第五章)立ちはだかる壁 姉妹の冒険・東の防衛戦
■ノスマルクへ⑦
ラケインが北のバザーで、盗賊団の先鋒隊を迎撃している頃、僕達も東の宿場で戦闘を始める。
「染め上げろ、爆炎系魔法・赤扇」
風と火の複合魔法、爆炎魔法で打ち出したのは、炎の津波を起こす範囲攻撃魔法。
広範囲に及び、威力を上げれば炭をも残さず、威力を抑えればダメージだけを与え致命傷にはならない、僕のお気に入りだ。
今回はわざと威力を落とし、彼らの敵意を煽る。
ただ追い払うだけなら、幾らか大きめのをぶつけて散らしてやればいいけど、こういう奴らは、すぐに集まり、また戻ってくる。
だから、ここで壊滅まで持っていくべきなのだ。
しかし、対軍級の広範囲魔法で一網打尽にでもできればいいが、生憎と僕の魔法はそこまでの出力が出ない。
それなら、相手の方から集まってきてもらえばいいのだ。
目論見は成功し、盗賊団はこっちへ集まってくる。
その数、118人。
ろくな練度もないならず者たちに、魔法使いの戦いっていうものを、教えてやろう。
「水氷系魔法・濃霧」
水煙を呼び出して周囲の視界を奪う。
本来は、自分の手すら視認できないほどの濃霧を生み出し、戦線を離脱するための魔法だ。
今はそこまでの濃霧は必要ない。
ただでさえも周囲に明かりのない草原の夜なのだ。
「ちぃ、なんだこの霧は!」
「あの小僧! どこ行きやがった!」
これだけで相手はこちらを見失う。
そして、かろうじてでも周囲が見える分だけに、戦意を落とさずに戦闘を続けようとする。
時喰みを構え、射出。
探知で、濃霧でもこちらには関係ない。
さらに、相手は団体、こちらの味方はいない。
安心して遠距離攻撃を打ち込める。
──ボッ! ボボッ!
弓による攻撃の利点は、魔法と違い発動による発光も詠唱も必要ない点だ。
こうして視界の利かない戦場で奇襲するには好都合。
しかも、魔力で強化した矢は、断末魔の叫びを上げさせることなく、相手を絶命させる。
「ちくしょう! あの小僧、どこ行きやがっ──」
「なんにも見えねぇ、あの野郎、怖気付いて逃げや──」
結果、中の的達は、射抜かれるその瞬間まで何が起きているか分からないのだ。
「お、おい。やけに静かになってきたな。アバベル! 聞こえたら返事しろ!……イサーク! ウーゼ!」
「お、おう、俺はいるぞ」
しかし、次第に少なくなっていく仲間の声に、事態に気づくものが現れる。
敵の魔法使いも、ようやく魔法を完成させたらしい。
「清らかなる風の精霊よ、悪しき霞を連れ去りたまえ。烈風系魔法・霧解除」
水は風に弱い。
魔力解除の魔力を含んだ突風が、霧を晴らしていく。
まぁ、この程度の霧なら、放っておいても十分もすれば自然と晴れるんだが。
次第に視界が開けていく。
そして、現れるのは、数分前まで仲間だったものだ。
「ち、ちくしょー! なんだってんだよ、こりゃ!」
「エッゾ! オワーレ! ……あの小僧、許せねぇ!」
一矢につき二、三人、27人分の死体が現れる。
それでも残り91人。
たった一人の子供に対して、異常とも思える戦力が押し寄せる。
そう、それが普通の子供ならば。
「メイン、ペルシ! 来るよ、気をつけて!」
二人から距離をとるため、僕も前に出る。
一対多数の接近戦なら、魔法剣士である僕の独壇場だ。
「守護系魔法・風靴、守護系魔法・石霊剣」
速度強化の魔法を使い、盗賊団の中へ飛び込んでいく。
相手の剣が振り下ろされるより早く、その前をすり抜け、剣を振るう。
「ちぃ、ちょこまかと。だが浅い……ぞ……」
斬りつけられた盗賊は、切り口から石化し動けなくなる。
「な、なんだ!? 仲間が石に!」
「ち、ちょっと待てよ、おい、うぎゃあ……」
これが土属性の付加効果、石化の力だ。
速度強化に掠っただけで石化する剣。
自身の体への二重がけではないから、魔力反発も生まれない。
この程度の盗賊達には、これで十分だ。
「あなた達の処分は、町の人に任せるよ。とりあえず、固まってて」
そう言いながら、次々と剣を振るう。
しかし、多い。
ただ勝つだけならなんとでもなるが、この人数を逃がすことなく倒すとなると、いくら速度強化をしているとはいえ、なかなかに骨だ。
「氷弾っ!」
敵を一人斬りつけながら、奥で逃げようとする奴を魔法で貫く。
右へ、左へ。
縦横に移動を繰り返す。
「そこまでだぁ、小僧!」
振り向くと、盗賊の中でもリーダー格と思える男が、メイン達を捕まえ、首筋に剣を当てている。
しくじった。
逃げる相手にばかり気を取られ、メイン達への注意を怠るとは!
手下のうち二人が、メインとペルシを捕まえる。
リーダーの男はメイン達から離れ、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「おらぁ、武器を離しやがれ。このケダモノ達がどうなってもいいんだな?」
「くそっ……」
足や剣に淡く光る守護系魔法を解除し、水晶姫を地に置く。
それまで逃げ惑っていた盗賊たちも、やおら勢いづき、集まってくる。
そもそも、普段ならこんなことにはならない。
リリィロッシュ、ラケイン、メイシャ。
皆、腕の立つ仲間達だ。
彼らにとっても烏合の衆など敵ではない。
敵として認識できるほどの強者は、これ程の数を組むほどに存在しない。
慢心だ。
知らず数頼みの雑魚を無視していた。
それがこんな結果になるとは。
「やれやれ、やっと止まってくれたな。俺達の一味をこれだけやって、楽に死ねると思うなよ」
赤髪の盗賊が剣を抜き放ち、喉元に突きつける。
仲間達が、腕を取り、組み伏せてくる。
その目は、憤怒と、安堵と、嘲りの色を秘め、その口は、下卑た嘲笑の形を作る。
どうする。
僕だけならなんとでもなる。
無詠唱で魔法を使えば、周囲の奴らごと吹き飛ばせる。
だが、それではメイン達の命はない。
かといって、このまま手をこまねいていても、僕を殺したあと、町を襲うだろう。
どうする!
「ヤノォ……」
メインがおずおずと手を上げる。
怯えて顔もすっかり青ざめている。
「ヤニワマン! ロワフ、ツッホタムラカ!」
ガタガタと震えながら、涙ながらに必死に訴える。
「あぁ? 何言ってるかわかんねぇし。命乞いしてんなら安心しろ、殺しはしねぇさ。まぁ奴隷商に売りつける前に、散々楽しませてもらうがなぁ」
リーダーの男は、下品な笑い声をあげる。
周りの手下共も、同様に舌なめずりをしながら笑いこける。
「はっ。ケダモノのくせに、顔はまあまあだ。もう町を襲うのは無理だが、せめてもの戦利品だな」
そう言って、メインの顔をのぞき込む。
「……あっそ」
メインの瞳が煌めく。
それまでの怯えた顔つきは一瞬で消えた。
「なにを? うぐっ!?」
奴らも油断していたのだろう。
よくもまぁというほど、ぐにゃりと体を緩ませ、身をひるがえしたかと思うと、リーダー格の男の股を蹴りあげる。
「だてに!」
剣を突きつける腕を払い除け、
「何年も!」
肘で顎をかち上げ、
「裏稼業やってねぇっス!」
うずくまるリーダーを蹴り飛ばす。
ペルシもまた、思い切り後ろの男の足を踵で蹴りつけ、両手で男を突き飛ばす。
「獣人の運動能力を舐めるなっス!」
メインはペルシの手をとり、一瞬の隙に走って距離を取る。
そう、さっきメインが叫んでいたのは、決して命乞いの言葉なんかじゃない。
──ロワフ、ツッホタムラカ!
古代語を利用して、この窮地を逆転する手を、僕に伝えていたのだ。
全く、大した度胸だ。
「チックショー、このガキどもがぁ!」
怒り狂うリーダーの男だったが、その言葉を最後に沈黙する。
「やれやれ、ほんと参ったよ。水氷系魔法・氷華大輪」
その魔法は、術者を中心に氷の花弁を幾重にも広げ、それに触れたものを凍らせる青い薔薇。
メインたちが捕まり、僕が抵抗をやめたことで、バラバラに広がっていた盗賊たちが、集まっていたことが幸いし、一網打尽にした。
「はぁーっ、焦ったぁー」
思わずへたり込むと、姉妹が戻ってくる。
「うぉっ!? なんっすか、この氷。お兄さん、やっぱり凄い魔法使いさんだったんっスね」
シャリシャリと霜を踏みながら、おっかなびっくりに近寄ってくる。
「油断したよ。危険な目に合わせてごめんね」
膝に力を入れて、なんとか起き上がる。
なんとも精神的に疲れた戦いだった。
「いやぁ、ここにいたのはウチらの判断ですし、あのくらいの修羅場は慣れっこっス」
全く凹凸のない腕を掲げ、力こぶを作ろうとするメインに、思わず吹き出してしまう。
「ははは。ほんとに助かったよ。ありがと」
二人の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「アッハ♪」
姉妹は目を細めて見つめ合う。
「さぁ、山は乗り切ったね。後は仕上げだ」
そう言って、暗闇の広がる草原を睨む。
あとは、リリィロッシュが上手くやってくれるはずだ。




