第二章)冒険者の生活④ 初めてのクエスト
目標のモルモル茸は、この辺りの特産品でもあるが、野獣や魔物の主食でもあるため、なかなか入手が困難だという。
ドネ村から南へ2km離れた森に群生地があるので、まずはそこへ向かう。
森へ向かうにつれ、茂みが多くなり、道は荒れ、死角も多くなってくる。
「アロウ、この雰囲気、覚えておいてください。こういった感じの道からは魔物が出現しやすくなります。ベテラン冒険者だろうと、小鬼の毒矢で命を落とすのが、冒険者の世界です」
言われて、これまで軽快だった足が途端に重くなる。
まさか、こんな場所でCランクオーバーの魔物なんかは出ないだろう。
それでも、Eランクの偽魔狼の恐ろしさを実際に知っている身としては、なかなかに緊張する。
あれで、最下位の魔物なのだ。
魔王時代の知識から、こういう時は、
①むやみに剣を抜かない
②最大限の警戒をしつつ、力を抜く
などが大事なことは、知っている。
剣を取れば意識がそちらへ持っていかれ、警戒が疎かになる。
警戒しつつ、力を入れすぎれば、体力が持たない。
僕自身、かつては部下にそのように諭して指揮したものだ。
しかし、自分がいざ弱者になって体験してみると、これほど難しいこともまたない。
すぐ目の前の茂みから、いつ飛びかかってくるかもしれぬ魔物、その恐怖から、自然と手は腰のナイフへと向いてしまう。
結果、足元がおろそかになり、つまらない木の根に捕まり転んでしまうのだ。
実際、こんな事で足をくじいて、小鬼の餌食になる見習い冒険者は後を絶たないらしい。
突如、空気が変わる。
道が、茂みが、しんっと静かになる。
「気づきましたね。どこからか魔物がこちらを狙っています。ナイフを構えてください」
僕一人に経験を積ませるためだろう。
リリィロッシュは、警戒しつつ、僕から遠ざかる。
ナイフを構え、両手で支える。
全方位への集中。
意識は、一点でなく全身から集中する。
ジリジリと前進する。
その時、意識の端にチリチリとした動きを感じた。
殺気だ。
上、山道を覆うようにした木の枝から黒い影が襲う。
奇襲とも言える上方からの急襲も、それと分かっていれば怖くない。
サッと身を翻し、間合いを取る。
小鬼だ。
その手には毒が仕込んであるだろう、短刀が見える。
小鬼。
Eランクの亜人系魔物。
非力だが狡猾。
150cm程度の身長で矮躯。
言語を有する程ではないが、低位の魔法を使う個体もあることから、知性は高い。
人間の真似をして三匹以上のパーティを組むことも多く、連携を取られると侮れない。
短剣持ち・兵士
長剣持ち・戦士
魔杖持ち・術師
などの個体がある。
幸い、魔物の影は一体。
はぐれのようだ。
リリィロッシュからの指示はない。
この程度なら予定調和なのだろう。
はぐれ小鬼は、奇襲が失敗したことに腹を立てたのか、短剣を片手で振りかざし、突撃してくる。
「それは、上手くないでしょ」
偶然にも、身長も装備も、力もほぼ同じ。
だがそこには、圧倒的な経験の差があった。
小鬼が振り上げた短剣を、下段に構えたナイフで弾く。
非力なのだから、剣は両手でしっかりと握るべきだ。
上段へ振り抜いたナイフをそのまま、ガラ空きの胴体へと叩き込む。
「ぐきゃぉぉあぁ!」
醜い断末魔の声を上げて、小鬼は倒れた。
「お見事です、アロウ」
リリィロッシュが近づいてくる。
一応、パーティが近くにいないか、集中はきらしてないが、大丈夫そうだ。
「さて、折角の討伐ですので、解体しましょう」
そう、冒険者にとって、魔物退治は生活の糧でもある。
最下位の小鬼とはいえ、その資源は無駄にはできない。
リリィロッシュの手ほどきに従い、初めての解体を行う。
まず、死んだフリをしている可能性を考慮して、一度急所へ攻撃し直す。
この場合は頸動脈だ。
泥沼や洞窟など不衛生な場所を好む小鬼は雑菌の塊。
出来るだけ返り血を浴びないように気をつける。
次に、右耳を削ぎ、軽く水で洗う。
これが討伐確認の証となる。
最後に、胸を切り開き、魔石を回収する。
魔物や魔族は、魔力から生まれた半エネルギー生命体。
胸部の魔石を抜くと、残りの体は魔力のチリとなって消える。
これをしないと、普通の動物のように腐っていく。
逆に装備品などの素材や食材にするならば、魔石を抜かず血抜きをして、完全に活動を停止してから魔石を取らなければならない。
また、討伐確認部位の切除と魔石回収の順序を間違えると、討伐確認部位もチリに変えてしまうのが注意と言えば注意らしい。
「あ、遺留物もありますね」
チリとなって消えた後にも残る、魔力のこもった遺物、ドロップアイテム。
今回は、ゴブリンの牙が手に入った。
冒険者見習いとなって初めての戦闘は、充分な成果があったようだ。
初の魔物討伐を果たし、意気揚々と森の奥へと進む。
かつて魔王だった頃には、相手を待ち受けることはあっても、自ら足を運び冒険をすることは無かった。
もっと、他種族と、人間との交流をしてみても良かったのかもしれない。
そんなことを、うっすらと意識にも留めぬまま考えていた。
ちなみに、重要な点だが、魔物は魔族ではない。
人間サイドでは、同一視されているようで甚だ迷惑なことだが、人間と動物が同じでないように、魔族と魔物は別種の生き物だ。
この討伐が魔族相手であれば、微妙な気持ちになるだろうが、小鬼や偽魔狼程度の魔物に対してはなんの感慨もない。
「ん?」
山道から僅かにそれて小道ができている。
恐らくこれは動物や魔物達の獣道だろう。
普段は見晴らしも悪く、野生の獣に襲われやすい獣道など近寄らない方が無難だ。
しかし、よく見るとスグそこに、開けた空き地のような場所がある。
そしてそこには、
「モルモル茸だ!」
古い木の根元から折り重なるようにして生える赤い傘のあるキノコ。
間違いない、採集目標だ。
よく見ると奥の方にも点在しており、どうやらここは、野生の動物の餌場のようだった。
「リリィロッシュ、この場合は採取して大丈夫かな?」
うかつに獣道に飛び込むリスク、餌場を荒らしたことによる獣の凶暴化などを考慮して判断をあおぐ。
「大丈夫でしょう。藪に入る時にだけ気をつけてください。採集依頼は五株。多めに八株ほど貰って帰りましょう」
ナイフで軽く藪をはらい、獣道へ入る。
モルモル茸を根元からナイフで刈り取り、採取用の腰袋へ収める。
大きめのもの八株を選んで、傷を付けないように回収する。
「終わったーっ!」
歓喜の声を上げてみる。
ようやく一仕事、達成だ。
「アロウ、まだです! 獣の怒気を感じます。襲ってきますよ!」
リリィロッシュの声を聞くのと同時にナイフを抜く。
「アロウ、腰袋を下ろしてください。採取目標をなるべく痛ませないように」
そうか。
先ほどの戦闘と違い、採取目標を守らなければならないのだ。
ナイフを片手に、腰袋を外し、木の根に隠す。
小鬼とは違い、気配を隠す様子もない。
荒ぶる息、震える大地、怒りに燃える瞳。
現れたのは、侵入者を排除せんと怒りに燃える大型の大猪だった。
茶大猪。
Eランクの獣。
巨体からの突進が得意で、一撃で木をなぎ倒すほどの威力がある。
肉厚な為、刀などは威力が薄い。
これは、相手と相性が悪い。
ナイフではろくな手傷にならない。
最悪、ナイフを突き立てたところで、腕ごと吹き飛ばされるのが落ちだ。
そんなことを考えるが、まずは怒れるボアから距離をとって逃げる。
ナイフが効かない。
だとすれば、魔法だ。
ナイフをしまい、母さんからもらった小型の杖を取り出す。
杖と言っても、ナイフとそう変わりない長さの鉄の棒だ。
先の方に、小さな魔石が埋まっている。
魔力操作で身体を活性化させる。
魔闘法という。
一時的に身体能力を底上げする術だ。
一流の戦士や魔法使いならば必須の術。
今なら大人二人と力比べをしても負けないだろう。
迫り来る大猪を正面から睨む。
自身の反応速度、大猪の突進、それを計算してギリギリの所で躱す。
大猪は大木にぶつかり、そのまま木をへし折ってこちらを向く。
しかし、そこには数秒の隙。
「石礫!」
詠唱すら破棄した大地系の下位魔法。
杖に魔力を込めることで、威力を補う。
普通の魔法使いなら、その場に足を止めて、魔力を再度溜めて、畳み掛ける。
しかし、生憎とこっちは普通じゃない。
石礫など意に介さないとばかりに、無視して再突進してくる大猪。
しかし、幾分目がやられているのだろう、大木にぶつかってくるが、既にそこに僕はいない。
行動しながらの魔法行使、〈同時詠唱〉。
走りながら溜め、回避しながら溜め、魔法を行使しながら溜める。
これも一流の魔法使いしか行いえない、僕にとっては当たり前の技の中の一つだ。
大猪から身を躱すと同時に置き土産。
「氷槍」
視界の悪くなったボアは自ら氷の槍へ突っ込み、串刺しとなった。