第二章)冒険者の生活③ リリィロッシュの冒険者講座
リリィロッシュは、ヒゲのクエストブックから、ギルドマスターが、早めに解決してほしいと言われたもの数件と、僕の修行用に難易度の低めのものを数件を選び、再受注して帰ってきた。
「では、日はまだ高いですがこれからクエストに行くわけにも行きません。今日は、宿屋を求めます」
まだ大分、日は高い位置にある。
まだまだ、というか、今からが活動時期ではなかろうか?
「いざ、クエストを始めてみれば分かりますよ。まぁ、今日のところは宿屋を探してください」
言われるがままに、酒場兼宿屋である《赤の大盾》亭で宿を取る。
ちなみに一部屋、だ。
部屋をとる時にぎこちなく固まったが、まぁ、お互い、子供に対して意識すんなっていう暗黙の空気が出来てたからね。
「さて、こういう宿屋では、一階が食事もできる酒場、二階以上が宿屋となっています。昼食を取りながら、明日以降の予定を立てましょうか?」
一階へ移りテーブルへ座る。
昼食をとるには遅くディナーには早い中途半端な時間の為、客足もまばらだ。
周囲を見渡すと、食事というより軽食やドリンクを頼みながら、打ち合わせをしているような席が多いようだ。
こういう宿屋は、冒険者以外にも行商人や旅人、遠征中の騎士団なども利用したりする。
見た限りでは、商人が雑談を混じえながら情報交換中、といったところだろう。
リリィロッシュが言うには、この《赤の大盾》亭は、まあ、上品な方の店であるようだ。
もう少し雑多な店だと、仕事に溢れた冒険者崩れが日の高いうちから飲んだくれていることも多いという。
まったく、ギルドへ行けば、少なくともその日食べる程度の仕事にはありつけるというのに、大人は困ったものだ。
メニューをざっと見ると、すぐに注文が決まった。
好物の魔羊肉の料理を注文する。
香草と魚醤タレで味付けした串焼きだが、ひと口頬張ると脂の焦げた匂いが鼻をくすぐる。
何かピリッと辛い香辛料が使われているのか、子供舌の僕には少し辛いところだが、甘い脂と相まって、すぐに二口目を食べたくなる。
欲を言えば、味付けが濃すぎてせっかくの肉の旨みがぼやけてしまっているのだが、こればかりは贅沢を言っても仕方がない。
決して不味くはないけど、母さんの料理の方が美味しいなぁ、などと考えていると、リリィロッシュがクエストの束を持ち出した。
「それでは、明日以降の予定を立てましょうか。まずはアロウの修行用に簡単な収集系のクエストを攻略します。三日ほど収集系をこなしたら、一旦ギルドマスターに依頼されている大型の討伐依頼をこなし、後は修行のクエストに簡単な討伐系を混ぜていく予定ですが、宜しいですか?」
ふむふむ、と聞いていたけど、
「大型の討伐クエストを先に片付けなくてもいいの? 一応、困っている人がいるんでしょ?」
自分の都合で怪我人が増えられても夢見が悪い。
そう思ったのだが、
「大丈夫ですよ、早急な対応が必要なものは、アロウの修行の合間にでも終わらせておきます。何も人里の近くに魔物が出ている訳ではありませんから、大丈夫ですよ」
「片手間ですか。じゃあ全体の方針はそんなところだね」
まさかの片手間発言に驚いたが、おそらくは高位魔族だろうリリィロッシュにかかればそんなものかもしれない。
魔王がまだ現れていない人間界で、魔族が苦戦するような魔物はそういないだろう。
食事も終わったところで、リリィロッシュが切り出す。
「それでは、これから郊外へ向かい、実際にアロウがどこまで動けるのかを確認しておこうかとおもいます」
実際に依頼へ出る前に、まずは僕の実力確認だ。
向かった先は本当に村の囲いから出たスグの辺りだった。
「それでは、始めましょうか。まずはナイフを」
言われるがままに、ヒゲのナイフを取り出す。
刃渡りは二十cmほど。
ナイフというには大ぶりで、柄も長めに取られているので、小柄な僕からすれば短剣に等しい。
それを丁寧に両手を添え、正面に構える。
圧倒的に筋力が足りない自覚はあるので、片手ではまず振れないだろうという判断だ。
魔力強化を使えば補えるだろうが、訓練にそれは不要だろう。
リリィロッシュが満足げにうなづく。
「流石に素晴らしい体幹ですね。経験と体格に差があるせいで幾分ぎこちないですが」
その通りだ。
魔王だった時には、人型の魔族としては大柄な二m半超えの巨躯だった。
得手とした武器も湾曲した巨大な魔剣だったし、スタイルも、それを片手で操り、片手で魔法を放つ半剣半魔の戦闘法だった。
今は違う。
150cmにギリギリ届くかという身長に、か細い腕。
村では好んで長い木の枝を振るっていたが、やはり体格上、枝の方に持って行かれてしまうことも多かった。
だからこそ、片手ではなく両手で剣を扱えるようにした。
力ないものが格上を相手する為の剣。
かつて、勇者の剣がそうだったように。
そうしてリリィロッシュと打ち合っていると、あっという間に日は傾き始めた。
「ではここまで。正直、予想以上の動きでした。元のご記憶があるとはいえ、よくご自身の体を充分に使われています。おそらく、ならず者程度なら3人程まであしらっても問題ないでしょう」
なんとかリリィロッシュから合格のお言葉をいただく。
鬼、または悪魔だ。
実際に魔族だからなんの悪口にもならないのだが、リリィロッシュのスパルタ式には、本当に参った。
しかも、僕のためだと本気で信じながら悪気があってやっているのだから最高にタチが悪い。
「しかし、やはりネックなのは攻撃の軽さとリーチですね。明日からは、今日のメニューをワンセットとして魔法技術と合わせてどこまで補助できるか試していきましょう」
そうして、リリィロッシュとの訓練初日は、ズタボロになった僕が引きずられて終了した。
翌日。
「それでは、本日から本格的に冒険者としての授業に入ります」
双子の太陽は、まだ片方しか顔を見せていない。
昨日の特訓でズタボロの僕を引きずり出し、リリィロッシュが今日の予定を確認する。
既にクエストブックを持っている僕には関係ないが、依頼を掲示してある掲示板には、既に多くの冒険者がごった返している。
少しでも安全で高額な依頼を狙うもの。
はたまた昇格に向けて難易度の高いものを見極めようとするもの。
皆が皆、今日を生きるのに必死なのだ。
「その前にリリィロッシュ、いいかい? その……僕の装備、これで大丈夫か?」
とリリィロッシュの顔を不安げに見てみる。
リリィロッシュの装備は、マントに隠れて目立ちこそしないが、かなり高品質の軽鎧に幅広の長剣。
村では傷ついていた鎧も、いつの間にか直っている。
おそらくは何らかの魔法が組み込まれた魔鎧なのだろう。
見るものが見れば、一流の魔法剣士のものとわかるはずだ。
ギルド内の冒険者たちを見てもそうだ。
さすがに全身甲冑の騎手姿など見かけないが、それでも立派な盾や厳つい長槍を持った先輩方がウロウロしている。
対して僕は、昨日歩いてきたのと同じ装備。
つまり、ナイフと魔法の杖と、採取用のポーチに飲み水と回復薬、防具はなしだ。
今日から実際の依頼を行う。
それにしては、あまりに装備が貧弱に思う。
「全然ダメですね」
「ひどいっ!?」
一切救いのない全力の否定だった。
「とはいえ、駆け出しの冒険者よりは、随分のとましなのですよ」
僕の反応をひとしきり楽しんだ後、困ったようにくすくすと笑いながら、リリィロッシュは続ける。
「知っての通り、冒険者には意思疎通さえできれば、誰でもなることが出来ます。それは文字の書けない子供、腕を失った翁だろうと、です。そんな彼らからしてみれば、きちんと歩ける靴を持ち、短いながら短刀とも使えるサイズのナイフ、何より回復薬や魔法の杖なんて持ってるんです。過保護とも言っていい状態ですよ」
どうやら、一般的な駆け出し冒険者に比べれば、大分恵まれた装備だということだ。
実際には何も変わっていないが、なんだかすごく装備が整ってきた気がする。
「全然不十分ですがね」
……ですよね。
「という訳で、まずはこの装備で、初心者向けの定番依頼。きのこ採取へ行ってみましょうか」
いい感じに落としてくれた所で、難易度E、モルモル地方のモルモル茸を目指す!
「……ところで、モルモル茸ってどんなキノコなの?」
意気揚々とギルドから第一歩を踏み出したところで、恐る恐るリリィロッシュに聞いてみる。
「はい、正解です」
「へっ?」
リリィロッシュの待ってましたと言わんばかりの笑顔に、僕は間の抜けた返事をしてしまう。
「案外大事なことなんですが、目標の確認はしっかりしましょう。同じ名前でもその地域特有の呼び方で、全く違うものの場合もあります。それに一口にキノコと言っても、木に生えるもの、土に生えるもの、岩に生えるものと様々です。自ずと探す場所も変わってくるのですよ」
なるほど、探索恐るべしだな。
勢いだけで林の中を駆け巡って違うキノコでしたじゃ話にならないわけだ。
聞くところによると、文字も読めない冒険者が、陥りやすい失敗の一つでもあるらしい。
「幸い、この依頼書は親切で、群生場所や見かけについても書かれていますね。これが無ければ、酒場や薬草屋での聞き込みから始めなければならないところです。では、参りましょう!」
なるほど、たしかに予備知識が全くない状態からでは、たかが採集依頼と言えど、情報収集から始める必要がある。
これは、昼過ぎから初めては間に合わないはずだ。
ちなみに、と恐る恐る振り返り、
「ひょっとしてこの先の修行では、こんな風に僕の失敗ありきの方式で行くんですか?」
すると、
「アロウ様の身は必ず守ります!」
とてもいい笑顔が帰ってきた。