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第六章)立ちはだかる壁 姉妹の手

■帝都デル③


 夕方になると、対岸に到着し船頭が開く。

渡し場の町はこちら側でも賑やかだ。

町の人や明日から乗り込む商人達から歓声が上がる。

昨日と同様、今夜は宴となるのだろう。


 船頭が開き、まずは魔蜥蜴(ホラレ)馬車などの大きな荷物から降りていく。

降りてまず気がついたのは、東岸に比べて湿度が少ないことだ。

東岸の大地は、湿地とまでは行かなくても、土は柔らかく草も多く茂っていた。

しかし、この西岸では、河岸はともかく、少し街の方へ上がると、大地が乾燥している。


 道中でメインからも聞いていたが、同じ草原地帯といえど、スジャ大河を挟んで、東のビヨク平野と西のホヨク平原とでは、気候がかなり変わる。

この辺りでは、風か常に西から東へと吹いていて、大河の湿った空気は東側へと向う。

そのため、東側のビヨク平野は湿潤で温暖、西側のホヨク平原では、空気が乾燥し寒暖の差が大きくなる。

これは、バザーで準備をして行かないと、後で痛い目を見ることになるな。


 旅慣れたメイン達のアドバイスを元に、デルまでの道程の計画を立てる。

予定では、あと5日ほどで帝都デルへと到着する。


「このルートだと、荒地に馬車が取られて三日目は野宿確定っス。この谷から一度南へ降りるルートの方が安全っスよ」

 ある町で盗みを働き、またある村へと渡る。

そんな泥棒稼業をしてきたメインは、ノスマルクの地理に詳しい。

地図だけでは分からない実際の知識というのは貴重だ。

これから先、二人が冒険者になった時には、大きな財産となるだろう。


 日が落ち、荷物のチェックを済ませてから、必要品を揃えるためにバザーへと繰り出す。


「私は、荷物の番をしています。買い出しは皆で行ってきてください」

 しかし、リリィロッシュは宿へ残った。

船上での出来事からというもの、リリィロッシュの様子がおかしい。

見た目には、今までと変わりないが、その表情は、いつも影を落としていた。

しかし、魔族であることに悩む彼女に、どんな言葉がかけられるだろう。


「うん、行ってくるよ。お土産になにか美味しいもの買ってくるね」

 そう言ってバザーへと出かけるしかなかった。




 翌朝、祭りの騒ぎから一転し、今度は出発の準備で町は賑わう。

あるものは河を渡り東へ、そして僕達は西へと向かう。


「おう、それじゃあな。俺たちは北側を周りながらデルを目指す。またあったら贔屓にしてくれや」

黄金の星(ヴェーヌス)》のステンが、キャラバンをまとめ、去り際の挨拶にやって来る。


「ええ、また。僕達はこのまま東へ向かいます」

 彼とは、この数日でかなり打ち解けた。

いつの日か再会したら、また希少な素材について語り合いたいものだ。




 それから、僕達は一路、東を目指す。

道中、やはりリリィロッシュの表情は冴えない。

魔物が現れれば魔法で援護し、メイシャがふざけてメインを追いかければそれを見守っている。

それでもどこか、一歩引いているのだ。

ラケインやメイシャも、リリィロッシュの異変に気づいているが、何も言わないでいる。


「リリィロッシュ、あの上で夜風に当たろうか」

 夕食の後に、大岩の上へリリィロッシュを誘う。

いつも通りだ。


「はい、アロウ。お供します」

 リリィロッシュが後に続く。

これもいつも通り。

それでも、何かが噛み合っていない。


 僕達は皆と離れ、夜の散歩に出かける。

今は、リリィロッシュを皆と一緒にさせない方がいいだろう。

岩山の上でリリィロッシュと二人、星空を眺める。


「リリィロッシュ、サン、ダイジョウブ?」

 野営地で、ペルシが勉強中の共通語で心配する。

まだ付き合いの短いメインやペルシも、リリィロッシュになにかあったことは、気づいていた。

仲がいいこのパーティの中でも、リリィロッシュが積極的にその輪に加わってくることは滅多にない。

だが、それは適切な距離感のなかでの話だ。

いつもなら、輪の外側からパーティを見守っていた。

だが、今は、何となく壁を作っている。

そう感じたのだ。


「お姉さまにも、色々あるんですよ。きっと自分の殻に気がついて、それを破ろうと必死なんです」


 意外にも、このパーティで一番人を見ているものはメイシャなのだ。

メンバーの不調や空気の変化にいちばん敏感なのは、いつも彼女だった。


「うわっ! メイシャさんが僧侶っぽい!」

「ポイとはなんですかー! 私は僧侶だってばー!!」

 ラケインは、メイシャがメインを追いかけているのを、笑いながら見つめる。

ふと、大岩の方を振り返る。


「アロウ。先生の気持ちがわかるのはお前だけだ。しっかりやれよ」

 その言葉は、夜の闇に消えていく。




 スジャ大河を出発し、五日目の夕方。

遠くに大きな壁が見える。

もうすぐ、帝都デルの領内に入る。


「あ、ラケの兄さん。申し訳ないっスけど、ここを右に入って欲しいっス」

 メインの指示でラケインが魔蜥蜴(ホラレ)を右に向ける。

大きな街道からはずれ、荒れた小さな小道へと入っていく。

メインたちの目的地、彼女たちの家へ向かう為だ。


「あ、見えて来たっス。あれが私たちの家っスね」

 人の手が入っていない荒れた森の片隅に、控えめに言ってもオンボロの小屋が見えてくる。

この家も、元は空き家だった所を手入れして勝手に住んでいたらしい。

彼女たちには、冒険者学校に入ってもらう。

この家とは、今日でお別れだ。


「あちゃー、予想以上に荒れてるっス」

 二人にとっても1ヶ月ぶりの帰宅となる。

ホコリは積もり、屋根も一部が崩れかかっている。

家というのは、誰も住まなくなると、一気に老朽化が進むものなのだ。

少なくとも、この人数がいきなり来て泊まれるような状態ではない。

今夜は空き地となった場所に野宿することになる。


「こんな家で申し訳ないっス」

 メインが恥ずかしそうに俯くが、仕方ないだろう。

昔は両親もいたという。

しかし、盗賊に追われてエティウから逃げ出し、危険な仕事に就いて命を落したのだ。

それからは、両親の残したこの家で、姉妹だけで暮らしてきたのだという。


「おぉ、それなりに残ってるもんだな」

 ラケインが驚きの声をあげる。

床下の隠し扉の下から、メインが持ってきた魔石がゴロゴロと出てくる。

貴金属と違い、魔石は需要も限定されているので、明らかに盗難品と分かるようなものは中々金に変えられない。

だから盗んだもののうち、値の張りそうな大きなものだけを、流れの行商人に安く売っていたらしい。

残っているものは小粒のものが多いが、既に刻印で加工済みの魔石もいくつか混じっている。


「まぁ、前の町の時と違って、もう盗んじゃったもんだし、とりあえず旅に使えそうなものだけ貰って、後はデルで売っちゃおうか」

 メインのように、泥棒が盗んだのなら換金は難しい。

だが、冒険者が盗賊のアジトから回収してきたものなら換金は出来る。

明日デルへ着いたら、これもメイン達の学費の足しに当てよう。


 僕達が、〈水〉や〈保温〉など、普段使えそうな刻印済みの魔石をいくつか見繕っているうちに、メイン達は家にわずかにある荷物をまとめていた。

泥棒であり逃亡者であり難民である生活は捨てる。

だから、ここの荷物の殆どはそのまま置いておく。

小さなカバンに入るだけの私物と数少ない衣類。

それだけを持って、この家を出る。

食器も、家具も、まだ着られる服もそのままだ。


 いつの日か、自分たちと同じように困った人がこの家を見つけるかもしれない。

そしていつか、生活を安定させて、この家から巣立っていくかもしれない。

そう思っての事だった。


「お待たせしました」

 メインとペルシが家を出てくると、外ではリリィロッシュが野営の準備をしていた。

アロウとメイシャは馬車の荷物の整理を、ラケインは魔蜥蜴(ホラレ)の世話をしている。


「お疲れ様でした。荷物はそれっきりでいいんですか?」

 リリィロッシュは、二人の荷物の少なさに驚いて尋ねる。


「はい、新しい生活をするなら、荷物も新しくしたくて。」

「そう……、ですか」


 リリィロッシュが、そう答えて視線を僅かに落とすのをみて、メインが意を決する。


「あのぉ、リリィロッシュさん。みんな、空気読んで気を使ってるみたいですけど、なんかあったっスか?」

 ペルシがビクッと肩を揺らす。

まさか姉が誰も聞けない所に踏み込んでいくとは思いもよらなかったのだ。


「えぇ、そうですね。皆には気を使わせています。ですが、大丈夫ですよ。これは、私の気持ちの問題なので」

 リリィロッシュは、笑顔でそう言うが、メインは諦めない。


「んー、でも、大丈夫じゃないからそんな顔してるんすよね?助けてもらってる私が言えたことじゃないっスけど、困ったら話してほしいっス」


 リリィロッシュは、目を丸くする。

自分を頼ってほしい、この小柄な獣人の少女は自分にそう言ったのだ。


 彼女は知らないだろう。

自分が魔族、それも町一つ程度なら簡単に滅ぼせる力を持つ上位魔族だということを。

たが、並の冒険者以上の力を持っているくらいは分かっているはずだ。


 それでも、この、リリィロッシュからして見れば、矮小と言って差し支えない少女は、自分を助けたいと申し出たのだ。

力ある存在が、下のものに手を差し出すのは理屈としては分かる。

だが、この少女に一体何ができるというのだろう。

そんな思いが顔に出ていたのか、ペルシが苦笑する。


「ワタシタチ、ヨワイ。デモ、キクナラ、デキルカラ」

 そっと、リリィロッシュに手を重ねる。

メインも、その上に手を重ねる。


「リリィロッシュさん、私達はお兄さん達に助けてもらいましたけど、ほんとに嬉しかったのは、手を差し伸べてもらえたことなんス。今の私たちには何も力になれないかもしれないっスけど、何でも言って欲しいんスよ」


「……ありがとう。今はまだ言えない。でも、あなた達が手を差し伸べてくれたこと、忘れません」

 リリィロッシュは、重ねられた手の上にもう一方の手を更に重ね、優しく微笑んだ。

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