と回復薬のせいで上半身が濡れてしまっているものの、彼女に外傷は全く見られない。濡れてる姿にすこしドキドキしたものの、それよりも彼女の尋常ならぬ強靭さと怪力の方が気になってしまっていた。
武器がいらないとはこういう事か、レドはそんなことを思いつつも麻布を彼女に手渡す。それを受け取ったクローディアが髪や身体を拭きつつ深くため息をつく。
「それにしても、ニセモノとは…。まったく、ぬか喜びさせてくれますわね」
「本来ならこの場所にあんな豪華な箱があること自体がおかしいので…。前に来た時は有りませんでしたし」
「むぅー……、ん? 前って、レドはここに来たことがありますの?」
頬を膨らませるクローディア。しかし、すぐにそれをしぼませてレドの言葉に対して浮かんできた疑問をぶつける。
「ええ、実はここは冒険を始めたばかりの人たちが良く来る場所なんです。探索するのも階段を上っていくだけですから迷わないですし。比較的魔物も…さっきのはちょっと例外ですけど弱いものばかりですから」
クローディアが当たりを見回すと、階段の先に獣のような小さな魔物も確認できたが、視線が合うとすぐさま逃げ出してしまった。さっきの騒動を見て、とてもではないが適わないと思ったのだろう。
「確かに、あまり強そうには見せませんわね。さながらここは冒険者にとって始まりの場所、とでもいうのでしょうか。ああ…もしかして、さっきの上に繋がってそうなアレをつかわなかったのも、首輪を探す、という目的のためだけではなくて…」
「昇格機のことですか?そうですね…。まずは自分の足で色々と確かめてもらいたかったっていうのも、もちろんあります。初めての冒険がさっと行って、見つけて、帰ってくるだけになるっていうのも味気ないでしょう?もちろんそこまで上手くいく可能性は低いでしょうが」
「レド、貴方存外ロマンチストですのね。いえ、別にそういうのが嫌いとかいうわけではないのですけど。その結果が私食べられてしまいましてよ?」
「あれはクローディアさんが…飛び出すのが、んふっ…」
「ちょっと笑わないでくださいまし、ふふ…」
なんだかおかしくなって二人で笑い合った。冒険は始まったばかりな上、偽の宝箱に騙されただけで、何も得ることは出来ていないのに。レドは先ほどまで空っぽに近かった心が少しだけ満たされたように感じていた。