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第六章)立ちはだかる壁 魔王の力

■vsフラウ=クリムゾンローズ⑦


 フラウは姿を消した。

表向きは謎の火災。

その火災に巻き込まれ、炎の魔女も消えることにした。

幸い、魔物の動きが活発になっており、その災害も怪しまれることは無かった。


 各地を放浪した。

月日がたっても成長しないその姿が怪しまれることのないように、一つの土地にとどまらずに世界中を巡った。

幸い、魔物が各地で脅威となっており、討伐によって生活に困ることは無い。


 そしてある日、依頼で魔族の討伐を果たす。

その魔族の一言が、フラウの運命を変えた。


「大した魔力だ。だが、『魔王』様の足元にも及ばない」


 心が踊った。

苦し紛れの捨て台詞かもしれない。

だが、これまで、自分に匹敵するような魔法の使い手とは、会ったことどころか、その話を聞いたことさえなかったのだ。


 それからというもの、すすんで魔族討伐の依頼を受けるようになった。

もはや、人間に未練はない。

だが、このおぞましい魔法の力、それを持て余していた人生も終わりを告げる。


 『魔王』。

その魔の長たる存在に会うため、魔物を、魔族を狩り続けた。


 そして、遂に出会いを果たす。

但し、目の前にいたのは、魔王ではなく勇者の一行だった。


「『魔王』を倒すのに、キミの力を貸してくれないか?」

 他人から頼られることなど、数十年ぶりだった。

それに、その目標は『魔王』なのだ。

こうして、フラウは『魔王』に会うために、勇者パーティに加わる。




「確かにあなたは強かった。でも、あなたと遊べたのは時間にしてほんの数十分。あなたは敗れた」

 フラウは、吐き捨てるよう呟く。


「そして出会ったのが、あなたよ。リオハザード」


 彼女の生い立ちを聞き納得する。

つまるところ、フラウは寂しかったのだ。

天才であるが故の孤独。

故に、自分以上の才を持つとされた『魔王』に会いたかったのだ。


 周囲に理解されず、また、周囲も理解出来ず。

寄り添えば寄り添うほどに、周りにあるものをなぎ倒してしまう。

“天才にして天災”とは、よく言ったものだ。

その天災は、周囲だけではなく、己をも不幸にしていたらしい。


「あの日、公務とやらで学生のお祭りなどに呼ばれて驚いたわ。魔導を極めた私には、魂が見える。まさか人間の子供の中に魔王が化けているなんてね」

 魂が見える、か。

ビルスも魂の匂いがするって言っていたけど、思ったよりも魂を感知できるという奴は多いらしい。


「『魔王』リオハザード。あなたがどうして人間の姿をしているのかは興味が無い。私の興味は、あなたの力量のみ。私に並ぶ力がないのなら必要ない。この炎で燃え尽きるがいい!」


 まったく、迷惑この上ない。

寂しいなら手を差し出せばよかったのだ。

寂しいと訴えればよかったのだ。

そうしたら、全ての人は無理でも、きっと誰かは、その手を取ってくれたはずなのに。


「はぁ、甘ったれるのもいい加減にしろよ?」

 水晶姫(クリスタニア)を抜き、右手で(・・・)構える。

剣を前に、半身で腰を落とす。

空いた左手を顔の辺りまで上げ、手に魔力を込める。


「……っ! 『魔王』リオハザード!」

 フラウが息を呑むのが分かる。

それはそうだろう。

僕は、この体になってからずっと、剣を両手で(・・・・・)扱ってきた。

それは、子供の体格となり落ちてしまった力を補う為だった。

『勇者』の剣。

僕の戦闘法は、かつての勇者のものを参考としてきた。


 だが、これは違う。

片手に剣、片手に魔法。

かつての『魔王』()のスタイル。


「フラウ。今の僕は、本当にただの人間なんだよ」

 僕の言葉にフラウは顔を曇らせる。

それはそうだろう。

彼女が求めているのは、人間、アロウ=デアクリフじゃない、『魔王』リオハザードなのだから。


「かつての膨大な魔力はないし、出力も人間の域を出ない」

 魔力を高める。

自画自賛する訳じゃないが、僕の魔力量は、人間の中では多いほうだ。

だが、トップではないだろうし、『魔王』だった時とは比べるまでもない。


「でも、だからこそ、人間の力で君を倒す。君が憧れた『魔王』として、人間の力で君を倒すよ」


 その言葉を聞き、フラウはギイッと口の端を歪める。


「それしきの魔力で、やれるものならやってみなさい! 『魔王』ぉ!」


 フラウの魔力が弾ける。

熱風が巻き起こり、フラウの体をふわりと宙に浮かせてみせる。

炎の精霊と化した今のフラウは、まさに灼熱の太陽だ。

荒地に僅かに生える草が、発火する。


「燃え尽きろぉ!」

 炎剣が射出される。

その数、20。

もはや、迎撃も防御も回避も無理だろう。

今まで通りならば(・・・・・・・・)


「〈魔装強化(マギ・ゴリアース)〉!」

 フラウの精霊化は脅威だ。

だが、魔装強化(マギ・ゴリアース)にも、長所がある。

それは、四属性全ての恩恵を受けることができるという点だ。


 火の魔力の恩恵は、“攻撃力の強化”の追加効果と“燃焼”の付加効果だ。

魔装強化(マギ・ゴリアース)なら、強化魔力の切り替えで様々な能力を守護(エンチャント)できる。


 風の魔力で速力を上げる。

20の剣を追い越し、あっという間にその効果区域を抜け出す。

炎剣が着弾し、巨大な火柱がそびえ立つ。


「くっ、新型か!」

 大きく移動する僕に対して、その場で体の向きを入れ替えるだけのフラウ。

すっと振り返り、さらに炎剣を追加する。

だが、そこに僕の姿はなく、既にフラウの後ろを取っていた。


 正しく今代最強の魔法使いであるフラウに対する攻略法はこれだ。

魔法合戦では分がわるい。

ならば、魔法剣士の特性を生かした高速戦闘。

それに魔装強化(マギ・ゴリアース)での強化を加える。


「ちぃっ、『魔王』として戦うんじゃなかったのか!」

 フラウが叫ぶ。


「いやいや、そもそも魔王だった頃も魔法剣士型だったし」

 牽制の氷弾を放ちながらそう答える。

うん、嘘は言っていない。


「屁理屈をぉっ!」

 激昂したフラウが、特大の炎剣を撃ち出す。

たったの一発だが、込められている魔力量がこれまでの比ではない。


「燃え尽きろ! 魔力を失った貴様など、『魔王』の魂すら残しておかない!」

 フラウは、憎しみを込めた言葉を吐く。

四聖杯を思い出す。

本当に、『魔法使い』こいつは、煽れば煽るだけ乗ってくる、単細胞おこさまなんだ。

魔装強化(マギ・ゴリアース)を使っているとはいえ、スピードでかき回すなんて方法で、『魔法使い』(お前)が納得出来るはずもないだろう。


「だからって、魔法を使わないとも言ってないけどね」


 ここからが本番だ。

魔装強化(マギ・ゴリアース)で、水晶姫(クリスタニア)に〈炎〉を付加させる。

氷さえ燃やす炎刃剣(フランベルジュ)に、水の付加は意味がない。

だが、炎は炎を燃やすことは出来ない。

切っ先に炎を集中させ、迫る炎刃剣(フランベルジュ)の先に添わせ、そっと、横腹をあて軌道を変える。

炎刃剣(フランベルジュ)は、僅かに右へそれ、はるか後方へと飛んでいく。


「そ、そんな、うそっ!」

 フラウの驚愕を他所に、距離を詰める。


「これが、」

 水晶姫(クリスタニア)に魔力を込める。


「くっ!」

 フラウが炎壁を作り出す。


「『魔王』の、」

 その壁を水晶姫(クリスタニア)で切り裂き、


「力だぁー!」

 魔力を込めた左拳で打ち付ける。


──ズンっ

 フラウの胸に拳が入る。

強大な魔力を持つ最強の魔法使い(ウィザード)であるフラウは、体術を修めていなかった。

魔力を込めた拳は、防御されることもなく突き刺さり、フラウの体を突き飛ばした。




「きゃう!」

 数メートルもの距離を転がる。

胸を強く打たれたせいで呼吸がままならない。


「がっ、はっ、はっ、」

息を吸うたびに胸に鈍痛が走る。


 精霊化の効力で身体機能が向上しているとはいえ、後衛魔法使い(ウィザード)のフラウにとって、物理的な攻撃は弱点だ。

しかし、それがわかっていながらも、その修練をしてこなかったのは、ここまで自分を追い詰めることが出来る相手の存在を想定していなかったからだ。

怠惰だった訳では無い。

魔法使いとして、極めて合理的に、必要のないことを切り捨てた結果だった。


 しかし、今その事に後悔する。

目の前の相手は強敵だった。

魔力量は自分と比ぶべくもない。

だが、魔力制御、その一点においては自分以上の高みにいる格上の存在。


 この時間にすれば、数秒にもならない攻防を思い返し、愕然とする。

自分の〈紅帝(ロゼ・クライト)〉に対し、〈魔装強化(マギ・ゴリアース)〉を使う。

ここまでは想定内だった。

当初の想定では、炎刃剣(フランベルジュ)に対し氷魔法をぶつけて相殺し、魔装強化(マギ・ゴリアース)の防御力で耐える。

その程度のはずだった。


 だが、実際にやって見せたのは、風の守護(エンチャント)で速力を上げた高速戦闘。

魔法と魔法のぶつかり合いではない事に心を乱された。


 しかも、恐ろしいことに、炎の剣に対して合わせてきたのは、氷ではなく火。

普通なら属性の互換を考慮し、水か氷で防ぐはず。

それを、燃やすことが出来ない炎で合わせてきた。

戦士同士での戦いに見られる、受け流し。

それを魔法戦で試そうとするなんて。


 しかし、やった事がそれだけなら、力押しでなんとでもできた。

例え燃やせない火であろうと、炎刃剣(フランベルジュ)ならその火ごと取り込めるはずだ。

火壁は魔法剣で切り裂けるほど弱くはない。

紅帝(ロゼ・クライト)〉の衣は、拳で打ち抜けるほど脆くはないはずなのだ。


 その正体は、魔力の超圧縮使用。

体の表面、局部に魔法を集中させるのが、新型守護系魔法(エンチャント)魔装強化(マギ・ゴリアース)とやらだったはず。

だが、この少年はさらに魔力を圧縮し、わずか一点へ集中させたのだ。


 部分から点へ。

一歩間違えば大怪我では済まないこの極限状態において、衝突の瞬間に極限まで研ぎ澄まされた魔力制御を行う。


 こちらの感情を加味した心理戦。

魔法戦の常識を覆すバトルセンス。

極限状態にあっても精緻な魔力操作。

最大の力を最大効率で。

それはまさに、“『魔王』の力”だった。


「完敗……ね」

 自らの負けを認めたフラウの顔は晴れやかだった。




「そこまでよ。それにありがとう、ロゼリア(・・・・)

 沈黙の訪れた荒野に、凛とした声が響き渡る。


「えっ? そんな、うそでしょ?」

 アロウは、自らの目を疑った。

倒れるフラウの向こうに少女の姿が現れる。

それは、間違いなく、もう一人のフラウだった。

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