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第二章)冒険者の生活⑤ お疲れ様でした

 さて、魔物を討伐した場合は、解体して、討伐確認の部位を切除後、魔石を回収する。

しかし、大猪(ボア)のような野獣の場合はどうか?


 基本はこちらも同じらしい。

が、大猪(ボア)は食用にも引き取られるので、頑張って持って帰る。

リリィロッシュが、だけど。


 まずは吊るして頸動脈を切って血抜きする。

中型とはいえ70kg(コモグラヴ)超えの巨体だ。

これだけでもかなりの労力だが、これをするかしないかで、味も買取金額もかなり違うらしい。

また、血が抜けることで幾分軽くなることも重要だ。


 血抜きのあと、討伐確認部位を切り取る。

これは肉を持ち帰るにしても提出用に必要な事で、大猪(ボア)の場合は鼻だ。

これも、前後を間違えると、十分に血抜きができないまま、完全に死んでしまい、失敗の元となるので注意だそうだ。


 この後、小川などに沈めて体温を落とすのだが、僕たちの場合は魔法がある。

魔法にもならないような水氷系魔法(アイススペル)で冷やすだけで事足りる。

最後に可能なら解体して、持ち帰る部分のみをとって土へ埋めるが、今回はリリィロッシュ先生におまかせして丸ごと持ち帰る。

折角採取した茸を忘れずに回収し、大猪(ボア)は長い枝に括りつけて、リリィロッシュが運んでくれる。


「さて、帰りましょうか」


 太陽は傾きはじめ、中天をだいぶ過ぎている。

正直、今すぐにでも休憩したい。

だが、


「森を抜けるまで頑張ってくださいね。街道へ出たら休憩にします」


 と、先に言われてしまった。

たしかに、いつ魔物や獣と遭遇(エンカウント)するか分からない森で休む方が自殺行為か。


 ヘロヘロになった体に鞭打ち、何とか森の外までたどり着いた。

そうか、行きよりも帰りの方が疲労していて当たり前だし、採取物によっては、かなり動きが制限される。

これは、キツイ。

今回はリリィロッシュが担いでくれているが、本来なら70kg(コモ)を超える獲物を担いでもいるのだ。


 これが討伐依頼なら、普通なら四、五人でパーティを組むだろうが、そうすればただでさえ少ない報酬をさらに分けることになる。

単独(ソロ)で受けるには、負担と危険が大きすぎる。

未熟な冒険者の死亡率が高いわけだ。


 リリィロッシュは、休憩場所に着くなりすぐに動き出し、火を起こし、湯を沸かす。

そうか、鍋や簡易(かまど)、食料もいるのは当然だよなぁ。

今回は、冒険に必要な生活品などもリリィロッシュが持ってくれていた。

まだまだ、実力も体力も知識も足りてないんだなぁ、と、うつらうつらとほぼ眠りながら、リリィロッシュの手際を見ていた。


 仮眠のつもりが、かなりの時間寝ていたらしい。

竈の火が大分小さくなっている。


「あ、おはよう?」

「おはようございます。アロウ。湯は沸かしておきましたから、干し肉とパンと湯冷ましの水で昼食にしてください」


 のそのそと、起きだし、かなり遅くなった昼食をとる。

やけに黒い、レンガのような塊を口に入れる。

……不味い。

一気に目が覚めるような不味さだ。


「ふふっ、不味いですよね。これが一般的な冒険者の昼食ですよ」


 そう言って、リリィロッシュも干し肉をかじる。

干し肉は、保存重視に完全に水分を飛ばし、塩もかなり多めに塗りこんである。

肉というより、ほぼ塩の塊だ。

パンも激しい冒険に負けないように、パサパサした固めのもの。

こちらも食いちぎるのにかなり力がいる。


 スープなんて上等なものは無いのは分かりきっていたが、これを湯冷ましの水か……。

それでも、もう帰るだけとはいえ、昼からの活力にするには、無理にでも食べなくては。

食べることにすら苦労している僕を見て、リリィロッシュが話しかけてくる。


「干し肉はそのまま(かじ)るとアゴが悪くなります。ナイフで削り出して口の中で馴染ませるようにして食べてください。そのままでは塩辛いので、水やパンも一緒に」


 言われるようにして食べると、味はともかく、食べやすくはなった。


「冒険者の中では、この三つをどんなバリエーションで食べるかが、工夫のしどころなのですよ。私も人間に混じって暮らし始めたばかりの時は苦労しました。味は無視して、肉もパンも煮込んでシチューもどきにしたり、肉だけ水で戻して柔らかくしたり。まぁ、どうしても不味いのですがね」


 なるほど。

同じまずいのなら、せめてバリエーションを、か。

冒険者の涙ぐましさが垣間見得る。

特段意識したことは無かったが、そう思えば魔王軍の食事事情は大分良かったのだなぁとしみじみ思う

自分が魔王だから特別に優遇されていた分もあるだろうが、基本的に魔族の生活は自給自足だ。

腹が減ればその辺の魔獣を狩って食べればいい。

そうでなくとも、生命力が溢れかえっている土地だったので、農作物をはじめ食べれそうなものの飼育栽培に困ることは無かった。

種族によっては、食べられるものが決まっている者たちもいたので、その辺は片っ端から育てていたからな。


 何とか昼食を流し込み、長い道のりを歩き通し、やっとの事で、ギルドへたどり着く。


「今度こそ終わったー!」

「まだですよ?」


……え?




「まだなのぉ……」


 泣きそうな声でリリィロッシュに訴える。

実際もうくたくただ。

野山で鍛えたとはいえ、足は靴擦れ、手も擦り傷だらけ。

服も顔も泥だらけという酷い有様だ。

ぶっちゃけ風呂にすら入らず、すぐにでも帰って寝たい。


「もう少しですから、気をしっかり。ある意味ここが初心者には正念場なのですから」


 そう言って、ギルドへ入る前に辺りを見渡す。


「今日一日、大変だったと思いますが、無事依頼(クエスト)をこなしました。しかし、そうではない冒険者達もいるのです」


 言われて辺りをよく見ると、あちこちに怪我をして逃げ帰ってきただろうパーティや、胡散臭い目でこちらを見ているならず者もいる。


「ギルドに納品するまでがクエスト、なのです。ああいった(やから)に、依頼品を奪われてしまい、かつ依頼(クエスト)達成の報酬まで奪われるということも珍しい話ではないのです」


 ひどい話だ。

たしかに、駆け出しの冒険者なんて、食い扶持にはぐれたならず者も多いのだろう。

依頼(クエスト)が達成出来なければ、当然その日は稼ぎがない。

それが何日も続けば、野垂れ死ぬしかないじゃないか。

さもなくば、奪え、だ。


「すごい世界だなぁ」


 彼らを忌避するのでなく、単純に圧倒される。

仮に我が身となってみれば、たまったものではなかろうが、そういう(・・・・)世界なのであれば、油断する方が悪いのだ。

弱肉強食。

それもまた、自然の摂理だからだ。


「そうですね。しかし、折角の報酬を奪われるのも業腹ので、さっそくギルドへ達成報告に行きますよ」


 そう言って、リリィロッシュに連れられ、ギルドのカウンターへ向かった。

ちなみに僕はまだ冒険者登録をしていない。

所属のギルドを変えること自体は問題ではないし、どこのギルドでも同じように依頼を受けれるらしいが、リリィロッシュがお世話になっているギルドがあるようで、登録はそこで行いたいらしい。


「はい、では依頼の確認と精算をしますね」


 モロモロ茸の採集、ゴブリンの討伐、ブラウンボアの討伐、ゴブリンの牙の買取、ブラウンボアの買取。

それが今日一日の成果だ。

それは……


「はい、では依頼報酬3,000ガウと、追加報酬27,000ガウですね」


 なんと、追加報酬がすごい。

初心者の冒険者には、採取やお使いといった簡単なクエストしか受注できない。

それに比べて今回の追加報酬のなんと豪華なことか。

内訳としては討伐がそれぞれ7,000ガウと小鬼(ゴブリン)の牙が1,000、肉が12,000だ。

正直大分買い叩かれてる気もするが、もう頭が回らない。

しかし、そんなことよりも、


「今度の今度こそ、終わったー!!」


 今度こそクエスト達成だ。

達成感も報酬を得た喜びもあるが、今はもう、ただただ眠りたい。


「今度こそお疲れ様でした。アロウ。宿屋に戻って、今日のおさらいをしますよ」

「は、はいぃぃぃ……」


 クエストは終わっても、リリィロッシュの冒険者講座はまだまだ終わらない。

クタクタで宿に帰ってから、リリィロッシュの復習を終え、やっとの事で就寝できた。

その夜は夢を見ることもなく、一瞬のうちに眠りに落ちた。

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