第十八話 生きていた街②
「本からの知識で申し訳ないんですが、実はこの世界以外にも多くの世界が別の次元に存在しています。個別の環境の中で多種多様な生物が生息し、それぞれに人類と呼ばれる存在が誕生して独自の文明を作り上げています」
レドが手に持った木の棒で地面に大きな丸を描く。そこにファルクレスと自分たちが存在する世界の名前を書くと周囲にも丸をいくつか足していった。
「けれど、すべての世界が順調に続いていくとは限らない。時には滅んでしまう世界も出てきます」
丸のうち一つに×印を付ける。それを見ていたクローディアが顔をしかめる。紅茶のカップから口を離しレドに尋ねた。
「滅んでしまう世界……。それはどのように……?」
「それは世界によって様々。人の死に方が一人一人違うように世界の死に方も違います。大火によってほとんが焼失した世界や、地底からあふれ出る有毒のガスによって生命が殆ど死に絶えた世界もあります。でも決まって最後は同じ、大地が崩れ落ちて全てが消えてなくなってしまう……」
レドは一瞬だけためらうと×印を付けられた丸を棒で殆どかき消してしまった。同時にその場所からファルクレスに向けた矢印を描く。
「限界を迎えかけた世界は崩れ落ちる前にせめて何かを遺そうと、他の強固な世界に自分を構成していた要素を注ぎ込もうとするんです。生き物や建造物、自然の一部等を」
「強固な世界……。ああ……、それがここファルクレスなのね」
「はい。この世界はちょっとやそっとの事ではびくともしない、そんな存在だからこそ他の世界からの受け皿になっているんです」
静かにレドが頷いた。
「そうしてこの世界にやってきた生き物のうち狂暴なものが新種の魔物として扱われ、建造物が欠片遺構と呼ばれるようになります。リノラさんも言ってましたが、かつて何処かの世界にあった文明の残骸。それが欠片遺構なんです」
「……」
静寂が訪れる。クローディアは欠片遺構がどういうものかを理解することが出来た。出来たからこそ時間をかけて迷い、考え、答えを口に出す。
「……だったら、私達はこの場所を放っておいてあげたほうがいいんじゃないかしら。すべてが終わってしまって、ゆっくりと眠っているのにそれを起こすような真似をするだなんて……」
「それは違います」
「えっ……」
ようやく出した答えをレドに即座に否定されてクローディアは困惑する。例え自分の望みが遠ざかることになろうとも、いなくなってしまったヒトたちの事を尊重してやりたい。そう思っていたのにその気持ちごと彼に否定されてしまったように感じて。
「お嬢様はどうしてこの世界に沢山の種族のヒト達がいると思います? エルフ族とかナーゴ族とか」
「なんですの急に……」
それなのにレドが続けて問いかけをしてくるからクローディアはすっかり不貞腐れてしまった。しかし、真面目な性格もあってちゃんと答えを出そうと再び考え始める。
「えーと、様々な動物が二足歩行に……、いえちょっと待って……。滅びた世界の生き物たちがどうにかしてこの世界に流れ込んできているのなら……まさか……」
途中で思考を切り替えて何故レドが今このような問いを出してきたのかその意味を考える。彼は意地の悪い真似はしない。出会った頃から優しく手を引くように導いてくれていた。ならばここから出る答えも自分にとって希望があるもののはずだ。そう思えば自然と口から答えが出る。
「どこかの世界が滅びても、そこで生きていたヒト達はどうにかしてこの世界に辿り着いている……?」
「その通り」
レドが優しく微笑んだ。つられてクローディアも笑ってしまう。答えをきちんと出せたこともそうだが、滅んだ世界のヒト達が完全に居なくなってしまったのではないことが何より嬉しかった。
「状況が状況ですから数自体は少ないです……。それでもなんとか生き延びてこの世界にたどり着いたヒトたちは必死に命を繋いできました」
レドがファルクレスに向かう船を描いていく。その形は、最近魔導人形劇で見た人間達の希望の船に似ていた。
「僕ら人間の祖先も自分の世界が滅びそうになって、全滅する前に船に乗ってこの世界に来ました。そして聖竜様達に受け入れて貰ったんです。ある意味一番最初の流入者たちと言っても良いでしょう」
「創世神話の内容……。そうかあれが……」
クローディアは劇の内容を思い出す。人間と竜の絆の物語。あれこそが一つの世界が滅び、そしてこの大地に受け入れられるまでの事の顛末を示していたのだ。
「自分たちが竜達にそうしてもらえたように、人間達も様々な種族を受け入れてきました。種族間の問題や差別、異種族に排他的な国が産まれたり上手くいかないことも沢山ありますが……」
種が増えれば増えるほど軋轢は産まれやすくなり、避けようのない問題は積み上げられていく。それを語るときのレドの暗い顔が事の重さを物語っていた。
「レド……」
それを眺めていたクローディアが心配そうに声をかける。すると彼は首を横に振って笑みを作り直す。
「……すいません、話がそれましたね。多くの種族たちは、自分達の文明が持っていたはずの技術や伝統の殆どを失ってしまっています。滅びる寸前の世界からはどうやっても持ち出せなかったんです」
「それはどうにかして取り戻して差し上げたいですわね……、あ……」
「お気づきになられましたか?」
会話の途中で、クローディアがあることに気づく。世界が消え去ってしまっても、そこに存在していたものがすべて消え去ってしまうわけではない。彼女の金色の瞳に輝きが宿るのを、レドは見逃さなかった。
「ええ、そういうことなのね。欠片遺構をうまく探索すれば彼らに色んなものを返してあげられる……」
「それだけじゃありません」
レドは木の棒をその場に置くと、自身の鞄の中から瓶に入った回復薬を持ってきてクローディアに手渡す。
「これは確か以前も使ったことがあるような……」
クローディアは見覚えのある緑色の液体をじっと眺める。以前も大灯台でレドが使っていたものだ。
「実はこれ、欠片遺構から見つかった一冊の手記に記されていた製造方法を元に作られたものなんです。もちろん原料となる薬草は滅びた世界のものだったから、完全に同じものは作れませんでしたけど。けどこれが一般的なものになってから、失われるはずだった多くの命が救われました」
お嬢様に使った時は用途が少し違いましたけど、と苦笑しながらレドがクローディアの横に腰を下ろす。
「この世界は、そうして掘り起こされた技術を取り込むことによっても発展してきました。欠片遺構を探索することは、滅びた世界のヒト達から掛け替えのないものを受け継ぐことにもつながるんです」
「受け継ぐ……」
「手記には最後に一言だけ、こう書かれていました。『これが誰かの手に届くことを願う』と」
クローディアが手の上に乗った薬瓶を大事そうに抱える。これ一つに、どれだけの人々の苦労が重ねられたのだろう。本を記した人はどのような想いを抱きながらそれを誰かに託すことを決めたのだろう。考えたが、答えは出なかった。
その代わりに欠片遺構と滅んでしまった世界に対して、きちんと向き合うことを決める。薬瓶をレドに返して、勢いよく立ち上がる。
「うじうじしてないで、きちんと調べなければなりませんわね……。そうと決まれば、さっさと寝ますわよレド!! 明日から本格的な探索開始ですわ!!」
「んんっふ……」
クローディアあまりの態度の変りようにレドが噴き出した。ひとしきり笑った後、いつもの彼女だ、と安堵する。
「はい、お供しますとも。どこまでも……」
「何か含みがあるような気しますわよー?」
「そんなことありませんってば」
「本当にぃ?」
「本当ですってー」
そうして微笑ましくやり取りする二人に聞き耳を立てながら、リノラが一人小さく呟く。
「受け継ぐ、か……」




