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第二章)冒険者の生活② 依頼の引継ぎ

「さて、ここがギルドです」


 さらに歩き続け、ようやく小さな村へ着いた。

名を《ドネ村》。

西の村だとか北の集落だなんて名もない村とは違う、名前のある、生まれの村よりは少し大きい程度の小村。

これでもこの当たりの村の中心となる土地なのだ。


 この村のギルドの前に立つ。

おぉ、などという感慨深げなものはなかった。

なんというか、普通のレンガ造りの家で普通のおっさん達が、右往左往しているだけだ。

なにせついてる看板が《田舎のギルド》だ。

やる気も威厳も何も無い。


「何をお考えなのかはなんとなくわかりますが、このような辺境のギルドなのです。下手な活気がある方がむしろ困るのですよ」


 若干引いていた僕に気がついたのか、リリィロッシュがそう教えてくれた。

一応、前世である魔王時代に冒険者ギルドの事は知識としては知っていたが、当然警戒するのは、王都や大都市などのものであって、こんな田舎のギルドの事など知るはずもない。

牧歌的というか、のどかというか、怠惰というか。

なんというか心配になってくる。


 ともあれ、村から歩いて約一日ほどにあるこの小さなギルド。

普段、ヒゲが拠点にしているのはここなんだろう。

ギィっと軋む音をたてるギルドの門を潜り、リリィロッシュがカウンターに乗り出す。


「依頼の引継ぎを行いたい。ギルドマスターを紹介してくれるか?」


 受付嬢はキョトンとして聞き返す。

まだ若い、といっても僕からすれば十分に大人の受付嬢が、それまで処理していた書類をまとめ、(かたわ)らから新しい書類を取りだした。


「依頼の引継ぎでしたらここでも行えますので、依頼内容をどうぞ?」


 と処理を始めようとする。

引継ぎとやらがどんなものなのか分からないが、さほど珍しい業務でもないのだろう。

だが、それは悪手だ。

リリィロッシュも譲らない。


「私はギルドマスターを、と言った。悪いが今後の調整は受付よりマスターが指揮を執った方がいい案件だからだ。もう一度いうが、ギルドマスターを、呼んでくれるか?」


 威圧、という程でもないが、リリィロッシュが軽く睨みをきかせる。

まぁ単なるクレーマーの場合もあるが、わざわざ最高責任者を名指しで呼んでいるのだ。

もう少し緊張感を持って要件を聞いてもいいだろう。

受付嬢はここに至って案件の大きさに思い至ったようで、パタパタと奥へ走っていく。


「リリィロッシュ? 引継ぎって?」


 ギルドマスターが来るまでの間、まだ状況を把握しきれていないので、リリィロッシュに聞いてみることにした。


「昨夜、ハインゲート殿とお話しまして、依頼の引継ぎを頼まれました。流石に全部は無理ですが、受注中のクエストがあれば私が引き継ぐことを了承頂きました」


 ああ、それが引き継ぎね。

だとしたら、受付嬢が簡単に書類で済ませようとしたことも分かる。

達成できなかった依頼をほかの冒険者へ引継ぐ。

単純に依頼を投げ出すことのないようにする、次善の策ということか。


「これはもう少し根の深い話で、ハインゲート殿は、おそらくこの規模のギルドだったらトップランカーだと思います。そのトップが今後ギルドの仕事は出来なくなる。すると今回だけではなく、ハインゲート殿を頼りに高ランククエストが舞い込んできても対応出来なくなってしまうんです」


 ほおほお。


「しかし、それならそれで、やりようはあって、報酬をあげて上位の冒険者を呼び込んだり、ハインゲートさんのいなくなったこの地で幅を効かせたいそこそこの冒険者を集めてきたりなどするんです」


 ははぁ、なるほどだ。


「つまり、ハインゲート殿がいなくなった、という情報をどこまでの速度で発信するかが、今後のギルドの分かれ道になるのです。が、分かりました? アロウ」

「うん、だいたいの流れはね。ただ、イマイチ分からないのが、そんなにヒゲの仕事って重要だったの? これまでも、四、五日に一回ふらっと帰ってきたかと思えば、またふらっと旅に出るような生活だったんだけど」


 いつもふらふらしているあのヒゲが、そんな大層な冒険者だったとは思えない。

半信半疑なまま、軽い気持ちでリリィロッシュに聞いてみる。

しかし、今度はリリィロッシュが唖然とした。


「五日に一度であの暮らしぶりを!?」


 ん?

そんなにおかしい事なのかな?


「アロウ、あそこのボードにある依頼を見てきてもらえますか」


 言われた場所を見ると、雑多な作りの掲示板にこれまた雑多に依頼が括りつけてある。その中で比較的きっちりした作りの書類が真ん中にでん、と貼ってある。


「これは、Fランクのそれこそギルドが仕事としては仲介しないような内容の依頼ですが、駆け出しの多くが受ける依頼です。その隣にあるのは、薬草集めなどの常備クエストですね」


 なになに、


・子守り 一日1000ガウ

・畑の収穫手伝い 2000ガウ食事補助あり

・迷子犬探し 五日間3500ガウ

・薬草集め(品質査定あり) 1カゴ700ガウ


 ……安っ!

この当たりの貨幣相場は、慎まやかな食事で700ガウだ。

これでは一日身を粉にして働いても朝と夕の二食分を稼げるかどうかではないか。

まして、薬草や武器の用意をすればそのメンテナンス代も馬鹿にならない。

さらにパーティなんか組んだ日には……。

まさに目もくらむような話だ。


「冒険者の仕事というのは、その日の糧を何とか得る程度のものだと理解していただいたかと思います。ランクの高いものは身入りも良くなりますが、その分危険が付きまといます。五日に一度というのなら、村までの移動を考えると、実質三日。つまり……」


 大遠征で高額出稼ぎしていたわけでもないヒゲがあれだけ稼ぐ方法は二つということだ。

一つは、数をこなす。

同地区でクリアできる依頼を複数手元に持っておけば、効率はいいはずだし、殆どの冒険者はそうしているだろう。

しかし、


「ヒゲの性格上、そういうチマチマしたのは無理だろうなぁ」


 となるともう一つしかない。


「高ランクミッションへのハイリスクハイリターン……」


 まだ見ぬ面倒な依頼を想像して、ため息とともに、僕とリリィロッシュの声が重なった。


「おぅ、待たせなたな」


 そうしていると、カウンターの奥から見事なヒゲと逞しい胸板が特徴的な、《田舎のギルド》ギルドマスターが現れた。

もうひとつ、実に特徴的な艶やかに光る頭部については、あえて言及しないでおく。


「で、誰の仕事を引継ぎたいって?」


 別にこういう仕事も手慣れているのだろう。

不機嫌そうな顔で僕達を睨みつける。


「“餓狼”ハインゲート氏の受注中ミッションを見させてもらえますか?」

「なにぃっ!?」


 ギルドマスターは、いきなり顔を真っ赤にして立ち上がった。


「餓狼の奴が死んだってのか、そんな馬鹿な!」


 そうか、冒険者が仕事が出来なくなったといえば、相手は亡くなったという場合もあるよな。


「いえ、昨夜、お住まいの村が魔物に焼かれましたが、辛くもこれを制圧しております。しかし、その手際にお上が手を回したようなのです」

「あ、あぁ。なんだ、くたばってねーのか。……ちっ、驚かせやがって、あの野郎」


 そういうギルドマスターの顔は嬉しげだ。


「まぁ、状況はわかったよ。腕利きを国に取られるのも初めてじゃないしな。しかし、それをあんたらが引き継ぐって?」


 苦笑していたかと思えば、今度は一転して人を値踏みするような目で睨みつける。

おそらく、高難易度の依頼を任せるのだ。

マスターなりのこだわりの感覚もあるんだろう。


「あぁ、こちらの少年は見習いだ。受領中のものは私が引き受けよう、と思っていたが、どうやらかの御仁はかなり派手にやられていたようだな。どうしても無理な場合には、依頼を返却せねばならないが」

「あんた、ランクは?」


 リリィロッシュは軽鎧の内側からギルドの登録証を取り出す。


「……ふん、中央の《砂漠の鼠》ギルド。Bランクね」


 じろっと登録証を睨むように確認して、


「いいだろう。どうせここらに居つく気は無いんだろ? だったら残りの依頼もこっちで捌いちまうから、やれる分だけ片付けてくれ」


 意外にも、マスターはあっさりと依頼の引き下げを許可してくれた。


「良いのか? そちらもハインゲート殿程の冒険者、そうざらにはいないと思ってやって来たのだが」

「ふん、よそ者に心配されるようなヤワなギルドしてねぇよ。と言いてえところだがな、野郎、最近はそれほど大きい依頼はやってなかったんだよ。急ぎのやつはハインゲートに任せるしかないが、手のかかる面倒なやつは、金を出してよそに回すようにしているからな」


 ギルドマスターが頭をボリボリかきながら笑う。


「奴は、これまでずっと、稼ぐなら手頃なのをまとめていくか、ボス級を狙っていくかしていたんだが、あの野郎、ガキが生まれてからひよってな」


 そう言って遠いところを眺めるような目をする。


「最近は細かいやつばっかり何でもかんでも持って行きやがるんだよ。それこそ薬草探しから小物モンスターの討伐までな。厄介そうな奴は優先して片付けてくれていたとはいえ、一時期はギルドに依頼がなくなりかけたこともあるもんだ」


 改めて受注中のクエストの束を見てみる。

分厚い、が、何も困難なものばかりではなく、むしろ難易度の低い安い依頼も多く見られる。

それこそ一切合切でなんでも受けていたようだ。


「一度、もっと割のいい仕事もあるだろうって聞いたら、今のままがいいとか抜かしやがる。あの野郎、『だって子供の寝顔早くみたいじゃん』って、自分がガキみたいな顔して笑ってたよ」


 そう言うマスターの顔は、友人のイタズラを自慢する少年のような顔をしていた。


最果ての地という意味でEND→ドネ村です。

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