第十七話 生きていた街①
ちょっと今回から書き方が少し変わってます
一行が坂を下り黒き遺構に足を踏み入れた後、探索を開始してから数時間が経過した。単独行動をしていたレドが二人の元に戻ってくる。
「ただいま戻りました」
「おかえり、どうだった?」
出迎えてくれたリノラにレドは首を横に振る。
「僕らが追っていた人形のほうは駄目ですね。完全に見失ったみたいです」
「まあこれだけ似たような奴ばっかりいると仕方ないね。でっかい建物のほうはどう? 入れそうなところとかあった?」
「そうですね……。とりあえずここからも見える正面玄関らしきものが一つ。その横に何かの搬入口らしい場所があって、後は背面に裏口が一つといったところでしょうか」
レドが遺構の中央にある巨大な建造物を指さす。指の先には大型の扉があった。時折横にスライドして開閉を繰り返し、人形達が建造物の中に出入りしている。
「ただ……」
「ただ?」
「それぞれ物陰からこっそり様子を伺ってみたんですけど、どこも警備してるらしき奴が配置されているんです。そこら辺を動き回ってるのとはちょっと形が違って、武器らしき物も持ってるんですよね」
「なるほど、じゃあやっぱりアレが重要施設っぽいなー」
「ですね。ところでそちらの方はいかがでした?」
「ボクの方はあまり成果は無いね。クロちゃんはどうだろう?おーい、クロちゃんー」
リノラが少し離れた場所で見つけたものを整理しているクローディアに呼びかけたが返事がない。背を向けて静かに佇んでいた。
「……」
「返事がないですね? お嬢様ー!!」
「ひゃひっ!? あ、ああ……。戻っていらしたのねレド。お帰りなさい」
レドが近寄ってクローディアに呼びかける。彼女は驚いて持っていた大型の皿のような物を落としそうになりながらも、それを持ち直して振り向いた。少々ぎこちない笑みを浮かべてレドを迎える。
「はい、ただいま戻りました。ところでぼーっとしていたようですけど大丈夫です? 何かありました?」
「え、ええ……。大丈夫……。特に何もありませんでしたし、成果も……。食器らしいものとかくらいで……」
皿に装飾は無く、いたってシンプルなデザインで確かに大した価値はなさそうだった。だが、クローディアは何故かそれを大事そうに抱えていて。
「そうそう、多分住居かな? そこらへんにある建物の中を漁ってみたんだけど、生活用品とかばっかりで特別なものは見つからなかったんだよね」
リノラが雑貨の入った箱を持ってくる。レドが中を覗いたが特別そうなものは見当たらない。瓶もあるが中身は空のままだった。
「食器や生活用品……。ってことは僕らと同じように生活してた人達がかつてここに居たってことですよね?」
「そうなるね。どれぐらいの年代の前かはわかんないけど。ほら、新品同然なんだ。たぶん元々物持ちが良いのと、あの人形たちが定期的に洗ったり修繕してたりするんだと思う。さっき壁を直してるのを見たし」
「なるほど……。でも彼らが食べたりしてる様子が無いってことは、あくまで彼らは使役されている存在に過ぎず、ここの住人ではなさそうですね」
「うん。もうとっくの昔にいなくなっちゃったんだと思うよー。それで人形達だけが動いてる感じ。一応コミュニケーションも図ろうとして見たいんだけど……。お、来た来た」
リノラとレドが話し合っていると、近くを通ろうとした人形がこちらの存在を確認して近づいてくる。
「登録対象外ノ人物ヲ確認。スキャン開始……」
レドの方へ体の向きを合わせると何やら呟きつつ、目に相当する部分を点滅させる。
「情報統括センターニ情報ヲ送信シマス……。………エラー。情報統括センターヘノ送信二失敗シマシタ。オ手数デスガオ近クノ役場マデオ問合セ下サイ。ワーカー、通常作業二戻リマス」
そうして人形は何をするでもなく遠くに行ってしまった。それを見送ってからリノラとレドは会話を再開する。
「こんな感じ。大半が意味分かんなかったけど、『失敗』とか『役場に問い合わせ』とか毎回言ってたから住人かどうか確かめようとしたんじゃないかな」
「でも出来なかったからそのまま何処かに行ってしまったと……。ワーカーってのは彼らの名前でしょうか?」
「だと思う。まあコミュニケーションこそ取れなかったけど、同時に妨害もされなかったからこっちは安全に漁れたよ。ねえ、クロちゃん」
「……」
リノラがクローディアに声をかけるが、先程と同じく返事がない。誰もいない街を茫然と見つめていた。
「お嬢様?」
「あ、えと……。ごめんなさい……。また、私……」
レドが心配そうに声をかけるとようやくクローディアが反応を見せる。その態度はいつもよりしおらしく、表情は浮かない。
「クロちゃんちょっと疲れてるのかもね。今日の探索はこれくらいにしておいて、入ってきた場所で野営の準備しようか。住居らしき場所も使えそうだけど念のためね」
「わかりました」
リノラの提案にレドが頷く。
「ああ、僕らがやりますのでお嬢様は休んでてください」
「あ、ええ。ありがとう……」
彼からの気遣いにようやくクローディアは小さな笑みを見せた。
――――――――――――
パチパチと音を立てる焚火の前、レドが火の灯りを頼りに見つかった品々を整理しているとクローディアが後ろから近付いてきた。彼女の足音に気づくと振り返って見上げる。
「あ、お嬢様。起きてらしたんですか?」
「少し、眠れなくて。あ、別にあの商人さんがレドに持たせてくれた野営キットに入ってた毛布が肌に合わないとかそういう訳じゃありませんのよ?」
「魔物除けのお香とかもちっちゃい袋に一緒に入ってて凄いですよねアレ。どうやって圧縮してるんだっていう。噂ではまだ試作段階って聞いてましたけど、持ってた辺りあの人わりと偉い方だったんでしょうか?」
「そこまでは……。リノラさんは寝てらっしゃるのよね?」
「ええ、酔っぱらってそのまま横に」
レドが顔を向けた先ではリノラが毛布にくるまって転がっていた。近くには空になった皮の水筒がいくつか散乱している。
「まったくもう……。やっぱり水筒の中身はワインでしたのね」
クローディアは苦笑しながらレドの横に腰を下ろした。草の上で、膝を抱えながらため息を吐きだす。
「中央の建物以外は大体回りましたけど、目ぼしいものはあまり見つかりませんでしたわね」
「そうですね。お嬢様、やたら浮かない顔をしてらっしゃいますが、やはりお宝が見つからないのは残念だったりします……?」
「ええまあ、でもそれだけではありませんの。こうしてヒトが生活していた跡なんかを見ると少し考えてしまって……」
クローディアが整頓途中の品の一つを手に取る。先が丸みを帯びたフォーク状の物。同じような物に比べて小さいそれを見つめながら、幼かったであろう使い手のことを想起する。
「ああ、それで……」
レドはそんなクローディアの様子を見て、彼女の様子がおかしかった理由に納得していた。
「こんなに綺麗な場所なのに、もう誰もいないだなんて……」
クローディアが街を見下ろす。街の灯りは灯され続け、人々の生活を支えていた人形たちは今もなお動き回っている。だが、そこにあるべきはずの命の姿は無い。
「レド」
「なんでしょう?」
クローディアが改まってレドに呼びかける。レドはしっかり返事をしつつも少しばかり緊張してしまう。
「欠片遺構について詳しくお聞かせいただけるかしら。私、このまま何も知らずにこの場を漁り続けるのは良くない気がして……」
「お嬢様……」
「以前の私なら気にもかけずお宝探しに勤しんでいたのでしょうね。けれど、私は知ってしまった。レドやヘリックさん達のようにヒトにはそれぞれ大事な人生があって、皆懸命に生きているのだと」
クローディアが空を見上げる。夜空に輝く星々が彼女の金色の瞳に映り込んだ。
「いなくなってしまったヒト達だってそれは変わらないはず。なら平然と彼らが居た場所を踏み荒らしていくなんてことは出来ない。せめて、知らないと」
彼女の顔が凛とする。それを見ていたレドは静かに微笑むと頷いた。
「……分かりました。僕の知る範囲でよろしければ。紅茶でも飲みながらお話ししましょう」
焚火でお湯が沸かされ、茶葉が蒸される。そうすれば仄かな香りが少しずつ広がって辺りを包み込む。もはや命が見えない街の上で、ヒトの生きている証が確かに息づいていた。