第七章)混沌の時代 死の林
▪️古の民⑥
「えっ! 一緒に行くの?」
「うん。林が心配だしぃ」
翌日、林に向かおうとした僕達の馬車に当然のように乗り込むカーレンに戸惑う。
「で、でも、魔物だっているし危険じゃ……」
「もぅ、私だって冒険者だったんだからねぇ」
「あ……」
あまりにも華奢なカーレンの姿に思わず忘れていたが、そう言えばあのゴーワンさん譲りのパワーファイターなんだった。
「それじゃあ、れっつごー」
《反逆者》のメンバー+1の一行は、魔蜥蜴馬車に揺られて林の外縁を進んでいく。
こうして外側から見る分には、林には何の異常も見てなとれない。
むしろ、若木の葉、一枚に至るまで生命に溢れているような活力を感じるほどだ。
一号館は、林のすぐ手前に用意されているのだが、異常のある目的地は少し奥になるらしい。
魔蜥蜴で一番近い入口まで向かう。
「遠くから見て分かってたけど、立派な森だね」
林の入口からしばらく進み、辺りを見渡す。
入口にある簡単な係留所に魔蜥蜴を停め、徒歩で進んでいるが、実にいい気分だ。
木々はまっすぐに天へと向かい、暖かな木漏れ日と小鳥の囀りがどこからが聞こえてくる。
まだ細く瑞々しい若木から、ずっしりと根を下ろし存在感を放つ巨木まで、様々な木々が僕達の視界を楽しませてくれる。
正直、仕事でなくピクニックかなにかで来たかった。
「ちっちっちぃ、アロウ君、アロウ君。森じゃなくて林なんだなぁ、これが」
すると、研究用の大荷物を持って先頭をいくカーレンが、指を横に振りながらこちらを振り返る。
「そう言えば、説明にも林って書いてあったね。でもこれだけ大きくて色んな木があるなら、林というより森じゃないの?」
カーレンに聞くと、予想通りの反応だったのだろう、可愛らしく笑って説明してくれた。
「違うんだなぁ。森と林の違いって言うのはぁ、規模や木の種類の事じゃないだぁ。森は、自然にできた『盛り』っていう感じに木がたくさん茂っていること、林は、人が管理して『生やし』た木の事なんだよぉ」
「へぇ、初めて聞いたよ」
改めて辺りを見渡す。
よく見れば足元には間引きをしたらしい切り株や、採取作業をするための広場、こうして歩いて行けるだけの小道が用意されている。
確かに、以前自然の森へ魔物の討伐依頼に行ったことがあるが、歩きやすい道などなく、生い茂った木々に日の光は遮られ、暗くジメジメとした地面はぬかるみだらけ。
茨のついた枝や背丈を超える藪に行く手は遮られと、本当にいいことは無かった。
途中で草木をかき分けることを諦め、風魔法でなぎ払いながら道を作ることに専念したほどだ。
自然が豊かとはよく言うものの、本物の自然は決して優しくない。
人の手が入った不自然な自然だからこそ、これ程快適な移動ができるのだ。
「《永遠なる眠り》は、自然の恵みをほんの少しだけ分けてもらって暮らしているギルドだからねぇ。私たちは、木を育ててるんじゃなくて、林を育ててるんだよぉ」
そう言うカーレンは、少し誇らしげだ。
かつての級友が、こうして誇りを持てる仕事に巡り会えたことに、こちらも嬉しくなる。
「それじゃあ僕達冒険者も、この林にお世話になってることになるね。だったら、その恩返しをしなきゃね」
「そうですね」
「はーい」
「うむ」
皆それぞれに気持ちを新たにして、林の中を進んでいくのだった。
時折現れる魔獣を討伐しながら、林を奥へ奥へと進んでいく。
日も中天に差し掛かる頃、辺りの様子が一変する。
「うわ、なにこれ」
「ひどい……」
そこはまるで死の林。
結界でも張られているかのように、はっきりとした境界をもって木々が萎んでいる。
葉は黄や赤に変色しているが、枯れている訳では無い。
ただ、明らかに生気を失い、存在が小さくなっているように感じる。
その代わりに、禍々しい魔力が満ちている。
本来であれば、魔力の濃さは生命の力強さと比例する。
だが、この地にあるのは、濃密で凶悪な死の香りだけだった。
「カーレン、ここまでだ」
決断する。
これ以上は危険すぎる。
日頃から林で作業しているカーレンなら、この死の林の外でなら安心だろう。
「カーレン、サンプルを取ったり研究するだけならこの外側で十分だ。この中心には明らかに荷の重い相手がいる。一人残して悪いけど、少し手前にあった広場で待機して欲しい。戦闘音が聞こえても、絶対に近づかないで」
恐らく、昨日メイシャから聞いていた、“吸収”によるものだろう。
だが、これほどまでに凶悪な効果を持つものだとは、正直想定外だった。
範囲攻撃にもなるこの症状だと、カーレンを守りきるのは不可能だ。
「うーん、そうだねぇ。ブランクもあるし私じゃぁ戦闘は心配かなぁ。でもぉ、無事に戻ってきてね、アロウ君」
「うん、必ず戻るからね。一応、一日たって戻らなかったら、これをギルドに渡して」
カーレンに二通のハガキを渡す。
一通は、《砂漠の鼠》宛に任務失敗の報告をする手紙。
もう一通は、ノスマルクのフラウ宛の手紙だ。
念の為に用意しておいた、〈枯渇病〉の正体に関する手紙だ。
フラウなら仮に僕らが全滅しても何とかしてくれるだろう。
「そんなのやだよぉ。ちゃんと戻ってきてぇ」
「もちろん。そんなつもりは無いけどね。だから、安心して待ってて」
そう言って僕達は、死の林の奥へと踏み込んでいった。
やはり、死の林の中は外の林とは、全く環境が違っていた。
──バキッメシッ
ここまでは、青髪熊や茶大猪などの野獣、緑魔蛇などの魔物の痕跡をよく見かけていた。
しかし、死の林の中に入って以来、そういった命ある獣の形跡がパタリと姿を見なくなった。
──コヒュー、ボァァ
その代わりに現れるようになったのがこいつらだ。
「ラケイン、リリィロッシュ。左の 死霊樹を牽制、メイシャは僕が縛り付けた腐乱人形を片っ端から浄化して!」
まったく、死の林とはよく言ったものだ。
死霊系の魔物が嫌という程に沸いてでる。
この場所には、付近の木々や獣が魔物化するのに充分すぎる魔力が留まっている。
だが、本来ならそれに伴う生命の息吹がまったくないのだ。
濃密な魔力は変質し、生命へと変わる。
それは、精霊であったり、魔物であったり、魔族であったりする。
また、そこまでに至る以前にも、岩や草木などに命を与え、動く木や樹巨人などの魔物へと変質させる。
だが、この地に溜まる魔力は異常だ。
生命の塊であるはずの魔力に生命が存在しない。
その歪さが、戦場や墓地さながらに、 死霊を生み出しているのだ。
「はぁぁっ!」
リリィロッシュが炎を宿した大剣で 死霊樹を切り裂く。
生木の樹巨人には炎は通用しないが、枯れ木である 死霊樹ならば、炎は天敵だ。
「燃やさないように注意して! 周りの林も燃えやすくなってる!」
「心得ています!」
まぁリリィロッシュならば大丈夫だろう。
よく見れば、リリィロッシュの剣は、燃やすという炎ではなく、火属性という属性のみを付加させている。
だが、
「くっ、切れてしまった!」
リリィロッシュの斬撃により、 死霊樹の枝が落ちる。
しかし、今度はその枝が飛び跳ねて、リリィロッシュを再度襲ったのだ。
ここが 死霊の恐ろしい点である。
そもそもが生命でない 死霊にとって、姿かたちなどまったく関係がない。
それは、腕一本、枝一本になろうとも、だ。
粉々になるまで粉砕すれば別だが、その程度のダメージは、単に襲いかかる敵の数を増やすだけなのだ。
「リリィロッシュさん、お任せ下さい!」
そこへ、メイシャが飛び出す。
「往生、せいやぁぁっ!」
メイシャの銀賢星の一撃で、枝は砕け散り、 死霊樹もその動きを止める。
同じ回復系魔法の使い手でありながら、治癒術師と僧侶を分ける理由がこれだ。
神の加護により、〈命ない魔力〉を祓う浄化という魔法を使うことが出来る。
邪魔者を排除するという『神』らしい魔法といえばそうだが、今日ばかりは感謝しよう。
「アロウ先輩、用意できました!」
メイシャが叫ぶ。
メイシャには、 死霊達を浄化して回る一方で、ある準備を進めてもらっていた。
「やってくれ、メイシャ!」
「はい!」
メイシャが銀賢星を前に構え、祈りの姿勢を取る。
僕とリリィロッシュは、魔法を使うことを止めて防御に専念する。
「慈愛を有する神よ、汚れた魔の力を哀れみ導きたまえ! 浄化魔法・清められた祈り!」
メイシャを中心にして、清らかな魔力の風が吹き荒れる。
風に飲み込まれた 死霊達は、一様に動きを止め砕け散る。
邪悪な魔力によって動かされていた 死霊が、もとの屍へと戻ったのだ。
「周囲の 死霊を浄化しただけですので、すぐに第二波が来ます。奥へ急ぎましょう!」
メイシャの声に応え、僕達は歩を進める。
その頃、死の林の深部。
「コノニオイ……、ニンゲン、血、血ィィィッ!! ウゥゥガァァァァッッ!」
死神が鮮血のような瞳を見開き、天に向かって吠えた。




