第六章)立ちはだかる壁 東河岸の夕べ★
新章です。
■帝都デル①
夕方になると、対岸に出ていた大型船が帰ってきた。
「大型船、とは聞いていたが、流石にこれは……大きすぎるだろ」
ラケインが呆然とするのも無理はない。
大型平底角形船。
その威容は、すでに城だ。
大型渡河船〈ライアライタ〉。
見た目には四角い箱、としか思えない。
船頭と船尾は、やや外側へ向かって倒れているので、逆さまにした台形と言った方が正確かもしれない。
高さは8m、横幅は10m以上、全長は30mにもなる巨大な箱。
見た目には木材の貼り合わせで作られているようだが、骨格や外装の内張りには、魔物の素材が使われているようで、かなり頑丈なのだそうだ。
正直、僕も初めて見た時には圧倒され、唸り声をあげたものだ。
もっとも、僕が見たのは二十年も昔の軍船として、だったが。
魔王との戦いを終え、人々の足としてその役割を移した戦友の姿に、図らずも胸が熱くなる。
元々数が少ないうえ、魔力、膂力共に人間を圧倒する魔族にとって、大型の兵器というのは、あまり念頭にない。
言ってみればただの的だ。
だが、兵站の輸送という面で考えれば、この大型船というのは実に効率的だ。
魔王軍だけに限れば、食料は現地調達が基本となり、大型物資は大型の魔物を使って運搬する。
しかし、生活に根付く部分となると、このあたりは非効率になる。
各村や種族で生活様式が違うため、流通というものは無いに等しい。
その点、人間たちは、この大型船で大量の物資を川や海を基軸に一気に運び、魔蜥蜴や魔巨獣を利用して内陸まで行き渡らせる。
工芸品や武具だけではなく、生活に建造物に至るまで、こだわり抜いた時の人間の造詣の深さに改めて感動する。
「よーし、倒すぞー!」
船上の船乗りが、渡し場の作業員に声をかける。
ジャラジャラジャラ。
鎖の音と共に、ライアライタの船頭が開かれる。
ノスマルクの紋章にヤドリギをあしらった舟頭は、城門の跳ね橋のように桟橋へと倒れる。
桟橋、と言えるのだろうか。
河岸に作った陸地とも思えるほどに、広く大きな桟橋だが、舟頭が倒れて納得した。
幅が10m程もある船頭が、そのままスロープとなり、中から積荷である魔蜥蜴馬車が現れたのだ。
中は三階建ての構造になっており、二階部分は、床が半分になっている。
吹き抜け状になっている場所に、貨物置き場である1階から、馬車の幌などを押し込んでいるようだ。
約半日の旅とはいえ、これだけの船に乗れると思うと、心が疼いてしまう。
馬車や大型の貨物を降ろすと、今度は人の番だ。
スジャ大河の向こう、ホヨク平原側からたくさんの人が降りてくる。
冒険者、キャラバン、巡回の騎士団に旅人。
彼らもまた町でバザーを開き、こちら側で乗船を待っている商人たちとともに、昨晩以上の賑わいを見せるだろう。
船が空っぽになる頃には、すっかり日も傾いていた。
今日は半年に一度の〈明けの日〉だ。
双子の太陽が横に並んでいるせいで、日が沈むのが遅い。
二つの太陽の日が共に赤みを帯び、河を、陸を、人を、この世の全てを赤く照らす。
そのあまりに鮮やかな赤に負けぬよう、人々は篝火を焚く。
本来その風習は、魔族からもたらされたものだ。
今は偽の神に取って代わられたが、双子の太陽を象徴する兄弟神を祀るために行われた催事が元になっている。
神々の威光を称えるために、そして、日が落ちた後も神々の力を大地に残すために、魔族は篝火を焚いたのだ。
巨大な篝火が用意される。
いつもは偉そうにふんぞり返るだけなのだろう、顔役のボルドも忙しそうにあちこち走り回る。
もっとも、彼の場合は、篝火に浮かされた旅人の、財布の紐を緩めさせるためなのだが。
双子の太陽と共に、篝火が辺りを照らす。
人の背どころか、町の家屋程もある木組みから立ち上る炎は、太陽の兄弟神が天から降り休んだ後も地を照らし続ける。
「よぉ。あんた、あの戦士の兄ちゃんの連れだよな」
「ええ。ラケインに御用ですか?」
大きなケースを持って近づいてきたのは、刀傷の男、《黄金の星》のステンだ。
長身痩躯ではあるが、よく見れば傷だらけの腕は痩せているのでなくギリギリにまで鍛え抜かれている。
恐らくは、戦士系ではなく、暗殺者系の戦士なのだろう。
ただ立っているだけでも、その隙の無さから彼の技量が伺える。
昨晩の防衛戦では、ラケインに秘伝の宝剣を貸してくれた。
あの後、ラケインが代金を支払おうと訪れたが、
武器を売るのが商人だ。買わないんだったら代金はいらねぇ、と言って受け取らなかったらしい。
ヤドリギを持たない流れの商人だが、彼なりの流儀と信条があるのだろう。
「いや、用ってほどの事じゃない。あの兄ちゃんには剣を買ってもらえなかったからな。義理堅そうな坊主なら買ってくれるかと思ってな」
……押し売りだった。
いや、義理堅そうと言うなら、ラケインの方がよっぽど義理堅いだろう。
不思議に思いながら、商品の入ったケースを見せてもらう。
「あぁ、これは」
これはラケインは買えないだろう。
ケースに収まっていたのは、数々の魔法素材だった。
安価なものは、偽魔狼の毛皮から、小型龍の鱗。
一般流通品では、猛禽馬のタテガミ、千年樹の樹皮、一角馬の角芯。
最高額は、狐王の尾毛だ。
「素材商人だったんですか」
実に見事な品揃えだ。
正直にいえば、値段は市場相場より2割程も高いが、そもそもが希少素材ばかり。
この品揃えから選ぶことが出来ると言うなら、多少の高値は仕方ないだろう。
「あぁ。あの兄ちゃんは、自分には価値がわからないし、使い道もない。無理に買うのは失礼だ、とか言いやがったからな。いや、全く。そんな事言われたら押し売りもできねーよ」
腹立たしげな口調のステンだったが、その口元は笑っている。
僕も苦笑し、改めて品物を見る。
こういった魔物の素材は、武器の素材となる他に、魔法の触媒としても使われる。
例えば、新人冒険者の大半が獲得するだろう小鬼の牙は、火属性の魔力を秘めており、火炎系魔法と合わせて使用することで、魔法効果を高めることが出来る。
偽魔狼の毛皮なら土属性で、毛を引きちぎり撒いて使用する。
もちろん、低位の素材では、ないよりはマシ程度の効果しか望めないが、生活魔法や魔法研究の分野では役立つことが多いので、数多く取引されている。
正直なところ、僕は魔力操作の精度を重視して魔法を構築しているので、触媒はあまり必要としない。
だが、物珍しさもあり品物を吟味していると、ふと、気になった素材があった。
「あの、これ……」
手に取ってステンに手渡したのは、粘魔核だ。
「おいおい、そりゃ確かに売りもんだが、もうちょっと奮発したもん買ってくれよ」
ステンが口を尖らせて文句を言う。
確かに、粘魔核は、魔物素材としては、もっとも安い品の一つだ。
粘魔は、魔石のない唯一の魔物としても有名で、一見すると水かゼリーの塊のように見えるが、よく見れば中に半透明の核がある。
粘魔の討伐は、この核を壊すか、ゼリー状の身体をどうにかして破壊するかのどちらかとなる。
粘魔の身体は、フルフルとした手触りと高い耐熱性を持ち、乾燥に弱いという欠点があるものの、一年程度でのサイクルを念頭に置けば、服飾系素材としてそれなりの金額で取引される。
一方で核は、半透明の美しい球、それ以上の価値を持たない。
しかし、微量ながら〈蓄魔性〉と呼ばれる魔力を溜め込む性質を持っているので、子供用の宝飾品となるか、小型の魔法道具に組み込まれることが多く、値段も100ガウ程度のものだ。
但し、それは通常のスライムコアの話だ。
「ステンさん、これ、デルの魔術学院に持っていけば、10万ガウにはなりますよ」
「なにぃ!?」
一見には、ただの粘魔核。
だがこの核は、よく見れば他のものより若干紫に色がつき、中に金色の粒子が散らばっている。
冒険者ギルドの格付けでFランクとされるスライムだが、それでも魔物である。
長く生きればそれなりに力を持つようになる。
具体的には、300年以上生きたスライムは、〈長老粘魔〉と呼ばれ、その性質を大きく変える。
あらゆる魔法に対し高い吸収性と、ほぼ無限の蓄魔性を持つようになるのだ。
しかし、いかに成長しようと粘魔には変わりなく、どれだけ対魔法に優れようと、新人の冒険者に物理攻撃で狩られてしまう。
そのため、一般の粘魔と長老種とを見分けることなく、こうして最低品質の商品として流通してしまうのだ。
そもそも、長老粘魔という存在が知られるようになったのは、ここ20年ほどのことだ。
というか、以前『魔王』が発見した。
魔王城をはじめ、魔族の主要砦の城門に粘魔核が使用されており、対物・対魔共に堅牢な門が、城を守っていたのだ。
魔力操作や魔法の構築、素材の精査など、学問にこだわってきた魔王など、僕の他にはいなかっただろうな。
しかし、これが流用され、『勇者』の小手に埋め込まれていた時には冷や汗が出たものだ。
なにせ、魔法を得意とする魔王が、魔法を無効化されてしまうのだ。
あの時ほど、自分が魔法剣士型であったことを神に感謝したことはない。
なんとか剣で勇者の小手を破壊し、こちらの優位をもぎとったのだ。
「長老粘魔……。俺もこの仕事をして長いが、そんなもんは初耳だぜ」
ステンが瞬きも多めにコアを見つめている。
「とりあえずそれは売らずに、ダメもとで学院へ持って行ってみてください」
「お、おう。そうするぜ」
ステンはいそいそとコアを腰袋にしまった。
結局、良さそうな素材を数点買い、暫くの間、ステンと素材談義に花を咲かせることになった。
渡河船ライアライタの名前は、ソシャゲでお世話になった友人のハンドルネームからです。
船頭のギミックは、面白いなぁと思ったんですが、実際の軍艦にもあるようで、上陸用船艇という種類のようですね。
私はFF8のガーデン生達が乗ってるボートで知ったんですけど。




