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第六章)立ちはだかる壁 『神』

■闇重ね④


 突然、天が落ちた。


 そう錯覚するほどの、重圧(プレッシャー)を感じる。

重苦しいなどでは表現が足りない。

実際に重圧を感じるほどの圧迫感。

その発生源は明らかだ。

白磁よりなお白い肌。

黄金よりなお輝く金髪。

伏せられた目からうっすらと見える、太陽よりも煌めく瞳。

完成された美と思えたウォルティシアでさえ霞むかという美貌。

きめ細かな白い薄布でゆるりと覆われた肉付きのいい肢体は、心ではなく魂を麻痺させるほどに魅了する。


 ぐっ、と唇を噛む。

心を強く保て!

僕は、この存在(・・)を知っている。

一万年もの永き時、苦しめられた怨敵。

決して心を揺さぶられるな!

そう、自分に言い聞かせてなお、頭の奥がジンと痺れる。


──『神』


 この世界には、古くから神への信仰があった。

だがそれは、日々の営み、日々の恵みに対しての感謝だった。

永い信仰が形を持ち、“堕天”したウォルティシアは例外として、この世界において神とは、大勢の思念により自然の魔力が影響された、偶然という名の実在しない存在だった。


 それが一万年前、この『神』が他の世界から降臨してきたのだ。

『神』からすれば、この世界は命の源ともいえる魔力が豊富であり、とても魅力的な世界だったらしい。

たがこの世界に栄えていた種族、現在でいうところの魔族は、その波長が合わず自分のものに出来なかった。

そこで、世界の捻じ曲げ、元々自分が治めていた世界の一部を出現させたのだ。


 以来、新しく現れた地には、現在の人間が栄え、元々あった魔族の大地では、天変地異が日常となった。

これが、魔族と人間が争う歴史の始まり。

この九千年もの歴史だ。




「我、『神』が告げる」


 しゃなりと、儚げな声が頭の中に響く。

実際に話している訳では無い。

口元は動かず、完璧な美を保ったままの姿だ。

突如、地面が傾く。

否、これは僕が頭を下げているのか。

全く意識もしないまま、『神』に向かって低頭する。

いや、させられている。

決して、心の底から平伏した訳では無い。

それが証拠に、体を動かそうとしても、自由が全く効かない。

なんとか横目に仲間達を見ると、やはり片膝を地につき、深く(こうべ)を垂れている。


「“黒薔薇”よ、“撃鉄”との〈闇重ね〉の儀、見事であった」


 再び頭の中で声がする。

〈闇重ね〉、そう言ったか。

《“血獣”の魔王》ビルスに聞いた話では、小魔王となるための力を与えたのは、この『神』のはずだ。

そして今、小魔王同士で潰しあわせているのも。

つまり、この魔王同士を潰し合わせる行為が、何らかの儀式であり、それが〈闇重ね〉ということなのか。


「我、告げる。この儀により、“黒薔薇”に新たな〈核〉を与える」

「はい。ありがとうございます」


 この姿勢では、周りの状況が分からないが、《“撃鉄”の魔王》との話に出てきた、〈魔王の核〉とやらが下賜(かし)されたようだ。


(はげ)め。残る魔王は65柱なり」


 その言葉を最後に、張り詰めていた重圧(プレッシャー)が消える。




「がはっ、はっ、はっ」


 目が回る。

息をすることすら忘れていたかのように、体が空気を求める。


 あれが、『神』。

時間にして本の数分。

それだけの間に、何度意識を持っていかれそうになったか。

歴代の魔王の記憶を持っているので、知識としては知っていたが、実際に目の当たりにするのは、魔王時代を含めても初めてのことだ。


 次元が違う。

強いとか勝てそうにないという話ではない。

例え小さな虫でも、圧倒的な数を揃えるか状況次第では人も殺せる。

だが、絵に書いた虎では、逆立ちしても人に傷一つつけることは出来ない。

その力の差を測ることすらできない。

『神』の力は、それほどのものだった。


 落ち着くと、体の支配が溶けていることに気づく。


「『魔王』様、ごめんなさいね。時間もなかったし、今目をつけられても困ると思ったから、体を支配させてもらったわ」

 顔を上げると、ウォルティシアがくすくすと笑っている。

やはり、あれは彼女の技だったか。

あらゆるものの無効化。

それが彼女の得意技だった。

今で言えば、僕の全ての行動・動作に対する制止だ。


「いや、ありがとう。あれがなければ下手な行動をして取り返しがつかなかったかもしれない」

 ウォルティシアの力も、流石は元神と言えるものだ。

僕をはじめ、魔族であるリリィロッシュも含め、六人もの行動を完全に支配させるなど、並の技量では考えられない。


 “堕天”した元神にして、水と精神系魔法の使い手であるウォルティシア。

魔王時代、争いを嫌い従軍を拒んだ彼女に挑み、敗れたことがある。

剣や戦術を駆使すればともかく、魔法戦では太刀打ちできなかった。


 だから、『神』の力も理解した、つもりだった。

あの時のウォルティシアですら、本気は出していなかった。

それは分かる。

だが、あの『神』の力は、そんな程度ではなかったのだ。


「リリィロッシュ、大丈夫?」

「えぇ、強制支配の呪法。久々ですが経験がありますから。ほかのみんなは?」

 リリィロッシュを気遣うと、他のメンバーもよろよろと立ち上がる。


「ああ、少し目眩がするが無事だ」

「うぇぇ、目が回りますぅ」

「うちらはムリっスぅ」


 四人とも反応はまばらだが、無事のようだ。

それにしても、みんなは、か。

このほんのわずかな時間だったが、何かあったのかリリィロッシュの気持ちが落ち着き、周りに目がむいたことが何より嬉しい。


「はいはい、仲間ごっこもその位にして。話を進めるわよ」

 手をパンパンと叩いて、フラウが注意を引く。

はいはい、仲間外れにした訳じゃないから拗ねるなよ。


「まず、リオハザード。確認だけど、魔族の目的は、あの『神』が起こした魔族の大陸の天変地異を止めること。ひいては、この新大陸のどこかに眠る、〈世界の核〉を見つけ出し、溢れる魔力をこの地に逃がす。間違いないわね?」

「うん、今となっては遺恨が強すぎて手段と目的が逆になってしまっているけど、この新大陸を覆う結界を壊し、世界で暴走している魔力を逃がす。それが魔族の目的に間違いないよ」


 そうだ。

だからこそ魔族は人間の世界を攻めた。

全てはこの世界の崩壊を止めるために。

その結果、人間の大半が魔力の波に飲まれてしまうとしても、だ。


「で、『魔王』っていうのは、特別に濃い魔力の中で生まれた、魔族の中の突然変異。その力で魔族を強化させて生き残ってきた。これも正解でいいわね?」

 フラウの言葉にうなづく。

魔力とは災害であると同時に命の源だ。

天変地異が荒れ狂う地に対応するかのように生まれた、魔族の頂点である魔族。

それが魔王だ。


「……なら、私たち小魔王の正体も分かるわね?」

 再度頷き、答える。


「『神』が魔力をねじ込んで作った、神造の魔王」

「その通りよ」

 ビルスに、『神』から力を貰ったと聞き、予想はしていたが、改めて絶句する。

濃い魔力から生まれた魔族ほど強い。

これは当たり前の事実だ。

元々、魔族とは濃縮された魔力が物質化する程に凝縮した、半エネルギー生命。

だが、複数の魔族を後天的に魔王化させる程の魔力を操るとは。


「フラウ、『神』の目的はいったいなんなんだ? 小魔王ほどの力をいくつも作り、手駒が欲しいのかと思えば、小魔王を潰し合わせる。それに、当初は人間を襲うための力だと言っていたようじゃないか。人間は『神』が作った、言わばあいつの子供のはずなのに」


 そう、そこが分からない。

神の言葉は二転三転する。

人間に抗う力を与える。

旧魔王軍を狩れ。

そして今は、小魔王同士で潰しあえ、と。


「いったい、『神』の狙いはなんなんだよ」


 僕の言葉に、フラウは顔を歪める。

その表情は、苦しみにも、後悔にも見える。

だが、それも一瞬のこと。

すぐにその表情は消え、いつもの勝気な顔つきに戻る。


「その前に、『勇者』についてどう思う?」

「『勇者』?」


 突然の切り替えに戸惑う。

『勇者』。

代々『魔王』の宿敵にして、人間の守り手。

そして、魔族殺しのための神の代弁者。


「『神』が魔王に対抗するために生み出した、魔族の敵。……違うのかい?」

「いいえ、それで合ってるわ」


 フラウは事も無げにそう言い捨てる。

だが、なんだと言うのだろう。

それはもはや一般の人間ですら知っている常識の部類の話だ。

それなのに、フラウの顔には、苦悶の表情が再び現れている。


「大体は正しい。だけど、決定的な部分で2つ、大きな間違いがあるのよ」

 そう呟いたフラウは、苦しげに続けた。


「リオハザード。あなたも神の代弁者だと言ったら、驚く?」

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