1.あったかもこもこパジャマが届いた!
『魔術師の杖⑤ネリアとお城の舞踏会』発売記念SS。1万字ほどの小編で4話完結。
錬金術師ネリアと銀髪の魔術師レオポルドが過ごす冬の休暇のお話。
『魔術師の杖 短編集』にも載せています。
ここは荒涼たるデーダス荒野にぽつんと建てられた、老錬金術師グレン・ディアレスの住まい兼工房だ。
いまは彼の弟子だったわたし、ネリア・ネリスの持ちものになっている。
ふだんは王都で錬金術師として働いているけれど、今年の冬はグレンの一人息子でもある魔術師レオポルドをデーダスの工房に連れてきた。
工房に遺されたグレンの研究資料を探して整理しながら、冬の休暇は彼とデーダスで過ごしている。
去年まではグレンとのわびしい二人暮らしだったから、何だか彼以外の男性が家にいるというのは変な感じだ。
レオポルドはグレンと同じ銀髪だけれど、目は青灰色だったグレンとちがい、光のかげんで微妙に色を変える紫がかった黄昏色だ。
彼は王都シャングリラでは魔術師団長をしていて、グレンの跡をついで錬金術師団長になったわたしは彼に、なんだかんだで助けてもらったり迷惑をかけたりしている。
ある日わたしは王都でレオポルドに、古書店で〝雪の結晶の育てかた〟という本を買ってもらった。
五番街のカフェを二階の高さまですっぽり雪に埋めてしまい、ライアスがあわてて雪をどかそうと風魔法を発動したら、王都上空には季節はずれのブリザードが吹き荒れた。
わたしが駆けつけたレオポルドに、こっぴどくしかられたのはついこの間のことだ。
本によると「雪を降らせる」というのは、単純に雨を降らせるのとはちがって高度な魔術らしい。
スキー場に降らせる人工雪は、水を圧力をかけた空気といっしょに噴出し、細かい水滴を凍らせたものだ。
だから雪ではない。雪の結晶は水からは作れない。大気中の水蒸気がそのまま凍る…… 〝昇華凝結〟で雪は生まれる。
生まれた雪結晶は六角形で、空中に漂う水分子をその角で捕まえながら、枝を伸ばすように成長して美しい形をつくりだす。
いっしょにいようよ、こちらにおいで。
風や湿度……さまざまな条件がひとつとして同じ形のないスノークリスタルを作りだす。
それでも同じ気候、同じ土地ならば似たような形の結晶が生まれることもあるという。
わたしは休憩時間にコーヒーを飲みながら、彼に〝昇華凝結〟の話をする。
「雨を降らせるのは雲のなかにある水蒸気を液体に変えるだけだけど、雪は水蒸気をそのまま凍らせないといけないんだね」
「ほう……さすが錬金術師だな、飲みこみが早い」
本を読むのにじゃまだったのか、束ねていた銀の髪をほどいてレオポルドがうなずいた。彼が身動きするたびに銀の髪から光がこぼれるけれど、彼自身はそんなことを気にかけるようすはない。
「狙って形をつくるわけではないが、美しい雪結晶ができやすい気象条件がある。雪を降らせるときはまず、その気象条件を再現する術式を組むのだ」
単にステッキを振りまわせば雪が降る……というものでもないらしい。
「わたし……雪の概念が大雑把だったよ」
反省するとレオポルドがくすっと笑った。
「本当に問題児だな……塔の魔術師どもが青ざめていたぞ。このあいだのゴーレム騒ぎといい、塔の会議では『ネリア対策班』を作るべきだという意見もでた」
「えっ!」
「結局は私に一任する……ということに落ちついたが、マリス女史から『常日頃からくれぐれも監視を怠らぬようにお願いします!』と釘を刺された」
「もしかして……いまも監視中なの⁉」
ぎょっとしてさけぶと、彼はコーヒーカップのむこうからきらりと目を光らせた。
「当然だろう、それでその話をするということは、こんどは何をやらかすつもりだ」
うわぁ、世界一美麗な魔術師団長に監視されてた!
わたし、ただ魔力バカなだけなのに!
魔力の使いかたがわかってないもんね……うん、それが問題なんだよ。
せっかくだからデーダスで練習しようと思ったのは、まちがってはいないはず!
「あのね、だからデーダスで練習したくて、この本を持ってきたの。ここなら雪に埋まっても問題ないでしょ?」
それを聞いたレオポルドはさっそく顔をしかめた。
「ちょっと待て、なぜ雪に埋まるのを前提にする」
「え……だって五番街は埋めちゃったし」
レオポルドはため息をつくと、窓の外にひろがるデーダスの荒涼とした大地と、それをすっぽりと覆う青い空をみあげた。
蒼穹という名にふさわしい空は雲ひとつなく、宇宙の色までが透けてみえそうな深く濃い青色をしている。
「ここは空気が乾いていて湿気も少なく、雪になる水分がない。それに雪の結晶を育てるという繊細な作業を、大雑把にやるな!」
「あ、はい」
そしてやっぱりしかられた。それでも面倒見のいいレオポルドは、わたしの手元にある本をのぞきこむ。
「ちゃんと本を読んだのか」
「それはもぅバッチリ、試したくてしょうがなかったの!」
うずうずしているわたしに、レオポルドは眉をひそめて指摘した。
「涙を雪にかえて飛ばすことはできるが……積もるほどの雪を降らせる雪雲を喚ぶのは難しい」
「うん、そうだね」
彼は「できない」とはいわなかった。彼なら雪雲ごとどこかから転移させるとか、力技できっと何とかしてしまいそうだ。
わたしは自分のアイディアを彼に説明した。
「あのね、工房でみたでしょう?地下水を使えないかな」
「サルカス山地に源を発する地下水脈……あれを使うのか?」
黄昏色の目をみひらいたレオポルドに、わたしは勢いこんでいった。
「この家の周囲ぐらいなら雪を降らせられるんじゃないかしら。ねぇ、ちょっとやってみない?」
そのとき書斎にある、長距離転移魔法陣が明滅する。
「あ、そういえば王都から食料が届く時間だ」
魔法陣に魔素を注げば、王都にある研究棟で留守番をするソラから食料が送られてくる。
こちらからもかんたんなメモをつけてグレンの研究資料を送る。あとはメモに書いた指示を参考に、ソラが整理しておいてくれるだろう。
食料を収納庫にしまおうと、レオポルドが箱をあけて首をかしげた。
「何かはいってる」
「どれどれ……ミーナからだ。わ、あったかもこもこパジャマの新作だって!」
デーダスへの旅支度をしたときにフワフワでぬくぬくしたいがために、わたしは自分のぶんとレオポルドのぶん、〝あったかもこもこパジャマ〟を〝ニーナ&ミーナの店〟で購入した。
ミーナから話を聞きつけたニーナが「私になんで相談しないのよ!」と大騒ぎして、生地を旅先のマウナカイアに送らせて、そこでパジャマを一式縫いあげたらしい。
ニーナったら新婚旅行中に何やってんの⁉
マウナカイアにある海洋生物研究所と、王城の研究棟を結ぶ転移魔法陣がそんなことに役立つなんて……。
パジャマには「研究所の人たちが『ゴリガデルスの燻製ジャーキー妖精風味をまた送れ』って騒いでるから送っといて!」というニーナのメモがついていた。
「帰ってそうそう、中庭のかまどであの臭いをかぎたくはないんだけどなあ……」
ちょっとげんなりしていると、レオポルドは興味深そうにパジャマを手にとり、ほどこされている術式をチェックしている。
「魔道具になっている夜着か……売りものなだけあって、いろいろ工夫されているな」
「わぁ、フードがついてる。えっ、フードにフサフサの耳までついてる……レオポルド、これ着るの?」
まえに〝四本足のお茶会〟で使う変身セットを身につけるのに、だいぶ抵抗した彼を知っているから、わたしは思わず彼に聞いた。
「どうせここにはふたりしかいない、耳にも何か機能がありそうだ……着てたしかめてみるのも面白い」
――わたしよりレオポルドのほうがノリノリだった!