第十九話 楽園残滓機構①
「これよりこの欠片遺構の探索を再開いたしますわよー!!」
他二名の前で堂々と仁王立ちしたクローディアが高らかに宣言する。
「朝ごはん食べ終わるなりやる気一杯だねクロちゃん。昨日のが嘘のよう」
「むしろこっちが標準なので……。なんにせよよかったですよ」
「二人とも何ひそひそしてらっしゃいますの? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいな」
こっそりとレドとリノラが話していると、クローディアがじっとりとした目で見つめてくる。
「うぇい、なんでもありません隊長」
「だれが隊長ですか、誰が。リーダーではありますけど」
やる気のない敬礼をするリノラにツッコミを入れるクローディア。
「ははは……、ところで今回の目標はやはりあの建物ですかね」
このやり取りも見慣れてきたなあ、なんて思いつつレドが次の探索目標について切り出す。巨大な中央の建造物に指をさすと、それにクローディアが頷いた。
「ええ。この遺構で調べてないのは後はあそこだけですし」
「わざわざ警備がついてるってことは色々とありそうだしね。そいじゃ行ってみよう」
リノラも同意し一行はもう一度坂を下りていく。黒き遺構の探索が再び始まった。
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「で、近くまで来た訳だけど。どうする? だーっと一気に正面突破する?」
建造物の前、正面の入り口からちょっと距離を取ったところでリノラが提案してきた。それにクローディアが首を横に振って否定する。
「そんな野蛮なこと致しませんわよ。第一、外の人形達は私達を認識しつつも結局は見逃していたのですし、こちらも同じようになるのではなくて? それなら大丈夫でしょう?」
「確かに、同じような仕組みで動いているのであれば可能性はありそうですけど……。あ、ちょっとお嬢様……」
レドの言葉の途中、クローディアは軽い足どりで入口に向かっていってしまった。残された二人は肩をすくめつつも、少し離れたところで彼女の様子を見る。
「ごきげんよう、お人形さん。建物内に入るため、横を失礼させていただきますわね」
「登録対象外ノ人物ヲ確認。スキャン開始……」
ドレスの裾を掴み、恭しく一礼するクローディア。警備についていた人形がワーカー達と同じく、青白い目を点滅させる。
「堂々と行っちゃったよ……。でも他の人形と反応が一緒だし大丈夫なのかな……」
クローディアの行動に半ば呆れつつもしっかりとその様子を観察するレド。一応何かあった時のために、腰のナイフに手を添える。
「戦闘……統括……ニ情報ヲ送信シマ……。ガ、ビビビ……」
途中から人形の挙動がおかしくなりはじめた。目の光が消えて、眠ってしまったかのように動かなくなる。
「ん? 何か様子が……」
不思議に思ったクローディアが人形の顔を覗き込む。
「……ビーッ」
「ひゃっ……」
すると人形はすぐさま起き上がった。だがその目は先ほどまでと違い赤く発光していて、それと顔を見合わせる形になったクローディアは思わず後ずさりする。
「……戦闘統括システムヨリ伝達。侵入者ヲ排除セヨ……。アーミー、戦闘システムニ切リ替エマス」
目の前のクローディアを敵として認識した人形は両手に持った剣とハンマーを構えた。
「ねえ、クロちゃん。どこが大丈夫だって?」
「あ、あら……こんな筈は……」
明らかな敵対行動をとって来た人形を見てリノラがクローディアをからかう。いつもであればクローディアもこの冗談を咎めるところなのだが、焦りの余りそれを忘れてしまっていた。
「招集。招集。招集。治安ノ維持ニ努メマショウ」
人形がけたたましい音を発すると共に、建物内から同じ形をした人形達が十数体出てくる。人形が手に持っているのは斧や槍など違いはあれどどれも物騒なものだった。人形と同じ色をしているあたり恐らく材料は彼らと同じものだろう。
「うわ、いっぱい出てきましたよ!? お嬢様下がって!!」
「っと!!」
レドの叫びが聞こえるや否や、クローディアは前に跳躍した。自分の目の前にいる人形の頭を思い切り踏みつけ、後方に跳んで下がる。頭を破壊された人形は即座に動かなくなりそのまま崩れ落ちた。
「……ええいまったく!! そっちがその気ならやるしかありませんわね!!」
クローディアは着地をすると一呼吸して気を落ち着かせる。出来ることなら遺構を守ろうとする彼らとも戦いたくはなかったが、かといってこちらがやられるわけにもいかない。そう思って戦闘態勢を取った。
「市民ノ皆様ハ、巻キ込オマレナイヨウ下ガリクダサ……ガッ」
人形が数体突撃して来て、そのうちの一つがクローディアに武器を振りかぶる。しかし次の瞬間、頭から下にかけて真っ二つに切断されてしまった。その斬撃の主であるリノラがクローディアの隣にゆるりと立つ。
「手始めに一体の頭を踏みつぶしながら退くとかクロちゃんすっごい。他人に野蛮とか言えないんじゃ?」
「お黙りなさい!! 出来るうちに頭数を減らすのは基本ですわ!!」
クローディアもリノラに吠えつつ、向かってくる人形の胴体を拳で粉砕する。危険度が高いと見た人形達が二人に殺到する。
そのうちの一体の背後に忍び込んだレドが人形の後頭部にナイフを突き立てた。だが、傷をつけることなく弾かれてしまう。
「固ったっ!? 僕のナイフ全然きませんよコレ!!」
レドは攻撃が効かないことに驚きつつも、不利と判断すると速攻人形の側から離脱した。距離をとって他の二人の様子を確認する。
「つまりそれだけクロちゃんが馬鹿力ということだね!! さっすが竜種、おっそろしい!!」
「それ褒めてないですわよね? というか錆びた剣でスパスパ斬ってる貴女の方も存外……っと、邪魔ですわ!!」
その二人はどうなっているかというと、人形達をやすやすと破壊していっていた。砕かれたり、斬られたりした人形達が次々と地面に伏していく。
「二人を見てると自信無くなるなぁ……。でもどうよう……。刃が通らないとなると、本当にやれることが……」
英雄と竜種が相手なので比べても仕方がないのだが、それでもレドは自分が見劣りすることを気にしてしまう。そこで功を焦って闇雲に行動したりせず、静かに出来ることを探すあたり冷静ではあった。
「レド君、ほいっちょ!!」
「っとと!? これは、敵が持ってる武器……? おっと!!」
「ビーッ……。侵入者ノ頭部ヲ粉砕シ、……ガッ」
そこでリノラが人形が落としたハンマーを投げて来た。レドがうまく受け取ると、いつの間にか近くまで迫っていた人形の攻撃を避け頭に叩き込む。
「ふー、危ない危ない……。しかしこれ効くのは助かるけど新品のナイフが完全に無駄に……」
「お金払って買った装備より敵が落とした方が優秀で、ちょっともやっとするのは割とあるあるだよね」
「いや何の話をしてるんです……?」
敵を仕留めたレドの近くにリノラがやってくる。冗談交じりに笑ってはいるが、彼を少し心配していたのだろう。
「二人とも油断しないの!! まだ動けるやつがいますわよ!!」
「おっと、マジだ。割としぶといな」
クローディアの警告と同時にリノラが再度戦闘態勢を取る。頭部を殆ど破壊されつつも起き上がって来た人形がいた。しかし、攻撃を仕掛けてくる前に遠くからの光線に撃ち抜かれる。
「えっ……?」
驚いたリノラが光線の出所、建物の入り口に目をやるとそこには一体の人形がいた。しゃべらず静かに佇んでいる。
「あれ? たしかあれってボク達が追いかけてきた子? 建物の中にいたんだ」
「敵を仕留めたということは……。味方と見てよろしいのかしら……?」
戦いが終わり、その人形の元へ三人が近づいていった。その途中でリノラがあることに気づく。
「ん、レド君。ほっぺに傷がついてる」
「ほんとですね。さっき掠ったのかな。……わぷ!?」
「ちょっと!? レドに何しますの!!」
静かだったはずの人形が、腕を筒状に変形させるとレドの顔に何かを浴びせかけた。驚いたクローディアが人形に拳を振るおうとする。だが途中でリノラが止めに入った。
「クロちゃんまーった。今のでレド君の傷が治ってる」
「ええ、まさかそんな……。ホントですわね……」
リノラの言う通り、レドの頬についていた傷が無くなっていた。クローディアもそれを確認し腕を下ろす。
「あの、ありがとう……」
「……」
レドが礼を言うが、人形はそれに反応を示さず建物の中に入っていってしまった。
「行っちゃった……。いや違うなコレ。また付いて来いってことなのかも」
リノラが中を覗き込むと、追ってきた時と同じように人形が振り返ってこちらの様子を確かめていた。
「ここは素直に従っておきましょう……。第一、あの子を探すことからこの冒険は始まったのですから」
クローディア達は周囲の安全を確かめつつも、建物の中に入っていった。その場には壊された人形達の残骸のみが残される。それもまた他の人形達に片づけられて、何事もなかったのように静かな街に戻った。




