第六章)立ちはだかる壁 もう一人のフラウ
以前も前書きで書きましたが、小魔王のコートは、ゴシック風ロングコートです。
アクセサリーはなし、無駄にポケットや留め具、飾り帯が多い感じです。
■vsフラウ=クリムゾンローズ⑨
「そこまでよ。それにありがとう、ロゼリア」
蹲るフラウの向こうに現れたのは、紛れもなくもう一人のフラウだった。
「えっ? そんな、うそでしょ?」
目を疑う。
瓜二つ、どころではない。
姿、声質、性格も含め、完全に同一人物だ。
勇者パーティの『魔法使い』、フラウ。
ノスマルク冒険者学校の生徒、フレイヤ。
そして、ロゼリア導師。
この三人は同一人物だと考えていたが、まさかもう一人いたとは。
だが、問題はそこだけじゃない。
彼女の衣装だ。
幅広の襟に同色の刺繍。
一見にはありふれた品にも見えるが、その刺繍一つ一つに魔法効果が刻まれている。
袖や合わせ、胸元にも付いている留め金は、一種の拘束具のように見えなくもない。
彼女の体躯のせいもあるが、ゆったりと作られているソレは、胸元を大きくあらわに気崩し、まるで魔法使いのローブのようにその幼い体を包む。
しかし、そんなはずはない。
アレは、人間が、勇者パーティの『魔法使い』が身にまとっていいものじゃない。
同じものを三年前に一度、そして最近も一度見た。
あの時は立ち向かう力も心もなく、直ぐに気を失ってしまった。
僕の知るそれとは異なり、色こそ“漆黒”に染まっているが、アレは……
「魔王のコート……」
呆気に取られる僕を見て、フラウは、ニヤリと口角を上げる。
「驚いてもらえたようね、リオハザード。それに、やはりこの姿に見覚えがあるというなら、閉会式に見たあの貴族は魔王のひとりだったみたいね」
三龍祭の閉会式、あの夜に僕はロゼリア導師とビルスに出会った。
やはりフラウもビルスの正体に気づいていたのだろう。
コートについても、ビルスに見せられたのだと思っているようだ。
「それに魔王のコートだなんて。そんなだっさい名前じゃなくて、きちんとした銘があるのよ。〈暗星の神衣〉。そう呼んで欲しいものだわ」
漆黒のコートがはためく。
〈新月〉を意味するその衣は、月明かりさえない夜闇のように、冷たく、暗く脈動する。
眼前のその身は幼くとも、四大国においてでさえ最強と言われる魔法大国、その頂点に立つ宮廷魔導師。
王族などを除けば、人間の中でも最も権勢を誇るロゼリア導師としての顔をもつ彼女が、なぜ、このコートを身にまとっているのか。
「……フ、フラウ様」
そういえば、彼女もいたんだった。
倒れているフラウが、もう一人のフラウを見る。
先程まで、『魔法使い』として『魔王』に敵意をむき出しにして戦っていたフラウ。
だが、彼女は目の前のもう一人のことをフラウ様と呼び、また彼女もロゼリアと呼んだ。
「つまり、そっちが本物ってこと?」
現れたフラウの方を見て睨む。
今まで死闘とも言える戦いをしてきたフラウは偽物、影武者だったのか。
満身創痍とは言わないが、はっきり言ってこちらの体力はギリギリだ。
なにより、彼女の思いを受け止めるつもりで戦っていたのに、影武者だったとはあんまりである。
「ふふ、悪いわね、リオハザード。でも、偽物という訳でもないわ」
ロゼリアと呼ばれた方のフラウは、よろよろと立ち上がるとその姿を炎へと変える。
そして、火球となってもう一人のフラウへと吸い込まれた。
「つまり分身。貴方と戦ったのは、体こそロゼリアのものを借りたけど、真実、私に間違いないわ。……一応、改めて言っておこうかしらね。私、『魔法使い』フラウ=クリムゾンローズと、宮廷魔導師ロゼリア=フランベルジュは、同一人物。こうして一つになれば記憶も統合されるし、ロゼリアの正体はフラウで間違いないわ」
そう言いながら、右手に大きな火球を作る。
その密度は異常だ。
超高密度の魔力の塊。
もしこれが炸裂したら、およそ視界に入る範囲全てが火の海となるだろう。
「ふふ、心配しないで。これはそういうのじゃないから」
フラウは、まるで綿毛でも飛ばすかのようにふっと息を吹きかけ、火球を手放す。
これでも元『魔王』だ。
これがどういうものかは見ればわかる。
火球の魔力は解き放たれ、火柱と共に一人の女性が現れる。
スラリとした長身。
姿を覆うはずのローブの上からでさえ分かる、豊かな双丘に括れた腰。
腰にまで達するスリットからは、白磁のように美しい肌の足が見える。
肩幅を上回るほどの巨大な三角帽子からは、流れるような銀髪がたなびく。
この姿を見るのは二度目になるが、間違いない。
ノスマルク帝国最強の魔導師、ロゼリア導師だ。
「改めて紹介するわ。この子は私の配下で、“火滅聖”ロゼリア。さきほど言った通り、私の分身よ」
ロゼリアは、ローブの裾を持ち上げ優雅に礼をとる。
なるほど、どことなくフラウの面影はあるが、何よりも大人の姿だ。
すぐに分からなくとも無理はない。
何よりも、十六年前に対峙した時には、三角帽で顔が隠れていたしな。
「失礼しました、リオハザード。勇者パーティの『魔法使い』だった頃の力で挑むため。かつてあなたと戦った人間フラウとして、ケジメを付けるために、フラウ様の代理として挑ませてもらいました」
「いや、個体として別だとしても、中身はフラウだったんあるんでしょ? 理由は理解したから、僕の方は良いよ」
意識レベルで同一なら、先程まで戦ったのは、間違いなくフラウ。
それで良かった。
それよりも、気にしなければいけないことがある。
「さて、なぜ、君がそのコートを?」
“暗星の神衣”と言ったか。
色こそ違えど、まぎれもなくそれは、《“紅”の魔王》そして、《“血獣”の魔王》ビルスが着ていたものも同じだ。
つまり、それの意味するところは……
「答えのわかっている質問をするのは、魔法使いとしてどうなのかしら。あなたの推測通り、今の私は、《“黒薔薇”の魔王》。人間達のいう小魔王のひとり」
フラウはニヤリとわらい、そう、高らかに宣言した。
「小魔王……」
思わず呟く。
これまで、小魔王とは、かつての魔物や魔族の突然変異だと考えられていた。
そして、ビルスの情報から、理由はわからないが、その力は魔族を敵視する『神』が与えたものだとわかっている。
しかし、いくら魔人化しているとはいえ、人間を魔王に進化させるとは。
「フラウ。なぜ君が小魔王となったのか、教えてくれない? 今の君なら、僕達の目的も察がついているはずだ」
ビルスが言うには、小魔王の力を与えたのは『神』であるはずだ。
かつての勇者パーティでもあるフラウなら、もう少し詳しい事情を知っているかもしれない。
「いいでしょう。そのために貴方の力を試したんだしね。でもその前に、隔離したあなたのパーティを呼び戻します。説明は一回で済ませたいですしね。」
そういうが早いか、複雑な呪文と魔方陣を展開する。
恐らくは古代語を基本ときた高位魔法。
その展開速度は、先程までのロゼリアとは比べ物にならない。
「解き放て、封印魔法・解呪」
風景が歪む。
この場所も充分に荒地と読んで差し支えないが、また趣の違う荒野の様子が浮かび上がる。
そして、リリィロッシュやラケインたちの姿を残し、荒野の風景は姿を消す。
しかし、なにか様子がおかしい。
「リリィロッシュ。今の気持ち、忘れてはいけませんよ」
「はっ、ありがとうございます、ウォルティシア様」
「おらぁ、ちょこちょこいやらしい攻撃ばっかりしやがってぇ!」
「ひぃぃ、年寄りはいたわらんかぁ」
「……離してくれ」
「うふ。ラケイン様と結婚できるまでこの腕は離しませんわ」
おい、うちのメンバーは、なんで目を離すとこうなんだよ。
……どうしてこうなった?




