第六章)立ちはだかる壁 〈勇者システム〉
■闇重ね⑥
「みんな聞いてほしい。〈勇者システム〉について、ちょっと仮説を思いついた」
正直半信半疑だ。
だが、これまでの情報と、仮にも魔法の深奥を極めた元魔王としての知識が、それを裏付ける。
「なによ、もったいぶって。」
フラウが先を促す。
だが、まずは確認しなくては。
「その前に。リリィロッシュ、僕の名前を覚えているかい?」
突然の質問に、リリィロッシュが困惑の表情を向ける。
「アロウ、だという事ではないんですよね?」
あぁ、そうか。
この聞き方だとそうなるか。
どうも自分で思っているより、魔王だった頃に意識が引っ張られているらしい。
「ごめんごめん、今じゃなくてさ、魔王だった時の僕の名前の事だよ」
「魔王様……、確かリオハザード様、でしたね」
リリィロッシュが不安げに言う。
やはり、リオハザードの名前は知らなかったか。
フラウがその名を連呼しているので分かるだけなのだろう。
仕える主の名を知らないという事実に、所在なさげな様子だ。
だが、これで確信をもてる。
一般に人間達はおろか、魔族でさえもかなりの高位にいるものでなければ、魔王の名を知らない。
自分たちの絶対的な王であり、困難から救う希望の星であるにも関わらずだ。
唯一無二の存在として、『魔王』様、と呼べば、それはただ一人のことなのだ。
そしてそれは、『魔王』だけに限ったことではない。
「フラウ、君にも聞きたいんだけど、『勇者』の名前は覚えてる?」
「勇者? そりゃ覚えて……、あら? そう言えば『勇者』のこと、『勇者』としか呼んだことないわ。本人も、僕が『勇者』だって紹介してたし」
やはり、だ。
『勇者』もまた、『勇者』としか呼称されていない。
親しい者や王国の記録の一部等を除き、『勇者』、『戦士』、『魔法使い』、『僧侶』の本名は広まっていない。
これは、本来英雄である彼らにしてみれば、あまりにも異常な事態のはずだ。
だが、それを誰もが不思議に思わない。
『僧侶』であるエレナ先生が身をかくせているのも、本当はそちらの理由が大きいのかもしれない。
「アロウ、話が見えてこない。いったいどういう訳なんだ?」
黙って聞いていたラケインが痺れを切らして尋ねる。
確かに、これはどちらかと言えば魔法の部類になる話だし、ラケインがピンと来なくても仕方がない。
だが、ここでフラウが助け舟を出す。
「『勇者』や『魔王』は『神』が作っていた。同じように、『戦士』や『僧侶』、『魔法使い』も『神』の仕業ってことね。確かに歴代の勇者パーティも全く同じ編成で、個人の記録なんてほとんど残っていないはずだわ。本人の個性である真名を塗りつぶすほど強力に役割として固定されていたってこと?」
流石に魔法を極めたフラウには、このやり取りで思うところがあったようだ。
そう。
人間の世界の歴史を振り返ってみれば、歴代の勇者やパーティ達の名はほとんど残っていない。
何故か、『勇者』や『戦士』と呼ばれていた。
そして、歴代の勇者パーティも、多少のイレギュラーはあっても、その殆どが何故か、『勇者』、『戦士』、『魔法使い』、『僧侶』の四人で構成されている。
「昔から『戦士』の奴は言っていたわ。『勇者』との出会いは運命だったって。私もそう思っていた。だけど、それは真実だった訳ね。『神』によって固定された役割という名の運命。……ふざけてるわ」
道化を演じさせられた一人として、フラウが毒づく。
気持ちは痛いほどわかる。
僕も、いや、我も、〈やられ役の『魔王』〉を演じさせられていたのだ。
だが、これでも答えは半分だ。
「でも先輩、それが小魔王の動きとどう関係があるんです?」
メイシャが手を挙げて訊ねる。
そう、それが残り半分。
〈勇者システム〉の本命であり、アイツの策略が最終局面に入ったことを示す証拠だ。
「うん。小魔王のコート、“暗星の神衣”は全部で何色あったか覚えてる?」
つい先程の話題だが、あえて確認させる。
「えっと、黄、赤、黒、青の四色ですよね?」
「そう。小魔王は、分類すれば四つのグループに別れるんだ」
ここでひと呼吸置く。
これまで分かった事実を全部繋ぎ合わせれば、答えは見えてくる。
「①『勇者』と『魔王』は、一組で作られる。②勇者パーティの役割は四つ。③小魔王のグループも四つ。この三点から考えると、『神』が狙ってる〈勇者システム〉の目的は……」
「つまり、最強の勇者パーティを作ること」
フラウが話しをまとめる。
最初の『勇者』と『魔王』は、『魔王』が生まれた反存在として『勇者』が生まれた。
次代以降は、『神』が『勇者』を作り、『魔王』が反存在として生まれた。
そしてここに来て『神』は、最初の仕組みに戻ることを思いついたらしい。
百八もの小魔王を生み出し、潰し合わせ、その反存在として、最強の勇者パーティを作り出す計画なのだろう。
闇の力を凝縮させる。
毒虫を壺の中で殺し合わせる邪法、蠱毒のように。
それが、《“撃鉄”の魔王》との会話に出てきた〈闇重ね〉か。
そうして生まれた闇の力に対する、最強の光の力を持った勇者パーティを役割で固定させて生み出す。
なんとも稚拙な、なんともバカげた、そして、なんと大掛かりな計画だろう。
九千年もの間、繰り返された茶番によって、魔族の力は衰退した。
だからこそ、『神』は、最強の手駒を作って、今度こそこの世界から魔族を根絶させようとしているのだ。
沈黙が降りる。
元『魔王』である僕、元『魔法使い』であり小魔王であるフラウ、魔族であるリリィロッシュとウォルティシア。
僕達にとって、この仮説は重い。
鉛の楔が心臓に突き刺さったかのように、体が、心が重い。
九千年にも及ぶ同胞たちの血が流れた争いが、ただの茶番であり、そして、その最悪の終幕が目の前までに迫っているのだから。
「あの、いいですか?」
そこに声を挙げたのは再びメイシャだ。
「先輩やお姉さまには申し訳ないんですけど、それって魔族の問題ですよね。だとすると、私達人間にしてみれば、問題ないんじゃないですか?」
メイシャの言葉に、フラウが刺し殺すような視線で睨みつける。
メイシャの指摘も事実だ。
このまま行けば、魔族は滅び勇者率いる人間が生き残る。
魔族にしてみれば納得できる問題ではないが、結果、世界は救われ、人間も勝利することが出来る。
客観視すれば、魔族と人間の戦争に、人間側が勝利するというだけだ。
だが、それは間違いだ。
「メイシャ、それは違う。『神』の最優先事項は魔族の絶滅。だけど、本来の目的であり最終目標は、この世界の支配なんだ。でも、この世界はねじ曲げられ、悲鳴をあげている限界の状態なんだ」
仮にも神を信仰する僧侶であるメイシャには、想像ができないかもしれない。
「『神』は人間のことなんかこれっぽちも守る気がない。大事に思っているのは、この世界であって、人間じゃないんだ。魔族の問題が片付いたら、間違いなくこの大陸を守っている結界を解いて、魔力を拡散させるだろうね。強靭な魔族を変質させるほどの濃密な魔力を、そこに住む人間がどうなろうとね」
メイシャが口に手を当てる。
無理もない。
人間にとっては神は唯一の存在であり、あの『神』の事だ。
だが、その本来の信仰は、あいつに向けられたものではない。
名も無き慈愛の女神に対するもののはずなのだ。
あいつに、『神』に、慈愛の心などない。
欲しいものはこの世界だけ。
自分の支配を受け付けない魔族さえ居なくなれば、この新大陸を維持する必要は無い。
「まだ仮定に過ぎないわ。けれど筋は通っている。操られていた本人としても心当たりがあるしね」
重苦しい沈黙は、フラウの一言で破られた。
「まぁ、仮定が正しいとして、じゃあ今後どうするのか。それが重要じゃないの?」
当事者として、思うところもあるだろう。
だが、当代きっての魔法使いである彼女に、そんなものは関係ない。
魔法使いとはそもそも学問の徒だ。
感傷的に後悔だけしていても生産性がない。
問題があれば対策を講じる。
それが魔法使いの思考なのだ。
「そうだね。敵の目的がわかった。戦略もわかった。いくら『神』が相手だとしても、対策を練ることくらいはできるはずだ」
「だが、どうする? すべてを理解出来たつもりもないが、九千年もの計画が最後の詰めに入ってるんだろ。話を聞く限り、もう詰んでいるようにも思えるが」
ラケインの意見に皆の顔が暗くなる。
今は楽観視すべき時じゃない。
だが、事の困難さが分かるだけに、不可能という言葉を、口に出せずにいた。
「あの、いいっスか?」
場を動かしたのは、意外にもメインだった。
「話のスケールが大きすぎてついていけないっスけど、要は『神』様が悪者で、この世界を欲しがってるんスよね?」
成り行きでこの場にいるが、元々はただの一般人。
『神』との因縁はおろか、勇者にも、魔王にも縁のない、ただの孤児だ。
「だったら、要らなくしちゃえばいいんじゃないっスか?」




