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2.デーダス荒野に雪が降る

 エルリカの街で買ったポンチョに手袋と帽子をあわせ、完全防備で外にでれば、いつもデーダスを吹きすさぶ風がきょうは珍しく穏やかだ。


 風の音がやんだ世界は、シン……と静まりかえっている。


 どんなに大声をあげて騒いだとしても、すべて空に吸いこまれて消えてしまいそう。


 黒いコートの襟をたてて着ているレオポルドは、いかにも王都の男……って感じのダンディーなイケメンだ。


(黒ずくめの男たちだ……!)


 ……と、内心思ったのはナイショだ。そういえばあの漫画も結末を読んでいない。兄貴は続きを買ってるかな……冬はおこたでぬくぬくミカン食べながら、のんびり漫画を読みたかったなぁ。


 あいにくわたしが読んでいるのは、グレンが書き殴った術式だ。切ない……これが大人になるってことなのかしら。くすん。


「それでどのような雪を降らせたいのだ」


 目の前にいる黒ずくめの男……もとい銀髪の魔術師が、わたしの感傷をさえぎった。


「うん……」


 事象をひきおこすには、まずその事象を具体的に思い浮かべる必要がある。


 すべてを把握し支配する……自分で治められるならば、どのような事象をひきおこそうと平気だ……魔術師団の塔で、わたしはレオポルドからそう教えてもらった。


「あのね、デーダスで降らすのが難しいのはわかっているけど、あまりサラサラじゃないほうがいいの。ボタ雪でも困るから、手でまとめたら形が作れるぐらいの雪がいい」


「形を作れるぐらいの雪……」


「そう、レオポルドと雪遊びしたくて」


「は?」


 眉をひそめてあごに手をあてて考えこんでいた彼は、黄昏色の目をみひらいてわたしをふりかえった。


「だってレオポルドはアルバーン領で、部屋から窓の外をながめているだけだったんでしょ?」


「まて、私はもう大人だ。雪遊びをするような子どもではないぞ!」


 あわてる彼にはかまわず、わたしは〝雪の結晶の育てかた〟というページをめくる。


「雪は冷たいけど……わたし、子どものころから大好きだった。いちど珍しく降った雪がうれしくてちっちゃな雪ダルマを作ったの。溶けてしまうのがイヤで、壊したくなくて……だいじに冷凍庫にしまったら、お母さんに怒られちゃった」


「れいと……?」


 グレンがわたしにほどこしてくれた言語解読の術式はしゃべるときにも働いて、伝えたいイメージを思い浮かべるだけでエクグラシアの言葉に変換してくれる。


 けれど『ジャグジー』とか『ファスナー』とか『冷凍庫』みたいに、こちらの世界にもともとないものは、やっぱりうまく伝わらないみたいだ。


 けげんな顔をしている彼に、わたしはにっこりしてみせた。


「氷室みたいなものだよ。レオポルドがやりたくなかったら、わたしひとりで遊ぶから……みててくれる?」


 そのままレオポルドをみあげていると、彼はじっとわたしの顔をみおろした。


「お前の瞳……そのペリドットはデーダスが故郷だからか、ここではより強く輝く」


「そう?」


 レオポルドは顔をしかめて、深く大きく息を吐くと眉間にできたシワを指で押さえた。


「お前は本当に突拍子もないな。雪遊びができるような、適度な湿り気がある雪か……まずは工房から地下水を喚びだすぞ」


「手伝ってくれるの?」


 パアッと顔をかがやかせると、彼はふいっと顔をそらした。


「ヴェルヤンシャの雪では細かすぎるが、シャングリラに降る雪ではベタつくだろう……アルバーン領の気候を再現しよう。地下水を上空に転送するにしても、まずは気体にしなければならない」


「うん」


「本の十五ページをひらけ」


 わたしがページをひらくと手でそれを押さえさせたまま、レオポルドは魔法陣の陣形を形づくる術式を指さした。


「気温はいじる必要がない、だが水を気体にするにはまず加熱しなければ……」


「それはわたしにまかせて。加熱するのではなく、気圧をさげたらどうかな」


「気圧……?」


「気圧をさげれば水分子はバラバラになって拡散する。空間を一気にひろげたところで解放すれば……」


「……上空の空間をすべて支配するつもりか。無茶苦茶だ……」


 あきれたように息を吐いた彼にわたしは訴えた。


「やってみたいの!」


 ずっとイメージだけはしてきた。


 降らせたいのは人工雪じゃない、本物の雪結晶……スノークリスタル。


 わたしの涙がレオポルドの魔法で雪になったように、このデーダス荒野を一面真っ白な銀世界に。





 しばらく無言だったレオポルドは、指をのばして空中に魔法陣を描きだした。


「……雪を降らせるんじゃない、本に書いてあるとおり雪結晶を『育てる』ことをイメージしろ。空間の掌握と微細なる結晶操作を……条件さえととのえれば、結晶は勝手に育つ。あまり厳密に形を作ろうとするな」


「うん、やってみるね!」


 わたしはデーダスの上空に巨大な魔法陣を描いた。


 複雑な魔法陣の細かい調整は、レオポルドが補助してくれる。


 デーダスの地下を流れる地下水流から……ほんの何トンかいただくだけだ。気圧を調整し……地下水を気体としてデーダス上空に喚びだす。


 もともと無理にバラバラにした水分子はエネルギーを持っていない。上空の冷たい環境で次々と結晶化していった。


 そこへさらに水蒸気を供給して雪の結晶を育てていく……細かい、繊細な作業にわたしは目がチカチカしそうになる。


「気を抜くな……!ちゃんと育てろ!」


 レオポルドの檄がとぶ。


 デーダス荒野に雪を降らせるなんて……こんなバカバカしいことを、王都三師団の錬金術師団長と魔術師団長が、ふたりそろって大真面目にやっているなんておかしい。


 手足が冷えていく感覚も気にせず、上空に展開した魔法陣へと一心に魔素を注ぎつづける。


 やがて魔法陣に支配された空間から、自分の重さに耐えきれなくなった雪結晶がこぼれはじめた。


 デーダス荒野に雪が舞う。


 灰色の雪雲が空を覆い、そこからチラチラと無数の風花が舞う。


「すごい……!」


 あとからあとから降ってくる雪に、わたしは興奮して歓声をあげながら魔法陣をあやつった。


 体からどんどん魔素は抜けていくけれど、地下にあった大量の水をひきだして、デーダス上空に出現した雪雲に供給すれば、徐々に地面が白い雪に覆われていく。


 いつも抑えていた魔力を解放したのが面白くて楽しい……なんだかすっきりした気分で笑っていたら、急に険しい表情をしたレオポルドがわたしをとめた。


「……っ、レオポルド?」


「もうやめろ」


 なんでとめるの?せっかく雪を降らせているのに……やめたくないよ、もっと雪を……けれど彼はいままででいちばん怖い顔をして怒鳴った。


「体が氷のように冷たい……魔力の使いすぎだ!」


「え……でも気分は悪くないよ……ひゃあ!」


 彼はわたしを荷物のように肩へかつぎ、そのままデーダスの家へと転移した。

目の前のイケメンよりコ〇ンを読みたいと思うネリア……そういう所がっ……。

まぁ、レオポルドが何とかしてくれるはず。

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