後日談:ラベンダーメルのポンチョ
7巻発売、6/30(金)に決定しました!
うれしくて後日談追加です。
雪を降らせたはいいけれど、せっかく買ったわたしの白いコートはボロボロになってしまった。
夢中になってしまったことを反省する。落ちこんでいるのがわかったのだろう、レオポルドが教えてくれた。
「そのコートは五番街のあの店に修理にだせばいい。魔道具と同じで手をかければ長く使える」
「ホント?よかったぁ、お気にいりの服ほど大切に着たいもんね!」
そうだった、ここは修復の魔法陣もある異世界だった。でもそのあいだどうしよう……と考えて、わたしはミーナに教えてもらったことを思いだした。
「そういえばミーナが言ってたけど、エルリカの街でラベンダーメルのポンチョが買えるって。街を歩いている人たちが着てたやつだよね。それを買いにいきたいな。レオポルドもさ、買おうよコート」
わたしはコートを買うのに彼も誘った。グレンのローブだと寒々しいし、ふだん着ている黒のコートは上質すぎて、エルリカの街では浮いてしまう。ちょっと考えてから彼はうなずいた。
「そうだな、仮面をつけたままウロつくのも飽きた。だがきみの魔素はまだ不安定だ。ライガの運転はわたしがする」
「はぁい」
雪原にライガを展開すると、彼はまだめずらしそうにあちこちさわる。
「操縦は教えたよね?」
「ああ、だがやはり奇妙な造形だな。虫のようにも見える」
「虫じゃないもん。ハンドルやミラーは触角じゃないから!」
抗議したけれど、言われてみれば虫っぽく見えてくる。いやいやいや、わたしたちがまたがってるのは虫じゃないはず。
そしてレオポルドは思いっきり魔素をたたきこみ、ライガはばびゅんと一気に加速する。
「ちょっと!いきなりすぎ!」
叫んでもわたしの声は、はるか後方に置き去りになる。ライガから振り落とされるのが怖くて、わたしは必死に彼へとしがみつくしかなかった。
エルリカの街の近くでライガを降りてたたみ、腕輪に収納すると駅前の通りまで歩く。
窓辺に飾られた服をみながらぶらぶら歩き、そのうちの一軒で足をとめる。
入り口に掲げられたラベンダーメルの看板がかわいらしい。
「はいってみるか?」
「うん!」
レオポルドが扉を押すと、カラランとベルが鳴った。
「わぁ、軽くてあったかい!しかもかわいいし!」
ラベンダーメルのポンチョは染めた毛で防寒の古代紋様を織ってあるから、羽織るだけですごく暖かくて動きやすい。
持っていた収納鞄にぴったり合うデザインが選べて大満足だ。
レオポルドはカナディアンコートみたいなボアつきのコートを選ぶ。
サルカス山地で林業にたずさわる男たちが作業着として着るものらしい。
彼はデザインよりも機能優先らしく、お店の人から説明を聞いて二、三質問をしてから決めていた。
正直に言おう。何着てもカッコいい……。
あったかもこもこパジャマを着るとかわいくなって、コートを着るとカッコよくなるって……ズルくない?
そのまま着て帰ることにして、ふたりが着てきたコートをするりと収納鞄にしまったら、お店の人が目を丸くした。
外にでて歩きながら、通りにならぶ店の窓に映る自分たちの姿が気になる。
街の人たちと同じような格好だから、貴族っぽいエスコートじゃないのはホッとする。
正中線を意識しながら背筋を伸ばす必要なんてないしね!
わたしからは前を向いたレオポルドの横顔が、仮面をつけていないからよく見えた。
すっと通った鼻筋に長いまつ毛が冬の日差しに輝いて、窓に映るその姿にみいっていたら黄昏色の瞳と目があう。
「あっ、いや、何でもないんだけどっ!」
ワタワタしてると彼が首をかしげる。
「その店にはいりたいのか?」
ちがいます!わたしがみていたのは窓辺に置かれた商品ではなくて、あなたの横顔ですーー!
……なんて言えるわけがない。顔を真っ赤にしてだまっていると、彼はわたしの返事を待たずにその店の扉をあけた。
「まぁまぁまぁ、いらっしゃい!お客さんは大歓迎よ。しかもカップルだなんて!」
お店のマダムに大歓迎ムードで迎えられたその店は、サルカス産のレースをたっぷり使ったランジェリーショップだった……。
甘い香りがする店内には所せましとならべられた、レースの下着の数々……右を向いても左を向いても下着ばかりで正直、目のやり場に困る。なんでレオポルドは平然としているの⁉
「まぁ、イケメンさんねぇ!彼女へのプレゼントかしら?」
マダムは素早く彼の前にレースの下着をならべていく。やーめーてえぇぇ!
「彼女が窓辺に置かれた商品に興味をひかれたようだった」
そうじゃなくて!わたしがみていたのは窓辺に置かれた商品ではなくて、あなたの横顔ですーー!
……なんて言えるわけがない。顔を真っ赤にしてだまっているうちに、マダムはウキウキと窓辺に置かれたトルソーから、レースの下着一式をはずして持ってくる。
「あらぁ、じゃあトルソーにかけられたナイトガウンかしら。エルリカ名産のペリドットをイメージした新商品なの。彼女にピッタリよね!」
差しだされたたのはたぶんこの店の目玉商品、値段もそれなりにお高いもので、それはそれは夢のように美しいナイトガウンにキャミソールに、ショーツのセット。
待って、ほんとに待って。
総レースのお高い下着なんて買ったことない。
そして何でレオポルドといっしょに下着を選ぶことに⁉
わたしが窓をみてたからだよ!
何でよりによってわたしったら、ランジェリーショップの窓なんか見てたのおおぉ⁉
わたしは下着を見てマダムを見て、それから最後にレオポルドを見た。
困ってるビームを発したつもりだったのに、彼はうなずいただけだ。
「こういうのは何着あってもいいのだろう?旅には必要だろうし私のことは気にせず買えばいい」
ひょっとして替えの下着がなくて困ってると心配されてる⁉️
さすが面倒見のいいレオポルド、ありがとう!でもそうじゃなくて!
「わ、わたしこういうレースの下着って初めてで……」
逃げだしたくてそう言ったのに、マダムの目がキラーンと光る。
「んまぁ!ではなおさらお試しになって。肌に優しい素材だし、体を締めつけないの。それに何といっても素肌を美しくひきたてるのよ!」
「は、はぁ」
気圧されたようにうなずくわたしに、マダムはにっこりとした。
「せっかくですもの、試着をなさる?」
そしてレオポルドにもほほえみかけた。
「彼だってご覧になりたいでしょう?」
待ったああぁ!
マダム、そんな質問しないでえぇ!
何でいきなり連れだって下着を買いにくる、大人のカップル上級者みたいなことになってんの⁉
レオポルドはわたしをだまってみていたけれど、やがてため息をついてマダムに向きなおった。
「彼女は買い物に慣れていない。私はそのへんで時間を潰してくるから、彼女の相談にのってもらいたい」
うん、レオポルドはフォローしてくれた。わたしのフォローをしてくれたんだと思う。
彼の言葉にマダムはみるみるほほを紅潮させ、目を潤ませて力強くうけおった。
「おまかせくださいな、きっとご満足のいく買い物にしてみせますわ!」
どうしよう、エルリカマダムにニーナと似たものを感じる。
そうしてレオポルドは扉をあけてでていき、わたしはマダムとふたり店に取り残されたのだった……。
このエピソードは大阪に泊まりがけで遊びに行き、荷物にパンツを入れ忘れた作者の体験を元にしています。
「ひさしぶりー!ところでパンツ買いたいんだけど」
「やっぱ粉雪だわ!」
数年ぶりの友人に大爆笑され、難波駅の地下でランジェリーショップのおばちゃんにパジャマまで売りつけられそうになったり。
「いま福引やってるから引いていきなさいよ」
と大量のジュースを貰ったりしました。