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第六章)立ちはだかる壁 歯車

■闇重ね⑦


「だったら、要らなくしちゃえばいいんじゃないっスか?」

 漠然とした、しかし、大胆な、常識の外と言える意見だった。


「宮廷魔導師さんの前で言うのもアレっスけど、うちは泥棒だったっス。だから、逆に物を取られないようにすることも考えてたっス。相手がいいものを持っているから欲しいと思う。だったら、持っているものが価値がないようにみせる。そうしたら、欲しくもならなくなるっス」


「要らなく、させる……」

 メインの言葉を繰り返す。

確かに盲点だった。

魔力、というものをよく分かっていないメインだからこその意見だったのだろう。

魔力とは生命そのもの。

非生物に魔力を与えればゴーレムなどの仮生物になるし、極限まで濃縮すれば魔族や精霊となる。


 『神』の思惑とは別に、今の問題点は二つ。

魔族の大陸で猛威を振るう濃密な魔力によって引き起こされる天災。

そして、『神』がこの世界を狙っている事実。

その二つをどうにかして(しの)ごうと必死だった。

だが、その問題は表裏一体。

根本では一つの問題だったのだ。


「この世界から、魔力を無くす。……いや、魔力の変質? これは、腕がなるわね」

 フラウの目が輝いている。

彼女の本質は学びの徒だ。

そして、今は大国の頂点でもある。

主技術が実現するまでに発生する、様々ないくつもの副次的な発明や効果について、そしてその恩恵について、瞬時に思い描くことが出来たのだろう。


「魔族を始め、私たち魔法使いはこれまで、いかに魔力を効率よく使用するか、いかに効果を発現させるかということに心血を注いできたわ。……魔力そのものの改良。ふふ、面白いわ」

 幼い見た目に反する妖艶さも、高圧的な威厳もない。

今のフラウは、玩具(おもちゃ)を与えられた子供のように、ギラギラと輝いている。


「それが実現可能かどうかはこれからの課題として、魔力の減少、また改変が実現できれば、『神』の気をそらせるし、魔界で暴れ狂う魔力災害も解決する」

 言われてみればなぜ思いつかなかったのか、その方が不思議な程に、見えなかったピースがピッタリと当てはまる。


「フラウ、この線で行こう。技術開発については僕も協力できる。エティウのリュオや、“血獣”のビルスにも協力してもらおう。同時に僕達は冒険者として、暴れる小魔王の討伐をすすめる」

「私は、温厚な小魔王たちをまとめて、“闇重ね”の完了を遅らせればいいのね」


 フラウとのあいだでトントンと話後まとまっていく。

世界中の魔力の操作。

これ程の難事、絵空事に終わるかもしれない。

だが、これまで着地地点さえわからない暗雲の中を手探りでいたのだ。

『神』の降臨から1万年、魔族が未曾有雨の災害にに(さら)されて九千年。

やっと、その解決法が見えてきたのだ。


 もはや猶予は幾ばくもない。

失敗すれば、魔族どころか人間すら滅ぼされるだろう。

だが、もはや恐れはない。


 決着をつけよう。

二年前の人魔会談と同じだ。

この場には、僕を含め、8人しかいない。

だが、この1万年の怨讐(おんしゅう)を払うための第一歩が、確実に踏み出された瞬間だった。




「これでお別れだね」


 メインとペルシに別れを告げる。

あの後、フラウに頼んで、二人をノスマルクの冒険者学校に入学させることにした。

二人の能力について話すと、


「ふぅん、妹の方はリオハザードにも(まさ)る魔力操作持ち。姉の方は猫人(キトゥル)族特有の敏捷性に加えて機転が利く戦士型ね。うちのエアロネ当たりに鍛えさせたらいいとこいくんじゃない?」

 と、即断で受け入れてくれた。


「アロウの兄さんには、ホントになんてお礼言ったらいいか」

「アロウマン(さん)ヤキラホユ(ありがとう)ロマワサム(ございます)

 メインが柄にもなく、しおらしくしている。

目の不自由な妹を守らなくてはならないという重圧が、彼女を苦しめていたのだろう。

メインだけではない。

姉の苦しみの原因が自分だと知っているペルシの悲しみも想像に難くない。


「僕はきっかけを作っただけだよ。フラウが認めてくれたのは、二人の力なんだから。僕としては、盗まれた財布が戻っただけでいいんだよ」

「い、今更その話はなしっス!」


 メインがポカポカと背中を叩いてくるのを、皆で笑いながら見ている。

2週間ほどの付き合いだったが、二人とはもう長い知り合いのようだ。


「メイン、ペルシ。私からは二人にお礼を言わせて欲しい」

 リリィロッシュが二人の手をとる。


「二人のおかげで、私は私であることに確信が持てるようになった。本当にありがとう」

 この三人のあいだに何があったか、詳しくは聞いていない。

だけど、今のリリィロッシュからは、船上で感じたような危うさはない。


「だから、これから冒険者となる二人に、贈り物をしたい」

 そう言って、リリィロッシュは二人にそれを手渡す。


「姉さん、これって……」

 二人に手渡したもの。

それは、リリィロッシュの武器だった。

メインには狐月大刀(シルバーテイル)を。

ペルシには精霊の羽根(エレメンタルフェザー)を。


狐月大刀(シルバーテイル)は、見た目よりも随分と軽い大剣です。先端が重くできていますから、技術次第では、非力なものでも大ダメージを狙えます。精霊の羽根(エレメンタルフェザー)は、魔法の補助具です。一度扱った貴方ならわかると思いますが、魔力制御のサポートから魔法の強化まで、使い手次第でどれだけでも強くなれる武器です」

 リリィロッシュは、メインとペルシそれぞれに手を添える。


「こ、こんな大事なもの、受け取れないっスよ。これがないと、お姉さんも困るんじゃ……」

「聞きなさい。冒険者という仕事は、危険がつきまとう。想定外の強敵に出会ったり、不運な事故もありうる。その時に少しでも二人を守ってあげたいのです。少なくとも能力だけについていえば、私は《反逆者(リベリオン)》の誰よりも強いのです。心配はいりません。だから、二人が受け取ってくれると、私は嬉しい」

 そう言って穏やかに微笑み、添えた手を内に握らせる。


「姉さん……」

 メインとペルシは、手渡された武器をだきしめ、黙ってコクコクと頷く。

リリィロッシュも、メインたちも、どちらがというでもなく寄り添い、抱きしめあった。




「それじゃあフラウ。お世話になったね」

「ええ。いつでも来なさい。決着は着いても貴方という存在が私の中で小さくなったことは無い。いつか今度は私自身と魔法勝負ができるほどに腕を上げなさい」

 あれから三日、帝都デルへ戻り、宮廷魔導師の特権をフルに利用した接待をうけ、存分に帝都観光を楽しんだ。

とは言っても、本来宮廷魔導師なのは、分身であるロゼリアの方だ。


「……主とはいえ、いい加減にしてください」

 厄介な仕事だけロゼリアに任せて特権だけ振りかざすフラウに、本気で魔力を込めた呪いを放っていたが、大魔導師の二人にとってはじゃれ合いに過ぎないのだろう。

もっとも、普通の人間なら即座に発狂した挙句、周囲の人間にまで呪詛が及ぶようなレベルの魔力ではあったが。

実際に戦った相手だけに、少しだけ同情する。


「『魔王』様。私はデルの市街で酒場を営んでいます。こちらへお見えの際は、ご連絡いただけましたら、異空間を繋げてお迎えに参りますわ」

 この主にしてこの配下と言うべきか、ウォルティシアは、フラウの出資で酒場を任されているというが、経営は人を雇い、酒場に居座って、ただ酒を飲んでいるだけらしい。


 そもそもフラウとの出会いは、『勇者』が死んで放浪していたフラウと酒場で飲み明かし、意気投合したことが始まりというから驚きだ。

争いを嫌い、長く続く戦争を終わらせるために配下へと加わったかつての“堕天”。

彼女の意外な一面に驚くとともに、魔王時代にも一度飲みに付き合ってもよかったかと、少し後悔する。


「ご主人様。エアロネはご主人様に付いていきます!」

「ちょっと!もう帰るって言ってるんだから、ラク様から離れなさいよ!」

 すっかり年下キラーと化したラケインを挟んで、二人の少女がキャイキャイと騒いでいる。

年下と言ったが、実はこのエアロネ、フラウが魔力を込めて生んだ初めての使い魔ということで、生まれてまだ三年程度らしい。

魔王を含めた高位魔族は、自分の魔力を凝縮して新たな魔族を生み出すことが出来る。


 エアロネ本人とラケインから、二人の戦いについて聞いたが、エアロネ自身は、剣士ではなく魔法使い型の魔族らしい。

剣を使うのは、彼女の性分と類希な才能によるものだそうだ。

生まれて三年。

豪剣も柔剣も、大剣も双剣も才能だけで使いこなす。

だからこそ、長年の修練によって研ぎ澄まされたラケインの剣に見惚れたとのことだ。

本人にとっては笑い話なのだが、末恐ろしいメイドもいたものだ。


「ほっほ。エアロネや、どんどんやるがいい。乱暴な娘っ子め、いい気味じゃ」

 ランデルという老人は、以前のフラウ同様、人間という枠を超越した魔人で、かつて潰した研究機関の長だった。

小魔王となってノスマルクの裏側で暗躍するフラウのことを知り、更なる魔法の深淵を極めるために傘下に加わった。


 表向きは、ノスマルクの頭脳である元老院の重鎮であり、革新的な意見を主張するロゼリアの反対勢力に所属している。

あえて敵対する勢力に身を置くことで、反乱因子のあぶり出しや、対抗意見の流れを操作する役目を持っている。

こうして言動だけ見ている限り、メイシャなどより余程幼稚にも見えるが、そこは老獪(ろうかい)のなせる技なのだろう。

多分。


「お兄さん、お姉さん。うちら、頑張ってお兄さんたちみたいな冒険者になるから」

 獣人の姉妹は、リリィロッシュから貰った武器を手に見送りに来た。

春の入学時期までは、フラウが直々にしごく予定になっており、二人の体は既に傷だらけになっている。

だが、この時期に負う傷の一つ一つが、後の命綱となることは僕もよく知っている。


「メイン、ペルシ。大変だろうけど、頑張って」

「はい」

「ハイ」

二人は満面の笑顔で答える。




「アロウ、出発するぞ」

 ようやくエアロネから逃れることが出来たラケインが、馬車を魔蜥蜴(ホラレ)に取り付ける。


「それじゃあ、また」

 帝都デルに着いて十日。

エウルを出て一月になろうとする。

名残は惜しい。

だが、一刻も早く、戻りたくもある。


 ガタン。

魔蜥蜴(ホラレ)馬車の車輪が動き始める。

ゆっくりと、やがて、スピードに乗るとクルクルと目に止まらぬ早さで回り始める。

それは、今の僕達と同じだ。

運命の歯車は回り始めた。

今はまだ、やっと軋みをあげて動き出したところだ。

だが、この車輪と同じく、一度周り始めればあとは加速するだけ。

この流れは止められない。

『神』との決着。

その行方を占うように、前方の空を見上げる。


 空は、晴れていた。

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