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第七章)混沌の時代 《永遠なる眠り》からの依頼

▪️古の民③


 ドルネクから帰って、しばらくしたある日。

緊急事態だと言われてルコラさんに呼び出された。


「大変なのさ、大変なのさ!」


 《砂漠の鼠(デザート・チュウ)》に着くと、ルコラさんが小さな手を机にバンバンと叩きつけて興奮している。


「な、なにごと?」

 いつも天真爛漫、どんな時も無邪気な笑顔を崩さないルコラさんが、こうも慌てふためくなんて考えにくい。


「《反逆者(リベリオン)》に指名依頼が入ったのさ!」

「う、うん」


 指名依頼とは、特定の冒険者が指名される依頼(クエスト)の事だ。

基本的に、依頼元と指名先、二つ分の手数料がかかり割高となるため、貴族であっても滅多に使わない。

逆に指名依頼を貰える冒険者もまた(まれ)で、余程有力な貴族や商人にコネがなければ、Aランクパーティであってもなかなか指名を受けることは無い。


 とはいえ、僕達《反逆者(リベリオン)》は、ノスマルク帝国の権力者であるフラウとの縁もあり、そこそこの指名が入っている。

いまさら、こんなに慌てることもないと思うのだが。


「これ! これなのさ!」

 ルコラさんが依頼の羊皮紙をピラピラと掲げ興奮している。

その目は怪しく光り、完全に報酬に目がくらんでいる。

まぁ、ルコラさんとの付き合いももうかれこれ六年だ。

みんなのアイドルである笑顔が計算された作り物だということも気づいていたが、隠しておいて欲しかった。


「なになに、管理地の林に異常あり。調査求む。……えっ? エ、《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》だって!?」

「そーなのさ!」


 《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》といえば、押しも押されもせぬ業界シェアナンバー1の製薬ギルドだ。

本拠地である東国(ノガルド)は元より、世界中で広く支店を持つ、大手中の大手だ。

冒険者にとって、体力の回復薬(ポーション)を始め、毒消し(アンチドーテ)傷薬(クリーム)魔力薬(マナポーション)と、製薬ギルドとの付き合いは切っても切れない存在だ。

その頂点に立つ超大手ギルドからの指名依頼なのだ。

これは、ルコラさんの興奮も仕方ない。


「はっ! 《反逆者(リベリオン)》、アロウ以下四名、全力を尽くします!」

「うむ! 検討を祈るのさ!」

 妙なテンションのルコラさんに引っ張られて敬礼をし、急いでメンバーの元へ戻ったのだった。




「で、そんなにウキウキな訳だ」

 ラケインが呆れながら魔蜥蜴(ホラレ)を駆っている。


「わ、悪いかよ」

「まあまあ、確かに力入りますよねー」

 メイシャにフォローされるが、確かにミーハーにも程があった。

やることはいつもと同じなのだ。

反省はするが、仕方ないじゃないか。


 拠点のあるドラコアスから三日。

東国(ノガルド)連邦西部の国、リバスケイルに到着する。


「やぁ、ようこそおいでくださいました。《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》主任研究員のカリユス=ストゥディウムです」


 待ち合わせに指定されていた施設で、担当らしき男性が待っていた。

可愛らしい笑顔で右手を差し出したカリユス氏は、一言で言うならば丸かった。


 歳は僕達と同じ頃だと思うが、顔だけ見れば子供と言って差し支えないだろう。

背丈も僕と同じくらいか、さほど高くはない。

だが、体重は鎧を付けたラケイン程もありそうだ。

ずんぐりとした体つき、少し歩くだけであごの肉がタプタプ揺れて、指でつつきたくなる誘惑にかられる。

手も大きさこそ小さいのだが、ぷくぷくと厚く柔らかに肉がつきすぎて、握手をしても手の甲まで指が回らなかった。


 そこまで贅肉がついているのに、不潔な感じがしないのは、彼の愛嬌のある笑顔と溢れる人柄のせいなのだろう。

比べることもおかしいのだが、貴族のようないやらしさを全く感じさせず、むしろ謙虚にこちらを立ててくれる。

まだ出会ってたった数秒だが、かなり好印象を持てる人物だ。


「しかし、まさか《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》さんから依頼が来るとは、夢にも思わなかったですよ。そちらならそれこそお抱えの傭兵でもいるはずでしょ」


 指名を貰えたのはたしかに光栄だが、疑問があった。

かのギルドならば、専門の傭兵部隊を抱えていて当然だ。

重役の護衛から、危険地での素材採取。

対立ギルドからの防衛など、荒事専門の人材が居ないはずがない。

今回のように、冒険者を雇い入れるなど、最悪、開発の情報を持ち出される危険をおかしてまで、外部の人間を招き入れるメリットがない。

カリユス氏のことは気に入ったが、疑問はすっきりさせておくに限る。


「はっはっは、なるほど。理由は三点ほどあります」

 カリユス氏は、朗らかに笑いながら目の前に指を3つ立てた。


「ひとつは、既に傭兵部隊を派遣したんです。林の中では特に異常はなかったそうなんですが、何故か皆、かなり体力を消耗して帰ってきたんです。それで上層部は外部委託の判断をしたんです」

 カリユス氏は、苦々しげな顔つきでそう語る。

なるほど、荒事専門の傭兵部隊といえど、自前の専属部隊。

原因も分からない異常事態で使い潰すには惜しい。

ならば、多少金がかかっても替えのきく冒険者に依頼を出した方が安心というわけか。


「すみませんね」

「いえ、当然の判断ですよ。お気になさらず」

 こちらがギルドの思惑に気づいたことを察したのか、カリユス氏がすまなそうにして謝るが、それを遮る。


「で、あと二つの理由は?」

「はい、これから行ってもらう場所は薬品の素材を調達する林ですが、希少な植物などはありません。資源を安定供給するための保全地です」

 なるほど、ならば部外者が入ったところで問題は無い。

流石に特殊な薬品に用いる秘伝の薬草などが自生するような場所に、外部の人間を入れるわけにはいかないだろう。

そして、最後にカリユス氏が満面の笑顔になる。


「それと、これが一番の理由なのですが、あなたがたのことは、僕のパートナーからよく聞いてましてね。冒険者としての活躍を耳にするたびにお会いしたいと思っていたんですよ」

「パートナー?」

 この場合、パートナーとは、結婚相手のことを指す。

仕事上の付き合いの場合は、同僚(ペア)と言う。

国に登録や報告義務があるわけでないため、貴族でない上流市民は、あえて妻や結婚相手と言わず、パートナーと言うことが多いのだ。


「はい。現地の方に待機させていますから、後でお会いになれますよ。彼女も楽しみにしていましたから」

 誰だろう。

永遠なる眠り(エタニティスリープ)》にゆかりのあるような人物に心当たりはない。


「ふふ、僕も口止めされているのでね。現地までのお楽しみです。さて、それでは改めて依頼内容の確認をしますが、今回の依頼は、研究用管理地の調査です。詳しい説明は現地でさせてもらいますが、異常の原因を突き止めて頂きたい。現地の林にはCランク(上位級)の魔物もいくつか目撃されています。安全確保のため、可能な限りで結構ですので討伐してください。勿論、追加報酬は支払います。うちの傭兵部隊が消耗して出てきた点を考慮の上、相応の準備をして頂きたい。よろしいかな?」


 カリユス氏の説明を聞き、皆の方を振り返る。

三人が頷き返すのを確認して、


「わかりました。準備が出来しだい出発します」

 そう、返事をした。




 管理地の林は、リバスケイルの町から魔蜥蜴(ホラレ)で半日程度進んだところにあった。


「ん、あれだな。林の手前に研究用の小屋がある」

「小屋っていうか、完全に屋敷レベルだね。さすがは一流ギルド」

 林の手前には、小村ならば領主の屋敷といってもおかしくないレベルの家があった。

ここに、カリユス氏のパートナーという女性がいるはずだが。

背の低い簡単な柵を回り、門から魔蜥蜴(ホラレ)を入れる。

これだけの施設だ。

住人だけではなく使用人もいるらしい。

こちらが扉の前につく頃には、使用人らしき初老の男性が待っていた。


「ようこそお越しくださいました。《反逆者(リベリオン)》の御一行ですな。当館の執事をしておりますワルギスと申します。上級研究員が皆様をお待ちしております。どうぞ中へ」

 ワルギスさんの先導で、応接間へと通される。

案内役の上級研究員さんが来るまで、ワルギスさんにこの建物のことを(たず)ねる。


 この建物の正式名称は、《永遠なる眠り(エタニティスリープ)》リバスケイル支社研究管理棟一号館というらしい。

森の中にそれこそ丸太小屋のような二号館があるが、林の中で作業する時の休憩用だそうだ。


 この一号館では、頭脳労働、肉体労働共に苦労の多い研究員のためギルドが運営しており、ここで作業する5,6名の社員寮兼研究所となっている。

現在この館には、カリユス氏を含め研究員が5名、執事のワルギスさんを筆頭に使用人が6名、計11名が常駐して暮らしているとの事だ。


「それにしても誰だろうね、知り合いって」

 思わぬ豪邸に若干居心地の悪さを感じながらそわそわしていると、がちゃりと扉が開いた。


「あ~、アロウ君、ラケイン君、久しぶりぃ。元気だったかなぁ」

 入ってきたのは、独特の間延びした喋り方をする昔の級友、カーレン=ダイパだった。

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