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第七章)混沌の時代 “魔剣”

▪️ラケインの里帰り②


 レイドロスが席につく。

久々に会った息子を懐かしむわけでもなく、そこにいることが当然とでもいうように。


「父さん、帰りました」

 ラケインもその反応は予想していた。

そして、懐かしく思った。

そうだ、これこそ義父なのだ、と。

思えば、義父はいつも全ての物事を知っていたかのように振舞っていた。

子供心に悪戯(いたずら)で物陰から飛び出した時も、うむ、と一言声をかけただけだった。

癇癪(かんしゃく)を起こして小屋を飛び出した時も、特に探し回るわけでもなく、夕方になると隠れていた大木の(うろ)へ夕食を持ってきたものだ。


「おいおい、六年ぶりの息子さんだっていうのにそれだけかよ」

 困ったものだと苦笑するのは、『戦士』ラゼル。

人の身として剣の頂点に立った男と、魔の身として剣の限界を越えようともがく男。

感情のままに(たけ)る男と、感情すら捨ててしまった男。

似ているようで対極に位置する二人は、これで気が合うようなのだ。


「父さん、今日は紹介したい人があって、戻ってきました」

 ラケインはメイシャの手を握り、義父に紹介する。


「……あぁ」

 義父の反応は少ない。

西国(エティウ)王国では、戸籍という制度で国が婚姻や移住などの情報を管理していると聞くが、エウルを始めとする東国(ノガルド)連邦では、個人の裁量次第となっている。

だからこそ、自分を育てた親からの許可が重要なのだと、ラケインは考える。


「彼女は……」

 ラケインがそこまで言って、言葉を止めた。

隣にいるメイシャが、くいっと手を引いたからだ。


「お義父様。アルメシア=ブランドールと申します。メイシャとお呼びください。冒険者学校では、ラケイン様の二学年後輩にあたります。不束(ふつつか)ものですが、どうぞお見知りおき下さい」

 普段のメイシャからは、想像もしていなかった、優雅な挨拶。

長いスカートのような法衣の裾を軽く持ち上げ、腰を低くして頭を下げる。

ラケインですら忘れそうになるが、メイシャの本質は気配りの人である。

普段のムードメイカーでありトラブルメイカーでもある行動が偽りとは言わないが、ラケインにしろ、アロウにしろ、年齢の割には大人びたメンバーが多い《反逆者(リベリオン)》の中で、その役割をかって出ている節がある。

放浪の行商の出身だというメイシャだ。

このくらいの礼儀はあって、当然と言えた。


「……あぁ」

 レイドロスの反応は、ただそれだけだった。

だが、ラケインは見逃さなかった。

仮にも十年以上、親子でいたのだ。

僅かに、ほんの僅かに、レイドロスは嬉しそうに目を細めたのだ。


「父さん、私はメイシャを生涯の伴侶とするお許しを頂こうと思います」

 義父の前に剣を(かか)げ敬礼する。

およそ親子の間で行うものではないが、この家ではこれが習わしだった。

敵と主。

レイドロスには、その二つしかなかった。

味方という言葉すら存在しなかった。

だから、昔から親子とはいえ、約束をする時には必ず剣を掲げる。

約束とは命をかけるもの。

だからこそ、剣士(おのれ)の命である剣を、相手に捧げるのだ。


「ラケイン」

 レイドロスは捧げられた剣に手をかざす。

誓いを受け入れる所作だ。


「……もう夕刻だ。飯にする」

 しかし、義父の言葉は、ラケインの予想を裏切る。

所作は誓いを受け入れている。

つまり、婚姻を許しはするということだろう。

だが、言葉はそれを明言しない。

こんなことは初めてだった。

義父はわかりやすい男だ。

是か否か。

回答はその二つしかありえない。

その義父が明言を避ける、その理由がわからなかった。




 メイシャは、(いま)だ迷っていた。

義父が婚姻について明言を避けた理由には、察しがついている。

まだ誰にも、ラケインにすら打ち明けていない秘密のせいだろう。

ラケインの言った通りだ。

旧魔王軍、四天王“魔剣”。

魔族においてでさえ、魔を冠する剣鬼。

その恐るべき観察眼によって、自分の正体に僅かでも気づいたに違いない。


 本来なら、誠意を見せるためにも、その秘密をさらけ出したい。

だがその秘密は、メイシャをして嫌悪すべきものであったし、そして自分だけのことではないからだ。

ラケインなら、とも思っているが、ラケインだからこそ知られたくないとも思っていた。


 夕食にしようと言われて、手伝いを申し出る。

特に断られもしなかったので、勝手に厨房に入る。

突然押しかけたのだ。

ご馳走の用意などない。

作り置きしてあったスープを温め直し、配膳するだけの作業ではあった。


「……メイシャ、と言ったか」

 自分はどうするべきだろう。

そう思っていると、ラケインに聞こえぬほどかすかな声で、義父から声をかけられた。


「はい」

 メイシャもまた声を(ひそ)める。

これから話す内容が声を潜めるべきものだと想像がつく。

それは、自身の正体。

義父から語られる次の一言を待つ。

それは断罪か、それとも糾弾か。


「……目を、見せるがいい」

 その瞬間、メイシャは全てを受け入れる覚悟を決めた。

義父が、自分のことを受け入れられないとして、それがどうだと言うのだ。

ラケインは、きっと決闘でも何でもして、義父に認められようとしてくれるだろう。

身を引くことは逃避に過ぎない。

ラケインを信じられず、未だ秘密を話せていない、これはその報いだ。

ならば、義父からの言葉が否定であれば、即座にでも彼に真実を告げよう。

そして、二人の愛を勝ち取ろう。

メイシャは、そう覚悟を決め、穏やかに微笑み、義父の目を見つめ返す。


「……ふむ」

 義父が発した言葉はそれだけだった。


「ラゼル。少し鍋を任す。……ラケイン、付いてきなさい」

 そう言って、入口の戸を開き外へと出ていく。

その手には、彼の剣が握られていた。




 レイドロスの後へ続くラケインを追い、メイシャも小屋の外へと向かう。

レイドロスは、小屋から出てすぐの広場で、滝に向かって立っていた。

こちらを振り返りもせず、ただ滝に向かい、緩やかに自身の剣を抜き放つ。


 長大な、どうやって一息に鞘から抜いたのかわからぬほどに長い峰を持つ、片刃の曲刀。

大刀(たいとう)と言うには刃が細いが、その鈍い輝きからは、見た目にそぐわぬ強度があることが見て取れる。


〈魔剣・紅月〉

 その名の由来は、敵の血に(あか)く染まる弧月のような刀に由来するという。


 一閃。

その剣を奮ったことを視認できないほどに素早い剣戟。

飛沫を、滝を、そして空間をも断つ。

滝に向かって振るわれたその剣は、僅か数瞬とはいえ、確かに滝を二つに割った。


「……俺は、あのラゼルに負けた。それは奴が俺にはない絆という力を持っていたからだ」

 レイドロスは滝の方を向いたまま語りかける。

視線は滝へ向けられている。

だが、その言葉は確かに彼の息子へと向けられたものだった。


「……その力を得るべく、お前を拾った。そして、俺は絆という力を得た」

 レイドロスが振り返る。

その姿は、魔族すら魔と呼ぶ“魔剣”のものでは無かった。

そこに居たのは、ただ一人の剣士(父親)


「……お前の剣が見たい。ただ一刀。それに全てを込めよ」


 ラケインが歩を進める。

義父に目をくれず、滝へと向かう。

滝の飛沫が彼の顔を打っている。

だが、それを気にする様子はない。


「……参ります。」

 万物喰らい(フルイーター)を構える。

右足を半歩下げ身体を半身に。

剣を顔の側面まで持ち上げる。

左足を踏み込み力を貯める。

八双(中段)の構え。

受けも避けも考えず、ただひたすらに一撃の重みに研ぎ澄ました構え。


 剣のことをよく知らないメイシャにも、その姿は美しいと思えた。

生を受け、義父と歩み、そして、メイシャと過ごした時間。

その全てが剣に込められている。


「ハァっ!」

 剣が空を断つ。

闘気を(まと)い輝きを放つ斬撃は、滝から放たれる飛沫を斬り、水の流れを斬り、空を斬った。

その光景を義父は満足げに眺める。

そして、ラケインを見つめたまま、メイシャへ語りかける。


「……息子を、頼む」

 そう、呟いたのだった。




 メイシャが小屋に戻ると、ラゼルが楽しげに食卓の準備をしていた。

元は二人用の小さな机に、無理やり4人分の皿を乗せていく。

椅子はレイドロスと幼かった頃のラケイン、二人分しかない。

ゴソゴソとラゼルが奥から出てくると、その手には不格好な椅子が二脚、ぶら下がっていた。

丸太を薄く斬っただけの板に四つ割りした(まき)を釘で繋いだだけの椅子。

それを二脚の椅子の横にそれぞれ置いていく。

無骨な癖になんとも家庭的な事だ。


「父祖と大いなる大地よ。今日の糧に感謝し、祈りを捧げる。願わくば、全ての民、全ての命に(さち)多からんことを」

「大いなる天よ、地よ、母よ、父よ。今日もまた糧を与えたもうたことをここに感謝します。願わくば、すべての民と明日の我らにも祝福のあらんことを」


 食事の準備を終え、それぞれに席へ腰を下ろす。

レイドロスとラゼルに合わせ、それぞれに食前の祈りを捧げる。

食事は、見た目には質素なものだった。

大ぶりの肉と炊いた米、それに果物と獣のガラを炊いたスープだ。


「おいしい」

 ひと口頬張り、メイシャの口から思わず声が出る。

米は朝方に炊いたものだったのか冷えていたが、嫌なベタつきもなく、かといって乾燥してもいない。

むしろ、炊きたての米に多い強い香気がなくなり、米のほのかな甘さが引き立っている。


 大振りな肉は、食べてみるとこれ以上ないほどに柔らかく、肉汁がたっぷりと溢れる。

捕ったばかりではなく、二日間熟成された肉は、汁気を損なうことなく旨みだけを増幅させている。

仕込みの段階からなにか手を加えているのか、東国(ノガルド)で多いような香辛料をたっぷりと使った焼き方ではなく、西国(エティウ)式の塩と脂だけで焼いた肉のはずだが、実に様々な味が溶け込んでいる。


 そして骨ガラのスープが特に素晴らしい。

こちらは東国(ノガルド)式に香辛料がふんだんに使われ、香りからして食欲をそそる。

長時間煮込んだだろう出汁も、丁寧にアクを取り除いたようで、獣臭さを微塵も感じさせない。


「うまいだろ。意外にも過ぎるが、こいつの料理は絶品なんだ」

 ラゼルが嬉嬉としてフォークとナイフを滑らせる。

確かに、意外だ。

無口で強面(こわもて)

“魔剣”とまで恐れられた魔族がまさか料理上手だなんて、アロウ(『魔王』)でさえ知らないんじゃなかろうか。

メイシャが呆気に取られていると、ラケインが苦笑する。


「父さん曰く、剣にしろ体術にしろ、強さの資本は身体だ。食事をおろそかにして剣を極めようなど愚の骨頂、だそうだ」

 ちらと義父の方を見ると、うむ、と静かに頷く。

だからと言って、ここまで凝ることはないだろう。

ラケインそっくりにあらゆることをおろそかにできない性分なのだろう。

そうして、穏やかな時間が流れていった。

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