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第七章)混沌の時代 メイシャの告白

▪️古の民④


「あ~、アロウ君、ラケイン君、久しぶりぃ。元気だったかなぁ」


 応接間の扉を開けて入ってきたのは、白色の作業用の服装で現れた女性だった。

身長は女性としてはやや高めで、僕と同じくらい。

赤褐色の髪はくるくるとウェーブがかかっているが、それに頓着する様子もなく、無造作に後ろでひとつにまとめている。

ゆったりとした作業服の上からでもわかるほどに華奢な体つきをしている一方で、同じく服の上からでもわかる女性らしい部分が激しく主張している。

この穏やかな空気と独特の間延びした話し方。

この女性は、


「ひょっとしてカーレン? カーレン=ダイパ?」

「ぴんぽ~ん、あたりぃ。アロウ君、さすがだねぇ」

 やっぱり。

見た目には大人っぽくなっているが、この喋り方だけは変わらない。


「カーレン、お久しぶりです」

「ご無沙汰です、先輩」

「あぁ、リリィロッシュ先生とメイシャちゃんも久しぶりだねぇ。なつかしぃねぇ」


 カーレンは、ノガルド冒険者育成学校の同期で、戦士組の生徒だった。

華奢な体つきに似合わず、巨大な盾とハンマーを操るかなりのパワーファイターだったはずだ。

その一方で薬学に造詣が深く、彼女の作る回復薬は学生の間では知る人ぞ知る逸品として語り継がれていた。


 学生時代からリリィロッシュに課外授業という名の(しご)きに連れ回されていたこともあり、僕達のパーティは皆、カーレンの薬のお世話になっている。

学校の関係者が五人も集まれば、ちょっとした同窓会のようなものだ。


 また、僕達の卒業後の話になるが、彼女の功績により、戦闘には向かないが補助(サポート)役としての冒険者のあり方が見直され、戦士組、魔法使い組の他に、補助技能組という考え方が確率したらしい。

今も当時のレシピが、後輩たちに引き継がれ、研究会で売られていると聞いている。


「そっか、卒業後は冒険者にならずに、《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》に入ったのか」


 彼女の実力ならば頷ける。

何しろ、学生当時ですら、この《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》の最高級品と同等の効能を持つ回復薬を独学で作り上げたのだ。


「ううん、しばらくは冒険者してたんだよぉ? でもなんだかうまくいかなくて」

 しかし、カーレンの言葉は違った。

なるほど、よくよく話を聞いてみれば納得だ。

つまるところ、彼女は一芸型の天才なのだ。

変人と言い換えてもいい。

荒事の多い冒険者の暮らしで、カーレンのようにのんびりとした性格は合わないだろう。

彼女自身は良くても、パーティを組むとなれば話は別だ。

彼女の独特の空気感に合わせようとすれば、冒険者としては動きが遅くなってしまう。

適材適所。

冒険者は彼女の居場所ではなかったということだ。


「うん、それでユー君に相談したら、このギルドを紹介してくれたのぉ。ユー君、ギルドマスターの息子さんなんだって」


 ユー君、……ユー君。

そう言えば、昔少しだけ聞いたが、カーレンには学外に恋人がいて、確かその名前がユー君だったはずだ。

三龍祭のプロムでは、いつもカーレンにお世話になっていた。

入場の時だけいっしょになってあ、会場で彼氏と待ち合わせていたのだ。

しかし、カーレンは、《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》の御曹司の彼女だったのか。


「ん? ひょっとすると、ユー君ってもしかして……」

「うん、町で会ったと思うよぉ」


 やっぱりそうか。

カリユス氏。

カリ“ユ”スのユ!?

どこからあだ名を取ってるんだ。

しかし、あの丸くて人懐こい人物が、この《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》の御曹司だったのか。

今更ながら、自分の迂闊さに鳥肌が立つ。

あの人柄の良さに安心して、迂闊なことを言わなくて良かった。

そう考えて、乾いた笑いがこみ上げるのを我慢出来なかった。




「昔話もしたいけど、そろそろ依頼内容を確認しようか」


 カーレンのペースに合わせていると、日が暮れるどころか明日になってものんびりしそうなので、きりのいいところで話しを依頼の方へと向ける。


「そぅだねぇ。アロウ君、冒険者さんなんだもんねぇ。すごいなぁ」

「カーレン、依頼は……」

「あぁ、ごめんごめん」

 間違いない。

カーレンに冒険者は向いていない。


「えぇとね、この先に見える林は、エラクスの林ってぇ地元では呼んでるのぉ。それでねぇ、林には質のいい薬草がたくさん生えているんだけどぉ、最近、林の半分くらいが枯れ始めているんだぁ。だんだんとその範囲が広くなってきて、このままだと林が死んじゃうかもぉ。だから、その原因を調査して欲しいんだよ」

 カリユス氏から聞いた話と合致する。

もう少し詳しく話を聞いてみると、枯れている範囲は林全体から見れば3割ほど。

しかし、着実にその範囲を広げているという。

また、その枯れたエリアから追い出されるように、魔物も移動しており、これまでに作られてきた、危険な魔物の生息域地図(レッドマップ)が役に立たず、時折、林の外まで魔物が出没するようになってきている。


 ちらりと、後ろを振り返る。

皆、神妙な顔つきになっている。

それはそうだ。

この症状、どう考えても、“枯渇病”の進化した姿だ。


「……カーレン。少しだけ席を外してくれるか。皆で相談したい」

 切り出したのはラケインだ。


「はぁい、私、研究室にいるから、用事があったらワルギスに伝えてねぇ」

 カーレンがのんびりと応接間を出ていく。

念の為、皆にも気づかれないよう隠蔽した遮音の結界を張っておく。


「メイシャ、この際だ。はっきりさせておこう」

 ラケインがメイシャの手をとる。


「気づいていると思うが、君の不調の原因が先日の枯渇病に起因しているのは皆分かっている。まして、今回の依頼も枯渇病が関わっているのは間違いない。だから、話してほしい。君は何を隠しているんだ」

 ラケインの目は真剣だ。

今回の依頼は、思ったよりも厄介なものになるだろう。

その中で、メンバーの一人が足を引っ張るというならば、編成そのものを考え直さなければならない。

だが、ラケインにはそんなことよりも重要なことがある。

彼女を支える伴侶として、一人の男として、彼女を助けたいのだ。


「メイシャ、僕達も勿論心配している。だけど、もし僕達に聞かれたくないことなら、席を外すよ」

 言外に伝えたのは、もう逃げずに立ち向かえという事だ。

そして、メイシャはゆっくりと首を横に振る。


「いえ、先輩達にも聞いてほしいです。私の、私たちの秘密を」




「その前にひとつ、はっきりさせておこうと思います」

 メイシャを中心に、皆ソファーに腰掛けている。

メイシャの表情は厳しい。

いつも天真爛漫に笑顔を振りまく、ムードメーカー的な存在なだけに、その内容がいかに彼女にとって重たいものか、想像がつく。

「“枯渇病”という病気は、存在しません(・・・・・・)


 沈黙。

時折見せるメイシャの急激なパワーアップ。

そして、枯渇病。

僕もラケインも、なんとなく気づいていた。

枯渇病の正体、それは、


「枯渇病とは、植物の病気(・・)ではなく、私たちの一族が生み出した症状(・・)なんです」

「症状……」

つまり、メイシャ、そして彼女の一族とは、そういう事(・・・・・)ができる種族だということだ。


「多分、この名前はご存知ないと思いますが、私は〈ヴァンキュール〉族の末裔です」

「ヴァンキュール族?」

 ラケインが聞き返す。

魔族に関係なければ僕も詳しくはないが、初めて聞く言葉だ。


「はい、ラク様。ラク様は、古代文明については、どの程度ご存じですか?」

「古代文明? いや、知らないな」

 ラケインが知らないのは無理もない。

これは、魔法使いに関する知識だ。


「それでは、そこからご説明しますね。端的に言ってしまえば、失われた超文明。ノスマルクのメインさん達が話していた、〈古代語〉を使っていた、今の私達人間とは異なる人間の文明です」


 魔族の視点から補足すると、『神』がこの世界に来る前、一万年前の事だが、この世界には、文明圏が二つ存在した。

すなわち、魔族と旧人類だ。

魔族は、魔法に特化した種族であったが、旧人類は、それをシステム化させた魔導に特化した種族だった。

魔力が暴走し、強靭な肉体を手に入れた今の魔族と違い、当時の魔族は、今の人間とさほど変わらない非力な存在だった。

しかし、旧人類達は、魔導の技術によって強靭な肉体と強大な魔力、そして、ほぼ尽きることのない寿命を手に入れていた。

そして『神』が降り立ち、千年に及ぶ戦争の後、九千年前に古代文明は滅んだ。

今の人類は、『神』が八千年前に創り出した新しい人類なのだ。


「古代文明も、今の私たちと同じように、同じ種族の中でも争いあい戦争をしていました。その時にいくつもの超兵器が生み出されたといいます」

「ひょっとしてそのひとつが、その……」

「はい、〈吸血(ヴァンキュール)〉族です」

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