4.あったかもこもこパジャマなふたり
最終話です。甘すぎるかな……と掲載を迷いましたが、せっかくですし載せておきます。
朝食もそこそこに、わたしは家を飛びだした。
「うわー!どこまでも真っ白!」
空に呼んだ雪雲はどこかに消えてしまって、濃い青空がひろがっている。
すくった雪はやわらかくて、結晶がキラキラと輝いて……あまりのまぶしさにわたしは視覚をつかさどる術式を調整した。
自分の瞳がペリドットだからできることだ。
「レオポルドはサングラスとかしたほうがいいかも……持ってる?」
「ああ」
彼をふりむけばちゃんと用意していたらしい……どこからかとりだした濃い色のサングラスを装着した。
(……黒ずくめの男感がさらに増した!)
頭の中に自然と流れるオープニングテーマ……映画も観たかった!
「どうした?」
「なんでもないですっ!」
それから雪原を思いっきり走り回って……雪ウサギも作ったし雪ダルマも作った。
持ってきたフォトで記念撮影をすれば、わたしもレオポルドも鼻が真っ赤で、おかしくなって顔を見合わせて笑う。
彼が肩を揺らして笑うなんて初めてのことで、わたしはびっくりしたけど……せっかくだから一緒に笑う。
雪合戦をしようとしたらレオポルドの雪玉は剛速球すぎて、わたしは悲鳴をあげて三重防壁を発動した。
「それはズルだろう!」
「そうだけど……ごめん、怖かった!」
ミーナが選んでくれたコートも手袋も、レオポルドもわたしも髪だって雪だらけになって、雪原でひっくり返って笑いころげた。
こんどは体が冷え切ってしまうまえに部屋へと戻る。昨日は思うように動けなかったから、だいぶやばかったのだろう。
夜はふたりともあったかもこもこパジャマに着替えて、暖炉のまえでくつろいだ。
レオポルドが耳つきフードかぶるとか……王都だったらぜったいありえない!
そしてみごとにかわいい。銀の髪に薄紫色の瞳って……実はかわいい色なんだと気づく。
それにいつもアクセサリーみたいに護符をジャラジャラつけてるし。
もしかして彼は「かわいい」っていわれるのがイヤで、ふだんしかめっ面で不愛想なのかもしれない。
じっとみていると、視線に気づいた彼は首をかしげた。
「なでてもいいぞ」
「遠慮しますっ!」
ぜったいわたし、「はにゃ~」となる。
レオポルドをなでて「はにゃ~」となる自信がある!
彼はそんなわたしをみて、「アガテリスならなでるのに……」とぶつぶついった。
アガテリスはドラゴンだもん!
わたしは昨日届いた荷物から、ゴソゴソと小さな包みをふたつ、茶色い粉とそれにお菓子がはいったものをとりだした。
「なんだそれは」
「ココアだよ。甘ーいの、まぁみてて」
魔法陣を敷いたうえに小鍋を置いて、茶色い粉と砂糖をいれてミルクを足す。
砂糖のザラザラした感触がなくなって、クリーム状になるまでよく練ってから、すこしずつミルクをくわえて伸ばしていって……細かい泡が表面にベールのようにひろがれば完成だ。
「ふっふっふ、ここにね……さらに!これを落とすのですよ!」
わたしはお菓子の袋をあけて、真っ白なマシュマロを湯気の立つカップに落とす。
マシュマロは細かな泡をだしてココアの中で丸く小さくなっていき、わたしは白くて優しい甘さの泡ごとココアを飲む。
「おいしー!あったまるぅ!」
レオポルドも同じようにやって、ひと口飲んで顔をしかめた。
「甘いな」
それからもうひとつマシュマロを手にとり、彼は指をひらめかせる。
小さな魔法陣がきらめき、炙られたマシュマロの表面に焦げ目がついて、甘い匂いがただよった。
レオポルドはそれをココアに放りこみ、うなずきながら飲みはじめた。
「何それ、焦がしマシュマロなんてずるい!」
「……風味がでる」
「わたしもやってみる!……えい!」
つまんだマシュマロからボッと炎が噴きだして、白く柔らかかった物体は一瞬でけし墨になった。
「うわっち!ああああ……マシュマロさん、ごめんなさい」
「だからその変なかけ声はやめろと……貸してみろ」
しょげているとレオポルドが長い指でマシュマロをつまみ、またも繊細な魔法陣をきらめかせる。
わたしのカップにはいい感じで焦げ目のついたマシュマロが浮かんだ。
「うわぁ、ありがとう!んー!香りが強くて風味がまたちがう!」
「塔で魔術師たちがやる研修のひとつに、『小さな願いをかなえる』というものがある」
「小さな願い?」
「そうだ。最初はささやかな願いをかなえることから積み重ねて、ようやく大規模魔術や広域魔術が使えるようになる」
「ふうん……じゃあレオポルド、わたしの願いをかなえてくれたんだ」
うれしくなって大喜びしながら、焦がしマシュマロいりのココアを飲んでいると、レオポルドは肘をついてそんなわたしの様子を眺めている。
「お前……かわいいな」
むせた。思いっきりむせた。涙目になって呼吸困難になったわたしは、すぐに彼の治癒魔法に救われる。
助かったけどその原因を作った彼を、抗議の意をこめて思いっきりにらみつけた。
なのにどこかマイペースな彼はさらに爆弾を投下する。
「幸せとはこういう瞬間のことをいうのだろうな」
……直球!直球の破壊力やめて!
「顔が赤いが熱でもでたか?」
「何でもないよっ!」
首をかしげて聞いてくる彼に「あんたのせいよ!」ともいえず、カップで溶けていくマシュマロをぐぬぬ……とにらんでいると、彼はひとりでつぶやいた。
「それとも酒でも入れてるのか?ちがうか……だがそうか、酒……」
サーデを唱えた彼は本棚にぽつんと置かれたクマル酒を取り寄せた。ココアの中に少し垂らせば酒の香りがふわりと部屋に広がる。
「これはいいな」
満足げにうなずいてゆったりとくつろぎ、カップを口に運んでいるこの無表情な激甘野郎をどうしてくれよう。
「お前も飲むか?」
「いえ、これ以上正気を失っては困るのでやめておきます」
「そうか」
彼はポツポツと楽しそうに塔や学園の話を語っては、くすりと笑って流し目をくれるものだから、わたしは彼の色気にあてられっぱなしだ。
リラックスしているときに彼がみせる表情はやわらかく、学園でライアスたちと過ごしているレオポルドに人気がでたのもわかる気がした。
(こんな顔がみられるなら、遠くからでもみていたい……って思うよね)
「レオポルドの色気がなんかすごい……」
お酒なんか飲まなくても酔っぱらいそう。彼は一瞬きょとんとして、それから微笑を浮かべた。
口の端を少し持ちあげただけなのに、また色気がこぼれ落ちる。
「さて……塔の魔女たちなどはもっとあからさまだがな」
「あからさま?」
よせばいいのにわたしは聞き返してしまった。大人の世界の話にちょっとした好奇心だったのかもしれない。
彼は自分の長い指で銀の髪を耳にかけると淡々といった。
「下着をつけずにやってくる」
「はぁ?あのローブのしたが……ハ、ハダカってこと⁉︎……えっろ!」
彼は涼しい顔でココアを飲み干すとカップに浄化の魔法をかけて、こんどはクマル酒のお湯割りを注いでいる。
いつもアーネスト陛下と飲んでいるだけあって、彼はお酒の準備をする手際がとてもいい。
「おかげで少々の色仕掛けには動じなくなった」
いや、待って。下着もつけずに迫ってくる美魔女たちをかわしてんの?こいつマジで?
あったかもこもこパジャマの下にある、自分の貧相な体が気になった。いや、それほどひどくはないと思うけど……ボンキュッボンにはほど遠いと思うの。
いやいや、レオポルドに体をみられることなんか、べつに心配することないから!
「そんな誘惑……ぜったいムリ……」
「きみは何もしなくていい」
カップを抱えてわたしが小さくつぶやくと、その言葉を拾った彼はくつくつと笑い、黄昏色の瞳を面白そうにきらめかせた。
「むしろお前の誘惑は私にさせろ。そちらのほうが楽しい」
「はぁあ⁉︎」
楽しいとか楽しくないとか……こっちは生きた心地がしないんだけど⁉︎
「さて……どうやって誘惑しようか。魔女たちが張りきる気持ちもちょっとわかるな」
そういいながらもレオポルドは静かにお酒を飲んでいるだけだ。
こくりとひと口飲むと、ふわりとほほえむ。
またポツポツと話しては、ふっと笑う。
何をするでもなくただそうしているだけなのに、デーダスのあばら家が幸せな空間になっていることに気づく。
たったひとりでもいい、ただ自分のそばにいて優しく笑ってくれるだけで、こんな幸せな気持ちになるんだ……。
その温かさのなかでちくりと小さな想いが胸を刺す。
(また『ナナ』って呼んでほしいな……)
きっと彼は夜会で会った女の子の、小さな願いをかなえただけ……そうわかっているのに。
わたしはカップのココアが冷めてしまったのに気がついて、あわてて魔法陣を描いて温めなおした。