第五章)立ちはだかる壁 防衛戦終結
■ノスマルクへ⑨
リリィロッシュから、頭領捕縛の合図の信号弾が上る。
「あ、無事完了したみたいですね」
先に合流していたメイシャが、信号弾をみつけた。
武器というより凶悪な農具といった方が正しいような棍棒を片手に、動かなくなった盗賊たちを引きづるメイシャを見ると、僕達より余程人間離れしてるのではないかと疑いたくなる。
何とか息のある盗賊たちは、縄で繋いでおき、死なない程度の治癒魔法をかけておいた。
石化した奴らはそのまま放置だ。
完全に石になってしまえばそれまでだし、助かるなら衛兵が何とかするだろう。
これから先の裁きは、衛兵たちに任せるべきだ。
ラケインと僕も、メイシャと共に、あらかじめ決めていた合流地点へと向かう。
町から東へ少し離れた場所へ向かう。
そろそろ空も明るみ始め、もういくらもすれば、兄の太陽が昇るだろう。
しばらくすると、リリィロッシュが大柄な男を伴ってやって来た。
しかし、おかしいのは、男の様子だ。
縛られたり打ちのめされた様子もなく、凛然として立っている。
彼が盗賊団の頭領というわけでは無いのだろうか?
「アロウ」
リリィロッシュがこちらに気づき手を振る。
僕達も訝しがりながらも、そちらへ向かう。
「アロウ、お疲れ様でした」
「リリィロッシュ、お疲れ。えっと、これはどういう状況?」
ラケイン達も追いつく。
ペルシだけは、男の気配に怯えているようだ。
「はい、こちらは盗賊団《河飲み》の大頭、キンバルト様です」
リリィロッシュがキンバルトと呼ばれた男を紹介する。
やはり、盗賊団の頭領で間違いはないようだ。
だが、〈様〉?
「私たちの手並みに感心し、是非ともお話をされたいと言うので、こちらへお連れしました」
リリィロッシュの言葉の違和感に、メイシャと顔を見合わせる。
しかし、ラケインだけはどこか納得している様子だ。
「アロウ殿、ラケイン殿、メイシャ殿。それにメインとペルシだね。私の名はキンバルト。この盗賊団の大頭をやっていた。リリィロッシュ殿から話を伺っている。《反逆者》という冒険者パーティだとか。この若さで見事な手並み、感服した」
そう言って、キンバルトは、胸に右手を当て、騎士式の礼をとった。
改めてキンバルトという男を見てみる。
巌のような巨躯に、強い意志を秘めた眼差し、身につけた装備こそボロボロになっているが、それは歴戦の証であるよう思える。
手に持つ大槍もそれなりの品であるようで、何も知らなければ、とても盗賊などに身を落としているとは思えない。
甲冑をみるに、落ちぶれたどこかの国の騎士、という所なのか。
こうして話してみると、その身から発せられるカリスマ性なのか、この人物の言葉が、裏表のない信用できるものなのだと分かる。
「私も盗賊なんぞに落ちた身とはいえ、かつては騎士を志し、天下を目指したのだ。盗賊など目的ではなく、建国への手段に過ぎない。男子たるもの、己の身一つで国を建てる夢を見たことがあるはずだ。手下などすぐにまた集まる! 君たち程の力なら、その道は更に近くなるだろう。さぁ、わたしと一緒に国を作らないか!」
キンバルトは、朗々と語りかける。
それはこれまで幾度となく繰り返し語ってきた、建国の渇望。
いかにならず者とはいえ、本来、望んで盗賊家業などするものはいないのだ。
みな、何らかの事情があり、道を誤った。
しかし、今目の前に、日の当たる場所への道が開け、しかも、その夢の先は国だという。
アロウ達にしてもそうだ。
盗賊ではなくても、冒険者も、ならず者とは紙一重という職業だ。
本来ならば忌避される仕事といっていい。
建国、そして騎士への夢。
今、覇道への道が目の前に開かれた。
「で、これ僕にどうしろって言うのさ」
半ば呆れながらリリィロッシュの方を見る。
リリィロッシュも苦笑している。
ペルシも僕たちが落ち着いているのを見て、事情を察したらしい。
状況が飲み込めていないのは、キンバルトとラケイン、メインだけのようだ。
「防御魔法・解呪」
目で合図すると、メイシャが解呪の魔法で、精神支配を解く。
途端、目の前の霞が晴れたように、視界がスッキリとする。
いや、視界ではなく、意識だ。
ラケインやメインは、反応がより顕著で、多少目がくらんだ様子だ。
「これはついで。防御魔法・攻性解呪」
キンバルトへ向けて右手を突き出し、守護系魔法を解除する。
「う、うひぃあぁ」
キンバルトの姿にヒビが入る。
まるで蛇が脱皮するように、魚の鱗が剥がれ落ちるようにして、キンバルトの姿が縮んでいく。
丸太のようだった腕は枯れ枝のように萎み、見上げるほどの巨体は見る見ると目線を落とした。
獰猛だった眼差しは、卑しさと怯えの色を映し出し、手に持つ豪槍も貧弱な魔杖へと変わる。
そこに現れたのは、みすぼらしい、萎びた老人だった。
「ば、ばかな。わしの幻術が、まるで効いとらんだと!?」
キンバルトは、ガクガクと膝を震わせながら、一歩、二歩と後ずさる。
これまでも幻術を使って、数多くの手下達を騙していたのだろう。
そして、それを破られるなどとは微塵も思わず、僕達の前に立っていたのだ。
「うっ、うぉ!? 渋いおっさんがショボ爺になったっス!」
「なんと、これは……」
見事、幻術にかかっていた二人は目を見開いて驚く。
あぁ、いいリアクションだ。
これだけでもさっきの茶番を聞いただけの価値はあったな。
リリィロッシュも同感だったのか、薄く笑っている。
わかっていれば、タネは簡単。
幻術、つまり精神干渉を起こす魔法で屈強な騎士を装い、相手の名を聞き出す。
名は体を表すとはよく言ったもので、魔力を込めた言霊に乗せて真名を呼べば、それは対象を縛る強力な呪詛となる。
高位の術者にかかれば、それだけで相手を支配することさえ出来るのだ。
名を問い、相手がそれを認めることで発動する服従魔法、それがキンバルトの術だった。
キンバルトにとって不運だったのは、暗殺系の戦士だと思っていた相手が、自分より高位の魔法使いで、しかも精神系魔法を得意とする淫魔だった事だ。
こんな低級な魔法など、露ほども効くはずもない。
それなりに腕に自信があったのだろうが、相手が悪すぎた。
実際、今の僕やメイシャには、若干の効果はあり、老練な戦士に見えてはいた。
無論、精神干渉を受けていると認識した上での話だが。
「で、どうすんのよ、これ」
再度、ジト目でリリィロッシュに訊ねる。
彼女が幻術にかかるはずもなければ、僕にも効くわけがないと知っているはずだ。
わざと幻術にかかったふりをして、ここまで連れてこさせたのだろうが、一体何を考えているのか。
くすっ、とリリィロッシュが笑う。
「いえ、魔族に幻術をかけるなどという勇気に敬意を払い、しっかりと絶望して頂こうかと思いまして」
艶っぽい流し目でキンバルトを見る。
リリィロッシュの言葉通り、唯一の武器であり頼みの綱である幻術が全く効果が無いと知り、キンバルトはワナワナと震え、立ちすくんでいる。
リリィロッシュの視線を感じただけで、息はあがり、今にも意識を失いそうだ。
……少しだけ、同情しよう。
「リリィロッシュ、趣味、悪いから」
軽くひきながら、リリィロッシュを窘めつつ、キンバルトを縄で縛る。
すっかり夜が明け、徹夜となってしまったが、これで町の防衛戦は終わった。
これから町へ戻る。
だが、その前に今回の件で、色々と分かったことがある。
まず、メイシャがこのレベルの幻術に耐性があるのは、うれしい誤算だ。
精神干渉系の魔法耐性は、生まれついての素質によるところも大きい。
今後は、僕とリリィロッシュ、ラケインとメイシャの組に分かれて行動することも多くなるだろう。
その時に心強い素質だと言える。
そして反対に、戦士であるラケインに魔法耐性がないのは分かっていたが、改めて対策の必要性がはっきりした。
ラケインは、完全にキンバルトの幻術に引っかかっていた。
正義感の強いラケインのことだ。
幻術とはいえ、あんな口先だけの栄誉に引っかかりはしなかっただろうが、この先、腕のいい魔法使い相手には用心が必要だ。
そして……
「お兄さんたち、めっちゃくちゃ強いっス。感動でスぅ」
目をキラキラさせてこちらを見つめるメインと、コクコクと首を縦に振り、同じように興奮しているペルシ。
「まぁ、持ち上げてもらってなんだけど、そんな僕からよく財布盗めたね」
「ひゃわ!? 確かに、よく私生きてた……」
軽い冗談のつもりだったが、一気に顔を青ざめて冷や汗を流すメインを見て、皆が笑う。
「メイン、ペルシ。正直、デルに連れていってからどうしようかと悩んでいたけど、今決めたよ。デルに着いたら、二人には冒険者になってもらう」




