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第六章)立ちはだかる壁 転移陣の先で

■vsフラウ=クリムゾンローズ③


──それに、こんな所ではギャラリーも多すぎることだし


 少女の姿を借りたロゼリア導師がそう呟くと、足元に魔法陣が浮かび上がり、光に包まれた。

眩んだ目を開くと、そこは先程までいた草原とは、似ても似つかぬ荒野。

以前、別の依頼(クエスト)で転移の魔法罠にかかったことがあるが、これもその類のものなのだろう。


 ラケインは大きくため息を吐く。

まったく、魔法というやつは厄介だ。

先日の盗賊団の時もそうだったが、自分は魔法というものに耐性が無さすぎる。

まさしく魔法の申し子と思われる、アロウが仲間にいるとはいえ、その警戒をくぐり抜けられれば、ほぼ確実に術中にハマってしまう。


 炎弾や氷塊などの直接的な攻撃ならばいいのだ。

剣に気を纏わせ、術ごと叩き切れば問題は無い。

だが、幻術や隠し罠、呪いなどの搦手(からめて)には、全くの無力なのだ。


 辺りを見渡すが、当然のように仲間はいない。

この転移の魔法陣が、こちらを引き離しバラバラにするようなものだったならいい。

だが、もしも、罠に自分だけが引っかかったのだとしたら恥ずかしすぎる。


 みんな、無事でいないでくれ(・・・・・・・・・)

そんな罰当たりなことを願ってしまう自分に自嘲しながら、この荒野からの脱出を試みるべく、歩き始めた。




 魔法陣が発動した瞬間、メイシャはその回避が不可能だとわかった。


──うわ、転移の陣か。しかも展開が早い。流石だなぁ。

 そんな、のんびりとしたことを考えていた。


 普段は賑やか担当のメイシャだが、僧侶系魔法使いとしては、学園でも抜きん出た力を持っている。

まして、普段目にする魔法使いが、アロウ、リリィロッシュといった、文字通りに人外の最高レベルの使い手達なのだ。

魔力量だけならもっと上の使い手はいるだろう。

だが、その精緻な操作技術と深奥なる知識においては、決して他の追随を許さない。

だからこそ、メイシャも魔法においては魔力操作と魔力感知の技術を磨いてきた。


 その、メイシャだからこそ分かる。

やはり、人類最高峰の魔導師の名は伊達ではない。

魔法陣の隠密性、展開の速度、起動の滑らかさ。

全てにおいて、自分より遥かな高みにある。


 嬉しくなる。

自分には、まだ先がある(・・・・)

アロウ先輩やリリィロッシュ先生達が相手なら諦めもつくのだ。

体はともかく、二人とも中身は100年以上の寿命を持つ魔族なのだ。

だが、ロゼリア導師は間違いなく人間だった。

だから、自分もまだ強くなれる。


 メイシャには、ラケインにすら打ち明けていない秘密がある。

その秘密の制御においても、魔力の精密操作は有用だった。

今は秘めた、この力。

必ず制御しきってやる。


 そうして、銀賢星(クレリックスター)を握りしめ、この荒野に散っているだろう他のメンバーを探すべく、歩を進める。




 魔法罠の発動に、メンバーで唯一対応が出来たのはリリィロッシュだけだった。

元々、己の勘を頼りに戦場を生き抜いてきたのだ。

魔力の隠蔽は見事。

だが、その予兆に気がついてしまえば、僅か数瞬の事とはいえ、行動は可能だった。


 リリィロッシュにとっての優先順位は簡単だ。

アロウと、それ以外。

極論ではその二つとなる。

長く人間と争い続けた魔族としての(さが)が、そう容易く抜けることも無い。


 アロウの味方だから、という理由で付き合っているが、本来、ラケインやメイシャのこともさほど重要視していないのだ。

無論、この二年半の付き合いで情は湧いている。

だが、心のどこかで引っかかるものがあった。

自分は、『魔王』(アロウ)に従う配下であると。


 それが、この数日で変化が起きた。

魔族としての生まれた自分。

人間の冒険者として生きている自分。

その狭間で苦しんでいた心に、寄り添ってくれた者がいた。

それが、この獣人の姉妹だ。

それなりに修羅場を潜っているとはいえ、素人の域を出ないか弱い少女達。

リリィロッシュからすれば、吹けば飛ぶような存在。


──キクナラ、デキルカラ。

 種族も、立場も、その力量も、すべてが違う。

それでも、悩みを聞くだけなら出来るから。

それが、リリィロッシュの心に寄り添った。


 嬉しい。

魔王軍から抜けて以来、否、かつての魔王城で、魔王であったアロウから声をかけてもらって以来、久々に味わう感情だった。


 結果、リリィロッシュは、魔方陣からの回避ではなく、メイン、ペルシを守るためにあえてその中に飛び込むことを選択した。

ラケイン達なら何とかするだろうという、信頼がなかったとは言わない。

だが、それよりも、この少女達を守りたかったのだ。


「さて、まずは他のメンバーと合流しましょう」

 未だ、己の感情を表に出すことに慣れていないリリィロッシュは、あえて姉妹に目を向けることなく、荒野を歩き始めた。




 メインは、頭を抱えていた。


──うわぁ、勢いで付いてきちゃったけど、これほんとに夢じゃないんだよね?

 それもそのはずだ。

秘境に隠れ住んでいた古い一族の出とはいえ、一般的な獣人(ビスティア)族の域を出ない自分たちに比べて、周りのメンバーは桁が違いすぎた。


 『魔王』に勇者パーティ?

まだほんの十数年前の出来事だとしても、間違いなくその名は伝説やお伽噺のもののはずだ。

それが、こんな目の前でバチバチと火花を散らしていていいはずが無い。

聞けば、リリィロッシュさんも魔王軍の生き残りで魔族だって言うし。


 あれ? 相手は勇者パーティでこっちが魔族?

ひょっとしてひょっとしなくても、かなりまずい状況なんじゃなかろうか。

こう、人類的には。


 でも、私は知っている。

リリィロッシュさんのが泣きそうな顔を。

話しかけた時の少しはにかんだような顔を。

きっと、この場所を選んだことに、間違いはない。

(ペルシ)を守らなければならない。

だけど、この場所なら、アロウのお兄さんやリリィロッシュさんと一緒なら、大丈夫だ。

だから、安心してリリィロッシュの後に続いて歩き出した。




 目の効かないペルシには、魔方陣発動の閃光もその後の風景の変化も見えていなかった。

ペルシの鋭すぎる勘の正体は、独自の感覚による探知(サーチ)の技術だった。

正確には、魔力の流れを含む、風、音、光の感触など、様々な要因を複合した擬似的な視界を意識内に持つ技術といえる。

短い間とはいえ、アロウの指導により魔力の扱いと基本を学ぶことで、これまでよりかなり正確に魔力を感知することが可能となっていた。


 ここに来てペルシが光の代わりに見えていたのは、今まで見た事もないような、巨大な魔力の流れだった。

自分の言葉を信じて五本の茨をアロウが破壊し、周囲のモヤをリリィロッシュが打ち払う。

二人はまるで昔読んだおとぎ話の英雄たちのようだ。

実際には、『魔王』で魔族だから敵側の人達なんだけど。


 そんなことを考えているうちに現れたのは、巨大な、あまりに強大な燃え盛る太陽。

それが自分より小柄な人の形をしていることは分かる。

だけど、まだ視界があった幼い頃の記憶とすり合わせ、その存在を表現するには、他に該当するものがなかった。


 天空に輝く、神にも例えられる最強の力。

それが、アロウの敵。

その、あまりの強大さに身震いする。

だから気が付かなかった。

リリィロッシュが払ったはずのモヤが、未だ辺りを覆っていることを。

そして、太陽の炎が、まるで触手のようにこちらへ忍び寄っていることを。


──あっ!

 気づいた時には既に魔方陣は起動し、空気が、魔力がねじ曲げられていくのを感じる。

そして、自分の身もその渦の中に溶け込んでいくのがわかる。


 視界でなく、魔力で周囲を把握するペルシにとって、それは耐え難い恐怖だった。

何が起きているのかも分からない。

世界が崩壊し、自らも崩れ落ちる感覚。

ありあらゆるものが溶け、うねり、分解されていく。

時間にすれば一瞬。

しかし、感覚的には数分にも、数時間にも、はたまた永遠にも感じられる一瞬。

その恐怖の時間の中、自分を力強く抱える腕が伸びてくる。

そしてその暖かい腕は、ずっと自分を守ってくれていた姉の温もりとともに、溶けていく。


 状況は変わっていない。

世界は崩壊し、姉と、腕の持ち主は共に溶けていく。

だが、分かったのだ。

この腕に守られていれば、自分は安全なのだ、と。


 一瞬の後、世界は再構成され、姉と腕の主は離れていった。

リリィロッシュさん。

アロウさんに仕える魔族の戦士。

多分、アロウさんの恋人。

微かな胸の痛みと、暖かな信頼。


「さて、まずは他のメンバーと合流しましょう」

 今はそれ以上考えない。

リリィロッシュさんの言葉に従い、魔力に満ちた大地を歩き始める。

この辺りで、以前10万字突破記念に書いた「ルコラの依頼」からストーリーを回収します。

特にストーリー進行上で不都合はありませんが、良かったら読んでみてください。

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