3.抱き枕なわたし
「脱がせるぞ!」
部屋に戻るとレオポルドはいきなりわたしから、冷たくなった手袋やブーツ、ポンチョをはぎとってわたしを肌着だけにしてしまう。
「ひゃ……ひょっ、れ……れおほ」
抵抗しようにも手足まで凍りついたみたいに動かせない。舌がうまく回らず、彼の名前も満足に呼べない。思った以上にわたしの体は冷え切っていたらしい。
「さっきの夜着に体を温める術式がほどこしてあった……それに着がえさせる」
そういって服をはぎとったときよりは丁寧に、届いたばかりのあったかもこもこパジャマをわたしに着せ、袖に腕を通してボタンをはめてくれる。
「あ……あり……」
「しゃべるな。震えがくるから舌をかむ」
ばふっとフードまで頭にかぶせられる。フードについていた……たぶん猫耳がピョコっと動いた。
「ふぐぅ……」
レオポルドは黒いコートを脱いで、さっと自分にアルバの呪文をかけると、暖炉のまえにクッションを敷きつめる。
寝室から持ちだしたブランケットで、あったかもこもこパジャマを着たわたしをくるみ、そのまま抱えるとクッションにすわりこんだ。
「いきなり温めたら火傷のようになる……すこし調整する」
彼は慎重に術式を発動させると、パジャマ越しに……彼の体温よりもまず魔力が伝わった。
魔素から構成される魔力は、波動のような形で人から放出される。
なんだか南の海で波打ち際にすわりこんで、ぬるい風にあたっているような感覚だ。
温かい風が肌をなでるように、するすると魔力がわたしを包むように流れる。
(気持ちいい……)
だんだん感覚が戻ってくると、歯の根があわずガチガチと音が鳴り、体はぶるぶると震えだした。
彼の服にすがりつけば、生地を引き裂きそうな勢いでゆすってしまう。
「れれれ……れおほるろ」
「まったく……無茶するからだ。体はひとつしかないのだと自覚しろ!」
そういってさらに彼はしっかりとわたしを抱きしめ、やがて震えがおさまったわたしはようやく、彼から伝わる体温と体の硬さを感じとれるようになった。
「レオポルドの口調……グレンにそっくり」
震えがとまってちゃんと言葉がでるようになると、彼の腕に力がこめられた。
「自重しないきみが悪い」
「うん、ごめん……」
どうしてこうなったかはわかっている。さっきわたしは〝生きたい〟よりも〝やりたい〟を優先した。
(雪は降らせたけれど、明日には風に飛ばされてなくなってるかもしれないな)
雪遊びはできなかったけど……デーダスに降る雪、広大な荒れ地が真っ白に変わった。それをみられただけでも満足だ。
全身を流れる魔素を意識しながら、体の機能におかしなところはないか確認していく。
――うん、だいじょうぶそう。確認を終えて目をあけたわたしはようやく、彼にずっと抱っこされていたことに気づいた。
「あの……もうだいじょうぶ」
ぽふぽふと彼の脇腹をたたくと、「いやだ」とひとこと返事があった。
「……へ?」
「とてもいい生地が使ってある。やわらかくて滑るような感触だし、抱き心地がいい……」
そういうと彼はさらにぎゅうっとわたしを抱きこみ、そのままずるずるとクッションに埋もれて目を閉じてしまう。
「安眠の術式もほどこしてある……このまま抱きしめて寝たらよく眠れそうだ」
あったかもこもこパジャマにそんな機能がついているなんて聞いてないよ!
「あああの、わたしは抱き枕じゃないんだけど⁉」
わたしの抗議にも目をあけることもなく、彼は腕の力もゆるめずに答える。
「うるさい、疲れた。すこし寝かせろ」
「ええええ⁉」
銀の長いまつ毛がぴくりと動くこともなく、彼はすぐに健やかな寝息をたてはじめる。
(わたしもけっこう消耗したけれど、レオポルドも疲れたのかもしれない……)
そんなことを考えながらぼんやり彼の寝顔をながめていたら、アルバがかかったままの彼の体は温かくて、ブランケットにいっしょにくるまっていたら、いつしかわたしもぐっすりと眠ってしまった。
レオポルドが目をあけると、娘はまだ腕の中にいた。しっかりとその存在をたしかめてからほっとして息を吐く。
ずっと微弱な魔素を注ぎつづけていたから、娘の顔色はだいぶよくなっている。
「まったく手間のかかる……」
魔力の使いかたをわかってないから、あんな無茶をするのだろう……何も気にせずに娘は人としての限界を超えてしまう。
あのまま体中が凍ってバラバラになり、氷精に連れ去られても不思議ではなかった。
自分は人間なのだと……体温を持つ存在なのだと思いださせるために、ぬくもりをとりもどし体を抱きしめて、失った魔素をあたえつづけた。
レオポルドの胸に顔をうずめるようにして、すやすや眠る寝顔は平和そのもので。彼は秀麗な眉をひそめてぼやいた。
「無防備にもほどがある……」
送られてきた夜着は秀逸で、やわらかくふわふわとして手を滑らせた感触もいい。
このままずっと抱きしめて寝ていたいし、腕をほどきたくない。
けれど……そういうわけにもいかないだろう。
「襲うぞ、このアホ」
試しにいってみたが、娘はまったく起きる気配がない。
レオポルドはあきらめて、腕をほどくとぬくもりから身を離して起きあがった。
もういちど黒いコートを着て、彼は家の外にでた。
空をみあげれば満天の星空に、ふたつの月が冴え冴えとした光をはなつ。白い雪原に積もった雪は数シム……ブーツで踏めばすぐに地面が顔をだした。
雪遊びがしたいと地下水を雪雲に変えた娘は、デーダス荒野のあばら家で眠っている。
「雪遊びには……足りないな」
レオポルドは自分が持つ収納空間から、グリップに緑玉がはまった杖をとりだした。
魔力持ちでも高位のものは自分の収納空間を持つ。ライアスなどはそこに武器を、レオポルドは杖をしまっている。
「…………」
レオポルドが魔力を練りおえると、杖の核となる緑玉を中心にその波動がひろがっていく。
杖も使わずあんな乱暴に力技で魔法陣をあやつるなど……塔の魔術師だったら反省文を書かせて、半年は魔術の使用禁止を言い渡すところだ。
とめるべきだったのだろうが、娘はとても楽しそうに笑っていた。
一心不乱に魔法陣をあやつる瞳の強い輝き……補助しながらも自分がみとれていたことなど、あの娘は知らないだろう。
(かっては私もあんなふうに、力いっぱい魔力を魔法陣にぶつけたものだ……)
レオポルドは口の端をかすかに持ちあげた。
あの娘の瞳にはだれも映っていない……と感じることがある。
それでも。
「きたれ、氷精よ。サルカス山地よりいでし霊水を供物に捧げる。あの娘の願いをかなえよ……この大地を雪で覆え」
祝詞をつぶやき、レオポルドは広域魔法陣を展開する。
雪結晶の生成には上空の気温は低い方がいい。その結晶を育てるには湿度があるほうがいい。その形を壊さずに地上に降ろすには風がないほうがいい。
レオポルドは自分の魔力だけを使うのではなく、氷精に手助けをさせて魔法陣の術式で気象条件を整えていった。
水をもらった氷精は喜んでデーダス上空に集まり、さらに仲間を呼ぶ。
やがて降りはじめた雪はみごとな形の星状結晶で……それが世界を真っ白に染めていく。
あの娘が眠る屋根のうえにも、レオポルドの銀髪にも雪が降る。
「そうだ……私が彼女に捧げるにふさわしい雪をつくれ」
しんしんと降る雪がデーダス荒野を覆いつくすと、レオポルドは満足そうにうなずいて部屋に戻った。
翌朝目を覚ました彼女が、窓の外にひろがる雪景色に歓声をあげ、彼を起こすまで数刻……そのそばで眠るために。
もうちょっと続きます。次回はイチャイチャな感じで。