第五章)立ちはだかる壁 盗賊バクーム
手直し中の現時点で、作中一番のお気に入りの話です。
盗賊団の副団長、バクーム。
敵にだって、それまでの人生があるんです。
■ノスマルクへ⑤
少しときは遡る。
アロウ達がその存在を感知し、用意を進めている頃、町へと向かう一団があった。
無論、この地域を根城とする大盗賊団、《河飲み》である。
町の北側から迫る一団の中、一際目立つ男がいた。
丸めた頭にボサボサの髭。
大柄な体は、鍛え上げたと言うよりは、筋肉を付け足したという方がしっくりくる。
《河飲み》の副団長、名をバクームという。
バクームが自慢の大斧を握りしめ振り返ると、83人の部下達が付いてきている。
そのうち自分を含めた30人は、魔馬乗りの精鋭だ。
まったく、人生なんぞどう転ぶかわかったもんじゃない。
バクームは、数瞬の間、胸に去来する思いに身を任せるのことにした。
バクームの生まれは、ノスマルクの西方にある村だ。
今から40年前、まだ前の魔王が復活する前のことだ。
オーコ大砂洋にほど近い小さな漁村。
父親はその森に住む木こりだった。
体の大きかったバクームは、幼い頃から家業を手伝い、父親の仕事ぶりを尊敬していた。
だが、魔物の活動が次第に激しくなり、ある日、山へと仕事に入っている間に村は壊滅した。
魔物は国の騎士たちが追い払ったが、いくら木を切り出したところで、人がいなければ金にはならない。
漁村の生まれだが、多少の心得があった所で、生活になるほど魚は取れない。
バクームの一家は、村を離れ、ノスマルクの帝都デルを目指した。
しかし、そこでも不幸は続く。
魔物の活性化により壊滅した村は、バクームの故郷だけではなかった。
多くの民がデルへと押し寄せ、また、食い扶持を稼げない民が犯罪を犯すようになっていた。
少しの蓄えを手にデルへ向かっていたバクームだったが、山賊もどきの難民たちに襲われ、父を失った。
数日後、山賊は騎士達の活躍により捕えられた。
バクームは、軍に入ることを決めた。
村を襲った魔物を打ち払い、父を殺めた山賊を捕らえた正義の騎士。
今思えば世間知らずもいい所だが、自分もそうなろうとノスマルクの軍へ入隊した。
雑用として騎士たちの仕事を手伝い過ごしていたが、しばらくして、生家にほど近いオーコ大砂洋周辺の地方軍に、下働きとして雇われることになった。
冒険者学校も騎士学校も出ていないバクームにとって、騎士となるのは遠い道のりだったのだ。
下働きとして、雑務に追われる日々。
それでも軍の一員として剣の訓練があるのは有難かった。
剣の訓練といえ、下働きには木刀すら貸し出されない。
まともに構えることも教わらず、ただ闇雲に棒切れを振るわせる。
廃屋を解体した木材を槍の代わりに。
太い木の枝を剣の代わりにしたお粗末なものではあったが。
教官が前に立つ。
既に現役を退いた老兵。
怪我により戦線に立てなくなった騎士。
彼らが下働きの教官だ。
ある日、老兵がいつもと違うことをやり出した。
「今日は〈構え〉を教える」
老兵は酔っていた。
博打でも勝ったか、それとも酒場の娘と目でも合ったか。
なんにせよ、きまぐれがあったんだろう。
「腰を落とし、剣を胸に構える。これが〈中段の構え〉だ」
老兵が前で構えてみせる。
「正式な騎士でないお前達が、まともな剣を振るうことはまず無い。だから、基礎中の基礎であるこれだけ覚えておきなさい。あとはその派生に過ぎない」
恐る恐る、見様見真似で木の枝を胸に構える。
「違う! まずは脚だ。地面を踏みしめろ」
ピシャリと木の枝で打たれる。
脚を開いて構える。
「貴様! どこを見ているんだ! 蹴り足の右は力を抜くんだ! 両足で踏ん張ったら、動けんだろうが!」
また枝が飛んでくる。
続いて前に出している左足を思い切り踏まれる。
「いいか、左足の親指だ! ここに力を入れろ! それと腿! 外側に力を入れてケツに力を送るんだ!」
何を言われているのかさっぱりわからなかった。
だが、枝で叩かれた辺りに力を込める。
老兵は満足したのか、再び枝でピシピシと足から順に体を叩いてくる。
「そうだ、踏み込んだ足からケツ、背中に力を貯めろ! それから初めて剣を構えるんだ!」
背筋は伸ばし、見様見真似で剣を前に構える。そうすると今度は、脇腹に枝が飛んでくる。
「脇が甘い! しっかり締めろ! それから右腕は添えるだけだ。力を入れるな!」
無茶を言う。
利き手の右に力を入れずにどうやって剣を振れというのか。
「いいか。もう一度だけ言うぞ! このマヌケめ!」
もう一度だけと言うが、どれも初めて聞く話だ。
しかし、初めてのまともな教えに、そんなことは気にならなかった。
「背筋を伸ばし、脇を締め、左腕は外側に向けて張る。右手は軽く添えるだけだ! 手首に力を入れるな!」
枝が幾度も飛んでくる。
服の下ではミミズ腫れがいく筋も付いているだろう。
そうして、1時間ほどたった頃。
「そうだ。それが剣の基本中の基本。〈中段の構え〉だ。」
それは、バクームがうけた、最初で最後の訓練らしい訓練だった。
毎日毎日、正規兵達の食事を用意し、酒樽を運び、薪を集める。
ヘトヘトになりながら、素振りのみの訓練もどきを受けた後は、兵たちのために風呂を沸かす。
しかし、その間にも薪割りの斧で練習を重ねた。
「……右手は添えるだけ」
いつか、立派な騎士になるために。
次第に、正規兵たちがバクームの訓練に気づく。
貧しい農村から来た下働きが、生意気にも剣の真似事をしているのだ。
地方軍とはいえ、貴族も多い軍の中で、下働き風情が貴族の象徴である剣の真似事をしている。
それが、どのように彼らに映ったかなど、想像に難くない。
「おい、下働き。俺たち騎士様が稽古を付けてやる」
それは酷いものだった。
木刀を構えた3人の兵たちの相手に、短い木の枝で構えさせられる。
兵の剣が振るわれる。
必死に枝で受け止めようとするが、僅かにでも勢いを殺すことなく枝は折れ、木刀が肩を打ち据える。
他の2人の木刀も、何を気にすることもなく、胴へ脚へと叩きつけられる。
殺される。
そう思って、渾身の力で兵士を殴りつけた。
顔面に拳を突き立てる。
兵士は壁にまで吹っ飛んだ。
「てめぇ!」
残り2人の兵も、木刀を振り上げる。
しかし、地方軍ということで油断し、訓練もおざなりにしてきた貴族と、体が大きく日々雑用という力仕事を懸命にしてきた元木こりでは、素の力が違う。
バクームは、三人の兵士を拳一つでのしてしまったのだ。
バクームは、軍を追放された。
だが、不思議と悲しくはなかった。
憧れた騎士があの程度だったのだ。
そして偶然は重なる。
時を同じくして、魔王が復活したのだ。
オーコ大砂洋に現れた魔王城を中心に、魔物が押し寄せた。
地方軍の駐屯地がある村が魔物に襲われた。
しかし、あろうことか、最初の一波で軍は壊滅し、騎士たちは守るべき民を置いて、我先にと逃げ出したのだ。
バクームの中にある鮮明な記憶というのは、ここで終わる。
騎士への道だけでなく、騎士への憧れすら打ち砕かれたバクームが、失意に流され、盗賊へと身を落としたのは、そこから遠い話ではない。
その後、酒の席やナワバリ争いによって、付近のならず者たちをぶちのめして、まとめあげた。
15人の部下を従えて、盗賊団の一勢力を持った。
大頭と出会ったのはそれからしばらくあとの事だ。
縄張り争いで、大頭の盗賊団と揉めたのだ。
頭同士の一騎打ち。
大頭との戦闘は、ほぼ互角だった。
だが、だからこそ分かったのだ。
格が違う、と。
しばらくして斧を置き、大頭と話し合った。
知識、戦略、そして野望。
そのどれもがバクームの心を踊らせるものだった。
バクームは、自ら望んでその傘下に加わったのだ。
ふと、現実に帰り、再び部下達の方へと振り向く。
ならず者とはいえ、これだけの部下を率いている。
まったく、あの頃と比べれば夢のような話だ。
《河飲み》も、今や戦闘員だけで200人を超える規模に成長し、家族や戦利品の女達も含めれば、1000人を越す大所帯となった。
もはや盗賊団などではなく、下手な町より規模が大きいほどだ。
ならば、我らは町の軍隊だ。
大頭が町の長なら、俺は将軍か。
バクーム将軍、いい響きではないか。
いずれ、拠点を表の世界に定着させ、本物の町とする。
そうなれば、俺の妄想は現実となる。
町の明かりが近くなってきた。
本当は雄叫びを上げたい。
だが今は高ぶる気持ちを抑えて町を急襲しなければならない。
大斧を握りしめ、町の入口を睨みつける。
すると、おかしなものが目に入った。
「なんだ? あれは」
ここでいう〈中段の構え〉は、日本剣術の〈正眼の構え〉(剣道で見かける一般的な構え)ではありません。
〈八双〉(知人には暴れん坊将軍のアレと言われました)に近いという西洋剣術の構えです。
西洋剣術は一度失伝してしまったため、構えに正式な名前が無いとの事ですので、勝手に名づけしました。




