第九話 その後の顛末、新たな旅路
「依頼の報酬と大怪鳥の討伐金。あの場で見つけたお宝を元の持ち主と交渉して得た金銭に、残った持ち主不明のお宝類。全部合わせて差し引きトントンよりちょっと上といったところですわね。あの大怪鳥さえいなければ大儲けでしたのにー……」
ギルドに併設された酒場のテーブルの上にクローディアが突っ伏している。
そして対面の席にはレドが座っていて。まるで出会った時とは逆のようになってしまっていた。
「そもそもあいつが集めてた分ですから、いなかったら丸々お宝がなかった可能性の方が高いですよ多分……」
「それはそうなのですけどー……。ごめんくださいませ、お代わりいただけませんかしら……。ついでにローストチキンと、マトンシチューとウサギのミートパイを」
クローディアは膨れた面を萎ませると手に持ったジョッキを傾ける。が、中身がない。
店員を呼びつければ、お代わりついでに次々と追加注文をしていく。そんな様子の彼女にレドは眉をひそめる。
「多い多い。今のペースで行くとちょいと上分が全部胃袋におさまりますよ」
「だって結局レドの作ったスープも頂けませんでしたし」
「いやアレの代わりにしては量があからさまにおかしいんですが……。こら、目を泳がせない」
呆れた様子でレドが苦言を呈する。彼女の燃費の悪さは食事にも表れてるのかもしれない。
「ところで、良かったんです?」
「良かった、とは?」
「あの子の事ですよ。結局、後から合流した三人目として一緒に依頼を受けたってことにしたじゃないですか。分け前だってちゃんと与えて」
「ああ、アンナさんの事でしたのね」
アンナとは、あの首輪を横取りしようとした赤毛の少女の事である。きちんとした治療を受けさせた後、多少の金銭を渡して家に帰るように促した。彼女が罰を受けないようにこっそりと口裏合わせをしていたため、周りに気取られないように二人とも少しばかり声を小さくする。
「確かに彼女のしようとしたことは行儀のあまりよろしくないことでしたけれど、結局のところ未遂に終りましたし、先に大灯台の頂上まで行ってくれたおかげであの場に何らかの脅威が待ち受けていることを知ることが出来ましたわ。そして何より……」
「何より?」
「せっかくの初めての依頼ですのよ?どうせならすっきりした気持ちで終わりたかったの。貴方と似た境遇だったあの子をただギルドに突き出すだけで終わってたら、今の食事だってきっと一段不味く感じてしまっていたでしょうし」
「ああ、なるほど……」
レドはなんとなく、クローディアのことを少し理解できたような気がした。几帳面に正しい事を貫き通してまで息苦しい道を進むより、多少無作法であっても笑って進める道を選ぶ。それが彼女の在り方なのだと。
ふと、別れ際のアンナの事を思い出す。
『いつか絶対、兄ちゃんたちにこの恩を返すから……』
渡された報酬入りの袋を大事そうに抱えて、泣きそうになりながらも笑顔で別れを告げ、帰っていった彼女。
クローディアの豪快ともいえる性格がなければ、あの結末を描くことは出来なかっただろう。
「まあですから、あの分け前は怪我の見舞金ということで。あの子のお母様にもこれで示しがつくでしょうし……なんでしょう?急に笑ったりなんかして……」
「いえ、貴方らしいなと……」
「それ褒めてますの?それともけなしてますの?後者であれば喧嘩を売られたとして表に出ることも辞しませんが」
「褒めてます褒めてます!! というかお料理が来ますから外出たら駄目ですって!! 戦闘態勢とらないの!!」
こうして騒がしくも楽しい時がもう少しで終わることをレドは寂しく感じていた。食事を済ませ別れを告げれば彼女にとっては初めての冒険が、自分にとっては最後の冒険がここで終わる。
もともと冒険者をやめて故郷に帰る予定でいたのだ。
新規の冒険者と、元冒険者の一般人。明日からは別々の道を──
「ところでレド、次の予定なのですけれど」
「んっ?」
道を──
「いや、んっ? ではありませんわよ」
──行くつもりだったのだが。どうやらこの竜のお嬢様はこの小さき先駆者を手放すつもりはないらしい。
「もしやとは思いますが貴方、これでお別れだと思ってらっしゃるの? だとしたら見当違いも甚だしいですわ」
呆然としているレドに、クローディアが少し怒ったかのような顔を見せながら語り始める。
「今回の儲けだけではまだまだ私の目標には程遠いですし。これからもどんどん依頼をこなしたり、お宝を見つけたりしてもっともっと稼がなければなりません」
彼女の言う通り、力を取り戻し住んでいた場所へ帰るのには相当な量の財宝が居るのだろう。大怪鳥が貯め込んでいた分を吸収した時に全盛期の姿に戻りはしていたが、アレはあくまで形だけだ。
「その分、私は様々な場所に赴くことになるでしょう。旅をして時に襲い掛かる脅威に立ち向かい、時にその地に残された謎を解き明かし、時に未知との遭遇を果たす。一人ではきっと抱えきれないかもしれません」
「でもそれなら、もっと強い人たちだって……」
レドが反論する。自分等、今この場に居る殆どの冒険者達よりも貧弱なのだ。だからこそ次々と難関に挑むであろう彼女にはもっとふさわしい仲間がいると考えていた。クローディアもそれには頷いている。
「ええ、いくらでも居るのでしょうね。それでも私は求めるのです。力や技能、賢さ等は関係なく、旅の先に待っているであろう喜びや苦悩を分かち合えるであろう存在を。私に冒険をする楽しさを教えてくれようとした貴方を……」
「クローディアさん……」
それでも彼女が選んだのはレドだった。
例え盗賊としての技能を買われて臨時として雇われても、それきりの扱いになってばかりだったこの身が今彼女に求められている。その事実にレドは少しばかり泣きそうになる。
そんな彼とは対照的に、クローディアは笑みを浮かべていた。いや笑いそうになるのを堪えているというべきか。口から吹き出そうになっている息を必死になって止めている。
「それに……」
「それに……?」
レドは少しばかり嫌な予感がした。彼女に対してここは適当な相槌を打たないほうが良かったかもしれないと内心後悔する。そしてその予感は的中する。
「刺激が欲しいのでしょう? レド」
「なっ、あっ……聞こえてたんですか!? あれ!?」
レドの心の内より急激に恥ずかしさがマグマのように湧き上がってくる。顔は真っ赤になり意味もなく両腕を振ったりもしてしまう。
誰に聞こえるわけでもないと口から出してしまった弱音が拾われたのだから仕方がないだろう。そしてそれを指摘した当の本人は手で口を抑えて笑いだしている。あまりにも意地が悪い。
「とてつもなく大きなため息と共に吐き出された心の底からの叫びですもの」
「ごっ…」
止めを刺された。頭に大きな打撃をくらったがごとくレドは倒れ、椅子から落ち床に伏してしまった。
クローディアはそんな様子を微笑まし気に見守りつつも、席を起つと彼の側へと移動する。そして手を差し伸べて声をかける。
「……心が震えるようなような冒険がしたいのであれば私がそれをお約束いたしますわ。必要であれば、貴方を背に乗せてどこへでも飛び立ちましょう。だから、もう一度言います」
黄金色の瞳がレドを捉えている。しかし、最初に感じた恐ろしさはもうない。同じものを見ているはずなのに、今は暖かさすら覚える。
ならば、この先に告げられるであろうことをもはや断れる気はしなかった。
「私の従者になりなさい、レド・ヴィクトリアム。私には貴方が必要ですわ」
自信満々に彼女が告げる。レドは伸ばされた手を自然と取る。
どこか歪でおかしくあろうと、彼女が『お嬢様』であり続けようとするのならばそれに従おうと心に決めた。
「はい、よろしくお願いします。クローディアお嬢様」
こうして、竜のお嬢様と人間の従者の旅が幕を開ける。
いくつもの偶然によって紡がれたこの小さな絆は、果たしてどのような道を描くのか。
それを知るものはまだいない。