第十三話 宝の中に想いは眠る②
「なるほどねえ、財宝竜に財の力……ね」
レドの話が一通り終わるとヘリックが感慨深げに呟く。
「すいません、訳が分からないですよね……」
申し訳なさそうにレドがしていると、ヘリックが首を横に振った。
「いえ、そうでもないわよ。どういうものかはなんとなく把握できたもの」
「そうなんですか?」
「多分だけどね。ねえレドちゃん。お宝ってどういうものを指すと思う?」
ヘリックが問いかけるとレドは暫く考え込む。
「えーと……。宝石とか、お金とか、金とか……。とにかく価値のあるものですかね」
「そうね、わかりやすいのはそれね。じゃあ価値ってどうして物につくのかしら」
「誰かが欲しいと思うから、素敵だと思うから……かな」
「正解。綺麗だったり、希少だったり。皆が欲しいと思うから宝石や金には価値がつきやすい。只の布だって加工されてお洋服になった時、誰かが欲しがるからその価値が上がる。逆にボロボロ破れちゃったりすると誰も欲しくなくなるから価値は下がる」
購入予定のレドの衣服をヘリックが差し出す。
レドはそれを受け取って、自身のボロボロになった皮装備と見比べる。
どちらに価値があるかなど一目瞭然だ。
「でも同時にその辺の石ころやガラス玉も誰かにとってはお宝になることもある。小さな頃、そういうのを集めて只の箱を宝箱にしなかった?」
「してましたね。虫の卵入れちゃって大惨事になったり……。でもその頃は入れるもの全部が自分の宝物でした……」
ヘリックの問いを聞きながら、レドは幼い頃の苦い記憶を思い出す。
時々両親に叱られつつも、きらめいて見えていたものは全て集めて箱に詰めていたあの頃の事だ。
「だからね、私は思うの。誰かの欲しいという気持ちや、大切にしたいと思う気持ちがあればどんなものでもお宝になりえるって。逆に言うと、お宝には必ず誰かの願いや想いが詰まっている。もしこれが彼女の力の源になっているとしたら?」
そんなヘリックの言葉にレドが戸惑う。
「ま、待ってください……。そんなことって有りえるんですか?物そのものじゃなくてその中に詰まった想いや願いが何かの力になるだなんて」
「有りえるわ。だって、物や人にもたらされる祝福や呪いなんかも元々は誰かの想いによるものだもの。祈り、恨み、愛情、嫉妬。他にも色々とあるけれど」
祝福を受けた装備が人を護るように、呪われた装備もまた人に害を為す。
怒りが力を引き出すこともあれば、悲しむあまり体を壊すこともある。
目にすることは出来ず、感じ取ること自体は難しいが確かにそこにあるもの。
想いや願いが力として扱われる前例は、世界のそこらかしこに存在していた。
「けどそれじゃあ……。財宝竜がそういう力を司るものだったとして、どうして力を使ったら財宝そのものが消えるんです? 想いや願いを使い切ってしまっても、物としてはそこに残るはずでしょう?」
想いや願いが消費される中身であれば、財宝は器ということなる。
器が中身ごと消え去るのは不自然だと、レドは感じていた。
ヘリックもその点は気になっていたようで頷いている。
「問題はそこね、レドちゃんの体験した話の中でも扱いがまるで消耗品みたいだった。でも、もし消滅していないのであれば使った分の財宝は……」
「『使った分の財宝は、勝手に世界のどこかに転移するようになっている』ですわ。まあお祖父様の言っている通りならですが」
店奥から声が聞こえたかと思えばクローディアが姿を現す。
後ろにはアイビーも続いていた。
「あ、お嬢様」
「採寸は済んだのね。アイビーもお疲れ様」
彼女達を迎えるレドとヘリック。
アイビーは興奮冷めやらぬ様子ではしゃぎ倒していた。
「あのねー!!クロちゃんってば小さくなったり、大きくなったり凄かったんだよ!! お茶会の約束もしちゃった!!」
「クロちゃん!? まったく……。この子ったら持ち上げて頬ずりしたり、逆に上ってきたりと大変でしたのよ?」
呆れながらも、子供を見守る親のように温かな眼差しを向けるクローディア。
一応、財宝を吐き出したり取り込んだりしなくてもサイズの可変はカタチだけならできるらしい。
「ふふ、ごめんなさいね。ところでさっきの口ぶりだと財の力というものについて、貴女はちゃんと把握してるってことでいいのかしら?」
もしそうなら話は早いのだが、とヘリックは少々期待を寄せるが、クローディアは首を横に振ってそれを否定する。
「いいえ。お祖父様は全てを教えてはくれなかったから。それがどうしてかは分かりませんけど……。だから貴方達が話している内容に正直驚いていますの……。私が使っている力の元になっているのは誰かの願いや想いだったなんて……」
「元々、竜という種族そのものが想いを司るような存在だった、ってのは少々考えすぎかしらね?」
「そこまでは……。けれどこれで合点が行きました。どうして私が『これだけは大事』、とだけ思った物は手元に残しておけるのか……。両親が残してくれたこのドレスもどこかに行ってしまわなかったのか……」
クローディアは自らのドレスに手を触れる。そうしながら自身の両親に想いを馳せた。
「そうね。それはきっとその中に詰まった想いを使いきってしまったとしても、貴女の大切にしたいという願いや想いが注がれ続けるから。だから勝手にどこかに行ってしまわない。そういうことよね」
ヘリックがクローディアの言葉を補足する。
彼女が両親の事を今でも強く想っていることの証明だと語り、さらにもう一つそこに付け加える。
「もしくは、余りにも強い願いや想いはそう簡単に剥がれたりしないのかも。そう、例えば親が子に抱くような……」
無言でクローディアが頷く。
どちらかというとこちらは願望に近い。だが、そうであってほしいと彼女は強く願う。
「でもだったらさー。何のために空っぽのお宝はどっかいっちゃうのかな?」
話を聞いていたアイビーがぽつり、と呟く。
確かに疑問だった。中身を使われた財宝が消滅しないのは分かったが何故転移する必要があるのか。
暫く全員て考え込んでいると、レドが一番最初に口を開いた。
「……想いを再び込めるため?」
「あ、それかも」
「どういうことですの、レド?」
ヘリックが同意し、クローディアが首を傾ける。
「例えば、お嬢様……もとい財宝竜の身体の中にある限り、その器に再び想いは宿りづらくなります。殆どの人がその存在を知ることができませんから。けれどもし世界のどこか。例えば洞窟内の宝箱なんかにそれが転移して冒険者の誰かに見つかれば、その時点で見つけた人の想いは注がれます」
「少なくとも私なら『やりましたわー!!お宝ですわよー!!』って喜びますわね……」
「そしてそれが持ち帰られて取引されたりするうちに、いろんな人の感情を浴びて再び多くの想いを宿らせます。可能性は低いですけど、もしお嬢様の手元にそれが戻ってきた場合、その財宝は再びお嬢様の力になります」
どんな財宝であっても知る機会や見る機会がなければ、誰もそれに想いを寄せることは出来ない。
中身が空っぽでは力として使えないままだ。それを解消するのが転移という訳だ。
「難しいお話でちょっとよくわかんないやー……」
アイビーが頭をくらくらさせ始める。深く考えることはどうやら苦手らしい。
「そうね……。簡単にいうと使って空になってしまった瓶に旅をさせて、世界中の皆に中身を詰めてもらってまた使えるようにしようってコト」
ヘリックがアイビーの頭をなでながら出来るだけ噛み砕いて説明する。
「それならわかるかも!!」
理解はしたようだ。頭の中に足を生やした瓶が旅をしている光景が思い浮かんでないとも限らないが。
「まあ結局、それが分かったからとはいえ私がやること自体は変わりませんわ。より財宝を多く手に入れてありし日の姿を取り戻し、元の場所へ帰る。ずっと小娘の姿のままで家の宝物庫も空っぽ、なんてカッコがつきませんもの」
クローディアはこれよりさらに奮起することを心に決めた。
例え両親に生きて再会することが叶わなくとも、彼らに今自分は胸を張って生きているのだと示すために。
そんな彼女に、ヘリックが神妙な面持ちで告げる。
「そう、頑張ってね。でもアタシから一つだけいいかしら」
「なんでしょう?」
「あまり無暗に溜め込みすぎちゃ駄目よ。さっきレドちゃんにも言ったけど人の想いは祝福にも呪いにもなる。ある程度は大丈夫なんでしょうけど、負の感情が籠ったものを取り込み続けて無事である保証は無いわ」
ただのお節介かもしれない。だがそれでもヘリックは数多くの宝石や装飾品を扱ってきた者として、彼女が抱えかねない問題を見過ごすことは出来なかった。それらに囚われるあまりに破滅した存在を嫌というほど見てきただけに。
一方で、忠告だけで済ませるつもりもなかった。
即座に満面の笑みを浮かべて彼女に提案をする。
「ま、だから時々はうちで買い物してお金を落としていって頂戴。その代わりに素敵なお洋服や鞄。アクセサリーなんかを提供できるわよ」
彼女が集めた財宝を差し出せばその代わりにいっぱいの想いを込めて作った品を送ろう。そうすれば彼女が財宝に込められた負の感情に押しつぶされることもないはずだと、ヘリックは考えていた。
その意図を察したのか、クローディアは彼に柔和な笑みを浮かべて。
「まあ商売上手ですこと。ええ、ではその時はまたお世話になります。とりあえず今日はレドの服と私の仕立ての代金を支払わせて頂きますわね?」
「はーい!! 今日は私がやるね!!」
勢い良くアイビーが手を挙げて、二人でカウンターに向かっていく。
その様子を見守りながら、ヘリックはレドに声をかける。
「レドちゃん、クローディアちゃんの事、支えてあげて頂戴ね。あの子、まだこの世界を自分の足で歩き始めたばかりでしょうから……」
「僕で大丈夫なんでしょうか……」
レドは重責に少しばかり不安になる。
放り投げるつもりは毛頭ない。だが果たして自分に抱えきれるのだろうかと。
「問題ないと思うわ。貴方、意外と面倒見いいもの。それに一人だけでは難しいことだらけでも、二人いれば補い合って乗り越えていけるわ。彼女を頼りなさい、そして頼られるように頑張りなさい。そうすればきっとうまくいくわ」
「はい……」
クローディアとレド。彼らの道のりは果てしなく、先行きは全く見えず、頼るべくしるべもない。
それでもこの二人なら大丈夫だろう、とヘリックは感じ取っていた。
互いで支え合い、歩き続けることができればいつか到るべき場所へ辿り着く。
自分と娘がかつてそうであったように、彼女達もきっと。