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第六章)立ちはだかる壁 かつての『魔法使い』

■vsフラウ=クリムゾンローズ②


 “紅帝(エンプレス)

フラウ=クリムゾンローズ。

かつての勇者パーティの『魔法使い』。

あの戦いでは、天空に輝く太陽の力でさえも召喚した、まさしく最強の魔法使い。

古今東西、人類の歴史を紐解こうと、彼女ほどの魔導師は数人といないだろう。


〈天才にして天災〉


 彼女のことをそう評したのは、世界でも有数の規模を誇っていた、ある魔法研究機関の教授だった。

それが過去形となっているのは、彼女が一時期にでもそこに席を置いたため、己の才能の限界を突きつけられた門徒たちが挫折し、機関として存続出来なくなったせいだ。

現在のノスマルク帝立魔術学院の前身である。

その教授自身も研究機関の閉鎖を見届けるようにして自死している。


 魔法とは、才能の世界だ。

どれだけ努力しようと、どれだけ緻密に計画しようと、できるものには最初からできてしまう。

その究極系が、このフラウという魔法使いだった。


 人間の使う魔法は、つまるところ、外部からの魔力を身体に取り込み、それを術式で形作り、外部へと吐き出す行為のことだ。

それは、どんな術でも、どんな流派でも変わらない。

だが悲しいかな、その外部魔力を吸い込める量というのは、生まれつき決まっているのだ。

修行により多少の増減はあるが、血の力は、そんな後付けのものなどとは比較にならない。

だからフラウは、ありとあらゆる魔法使いを終わらせてきたのだ。




 目の前の少女が不敵に笑う。

その顔は、確かに冒険者学校のフレイヤ=シャンクだ。

だが、小柄で幼い顔立ち。

自分以外のすべてを見下ろす、傲岸不遜の目付き。

無言のうちにも放たれる、絢爛豪華の圧倒的魔力。

その全てが、彼女(・・)だと物語っている。


「小手調べに、私の作った玩具を仕掛けてみましたが、中々やりますね」


 赤扇(レッドクリフ)で焦土と化した草原を、ゆっくりと歩く。

その身に纏うのは、十六年前に見たあの衣装だ。

顔を隠すほど大きな三角帽子には、魔法詠唱をサポートする魔術が刻印されている。

裾を引きずるほどの大きくゆったりとした紺のローブには、恐るべき強度の魔力が込められた金の刺繍で彩られている。

胸元から背中へ垂らされた大きな四角襟。

身の丈以上もある、長大な魔杖。

その姿は、あの時と全く変わりない。


「フレイア=シャンク。一応分かりきってはいたけど、その衣装、やっぱり君は、あの(・・)『魔法使い』なんだね。」

 目の前の少女に向かい言い放つ。


「ええ。あなたが、かつて世界を恐怖に陥れた、『魔王』リオハザードであるように、私は、かつてあなたの前に立ちはだかった、『魔法使い』フラウ=クリムゾンローズよ」


 この地に生きるものなら誰もが知るその名前に、そして、目の前にいる少年の正体に獣人の姉妹は仰天する。


「え、えぇ!? フ、フラウ=クリムゾンローズっていえば、勇者パーティの『魔法使い』の名前じゃないっスか! そんな人がどうしてここに? それにお兄さんが『魔王』って、どういうことっスか?」

 メインは、キョロキョロとフラウと僕の顔を交互に見る。


「あー、うん。実のところ、僕は『魔王』の生まれ変わりでね。で、目の前の彼女は、『魔法使い』フラウであり、この国の宮廷魔導師ロゼリアなんだよ。僕達は彼女に呼び出されたって、こないだ話したよね。まあ、そういう事情なんだけどさ」

「はぁぁ!?」


 エティウの奥地から流浪の旅をしてきたメインでも知っている名前がどんどんと飛び出す。

今も大人達が怯える、かつての『魔王』。

目の前の少年の正体が、歴代でも最強と言われるその魔王だったこと。

小魔王の台頭(たいとう)によってその栄光が薄れたとはいえ、救世の英雄のひとりがこの国で最も有名な力の象徴であったこと。

そして、そんな伝説というべき人物達が目の前にいるという事実に、もはや頭の許容量は限界に達している。


「ペルシ、これは夢っスよ。いい夢か悪夢かは分かんないっスけど、絶対夢っス」

 普段なら姉の暴走に控えめながらもツッコむペルシも、流石に事実を受けいれがたいのか、呆然としている。


 考えてみればこの流れは予想できた。

メイシャの時に学習したはずだが、タイミングがなかったのだ。

だが、僕やリリィロッシュの正体は、無闇に教えていいものではないのも確かだ。

あまり無いことではあるが、今後の課題だと覚えておこう。


「まぁその辺の事情は今度詳しくね。で、なんだってこんな回りくどいことをしたんです? 勇者パーティの一員として、なんて理由じゃないんだよね?」


 動揺する姉妹をよそに、フラウの眼を見つめて訪ねる。

とりあえず今はそれどころではない。

目の前の人物は、勇者パーティの『魔法使い』。

その実力は身をもって知っているし、間違いなく現代の魔法使いにおいて、最強の力を持っている。


 その人物が、姿を現し敵意をむき出しにしている。

三龍祭ではこちらを挑発するようにして接触し、四校戦では生徒の姿で参戦し、そして、今は貴族を動かしてまで呼びつける。

その執念は尋常のものではない。

一歩間違えば、宮廷魔導師としての地位を失いかねないのだ。


「ふふ、そんなに慌てなくてもいいじゃない。それに、こんな所ではギャラリーも多すぎることだし」

 フラウの言葉の端に不吉なものを感じたその瞬間、静かに、そして、密かにその魔法は発動した。


──カッ!


 足元に突然現れた魔法陣。

恐らく、僕たちがここに来るよりも前に仕込まれていたものだろう。

フラウの魔力を受け、赤い光を放つ魔法陣が、ラケインを、メイシャを、メイン達を、リリィロッシュを飲み込んでいく。


「しまった! 転移魔法陣!」


 迂闊。

フラウの会話に気を取られすぎた。

この場所自体に、いや、この周囲一体には、既に魔法陣がいくつも仕掛けられていたのだろう。

それでも、その発動の魔力を見逃してしまうとは。


 気づいた時には、既に皆の姿はない。

魔力感知を最大にしても、反応が見当たらない。

一瞬の事とはいえ、凄まじい魔力の波動。

幾多にも重なった巨大な魔法陣。

恐らくは封印系の異空間への転移魔法か。


「フラウ。みんなをどこへやった」

 魔力を込めた呪言で問う。

威圧などでは無い。

本気で怒っている。

本気の殺気を込めて睨みつける。

しかし、フラウはそんなものを気にもとめないように、


「いやね。邪魔者にご退場頂いただけよ? みんな無事、今はね」

 そう言って薄く笑う。


「なぜ、ここまであなたに執着するか、だったわね」

 そう言いながら、フラウの周囲に熱を持った魔力の嵐が起こる。


「その質問の答え合わせは、」

 吹き荒れる魔力は、視認できるほどの濃度に高められる。

現実の炎ではないのに、炎を幻視させる。

彼女の生来属性は〈火〉。

だが、この魔力の奔流は、それだけで到達できるような代物じゃない。


「もう少し楽しんでからね!」

 やはり『魔法使い』。

魔法使いの頂の力よ。


 十六年前から続く戦いは、こうして幕を開けた。

元が2500字程度でした。

一話を4000文字前後にまとめたいんですが、限界でしたね。

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