第二十六話 共に歩む道を
「はい、というわけでー……。これにて村長さんからの依頼、およびそれから派生した欠片遺構の調査は完了となります!! お疲れ様でした!!」
クローディア達が楽園の欠片遺構より戻って数日後の事、遺構について書き連ねられた資料を受け取ったティナが満面の笑みを見せる。
それとは逆に疲れ切った様子のクローディアがカウンターの上に突っ伏して。
「やっと終わりましたわー……。欠片遺構を調査したら、その結果をまとめた書類を提出する必要があるとか面倒な……」
「はいはい、次の方に迷惑がかかりますから、突っ伏すならそっちじゃなくてテーブルの方ですよー。まあ遺構の調査自体が唐突でしたし、無理はないですけどね」
レドがクローディアを起こすと、リノラが座ってるテーブル席の方へ引きずっていく。
それにクローディアがむっとして、
「レド、私の扱いがだんだん雑になってませんこと? レディへの対応ではなくてよ」
「レディなら頬を膨らませて不貞腐れたりしないでください……」
「ははは、レド君も言うねえ。けど、こうしてギルドにちゃんと報告しておかないと規定違反になるからちゃんとやんないと。ラピスちゃんの事を考えると余計にね」
リノラがのほほんとしながら、ビールの入ったジョッキを傾けて口に流し込む。
それを目にしたクローディアがリノラを睨みつける。レドの手から離れると彼女の服の襟を掴んで揺らした。
「って、ほとんど私とレド任せで報告書を一枚も書いてないくせに、何のんびり飲んでらっしゃるの貴女は!!」
「おうおう……、ゆれるゆれる、零れる零れる、ぼろんって。いやーん」
「お酒はそんな零れ方しませんわ!!」
「ははは……、まあ酔った状態で滅茶苦茶書かれても困りますけどね……」
レドが苦笑ししつ、リノラの持っているジョッキを回収してテーブルに避難させる。
「あの……」
と、そこで声が聞こえてくる。クローディア達がその方向を向くとそこにはラピスが居た。
フリフリのついたエプロンドレスを身に着け、レース付きのカチューシャを被っている。いわゆるメイドの格好になっていて。
それを見たクローディアがリノラからぱっと手を離す。
「ぐえ」
「きゃー!! とてもよくお似合いですわ、ラピスさん!!」
リノラが床に落下し呻き声が漏れたが、クローディアはそれに構わずラピスに抱き着いた。
「ありがとうございます……」
元々感情表現に乏しいのか、クローディアに抱き着かれていても無表情なままに礼を言うラピス。だがほんのり頬が赤くなっているあたり、内心とても嬉しいようだ。
そしてその衣装の制作者であるアイビーはというと、酒場の隅っこに置かれている椅子の上で完全に燃え尽きていた。
「いいね、いいね……。ラピスちゃんとってもきらきらしてて、素敵だね……」
虚ろな目で自分の作品を身に着けているラピスを眺めている。そんな彼女にレドが近寄っていって、労りの声をかけた。
「本当にありがとうございます……。お嬢様の注文だけでなく彼女の分まで追加で引き受けて下さって……」
「んひひぃ……、大丈夫……。トンデモなくかわゆい子にはぴはぴになれる服提供できて、しあわせだか、ら……」
レドに親指を立てた後、完全に力尽きるアイビー。
「お疲れ様でした……」
レドは彼女にそっと祈りを捧げた。いや、別に死んではいないのだが。
「しかし勝手にお嬢様の使用人扱いにしちゃって良かったんですかね? ラピスさん、僕らだけじゃなく世界にとってとんでもなく大切な存在な気がするんですけど……」
クローディア達の元に戻ったレドが、ふと一つの懸念を口にする。
すると、クローディアも真面目な顔つきになって、ラピスから体を離す。
「確かに、それを考えていませんでしたわ……。引き離されてしまったらどうしましょう……」
「それならご心配なく。ラピスさんの扱いについては、この国の王より先に書簡が届いておりまして」
いつの間にかカウンターから出て来ていたのか、ティナが横から会話に加わって来る。丸められた紙を縦に開き、その内容を読み始める。
「『彼女は人間達の歴史を辿るうえでの重要な遺物であると同時に、今は我らと同じ時に生きるヒトである。故に、こちらから彼女に対して協力を申し出ることはあるかもしれないが、まずは何よりも彼女の意思を尊重する。ギルド側も彼女に粗相のないようにすること』とのことです」
書簡の内容を聞いていたクローディアが目を丸くする。ラピスの人権が認められたことによる嬉しさよりも先に驚きが来ていた。
「随分と寛大な対応をして下さったのね……。ちなみにどのようなお方なのでしょう?」
席に戻り、再びジョッキを手にグビグビ飲んでいたリノラが、クローディアの疑問に答えようとする。
「んーっとね、今の王様は気持ち悪くていい人だよ。あ、ビールもうほとんどないな。すいませーん、おかわりー」
「その言葉が並べられるのおかしい気がするのですけど!? 大丈夫なんですの!? そんなお方が治めるこの国は!! あ、いや……確かに比較的治安は良いですし、穏やかな国であるのは実際に生活してみて分かってはいるのですけど……。後、なんでまた勝手に注文してますの……」
もうなんか色々と深く考えないようにしよう。クローディアが頭を抱えながらそんなことを思っていると、ティナがくすくすと笑って。
「というわけで、近々本国から遺構の調査隊や研究員が派遣されてくることはあるでしょうが、彼女自身をどうこうする等といったことはありませんのでご安心ください」
「ええ、それを聞いて安心いたしました。とはいえ、別に使用人にならなくても良かったのですけど」
「そうなんですか? てっきりクローディアさんがレドさんを従者にしたみたいに、勝手に任命したものかと」
ならばどういう経緯でそうなったのか、とティナが首を傾げる。
すると、ラピスが彼女の近くに寄ってきて口を開く。
「私自身が望んだのです。名をくれたこの方の助けになりたいと。ただ、戦うための機能は殆ど失われていますから、今はこうして使用人として仕えるのが一番だと思いまして」
「まあ、まだお屋敷も何もないですし、この時代での生活に慣れてもらうためにもマスターさんに頼んでここの酒場のお手伝いをさせているのですけど……」
クローディアが、丁度お代わりのビールを運んできたカレルに視線を送る。
すると彼はいつものように柔和な笑みを見せて。
「こちらとしては有難い限りだよ。いつだって人手不足だからね」
そう言いながら、リノラの前にビールに置く。
それを聞いていたティナが怪しい笑みを見せた。
「なるほど、では私も書類の整理を頼んじゃったりとか……」
「それは流石に自分でやりましょうよ……」
「ですよねー……。うわーん、一人の仕事量が多すぎるんですよー!!」
そして、レドに突っ込みを入れられるとがっくりとうなだれる。他の職員に引っ張られながら再び自分の仕事場に戻っていった。
「頑張って色々と覚えますね。掃除とか洗濯とか……。お料理も……」
連れ去られるティナを見送りつつ、ラピスがクローディアに対して告げた。
すると、クローディアの頭の中に欠片遺構で出会ったとある一体の人形の言葉が浮かんでくる。
『シンジィンキョウイクヨウノー……レシピガゴザイマス。ソノ他料理ノトアワセテコピーシテ渡シマス……』
「シェフさんは分かっていたのでしょうか……、こうなることを……。だからレシピを……」
クローディアがぽつりと呟く。
それを聞いていたカレルが彼女に暖かな眼差しを向ける。
「さあね。そうだったのかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。けれどね」
「けれど?」
「どっちにしろ、その子が誰かに託したかったってのは確かじゃないかな。そして僕らはそれをちゃんと受け継いだ。それでいいと思う」
一度、酒場のカウンターに戻ったカレルが紙の束を持ってくる。それは、あの人形がクローディア達に渡した料理のレシピの写しだった。読めなかった文字は翻訳されて、今や誰もが楽園で愛されていた料理を作ることが出来る。
それを見たクローディアは小さく頷いて、
「そう、ですわね……」
少し寂しそうにしつつも微かな笑みを浮かべた。
しかし、すぐにハッとした顔になる。
「って、そうでした!! リノラさん。貴女、今武器もないですし、防具だって新しいのをちゃんと買いに行かないと!!」
「えー、でもめんどくさい。武器はともかく服はこのままでいいよー」
相当嫌なのか、リノラは眉間に皺を寄せてテーブルにしがみ付いた。
それをクローディアが無理やり引きはがしにかかる。
「よ、く、な、い、ですわ!! 今代わりに着ているのは、私の私服ですし!! ちゃんと装備は整える!! ほら、レドも来なさい!! 遺構で拾った武器をシデさんに持っていく予定だったでしょう!!」
「あ、はい!! 行きます行きます!! ええと、ラピスさんはどうします……?」
クローディアの要請に慌てて鞄を背負うレド。
そんな彼の問いに対してラピスは首を振る。
「着いていきたいのは山々ですが、この後マスターさんに紅茶やコーヒーの淹れ方を教わる予定が入っていまして……」
「あら素敵!! なら帰って来る頃に、紅茶をお願いしようかしら……」
目を輝かせるクローディアに対して、ラピスは無表情のままこくりと頷いた。
「では、それまでには一通りできるようになっておきますね」
「ええ、楽しみにしておきますわね。ああ、そうだ。ラピスさん」
酒場の出口へ向かったクローディアが一度止まって、ラピスの方に向き直る。
「なんでしょうか……?」
まだ何か用事が残っていたのだろうか、と思いつつラピスは彼女の言葉を待つ。
するとクローディアは真っ直ぐと彼女を見据える。金色の瞳にラピスの姿が映り、それが見えなくなるほどの満面の笑みをして彼女に告げる。
「数ある未来の中、私達と共に歩む道を選んでくれてありがとう。貴女になら安心して留守を任せられますわ」
「―――」
それにラピスは答えることが出来なかった。ふっと自分の中に沸いた高揚感を表す言葉が見つからなくて、思わず自身の胸の上に手を置いてその感情をかみしめる。
その様子を見ていたクローディアが心の内でギラクに呟く。もう大丈夫だと、何も思い出すことが出来なくとも、彼女はこの先うまくやってきていけるだろうと。
「では、行って来ますわ。ラピスさん」
そして改めて背を向けて、尻尾を緩やかに揺らしながら、レド達と共に外へと出て行った。
またリノラがふざけ始めたのだろう。姿が見えなくなっても、あれこれ喧しく騒ぐ声が聞こえて、それにラピスが小さく微笑む。
「……はい。行ってらっしゃいませ、お嬢様」
命というものは儚く脆い。時に残酷に奪われ、崩れ落ちるように消えていく。
だが、その終わり方が望まぬもので、ほんの小さな欠片ほどものしか遺せずとも。それを拾い上げた誰かが生き続けていくのなら、失われた命もまた、無意味にはならない。
受け継ぎ、託し、そうして積み上げられていったものは、やがて多くのヒトが歩くための道になる。




